UX “Cross” Session Vol.2 豊かなライフスタイルの
“CUE”となるもの作り

UX チーフエンジニア

加古 慈

Takram ディレクター /
マネージングパートナー

渡邉 康太郎

2018年3月のジュネーブモーターショーでデビューした新ジャンルのクロスオーバー、LEXUS UXの開発陣と、時代に先駆けるモノづくりの実践者たちがトークを繰り広げる全6回の“クロス”セッション。同モデルの開発を指揮した加古慈チーフエンジニアと、東京とロンドンを拠点にするデザイン・イノベーション・ファーム「Takram」のディレクター、渡邉康太郎氏によるクロストークの後編では、共通点であるベルギーでの生活や、2人がそれぞれの作品に込めた思いなどについて語る。

  • UX チーフエンジニア かこ ちか 加古 慈

    奈良女子大家政学部卒業。1989年トヨタ自動車入社。2001年より3年間、トヨタモーターヨーロッパに出向。2012年、レクサス「CT」のチーフエンジニアを担当。18年1月から常務役員とLEXUS INTERNATIONAL EXECUTIVE VICE PRESIDENTを兼務。愛知県出身。

  • Takram ディレクター/
    マネージングパートナー
    わたなべ こうたろう 渡邉康太郎

    1985年生まれ。慶應SFC卒業。東京とロンドンを拠点にするデザイン・イノベーション・ファーム「Takram」にて、サービスデザインから企業ブランディングまで取り組む。テーマは、個人の小さな「ものがたり」が生まれる「ものづくり」。主な仕事に日本経済新聞社のブランディング、ISSEY MIYAKEの花と手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」、一冊だけの書店「森岡書店」、Yahoo! JAPANと文芸誌・新潮とのプロジェクト「q」など。

最終的な使い方が
ユーザーに委ねられている
プロダクトデザインが
あってもいい

ベルギーでの3年の
生活が
もたらしたもの

― 渡邉
加古さんとは、茶道のほかにもかつてベルギーのブリュッセルで暮らしたという共通点があって、なんだか初めてお会いした感じがしないです。

― 加古
本当に奇遇ですね。実は今日お持ちしたこの人形は、当時ブリュッセルの雑貨屋さんで見つけたものなんです。

― 渡邉
ぜひ、お話を聞かせてください。

― 加古
ブリュッセル赴任時に現地の同僚に、「日本はどうして長い歴史や良い伝統があるのに、それらを壊して新しいものにしてしまうの?」と問われたことがあるんです。今でこそ古い建物をリノベーションするような価値観も一般的ですが、ヨーロッパはご存じのようにレンガ造りや石造りの建築物が多く残っていて、そういう建物にモダンなインテリアを設えたり、新しいものをうまく融合させて生活してる。そんな彼らの美意識を観察しようと街を散策していたときに、見つけたんです。
ベルギーで、表通りに面するレンガの外壁一面だけを残して“改築”している現場を見たことがありますが、長い年月を経て味の出た素材の美しさをとても大切にしていることが伝わってきました。

― 渡邉
ベルギーでの生活で何か気づいたことはありますか?

― 加古
もともと私は材料のエンジニアなのですが、そのリサーチのためにブリュッセルのトヨタモーターヨーロッパに派遣されました。一方で、インテリアの商品力を上げるというタスクを現地でたまたま与えられて、感性工学に関わるようになったんです。

― 渡邉
感性工学は欧州で発展した学問なんですか?

― 加古
感性工学を導入したのは私の思いつきで、特に欧州とは関係がないのですが、感性工学自体は日本で始まったと聞いています。感性という言葉自体、直訳するのが難しいらしく、そのまま英語でKanseiと使われている場合があります。
当時、内装の商品力をどのように定量化するかということに取り組んでいて、例えばシートカバーが本革か合皮かというような一般的な素材の価値や機能の有無など、部品毎の細部に渡った膨大な採点表を合計した点数の大小で判断していたんです。ところが、欧州のスタッフと話していると、彼らの観点がずいぶん違うことに気づきました。

― 渡邉
どんなふうに?

― 加古
例えばナビの表示や各スイッチに使われている文字一つとっても、日本人は漢字、カタカナ、ひらがな、そしてアルファベットを一緒くたに見ることに慣れていますが、彼らはアルファベットだけの世界で生活しているので、フォントのタイプや比率が少し違うだけで気になるんです。
インテリアの質感にしても、彼らは「この面とこの面に使われているテクスチャーやカラーのコントラストが強過ぎる」とか、「種類が多過ぎる」とか、全体の調和やバランス、一貫性を判断する厳しい目を持っている。
当時、私たちが運用していた尺度は「それぞれの部品が他車と比較してスペック上勝っていれば、その集合体としての内装の商品力は勝るはず」という考え方に基づいていました。しかし、定量化だけで捉えきれない感性の世界、つまりユーザーが何を美しいと感じるかという部分を理解した上で車を開発しなくてはいけない、これまでの発想を転換しなければいけないということに、ベルギーでの経験を通して気づきました。

― 渡邉
加古さんのお話をうかがって、世界的な書体デザイナーの小林章さんのお話を思い出しました。ブランドは必ず同一のフォントを使い続けなければならない、フォントというものはブランドの声に相当するものだから。スピーチをさまざまな声で行ってしまうと価値観やメッセージがぶれてしまうように、と。例えばこの「レクサス ミーツ」の空間にしても同様ですね。フォントではないですがレクサスにとって重要なデザインアイデンティティであるスピンドルグリルのモチーフが、壁や柱に引用されている。デザイン言語で「韻」を踏んでいるようです。

― 加古
有難うございます。フォントに関しても、実はWebやカタログ、クルマのスイッチやメーター等に使われている文字はレクサスオリジナルの共通のフォントを使用しています。
もともと材料開発という車両開発とはある意味対極にある仕事をしていた私が、UXの開発責任者という仕事に携わることができたのも、ベルギーで内装全体に関わる仕事をさせてもらったこと、その仕事を通じて社内外のさまざまな人たちと一緒に働く機会に恵まれたことがきっかけです。だから、私のキャリアにおいてベルギーで過ごした3年間はとても大きな意味をもっていると思っています。渡邉さんのベルギーでの経験はどんなものでしたか?

チームのパフォーマンスを
最大限に
引き出すための秘訣

― 渡邉
実は中学生の頃、父親の仕事の都合で香港に3年弱住んだのですが、香港には中国と英国という二つ文化が同居しています。ベルギーの首都ブリュッセルも同様で、フランス系とオランダ系の文化が存在する。両方の都市について感じるのは、単なる文化の足し算ではなく、二つの文化がせめぎ合うことで、掛け算的に異質なものが生まれるということです。僕は、そういう二つの異質な属性を持つ場所に魅力を感じるみたいです。

― 加古
確かに、海外にはそういう複数の文化がいい意味で共存している場所が多いですね。

― 渡邉
Takramももとは、デザインとエンジニアリングという大企業では二つに分かれてしまいがちな役割を一つのチームが手がけられないか、すると何か新しい価値が生み出せるのではないか、という発想から生まれた組織です。今はそれを超えて、経営サポートやブランディング、教育分野まで、いろいろな領域で活動しています。加古さんも開発責任者として、エンジニアリングからデザイン部門までを広く指揮されているわけですが、UXの開発で最も苦労されたのはどんなところですか?

― 加古
UXはレクサスのクロスオーバーの中で最もコンパクトなクルマです。室内も数値的にはコンパクトなのですが、実寸法によらず「解放感のある抜けのよい空間にすること」、「機能レイアウトは身長の制約なしに使い易くすること」にこだわりました。デザイナー、設計者、人間工学の担当者がさまざまなアイデアを持ち寄って見事にそれを実現してくれました。
日本建築には、借景や縁側のように内と外の境界を曖昧にすることで自然とのつながりを感じさせて、広々と感じられる空間をつくる考え方がありますが、そういったことがUXの空間づくりのヒントになっています。
現実的な話ですと、質量をいかに軽くできるかということでした。UXは、軽量・低重心化することで、より走りを楽しめるクルマに仕上げたいという思いがあったので、とにかくグラム単位で軽量化に尽力しました。

― 渡邉
クルマの軽量化には、どんな技術的なブレークスルーがあるんでしょうか? 

― 加古
例えば、ボディに軽量なアルミ素材を多用することで、何十キロ単位で軽量化を図っています。そこから先は、小さなパーツ一つ一つについて、それぞれの設計者が一生懸命もがいて努力する、という感じです。

― 渡邉
インテリアだとかボディだとか、各担当者が各々ダイエットに励むというイメージですね。

― 加古
チーム全体でコンセプトやビジョンを共有することで、チームの成果が最大限に引き出されるということを体験することができました。

― 渡邉
例えばチームのビジョンを定めるとき、僕が意識しているのは幹と枝葉の両方を持たせるということです。ぶれてはいけない根幹のコンセプトは大切ですが、スタッフ一人ひとりが自らの解釈を持てる余地を残して、それぞれが枝葉を伸ばせるような環境を整えられるか。いわば「誤読」してよい余白をつくることです。だからこそ自分ごと化が起こる。「使い手自身の解釈の余地を残そう」というテーマと共振するのが、今回お持ちしたこの砂時計なんです。

UXの開発コンセプト
「Creative
Urban
Explorer」に込めた想い

― 加古
きれいなデザインの砂時計ですね。詳しく聞かせいただけますか?

― 渡邉
実はこの砂時計に至る1つ前のバージョンがありました。同様に木枠などのないガラスだけの砂時計なのですが、実は上の部屋には青い指輪が、下の部屋には赤い指輪が入っています。ひっくり返すと白い砂が落ちるなか、青い指輪が少しずつ隠れ、次第に赤い指輪が現れるというものです。

― 加古
素敵な仕掛けですね。

― 渡邉
実はこれ時を計る時計ではなく、時を忘れるための時計になったらいいな、というくらいの気持ちで、特に目的もなくつくったんです。実際、ちょうど指輪が隠れるだけの砂を入れたので、僕自身も何分計かわからない。でも、ある女性が見た瞬間に「使い方を思いついた」と言うんです。その方には小学校に上がる娘さんがいて、「私だったら毎晩、彼女の部屋でこの砂時計をひっくり返し、砂が落ちきるまで2人でその日の出来事を話します。いずれ彼女が大人になった時に砂時計を壊して、親子でそれぞれの指輪を着けたい」と。

― 加古
ロマンチックお話ですね。

― 渡邉
そのとき、作り手が目的を決めないもの、最終的な目的が使い手に委ねられているものがあってもいいと思ったんです。むしろ、そういったものほど豊かな体験をもたらすのかもしれない。

― 加古
その砂時計は商品になったんですか?

― 渡邉
いえ、商品化はしていません。個人的に手がけてみたいのは、このような砂時計を10個つくって、異なる10人にそれぞれ自分だけのストーリーを──いわば取り扱い説明書を──書いてもらう、という展示会です。それぞれが見出した、自分ならではの美や楽しみ方を展示する。多様な豊かさやライフスタイルを礼賛する場になったら、と思うんです。

― 加古
今のお話はUXにも通じるものを感じます。UXの開発コンセプトは「Creative Urban Explorer(クリエーティブ・アーバン・エクスプローラー)」なんです。そこには、都会を冒険するような心で、行動的に日々の生活を楽しんでいただきたいという思いを込めています。例えば、UXにはどんなファッションが合うだろとか、どんな所をドライブしようだとか、UXを手に入れることで、ユーザーそれぞれが、新しいことを始めたり、日々を楽しんだりするきっかけになればいいなという思いで開発しました。実は、Creative Urban Explorerの頭文字は“CUE”、つまり“きっかけ”を意味するんです。

― 渡邉
都会はふつう「冒険」する場所ではないけれど、UXの開発コンセプトには「日常において非日常を探す」という要素もあるんですね。UXは、クリエイティビティを持って豊かなライフスタイルを紡ぎたいという思いに応えてくれるのかもしれないと、加古さんのお話をうかがって思いました。

― 加古
そう言っていただけると大変うれしいです。ユーザーの方々にとって、UXが豊かなライフスタイルを手に入れるきっかけになれば幸いです。