VISIONARY

TECHNOLOGY

詩仙堂に東本願寺─
日本の名勝をETHが3Dスキャンする理由

2017.09.20 WED
詩仙堂に南禅寺─日本の名勝をETHが3Dスキャンする理由

世界最高峰の理系大学の一つであるスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)。同校のランドスケープ研究室が、京都工芸繊維大学と連携し、3Dレーザースキャナーで京都の日本庭園をまるごとスキャンしている。その目的とは。

(読了時間:約6分)

Text by Yuka Tsukano
Images by KYOTO Design Lab, Kyoto Institute of Technology
Photographs by Tomomi Takano

SHARE

この記事をシェアする

こちらの記事は音声でもお楽しみいただけます。

COLLABORATED WITH

アルプスから京都の寺院までを3Dスキャン

世界最高峰の理系大学の一つ、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)。クリストフ・ジロー(Christophe Girot)教授が率いるランドスケープ研究室は、3Dレーザースキャナーで世界各地の多様なランドスケープのデータを採取し分析している。

3Dレーザースキャナーは、3Dプリンターと比べるとまだなじみが薄い。スキャナーから照射されたレーザーによって、対象物の3次元座標、カラー情報、反射率等を取得するという画期的な計測技術だ。

例えば、スイス・ゴッタルド地方のプロジェクトでは、ゴッタルド山塊を貫く世界最深最長のゴッタルド鉄道トンネルやアルプスの山々、道路を3Dスキャンし、同時にさまざまなマイクで現場の音を収録。立体的な音響が視覚情報を補完し、高精度で高密度なデジタルモデルを作成した。

近年、ETHのジロー研究室が京都工芸繊維大学「 KYOTO Design Lab」と共同で取り組み始めたのが、日本庭園の3Dスキャンだ。KYOTO Design Labとは、デザインとエンジニアリングの実践的教育に注力してきた京都工芸繊維大学が立ち上げたデザインと建築に特化した研究機関で、京都という地の利を生かし、海外の大学や研究者との共同研究を進めている。
詩仙堂の3Dデータの一部。フィールド内の任意の位置を選ぶと、空間のみならず、その場の音声も体験できる
詩仙堂の3Dデータの一部。フィールド内の任意の位置を選ぶと、空間のみならず、その場の音声も体験できる
これまで、ジロー研究室のマティアス・ヴォルマー(Matthias Vollmer)氏、ナディーン・シュッツ(Nadine Shütz)氏、京都工芸繊維大学の大学院生が主体となって、京都の「詩仙堂」のほか、「三井寺 光浄院」、「東本願寺 渉成園」、「南禅寺 大寧軒」、「とらや」、三条の京町家の庭園と建築物を計測してきた。そこで獲得した3Dデータを再編集し、日本庭園と建築をデジタルモデル化している。

この共同研究「日本庭園の風景と音の計測」の目的について、京都工芸繊維大学助教(現在はETHの客員研究者としてチューリッヒ在住)で建築家の木下昌大氏に話を聞いた。

工業化が産んだ2次元という弊害

ETHのクリストフ・ジロー教授は、ランドスケープデザイナーでもある。「ジロー教授は、歴史的建築物や昔からある美しいランドスケープは、平面図、断面図、立面図という2次元の表記方法が確立する以前につくられていたことを指摘しています。だから2次元の情報だけでは取りこぼしている情報がある、と。それらをあるがままに捉え、参照元にするのが我々の研究の目的です」と木下氏は説明する。
三井寺の光浄院にて、バイノーラルマイクを用いて3D音源を収録するETHの研究者ナディーン・シュッツ氏
三井寺の光浄院にて、バイノーラルマイクを用いて3D音源を収録するETHの研究者ナディーン・シュッツ氏
興味深いのは、ジロー教授の研究室に在籍するナディーン・シュッツ氏とルードヴィヒ・ベルガー(Ludwig Berger)氏は、音専門の研究者だということ。音と設計は無関係のように思えるが、その認識こそが、建築物を2次元に捉えようとしてきた弊害なのだという。

「例えば、俳句には音の情報が入っています。しかし、我々が受けた近代以降の建築教育では、音は学びません。音とは基本的にシャットダウンするもので、人工的に付加するものでした。日本の寺院や庭園の音を採集していくと、虫や鳥などの自然の音と、水の流れや鹿おどしなど人工的な音が、複合的にデザインされていることがよく分かります。その場所に行かないと体験できないものを何かしらのメディアによって再現する場合、図面や模型、写真等に抽象化して落とし込んできました。2次元以外で表現できないものは再現していなかったのです」と木下氏。
東本願寺の渉成園にて、3Dレーザースキャナーで計測するETHの研究者マティアス・ヴォルマー氏
東本願寺の渉成園にて、3Dレーザースキャナーで計測するETHの研究者マティアス・ヴォルマー氏
木下氏は「実は、3Dスキャンは非常にプリミティブな手法」だという。「昔の人は日干し煉瓦で家をつくるときにわざわざ図面にしていなかったし、日本庭園の庭師も測量をしていませんでした。慣習化されたものを再生産できるようにしたのが工業化でしたが、それには2次元に落とし込む必要がありました。この3Dスキャンのテクノロジーを使えば、3次元のまま3次元の設計ができるようになるのです」。
ETHの研究者ルードヴィヒ・ベルガー氏。三井寺の光浄院で水の音を録音している
ETHの研究者ルードヴィヒ・ベルガー氏。三井寺の光浄院で水の音を録音している

コンテクストを求めるヨーロッパ建築

3Dレーザースキャナーによる測量は、トンネルやプラント、橋梁などの土木分野では、既に世界的に主流になりつつある。一方、日本の建築設計分野での実用化は少ない。

木下氏は、「ヨーロッパでは、建築設計においても3Dスキャンの活用は珍しくありません」と話す。「というのも、歴史的建造物が多数残るヨーロッパの国々では、建築家の大半の仕事は新築よりも改修やリノベーションだからです」。
米ファロー社の3Dレーザースキャナー。60㎝という至近距離から130m先までが計測可能範囲だ
米ファロー社の3Dレーザースキャナー。60㎝という至近距離から130m先までが計測可能範囲だ
ETHをはじめとするヨーロッパの教育機関では、建築物の保存と修繕の研究や教育が日本以上になされている。

「形あるものは朽ちるということをヨーロッパの人々はよく知っています。だからこそ朽ちてしまう文化をいかに引き継いでいくかを分析するのです」と木下氏。

「ヨーロッパの建築設計に携わる人々は、コンテクストを非常に重視します。日本の設計スタンスとは大きく異なるのが、何を参照しているかを明らかにすること。基本的に何か建築物を設計するとき、既存の何かがそこにあります。周辺の状況を詳しく知る手法のひとつとして、ヨーロッパでは3Dスキャンによる分析が活用されているのです。いかに正確に建築の置かれた状況を把握するかが、新築でも改修でも大切です」と木下氏は続ける。
京都工芸繊維大学助教(現在はETHの客員研究者としてチューリッヒ在住)で建築家の木下昌大氏
京都工芸繊維大学助教(現在はETHの客員研究者としてチューリッヒ在住)で建築家の木下昌大氏

3Dがもたらす、建築設計と施行の未来

位置情報、色情報を正確にひろうこの3Dスキャン技術を用いれば、建物やランドスケープを別の場所にそのまま再現することも将来的に可能になるだろう。

20世紀までの建築設計では、2次元で捉えられる情報しか再現できないがゆえに、人の目をひく意匠が重視されがちであった。一方、3Dスキャンによってでさまざまな情報が再現できることが前提になれば、建築家やランドスケープデザイナーたちは、音や色、時間的変化をより意識するはずだ。
スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)のランドスケープ研究室を率いるクリストフ・ジロー教授
スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)のランドスケープ研究室を率いるクリストフ・ジロー教授
設計手法としての3D化がすすむ一方、施工の3D化は黎明期である。「建築分野へのロボティクス導入の最先端を走るETHでは、3Dプリンターによる建築材料の出力、ロボットアームでの組み立てを実現しています」と木下氏。まさに今、3Dによる分析、3Dでの設計、そして施工という流れが実装されつつあるようだ。

3Dテクノロジーによって日本庭園がヨーロッパにそっくりそのまま再現される日も遠くないかもしれない。

SHARE

この記事をシェアする

FOLLOW US

公式アカウントはこちら

RELATED

この記事を読んでいる人におすすめ

POPULAR

RECOMMENDED