TECHNOLOGY

宇宙ビッグデータを駆使して、
日本のコメ作りに新風を吹き込む

2021.08.20 FRI
TECHNOLOGY

宇宙ビッグデータを駆使して、
日本のコメ作りに新風を吹き込む

2021.08.20 FRI
宇宙ビッグデータを駆使して、日本のコメ作りに新風を吹き込む
宇宙ビッグデータを駆使して、日本のコメ作りに新風を吹き込む

「宇宙ビッグデータ米」は、宇宙を周回する人工衛星が観測した地上に関するビッグデータを基に、最適化された稲作を算出してコメを作るプロジェクトを指す。2021年春に田植えを行い、今秋の収穫に向けて現在進行中である、このプロジェクトを手掛けるJAXA公認スタートアップ「天地人」のメンバーにその狙いと今後の展望について話を聞いた。

Text by Rie Noguchi
Photograph by Getty Images

宇宙データを利活用する

いま地球の周りの宇宙空間には、無数の人工衛星が飛んでいる。人工衛星はそれぞれが異なった役割をもち、コミュニケーションインフラを担う「通信・放送衛星」や、気象や災害予防に役立てる「地球観測衛星」、高精度の測位情報を送る「測位衛星」、太陽系や宇宙の謎を解き明かすための「科学衛星」、国際宇宙ステーションの日本実験棟やステーションへの物資補給機などさまざまである。

なかでも、地球を丸ごとスキャンするようにして、はるか上空から地球上の様子を観察することで得られる地球観測衛星のデータは、いわゆる宇宙ビッグデータとして、災害監視、気象予報などの分野で大きく役立っている。しかし計測できるデータは膨大で、その全てを利活用できているかというと、現実はまだこれからというステージなのも事実。

しかし今後、宇宙ビッグデータは、利活用次第で、私たちの生活に大いに役立つ可能性を秘めている。そしてこの宇宙ビッグデータを、日本を代表する産業の一つ、農業に役立てようと試みているのが、JAXA公認のスタートアップ「天地人」なのである。
宇宙ビッグデータ米は、農業ITスタートアップ「笑農和」とコメ卸大手の「神明」とのコラボレーションによるプロジェクト

宇宙ビッグデータを基に農業をする

天地人は、JAXAの元スタッフを中心に農業IoT分野に知見がある開発者などが集結して設立。独自開発した「天地人コンパス」で宇宙ビッグデータを解析・可視化することで、ビッグデータのメリットを最大限活用し、まだ誰も気付いていない“土地の価値”を明らかにしようとしている。天地人の開発ディレクター/デザインエンジニア・吉田裕紀氏は、設立の背景を次のように語る。

「宇宙から計測されるデータには、使用されていないものもあります。そのデータを使って農業をするための“最適な場所”を見つけるというのが大きな目標の一つです」

この宇宙ビッグデータを軸に置いたビジネスを展開する天地人の最新プロジェクトが「宇宙ビッグデータ米」だ。このインパクトのある名前のコメ作りは、スマート水田サービス「paditch」(パディッチ)を提供する農業ITスタートアップ「笑農和」(エノワ)、コメ卸大手の「神明」と協業して始まったもので、2021年春に栽培がスタートしている。

プロジェクトに関わる3社は、それぞれの専門分野で“データ”を計測しているのが特徴だ。

まず天地人は、地球観測衛星のデータを活用した土地評価エンジン「天地人コンパス」で、収穫量が増える圃場(ほじょう=農産物を栽培する場所)や、よりおいしく育つ可能性のある圃場を見つける。笑農和では、スマホで水管理を自動化できるpaditchを活用して、田んぼにとって適正な水温・水量を維持・コントロールすることで、よりおいしいコメを多く栽培する。そしてコメの収穫量のデータを計測したり、コメのうまみなども計測している神明の直営店「米処 穂」で、出来上がった宇宙ビッグデータ米を販売予定だ。
土地評価エンジン「天地人コンパス」の画面。地球観測衛星のデータを活用している
天地人の吉田氏は「こうした宇宙ビッグデータと実際の地上のデータと照らし合わせながらコメを作ろうとしています。天地人は、天が衛星、地が地上で、そして人のノウハウ、という意味が込められています」と言う。

環境変動と少子高齢化という社会課題を解決

日本の少子高齢化問題は農業にも及んでいる。生産者の高齢化に伴い、農業就業人口は年々、減少傾向にある。今回、宇宙ビッグデータ米プロジェクトに参画する3社も「将来、コメが足りなくなる」という共通の危機感を持つ。将来的なコメの生産増につながる農業施策として、宇宙の技術を活用した農業を確立していきたいという想いが「宇宙ビッグデータ米」栽培の背景にあるのである。

「今秋の収穫に向けて、ゴールデンウイークに田植えを終えました。この後は田んぼの水量や気温などのデータを観測しながら、最適な環境を整えて栽培していきます」と吉田氏が言うように、現在進行形でプロジェクトが動いている。

そしてコメ作りに宇宙ビッグデータを利活用する最大のメリットは何か、吉田氏に尋ねると次のような答えが返ってきた。

「現在のコメどころと呼ばれている場所以外でも実はコメ作りに向いている土地が見つかるかもしれません。特に近年は地球温暖化でどんどんコメどころの分布が変わってきています。今ある田んぼに関してもデータを分析することで効率的に栽培して収穫量を増やすことができるかもしれません」

高齢化が進み、農業就業人口が減少するなかで、効率よくコメを栽培できることは今後の日本の農業を維持していくために必要なカギとなるはずだ。吉田氏はさらに続ける。

「将来的な気候変動にも、それが起こってから対応するのではなく、今から計画的に気候や土地に合わせた生産地の開拓をしておくのが良いと思います。天地人には“人類の文明を最適化させる”というミッションがあるのですが、まずはコメ作りを最適化していこうとしています。現在は元々ある田んぼと、データを基にコントロールした田んぼを比較して、どれくらいの成果の差が出るのかを検証しています。将来的にはデータを基に、『気候変動に対応したブランド米』をつくることも目指しています」

実際にデータを計測するに当たり、ソフトウエアエンジニアの陳柏嘉氏は、プロジェクトを遂行する上での苦労を次のように語る。

「衛星データと地上で計測したデータは必ずしも一致しません。どちらも一長一短あります。地上の方はセンサーを仕掛けないと分からない代わりに、(センサーがあれば)細かいところまで分かる。逆に、衛星データはどんな場所でも分析できますがデータの解像度が粗くなるところがあります。お互い補完しあいながらなるべく最適なデータを収集していく必要があるのです」

今秋出来上がる宇宙ビッグデータ米は、まだ大量生産のステージには至っていないものの、一般でも販売予定だという。

宇宙ビッグデータを利用したさらなる展開

宇宙ビッグデータが観測できるのは、当然、世界中のデータだ。宇宙から地球をセンシングする「リモートセンシング」は海外ではよく使用されている。例えば金融業界ではどれだけ工場が稼働しているのかを衛星からチェックでき、このデータが株価に影響することもある。また日照度が高い広い場所があれば太陽光パネルを設置できる。

吉田氏は「天地人も海外での展開も視野に入れ、パリに支社も置いています。衛星のいいところは日本にいても海外のことが分かることです」と話す。

さらに吉田氏は稲作以外にも、キウイフルーツやアスパラガスなどの栽培にも役立てていきたいと言い、林業など農業以外の分野における援用の可能性も示唆する。そして今後の取り組みについては、吉田氏は次のように話す。

「何をどこまでできるのか、探り探りやっていますが、いまは事例づくりをしていきたいと思っています。こういうプロジェクトをやることで、次につながる。ぼくたちがいま農家さんに説明をしても、まだ実例がないので分からないと思います。だから具体的にできたことを話せば理解もしてもらえる。それが社会課題の解決につながると思うんです」

宇宙ビッグデータを利活用することで、少子高齢化という社会課題の解決策すらも提示できる。そしてさらに効率よく、さらにおいしいコメをつくり出せる。今後、農業全般でも活用されることでよりよいエコシステムが生まれるはずだ。


株式会社天地人
https://tenchijin.co.jp/

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