UX “Cross” Session

Vol.4

人の感性に寄り添う
デザインとは

UX
人間工学担当エンジニア

占部 洋一

エムテド代表
/ アートディレクター・デザイナー

田子 學

2018年3月のジュネーブモーターショーでデビューしたLEXUS UXの開発陣と、時代に先駆けるモノづくりの実践者たちがトークを繰り広げる全6回の“クロス”セッション。第4回は、同モデルの開発において人間工学を担当したエンジニアの占部洋一主事と、コンセプトメイキングからプロダクトアウトまで横断的なデザインを通して、人や企業が持つ潜在力を活かすためのデザインマネージメントを実行しているデザイナー、田子學氏が登場。今回も、プライベートやビジネスにおいて大切にしているアイテムを持ち寄りながら、デザインや人間工学が果たすべき役割について語り合った。

  • UX
    人間工学担当エンジニア
    うらべ よういち 占部 洋一

    1984年福岡県生まれ。2008年長崎大学工学部機械システム工学科卒業。2008年トヨタ自動車九州入社。2009年トヨタ自動車 車両実験統括部商品性開発室へ出向し、14代目クラウンの人間工学を担当。2012年トヨタ自動車九州 性能開発部へ帰任後、SAI、HS、CTのマイナーチェンジにおける人間工学を担当。2014年からUXの人間工学を担当し現在に至る。

  • エムテド代表
    アートディレクター・デザイナー
    たご まなぶ 田子 學

    東芝にて多くの家電、情報機器デザイン開発を担当。高級デザイン家電ブランド、Amadanaの立上げに携わり、デザインマネージメント責任者として従事。その後新たな領域の開拓を試みるべく、2008年(株)エムテドを立ち上げ、現在に至る。大学での教鞭、街づくりから経産省でのメンターなど幅広く活躍している。

単なるモノではなく、
ユーザーに体験の価値を
提供できるプロダクトを
創り出すことが大事

UI(ユーザーインターフェイス)
とUX(ユーザーエクスペリエンス)
について

― 占部
はじめまして。LEXUS UXの開発で人間工学を担当しました占部です。本日はよろしくお願いします。

― 田子
はじめまして。エムテドの田子です。こちらこそ、よろしくお願いします。占部さんは、人間工学のエンジニアでいらっしゃいますが、具体的にどのようなことをなさっているのですか?

― 占部
人間工学の立場から性能を評価したり、デザインの企画に関わったりしています。具体的には、人間を中心に考えたデザインを実現させるために、乗り降りのしやすさからドライビングポジションの姿勢のとりやすさ、ドライバーからの視界の良さ、さらにスイッチ類やカップホルダーの配置まで、いわゆるUIやUX全般について、性能を評価したり、どういう考え方やデザインであるべきかをデザイナーに提案し、最終的に図面に織込んでいくのが僕たちの部署の役割です。

― 田子
デザインチームとのやり取りが中心なんですね。

― 占部
はい。デザインについて性能評価を行いデザイナーにフィードバックする、というのが基本です。ただ、それだけではデザイナーが魂を込めて創り上げたデザインに変更を加える方向にいってしまいがちです。そこでUXのプロジェクトでは、開発の初期段階からデザイナーと協業しながら、例えばお客さまにとって使いやすい操作系の配置を踏まえてデザインの方向性を提案したり、逆にデザイナーが描くデザインを理解したうえで、人間工学的にどうアプローチするべきかを検討したり。毎日のようにデザインスタジオに足を運んで、デザイナーとは密接にやり取りしてきました。

― 田子
ひとつのプロジェクトにどのくらいの期間携わるんですか?

― 占部
大体4、5年です。実は、TEDの東京版「TEDx Tokyo」に田子さんが登壇されたのを拝見しまして。その中で「今、企業で進められているプロジェクトの多くがだいたい3ヵ月単位ですが、本当にその期間で愛のあるデザインはできるのでしょうか?」とおっしゃられていました。その言葉がすごく心に響いたんです。

― 田子
2013年に「愛あるデザインの為に」というテーマで行ったスピーチですね。鳴海製陶という陶磁器メーカーの「OSORO(オソロ)」という食器について、コンセプトメイキングからリリースまでの3年間の逸話を紹介しながら、デザインが果たし得る役割について話しました。

― 占部
お話しした通り、自動車もだいたい4、5年かけて開発していますが、実はその間は細かい納期の連続なんです。すると、どうしても車よりも部品を作っているという意識になって、車を部品単位で見てしまいがちです。でも、本当はお客さまに対して、車としてどういう魅力を提供すべきか、そこを中心に考えながら開発しなければいけない。改めてそういうことを思い起こすきっかけになりました。

― 田子
僕は日本の産業全体がマーケットに揺さぶられて、いつの間にか個性を失いかけている気がしていて、それは本当にもったいないことだと思うんです。あのスピーチでは陶器業界のリノベーションの話を例にそのことを伝えたかったのですが、レクサスの開発に携わられている占部さんにそう言っていただいて光栄です。ところで、占部さんがお持ちになったウォークマンは、当時のソニーならではの個性あふれるデザインが今でも新鮮ですね。

― 占部
これは1997年ごろ、僕が中学生のときにお小遣いで買ったものです。当時、ウォークマンはシンプルでスリムなタイプが主流でしたが、これは側面にラジカセのようなメカッぽいスイッチが与えられている一方、表面には当時としては新しいデザインの操作系が採用されているのが印象的でした。ボディの一部に金属パーツを取り入れたり、カセットを挿入する際に開く動作にもオリジナリティがあったり。いろいろなものが融合されている感じが、すごく魅力的だったんです。

― 田子
ウォークマンは、もともとは音楽を街に連れ出すというコンセプトが革新的だったわけですが、このスポーツというタイプでは、当初のコンセプトをさらに拡大させているのが面白いですね。防塵や防滴機能、そして強度を持たせることで、マリンスポーツだったりトレッキングだったり、都会ではない場所にも音楽を連れ出すことを提案している。これこそUX、つまり体験のデザインです。

― 占部
僕は学生時代、バスケットをやっていて屋外コートでもプレーしていたのですが、確かにそんなときもよくこのウォークマンを使っていました。横にして置いたり壁にかけたりすると、ラジカセのように見えるところも気に入っていました。

― 田子
占部さんの学生時代のお話のように、このウォークマンはUXの点で興味深いプロダクトですが、同時にUI的にも適切にデザインされていると思うんです。例えば、占部さんがラジカセ的とおっしゃったボタンですが、ゴムでカバーされていて防塵機能を備えると同時に、スキーなどのアウトドアスポーツで手袋をしていても操作できるよう大きめにピッチがとられていますよね。当時のソニーは、ライフスタイルをすごくうまくデザインしていました。このウォークマンはとてもソニーらしくて、僕も素晴らしいデザインだと思います。

― 占部
僕がこのウォークマンを手に入れたときには、さっき申し上げたようにデザイン性の面白さに興味を持ったのですが、体験をデザインするという狙いがあったからこそ惹かれたんだと、田子さんのお話をうかがって、改めて思いました。僕も単なるモノではなく、ユーザーに体験の価値を提供できるプロダクトを創り出すことが大事なんだという思いを強くしました。

― 田子
占部さんは学生時代からデザインに興味をお持ちだったんですね。

― 占部
はい。ちなみに、今日お持ちしたもう1点は、中学生時代に僕が美術の授業で作ったパズルなんです。

― 田子
占部さんご自身で?

― 占部
ええ。先生から動物の絵をパズルにするというお題をいただいて、何となくイルカを描いたんですが、意味のない線でイルカを切り刻むのが嫌で、分度器だとかハサミだとかバスケットシューズだとか、身の回りにあったアイテムでパズルのピースを象ったんです。こういうものを作るのが、すごく好きでした。

― 田子
ディテールの表現が緻密ですね。デザイナーになっていたとしても不思議じゃない気がしますが。

― 占部
大学では機械工学を学んだのですが、就職後にデザインに近いセクションで働きたいと思ったときに人間工学の部署の存在を知って、絶対にここだ! と志望しました。ところで、田子さんがお持ち下さったのは、ゲームのコントローラーですか?

― 田子
「XboxOne」の「Elite」というワイヤレスコントローラーです。これが興味深いのは、人間工学的にすごく考えられていて、幅広い対応力を備えていることです。車も同じですけれどゲーム機には相当な耐久性が求められます。このコントローラーはそれをクリアしながら、例えばレバーやボタンが簡単に取り外せて替えられたり、必要に応じてカスタマイズできる。つまり、さまざまなソフトウエアへの対応力が優れていて、体験性がとても豊富なんです。

― 占部
確かにゲームのコントローラーは、ゲームのジャンルによっても、操作がだいぶ違いますからね。これなら、ソフトウエアに応じてインターフェイスを変えて、使いやすいようにアレンジできますね。

― 田子
ゲームのインターフェイスって誰でも直感的に操作できることが重要なので、基本的にUIやUXが優れていますし、製品のライフサイクルも短いから、UIやUXの実験の場でもあるんです。実際、UIやUXのデザイナーたちが、ゲーム機の開発で得られた成果を他のプロダクトに応用していくという流れが、ここ20年くらいはよく見られます。

― 占部
だからこそ、「Elite」のようなコントローラーが生まれたわけですね。

人間工学が
果たすべき役割とは

― 田子
実は「Elite」とは正反対のアプローチをとっている例として、今日はもう一つ、アップルのマウスを持ってきました。こちらはあらゆる要素を削ぎ落とした、カスタマイズの余地など一切ない究極のミニマリズムのデザインが特徴です。最初はこんなにシンプルで事足りるのか半信半疑だったんですが、独自のインターフェイスに慣れてしまうとそのUIがクセになって、ほかのマウスには戻れなくなってしまうんです。アップルはユーザーとの駆け引きがすごくうまいですね。

― 占部
駆け引きですか?

― 田子
ええ。たとえばMacBookですが、デザイン性を重視してパームレストの淵の部分の造形が鋭角でR(丸み)がないじゃないですか。僕は東芝のインハウスデザイナー時代にPCのデザインも担当していたことがあるのですが、こうしたプロダクトには、安全性を考慮して角R(角の丸み)を大きめに設定したりします。

― 占部
車はその最たるもので、衝突したときの安全性を考慮してあらゆる部分の角Rが厳密に決められています。

― 田子
でも、MacBookにはRがほぼないんです。だけど、世界中に流通していて、世界中に熱狂的なファンがいる。つまり、ブランド力が高まると人はネガティブと思えることもひっくるめて、それに憧れを感じるし、人間工学的に必ずしも正解でないとしても、それがスタンダードになることもあるんです。

― 占部
車は安全要件が第一なので、おっしゃることはよく分かります。よく言われるのが、人間工学を主張し過ぎると、全部同じ造形になってしまうのではないかということです。人が車に合わせるのか、車が人に合わせにいくのかという部分も、ブランドの考え方が色濃く表れるところだと思っています。やはりレクサスは、車そのものというよりも、その車を通して、いかに価値のある体験をお客様に提供できるか、そういうことを目指していかなければいけない。

― 田子
占部さんのウォークマンじゃないですけど、体験をデザインするということですね。

― 占部
はい。レクサスはこういうブランドなんだという個性を作って、その個性を味わっていただくところに、お客様を引っ張っていく。その中で、人間工学がどういう役割を果たすべきか考えています。

― 田子
僕が大好きなブランドにデンマークのオーディオブランドのBang & Olufsenがあります。かつて彼らはたった2パーセントのシェアしかとらないと言っていたんです。2パーセントに絞っているからこそ、あれだけ先鋭的なデザインが実現できる。だってCDをすぐに聴きたくても、前面ガラスのドアに手をかざして開けないとセットできないわけですから。人間工学的には、一見まどろっこしいUIだと思われるかもしれませんが、彼らが大切にしているのはUIを超えてUXをデザインしていることなんです。このような個性あるデザインや、機械が語りかけるような動きが、ファンを魅了して止まない。

― 占部
確かにディテールの人間工学に専心し過ぎると、価値あるブランド体験を生み出すようなところにはたどり着けないのかなと思います。人に優しいというディテールだけではなくて、車としての個性を形にするために、人間工学がどうあるべきか。商品の企画の段階から、デザイナーも人間工学のエンジニアも一緒になって、こういう商品を一緒に作ろうという。そういう取り組みこそが、人間工学の使命なのかなと思います。

― 田子
今回の新型UXの開発で、占部さんがこだわられたことを教えていただけますか?

― 占部
UXでは、外観の意匠として凝縮感のあるデザインを実現させたいという思いがありました。そのためには、全高に対してウィンドウ下端のベルトモールの高さを上げる必要があります。ただ、この位置が高過ぎると、視界に悪影響を及ぼすので、背が低いお客さまでもちゃんと路面が認知できて、デザイン的にも優れた高さをミリ単位で検討しながら、機能性とデザイン性を両立させました。

― 田子
確かに運転席の着座位置は比較的低めでスポーティな印象ですけれど、外は見渡しやすい。

― 占部
そう言っていただけると嬉しいです。インテリアでは、「シートインコントロール」と言いまして、見るものはできるだけ遠方に表示して、スイッチ類は手元で操作するという考え方のUIを採用しています。例えば、オーディオスイッチはインストルメントパネルに設置されているのが一般的ですが、UXではブラインド操作をしやすくするために、パソコンのマウスに着想を得ました。マウスって、誰もが自然に操作できるじゃないですか。なので、人間の体から見てマウスと同じよう位置、つまりセンターコンソールに配置しています。

― 田子
なるほど、この位置だと自然に操作できますね。

― 占部
例えばこの左右に配置したスイッチですが、右側を押すと進む、左が戻る、という操作ができます。一度覚えてしまえば迷うことはないですし、慣れてしまったらもう戻れなくなるようなインターフェイスになることを目指して、僕らはチャレンジしました。さらに、オーディオスイッチをこのアームレスト前端部の側面に配置することでアームレストを前後に長くすることができ、体格の小さな女性の方が前方にシート位置を合わせても自然にアームレストに腕を置いていただけます。UXでは、カップルでドライブを楽しんでいただきたいという思いもあったのですが、シフトレバーとタッチトレーサー、そしてこのオーディオスイッチをできるだけ前のほうに配置することで、女性にも自然に操作していただけるポジションを実現しています。

― 田子
実際に操作していると、ボタンのストロークも短くて精緻な感じがありますね。家電のデザインを手がけていたのでよく分かるのですが、ボタンのストロークが大きいと、当然ボタンのピッチ(隙間)も大きくなってディテールがだらしなくなってしまうんですが、UXはギュッと詰まったカメラのような緻密な質感があって、以前の車とは違うつくりを感じます。

― 占部
私たちが狙っていたところを感じていただいて、すごく嬉しいです。実はレクサスでは、一昨年にデビューしたLCというフラッグシップクーペからボタンストロークを短くしてすっきりしたフィーリングを狙い、レクサスブランド全体でそういうフィーリングに統一しています。

― 田子
いわゆる感性工学の領域ですね。

― 占部
今日は田子さんとお話しさせていただいて、人間工学のエンジニアとして、目指すべきところがより明確になった気がします。レクサスのブランドをつくる、お客さまにレクサスを通して価値ある体験を提供するために、トータルで車のことを企画していく必要があるなと改めて思いました。

― 田子
日本車は個性に欠けると長らく言われてきたなかで、レクサスはブランドの誕生自体が今までの日本車の文脈とは違っていたわけですが、今日は開発に携わられている占部さんから、レクサスが何を目指していかに進化していくかをうかがえて、レクサスの今後がすごく楽しみになりました。

― 占部
ぜひまた次に出てくるニューモデルを、田子さんにも見て、感じていただきたいと思います。本日はありがとうございました。