ART / DESIGN

サステナブルなインディゴ染料が色の世界を変える

2021.01.20 WED
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サステナブルなインディゴ染料が色の世界を変える

2021.01.20 WED
サステナブルなインディゴ染料が色の世界を変える
サステナブルなインディゴ染料が色の世界を変える

今日、私たちの周りに存在するほぼすべての製品は石油由来の染料によって色付けされている。インディゴ(藍)のアーティストであるタツ・ミキ氏は、サステナビリティが問われるこれからの時代に、天然の染料が求められることは必然だという。彼が推し進める、色の世界に変革をもたらす「色の農業」プロジェクトについて話を聞いた。

Edit & Text by Mari Maeda (lefthands)
Photos by Takao Ohta

サステナブルな染料、植物由来のインディゴ

私たちの目に、肌に、日々触れている衣服の多彩な色。その色が何から生まれているのか、思い巡らしたことはあるだろうか? 衣服をはじめ、私たちが手にする布製品のおよそすべてが、石油由来の化学染料で染められているという現実。

「たとえオーガニックコットンの服を選んでいたとしても、その上に乗っているのは石油系の染料であることに気付いている人は少ないでしょう」

そう語るのは、インディゴのアーティストでありブリュワー(醸造家)のタツ・ミキ氏だ。彼は言う。

「今日、サステナブルであるか否かという視点が重視されて、ファッション界においても、生産工程の透明化や環境の保全が問われています。けれど、服の染料が石油由来であることについてはあまり議論がされていないし、十分に認識もされていない。気が付いたとしても、一般の消費者がサステナブルな染料を用いた洋服を入手できる機会は限りなくゼロに近いのが現状です。化学染料は製造過程で環境に負荷をかけることが多々あります。原料となる石油も、いつかは枯渇するでしょう。そう考えると、石油に依存しきった現在の染色マーケットを変えていく必要があるのはないでしょうか」
堪能な語学力と卓越したプレゼンテーション力で、国内外で活躍するインディゴアーティスト、タツ・ミキ氏
堪能な語学力と卓越したプレゼンテーション力で、国内外で活躍するインディゴアーティスト、タツ・ミキ氏
ミキ氏は、サステナブルな天然染料の先駆として、植物由来のインディゴ染料を世界的に普及させていくプロジェクトを開始した。「色の農業」の推進だ。

「色の農業」を拡大していく

「インディゴと聞くとデニムの色を思い浮かべると思いますが、それも石油から作られたインディゴの染料で染めているわけです。けれど、古来インディゴ染料は、世界中でさまざまな植物から作られてきました。日本でいう藍染めの藍もインディゴの一種で、その原料は大陸から渡ってきたタデ科の植物です。フランスではアブラナ科のパステルと呼ばれる植物、インドではマメ科のインディゴフェラという植物が栽培されています。どの植物からもインディゴの色素を抽出し、このようなピグメント(顔料)を作ることができます」

そう説明しながら、ミキ氏はさまざまな国、地域から届いたインディゴの色素を抽出したピグメントを並べて見せてくれた。彼の言う「色の農業」とはつまり、こうしたインディゴの成分を含む植物を育てるための農業を活性化することだ。そのための農地を拡大することで、石油に依存した染色からの脱却を促進することができると考えている。
インド、フランス、エルサルバドルなど世界中から集めた唯一無二のピグメントの数々。左上は石油由来
ピグメントの横に置かれているのはおのおのの色が抽出された植物の種。地域によって使用する植物は異なる
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ここで、ミキ氏とインディゴとの出合いについて触れておこう。かつて政治家の秘書だったミキ氏は、四国に出張中、地元の伝統工芸である藍染めの資料館を訪れることとなった。その際、染めの体験場で見た光景に衝撃を受けたという。染料は想像していたようなただの色水ではなかった。

「それは宇宙の銀河をも思わせるパワーと輝きに満ちていて、生命のるつぼのようでした。僕はその時、これこそがこれからの時代に求められる"未来の染料"だと直感しました」

その場で染料作りの技術をマスターすると決意して、東京に戻り、独学で染料作りを始めた。彼が魅了されたのは伝統工芸としての藍染めではなかった。発酵させて作る染料と色だ。そして、最初の出合いから約7年後の2008年、この魅力を世界に伝えようと作家としての活動を本格的に開始。2011年には経産省によるCool JapanプロジェクトWAOの参加アーティストに選出され、パリの装飾美術館での展示は高い評価を得た。
発酵染料で染めたミキ氏のアート作品には植物の種類や育った年、土地名、発酵のさせ方など、色の起源が添えられている
発酵染料で染めたミキ氏のアート作品には植物の種類や育った年、土地名、発酵のさせ方など、色の起源が添えられている
だが、アーティストとして瞬く間に飛躍する一方で、アート作品が限られた人のものであることのもどかしさを抱え始める。そして、この天然の染色の魅力をより多くの人に伝えていくにはどうしたらいいのかを考えるようになった。そうしてたどり着いた答えが、手間がかかり、高価で希少な発酵染料の代わりに、発酵の要らないピグメントをワークショップなどで活用し、かつ、染料となる植物を育てる農地を広げ、より多くの染色原料を作り出すことだった。

「ちょうどそのようなことを考え始めた頃に、SDGsが国連で採択され、石油由来の染料から脱却するため、いずれ時代は天然の染料を求めるようになるだろうと確信しました。ただし、大量生産を担う化学染料に代わる選択肢として提案するには、インディゴの色素を含有する植物を大量に育てなくてはなりません。そのために、農業化を進めるプロジェクトを推進することにしました」

グローバルに進めるプロジェクト

国内に目を向けると、天然のインディゴは藍染めという伝統工芸の枠組みの中で少数の生産者が植物を育て、原料を生産しているのが現状だ。ミキ氏は海外も似たような状況であるといい、そうした伝統工芸の在り方を尊重し、自らの作家性も維持しながら、その一方で、より広範囲なインディゴの農業化を進め、染料マーケットに一石を投じようとしている。

これまで、縁のあった伊勢志摩や気仙沼で、種を植えて育てるインディゴ植物の栽培と、染料を作るまでの工程を教えてきた。今日では、それぞれの地域ならではの特色を持ったブルーが生まれている。ミキ氏はこうした活動を、国内に限らずグローバルに展開して普及させていくことが必須だと考える。

「先ほどお見せしたさまざまなピグメントも、世界中のインディゴに携わる仲間から送られてきたものです。人類には、美しい青に憧れ追い求めてきた歴史があります。インディゴは、人類史上最も古い染料の一つで、数千年も前から人々の生活の中に存在しているのです。ですから、インディゴは歴史的にもグローバルなものですし、地球規模で社会的な染料の課題に取り組むのであれば、世界中で農業化を進めていくのは当然のことでしょう」
アトリエには、世界の歴史を変えたとも言われるインディゴについて書かれた本が置かれていた
アトリエには、世界の歴史を変えたとも言われるインディゴについて書かれた本が置かれていた

服に色のルーツの記載を

「ワインを買うとき、皆さんラベルをチェックしますよね? 品種や生産年、作り手や風土などによって、ワインの味が違うことを知っているからです。それと同じように、畑で育った植物から取れるインディゴの色にも唯一無二の個性があります。インディゴ植物の数はワインに使われるぶどうの種類よりもはるかに多く、染色法も一つではありません。どんな植物の種を誰がどの土地でどう育て、どんな染め方をするか、それら一つ一つの要素が色の在り方に影響を及ぼすのです」
ミキ氏がバケツの中で日々発酵させ、愛情をかけて育てているインディゴの染料
ミキ氏がバケツの中で日々発酵させ、愛情をかけて育てているインディゴの染料
ミキ氏は、そうした色のルーツに関する情報の「透明性」を最大限に確保し、プロダクトに明記することが大切だと言う。

「店頭に並ぶ染色された製品を買うときに、色のルーツが記載されたものはありません。石油がもとになっているのですから、あえて開示したい情報でもないでしょう。けれど、畑から作られた色となればどうでしょうか。ルーツを記載することに意味が生まれ、消費者は色の起源に関する情報を知ったうえで製品を選ぶことができるようになります。色の情報が消費行動の一つの基準になれば、石油に依存しないサステナブルな色のマーケットが実現する道は開かれていくと思います」

インディゴのサードウエーブを担う

ミキ氏は自らの活動をインディゴ第三の波、サードウエーブを起こすことと捉えている。奴隷制度の残るアメリカやイギリスによる植民地支配下のインドで強制的に大量生産が推し進められてきた時代、そして石油由来のインディゴが発明され、環境汚染という代償とともにさらなる大量生産へと向かった時代。これら二つの時代の波を経て、今まさにインディゴをはじめとする染料の世界に新しい波、すなわちサステナビリティや製造プロセスの透明性の観点が求められる時代がやって来ようとしていると言う。

「いずれインディゴブルーが、サステナブルな未来社会のシンボルカラーになることを夢見ています」と、笑うミキ氏。彼が掲げるプロジェクトは、平和とグローバルカルチャー創造のためだと力強く語る。かつて政治の世界に身を置いていたミキ氏。その中で出合い、魅せられたインディゴによって、今、地球レベルの課題に取り組み、社会に変革を起こそうとしている。
©Tatz Miki
©Tatz Miki
Tatz Miki  タツ・ミキ

アーティスト、インディゴ・ブリュワー(醸造家)。2011年、経産省Cool JapanプロジェクトWAOの参加アーティストに選出され、ミラノ、ニューヨーク、パリなどで作品を展示。2013年には、作品“LES BLEUS”が国賓として来日したフランス大統領夫人への贈呈品に選ばれる。近年は植物由来のサステナブルな染料を流通させるべく国内外でインディゴ植物の農地拡大に努めるとともに、日常品リユースのための染めサービスをプロデュースするなど活動の幅を広げている。米国コロンビア大学大学院 SIPA 卒。東京都出身。
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