UX “Cross” Session Vol.3 形態と機能の双生が
形づくる価値

UX プロジェクト
チーフデザイナー

三木 鉄雄

トラフ建築設計事務所 代表

鈴野 浩一

2018年3月のジュネーブモーターショーでデビューしたLEXUS UXの開発陣と、時代に先駆けるモノづくりの実践者たちがトークを繰り広げる全6回の“クロス”セッション。第3回は、同モデルのデザインにおける総責任者である三木鉄雄プロジェクトチーフデザイナーと、建築のみならずプロダクトやインスタレーションなども手がけ世界的な評価を得ている「トラフ建築設計事務所」の代表、鈴野浩一氏が登場。今回も、プライベートやビジネスにおいて大切にしているアイテムを持ち寄りながら、デザイン思想や互いの作品に対する想いを語り合った。

  • UX プロジェクト
    チーフデザイナー
    みき てつお 三木 鉄雄

    1970年兵庫県生まれ。1994年九州芸術工科大学(現:九州大学芸術工学部)工業設計学科卒業。1994年トヨタ自動車入社。e-com、初代ノア/ヴォクシー、4代目4 RUNNERなどのインテリアデザインを担当。2001年より2005年まで、トヨタ自動車のアメリカにおけるデザイン拠点「Calty Design Research, Inc」に出向。帰国後もインテリアデザイン開発を歴任。2012年レクサスデザイン部に異動し、NX、およびCTマイナーチェンジをチーフデザイナーとしてまとめた。2015年より現職。

  • トラフ建築設計事務所 代表 すずの こういち 鈴野 浩一

    1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。1998年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンスK&H勤務の後、オーストラリアのKerstin Thompson Architectsを経て、2004年「トラフ建築設計事務所」をパートナーの禿真哉氏とともに設立。建築設計をはじめ、インテリア、展覧会の会場構成、プロダクトデザイン、空間インスタレーションなど幅広い分野で活動。主な作品に「NIKE 1LOVE」、「港北の住宅」、「空気の器」など。2015年、「空気の器」が、モントリオール美術館において永久コレクションに認定された。

造形としての魅力と
背後にあるストーリー、
その両輪が
デザインにとっては大切

カーデザインにおける
クラフトマンシップとは

― 三木
こんにちは。LEXUS UXのデザインを担当したプロジェクトチーフデザイナーの三木です。今日はよろしくお願いします。

― 鈴野
トラフ建築設計事務所の鈴野です。こちらこそ、よろしくお願いします。

― 三木
僕は大学進学のときに、建築方面かプロダクトデザインかを迷ったのですが、今回は建築家でありプロダクトデザインも手がけられている鈴野さんにお会いできるのを楽しみにしてきました。

― 鈴野
それは光栄です。

― 三木
特に、「港北の住宅」はとても興味深い作品ですね。

― 鈴野
ありがとうございます。建築は車と違って動かないじゃないですか。僕は、だからこそできることをよく考えているんです。例えば「港北の住宅」は、フジツボが集まってできたような筒状のトップライトが特徴なんですけれど、そこから屋内に差し込む光が壁を照らしたりフロアを照らしたり……光と影が刻々変化する。それによって、地球の動きだとか、時間の流れだとか、四季の移り変わりだとかを感じられる家にしたかったんです。

― 三木
あの天に突き出た屋根は、そういう意味があったんですね。光が刻々と移り変わる様が感じられる建築というのは、すごく共感できます。実は、僕らもレクサスのデザイン開発で、同じ言葉を使っているんです。

― 鈴野
それはどういうときにですか?

― 三木
例えば、車が通り過ぎるときにフロントグリルやボディーに当たる光が刻々と変化して、表情が変わって見えたりしますが、レクサスではそうしたことも常に意識してデザインしています。特に今回のグリルパターンは、それによって生命感まで感じさせられないかと意図したものなんです。だから、光の変化を意識してデザインするというのは、すごく共感するところがありますよ。

― 鈴野
光と影というのは、動かない建築でも、車のデザインでも重要な要素なんですね。三木さんは、いつカーデザイナーになろうと思われたのですか?

― 三木
決めたのは大学の卒業間際でした。ただ、デザイナーとか物づくりに関わる仕事に携わりたいと思うようになったのは、子どもの頃です。

― 鈴野
僕も同じです。小学生の頃、図画工作が好きだったのですが、勉強ができない子で、勉強がクセになるようにと、両親が家庭教師をつけてくれたんです。その先生がたまたま横浜国立大学の建築学科の学生だったのですが、授業の後は建築模型を持って来るんですね。大学に行ってまで図画工作ができるんだ、そんな職業があるんだって。それが建築家を目指すようになったきっかけです。

― 三木
僕は今日、一眼レフカメラを持って来たのですが、鈴野さんがご持参されたのは、カメラの模型のようですね。もしかして小学生の頃つくられたものですか?

― 鈴野
いえいえ。実は5歳の娘の作品なんです。三木さんのカメラには立派なレンズが付いていますが、写真がご趣味なんですか?

― 三木
ええ。僕は2001年から2004年の4年間、「CALTY」というカリフォルニアとミシガンにあるトヨタ自動車のデザインスタジオに出向したのですが、その間はアリゾナ州のグランドキャニオンだとかユタ州の砂漠地帯だとか、時間を見つけてはアメリカならではのスケールの大きさを体感できる旅行の機会をつくっていました。そのときに、同僚のすすめもあり、カメラにはまったんです。

― 鈴野
お持ちいただいた写真も、アマチュアとは思えないほどきれいですね。街を走っている車などは撮らなかったんですか?

― 三木
アメリカではクラシックカーや自分達でレストアしたクルマのイベントが頻繁に行われているのですが、そこへ足を運んで撮ったりもしました。昔の車はメカニカルかつシンプルで、カーデザイナーとしても興味を惹かれます。娘さんがつくられたカメラの模型も、興味深いですね。

― 鈴野
彼女は本当に純粋に物をつくることが好きで……。このカメラも、紙で箱を包んで、レンズのようなものを着けただけのとても粗削りな作品ですが、こんなクラフト感のあるデザインのなかに、現代的なテクノロジーが入っていたら面白いなとか、そういう視点で眺めると、物づくりのヒントになるんです。

― 三木
それにしても、ファインダー用に小窓が開けてあったりと、よく観察されていますね。ところで、お持ちいただいたプリントの写真は何を撮影したものですか?

― 鈴野
トラフでもデザインを手がけているカリモクという家具メーカーの工場でカメラマンに撮ってもらった写真です。こういう創作の現場に足を運ぶのは楽しいですし、やはり図面で伝えるだけではなく、職人や作り手とコミュニケーションをとることも大事だと思うんです。三木さんの場合は、こういう物づくりの場所と図面を描いている場所は近いんですか?

― 三木
建屋は違いますが、密接にコミュニケーションがとれる近さで、クレイモデラーやデジタルモデラーがクレイモデルやデータをつくっていますよ。

― 鈴野
車はテクノロジーの集合体ですが、クラフトな要素も大切ですよね。

― 三木
デザインの開発では、内外装ともに1分の1サイズのモデルやモックを制作しています。もちろんデジタルも駆使しますが、手を含め、人間の感覚で吟味されたデザインはひと味違うと思いますし、レクサスのデザイナーとして、自分で物を体感しながら仕上げていくという部分にこだわりを持ってすすめています。

「縁側」という
日本建築ならではの思想

― 鈴野
UXも写真ではとてもアグレッシブに見えたのですが、実車を拝見するとすごく端正できれいなデザインですね。デザインのテーマはどんなものなのですか?

― 三木
まずUXは開発コンセプトに「クリエイティブ・アーバン・エクスプローラー」を掲げています。要は今までにない都会的でコンパクトなクロスオーバーです。新しい価値を持つ車のデザインをどう仕上げるべきか検討した結果、“タフな力強さ”や“守られている安心感”を表現する「セキュア (secure)」という言葉と、 “俊敏”や“軽快”を意味する「アジャイル (agile)」という言葉──この両極のキーワードを組み合わせることで、新しいデザインが生み出せるのではないか、と考えました。

― 鈴野
両極の言葉を掛け合わせるというのは面白い発想ですね。具体的にUXのデザインを見ながら説明していただけますか?

― 三木
例えばサイドビューを見ていただくと分かりやすいのですが、安心感や力強いイメージを強調すべくボディに厚みをもたせて、凝縮感のあるフォルムに仕上げています。また、それと対比させるように、前後のフェンダーを張り出すことでタイヤのスタンスの良さが感じられるようにし、エモーショナルで俊敏な走りをイメージさせるプロポーションを追求しています。レクサスのブランドフィロソフィーには“人間中心”という考え方があるのですが、ドライバーがタイヤを直感的に感じられるようにフェンダーの峰をつくっているのも特徴です。

― 鈴野
まさに“人馬一体”ですね。

― 三木
はい。ドライバーズシートに収まっていただくと感じ取ってもらえると思うのですが、このフェンダーのトップのラインが、インストルメントパネル上部の造形と一体化しているかのようにデザインしています。

― 鈴野
内と外をいかにつなぐかというのは、建築でも大切なテーマです。

― 三木
実は我々もUXをデザインするプロセスの中で、「縁側」から発想を得たところがあるんです。視覚的に外部と内部の線をつないでその境界をあいまいにするという、日本建築の思想ですね。同時に、ドライビングの高揚感が感じられる低いドライビングポジションも目指しました。こうした取り組みにより、見晴らしのいい視界と、人と車の一体感を両立させています。

― 鈴野
デザイナーにせよ建築家にせよ、私たち日本人には意識せずともどこか日本ならではの感覚や美意識が備わっているのかもしれないですね。今日お持ちした「空気の器」という僕らが手がけたプロダクトも、海外の人たちからすごく日本的だと言われます。

― 三木
これは、エアリーな感じでとても面白い作品ですね。そもそもどういうこところから発想されたんですか?

― 鈴野
きっかけはある印刷会社によるプロジェクトでした。5人のデザイナーにそれぞれテーマとなる色を投げかけ、その色にまつわる作品をつくらせるというもので、僕のお題は緑でした。緑は印刷の世界では特色と言いまして、黄色と青を混ぜることで実現します。その性質に着目しつつ、紙は二次元なものだけれど、建築的に三次元に仕上げようという発想で生まれました。

― 三木
表が黄色、裏が青の紙が三次元の立体になったときに緑に見えるという仕掛けですね。これは面白い。

― 鈴野
紙の切れ込みの幅を1cmから始めてトライ&エラーを繰り返した結果、0.9mm幅で重力と紙の可塑性が釣り合い、自立するようになったんです。

― 三木
最初から器を想定してつくったんですか?

― 鈴野
実は機能は意識せずに、テーマである緑を立体として自立させるために黄色と青がどう交わるかということに純粋に取り組みました。その手法が完成してから、ここにコップを置いたらいいんじゃないかとか、ワインボトルを包んでプレゼントしたらいいんじゃないかとか、機能は後から発想していったんです。

― 三木
アメリカの建築家、ルイス・サリヴァンによる「形態は機能に従う」という名言がありますが、まさに真逆の発想ですね。

― 鈴野
この作品の制作過程でプロデューサーに「機能がないものは、最終的には売れないよ」と言われたんですが、実際は30万枚くらい売れているんです。「これ、実は紙なんだよ」とか、「角度によって色が変るんだよ」とか、自分が面白いと思ったデザインって人に伝えたくなるじゃないですか。デザインの価値って、最初に機能ありきだけではないと思うんです。

― 三木
とても興味深いお話ですね。きっかけとしては、純粋な興味や好奇心から発想したものでも、語るべきストーリーが備われば、ユーザーにとって価値あるデザインが生まれる。そのストーリーは機能だけとは限らないと。

― 鈴野
カーデザインは、やはり空気の流れだとか居住性だとか機能的な要件がとても重要になりますよね。

― 三木
そうですね。例えば、レクサスのデザインアイコンの一つであるスピンドルグリル。実はこの立体的なグリルの意匠は、ラジエーターなどの部品を効率よく設置し、それぞれを最大限機能させるという発想から生まれたものなんです。

― 鈴野
それはまさに「形態は機能に従う」ですね。

― 三木
僕たちがデザインする際には、基本的に必ず背後にこうした機能を語れるストーリーがある意匠を心がけています。でも、それは機能だけが造形の理由として前面に見えてくるような、説明的な造形を目指しているわけではないのです。機能はあってもお客様にはまず魅力的に思ってもらえること。だからそこには、さっきの「空気の器」のような意外性のある驚きを与えるような創造性や発想が必要ですよね。例えばUXのリアコンビネーションランプの造形をご覧いただきたいのですが、両端が切り上がった形状になっていますよね。これは、レーシングカーのリアスポイラーとリアコンビネーションランプを掛け合わせたら、空力を兼ね備えていながらまったく新しいコンビネーションランプができるんじゃないかと。意外性を生み出す為の「遊び心」を意識した発想から生まれたんです。実際に実験の部署がテストしたら、確かに整流効果が出ていて、レーンチェンジなどでの車の動きがスムーズになっているから、絶対に採用したほうがいいと。

― 鈴野
形態と機能、その両方から説明ができるデザインなんですね。要は造形としての魅力と背後にあるストーリー、その両輪がデザインにとっては大切ですね。

― 三木
おっしゃる通りだと思います。建築家とカーデザイナーと立場は異なりますが、同じく物づくりに携わる人間として、鈴野さんのお考えにはとても共感できる部分が多く、今日はお話しできてうれしかったです。ありがとうございました。

― 鈴野
こちらこそありがとうございました。三木さんの渾身の作品であるUXを、改めて街で拝見できる日を楽しみにしています。

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