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LEXUSのエンジニアが挑んだエアレース

2024.03.27 WED
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LEXUSのエンジニアが挑んだエアレース

2024.03.27 WED
LEXUSのエンジニアが挑んだエアレース
LEXUSのエンジニアが挑んだエアレース

2017年よりエアレースでの技術交流を通して、全く違う視点からのアプローチで新たな技術の発掘を目指すLEXUS。クルマ屋LEXUSが挑むエアレースに迫る。

クルマ屋の常識が通用しないエアレースの世界

室屋義秀選手とエアレースのエンジニアと共にLEXUSのエンジニアが参加して2017年から開始された「空」と「陸」の技術交流。

その技術交流チームが本格的なレーシングチームとして活動を開始したのが、2021年10月に立ち上がったLEXUS PATHFINDER AIR RACINGだ。
LEXUS PATHFINDER AIR RACINGで技術開発に携わったエンジニア達(2022年11月撮影)
LEXUS PATHFINDER AIR RACINGで技術開発に携わったエンジニア達(2022年11月撮影)
チーム立ち上げ時に掲げたミッションは2つ。それは、「エアレースで勝つ」、「エアレースで新技術を創出し、もっといいクルマづくりに繋げる」こと。

このミッション達成のために、チームは2022年に開催が予定されていた新生エアレースに向けて何をすべきか話し合ったという。

LEXUSには、そのときどきにおいて、できる改良は必ず織り込み、商品のたゆまぬ進化を追求する“Always On”という考え方がある。

“Always on”で室屋選手の機体の改良に着手したのがエンジンカウル、シート、ヘッドアップディスプレイ(HUD)、エンジントルク計測の4点だったという。

しかし、開発をスタートさせたLEXUSのエンジニアはクルマ屋の常識が通用しないエアレースならではの厳しさと文化の違いに直面することとなる。

クルマづくりで培ったカーボン技術をエアレースに

室屋選手のレース機“Zivko Edge 540 V3”。この機体のエンジンカウルは、型に繊維シートを押し付け、樹脂を塗って炭素繊維を重ねる「ウェットカーボン」という製法でつくられていた。

カーボンにはウェットカーボンとドライカーボンという製法がある。ウェットカーボンは樹脂が浸透していないカーボン繊維に手作業で樹脂を塗り硬化させる。

手軽に製作できるが、作業者や気候にも影響を受けるため、バラツキが出やすく品質の管理が難しい。強度、重さも一般的な繊維強化プラスチックと大きな差はない。

一方でドライカーボンは樹脂を浸透させたカーボンクロスを高温高圧で硬化処理するため、使用する樹脂も少なく軽量化と高剛性で安定した品質を出すことができる。

LEXUSのエンジニアはクルマづくりで培った、この「ドライカーボン」の技術で室屋選手のエンジンカウルをつくることに挑戦した。

フィットしないエンジンカウル

LEXUS PATHFINDER AIR RACINGが結成された2021年10月下旬。室屋選手が出場を予定していた新生エアレースは、翌年2022年3月に開幕戦が予定されており、リードタイムは5カ月を切っていた。

開幕戦はヨーロッパでの開催が予定されていたため、エアレース機を船便で運ぶ輸送期間を考慮すると1月に完成を目指すという超短納期だ。

しかし、クルマの場合、カーボンの型の製造だけでも通常は2~3カ月必要で、型が完成してからカーボンの製作をすると3~4カ月はかかってしまう。

チームはそのクルマの常識を壊すため、さまざまな部署に掛け合い、飛行機の3D図面からわずか2カ月という短納期でエンジンカウルを完成させる。

2022年1月、愛知県から完成したエンジンカウルを運び、ふくしまスカイパークで装着を試みるとエンジンカウルは形状が違なりフィットしなかったという。

そもそも飛行機は1機ずつオーダーに合わせ、細かい調整をしながら手づくりでつくられるため、製作段階で図面から変更されていることが多い。追加して室屋選手の機体は、レースの間にも数々の勝つための改良が施されていた。

クルマの開発では変更箇所は図面に落とし込まれる。しかし、1台しかなく勝つことが目的のエアレースでは、変更箇所を精緻な図面に落とし込む必要がなく、3D図面と異なる形状になっていた。クルマ屋LEXUSの常識がエアレースでは非常識だった。
フィットせず焦る一方で、予定されていた新生エアレースの開幕戦は、COVID-19などの社会情勢により2022年の7月に開催と実質上の延期が発表される。

チームは、7月のレースに照準を定め、福島に留まりフィッティングのための調整を続けた。
最初のエンジンカウル完成から2カ月後となった2022年3月、フィッティングの調整が完了し、エンジンカウルを使用した初フライトへこぎ着ける。

しかし、初フライトでのエンジンカウルは、クルマとは違うスピード、風圧に晒される飛行機というクルマとは異なる環境で風圧により変形してしまったという。

つくり直すにも、図面は使えず、型も無く、実際の機体と合わせながらしか調整が出来ないエンジンカウルは、引き続きエンジニアたちがふくしまスカイパークで補強と調整を繰り返すこととなる。

レース目前の2022年6月、さらに3か月を費やし機体の計測も行い風圧に負けない強度と剛性を追求した軽量で空力にも優れたエンジンカウルがついに完成した。

室屋選手の肉体を最大化するシート

室屋選手が挑むエアレースの最高速は400㎞/h、パイロットにかかる重力は最大12Gとパイロットにかかる負担は想像を絶する。

この極限状態のなかで0.001秒単位の反応が求められ、一瞬の操縦桿捌きで勝敗が決まる。室屋選手の飛行機には、2017年にLEXUSのステアリングホイールの考え方でつくられた「飛行機と対話ができる」グリップが採用されている。

レースに向け、室屋選手のパフォーマンスを最大化するために次なる一手として着手したのが、シートの開発だった。

それまでのシートで室屋選手は舵を切るときの力により、安全のために背負っているパラシュートとシートがずれてしまい、室屋選手は飛行中に腰の痛みも感じていたという。

クルマの開発で、シートは感性評価という人の五感や感情を言葉で表し、その評価を基に開発がされてきた。

しかし、これは言語化する人の表現にも左右されてしまうため、トップアスリートであっても全てを表現することは難しい。

この課題解消のためにチームがまず行ったのが、筋肉の反射の速度、力を測る室屋選手の筋肉の動きを筋電という信号で測定し「見える化」することだったという。
数値化できたことにより、課題が明確となった室屋選手のシート開発は、フィッティングと合わせて、幾多もの素材を試し、パラシュートの収まりや、滑り具合を繰り返し調整し、ベストなフィッティングを見つけ、室屋選手の反応速度をさらに上げたシートが完成した。

このトップアスリートである室屋選手のデータを解析したことはLEXUSにとっても大きな資産となったという。

この室屋選手の筋電の測定を利用したシート開発がきっかけとなり、LEXUSのシート開発も感性評価に合わせ、筋電の測定が加わることになった。この新しい評価でつくられるLEXUSのシートは近い将来登場するという。

ヘッドアップディスプレイという秘密兵器

2023年のAIR RACE Xで室屋選手の機体には他の選手の機体にはないHUDが搭載されていた。

エアレースで必要な情報を、室屋選手の視線の動きを少なく届けたい。こう考え開発したので、世界に一つだけのHUDだ。
当初は、HUDではなく、スマート眼鏡のようなゴーグルに映し出すことも検討されたが、室屋選手は飛んでいるときに見えるパイロンの位置、ターンした先の目標物、飛行するラインを目視することを大切にしていた。

飛行中の室屋選手に必要なときに必要な情報を視覚で伝える。この情報の「ジャス・イン・タイム」に最適なディスプレイとして採用されたのがHUDだった。

LEXUSのクルマにもHUDは採用されている。しかし、飛行機のコックピットから見える景色には空や白い雲、地表、ときには太陽が見える。
太陽から降り注ぐ光や、真っ白な雲に向かって飛んでいるときでも、必要な情報をクリアに映し出すためには、クルマの何倍もの光量を出す必要があった。しかも、機体に搭載するには軽量で小型な装置が求められた。

そこで開発したのが、複数枚の高精度LEDを並べて発光させる世界でも室屋選手の機体にしか装着されていないHUDだ。

大空でもクリアに見えるHUDを飛行機に載せようとしたところ、室屋選手の航空整備士から、まさかのストップがかかる。

簡単な挑戦じゃないからチームでやる

クルマ屋LEXUSの常識では、一つひとつ検証を積み重ね、エビデンスを取って出したつもりが、飛行機の安全性と規格が合っていなかったという。

飛行機に搭載するものは、まず難燃性が求められる。さらにHUDが故障してノイズが乗ってしまったときの機体への影響など、クルマづくりとは異なる安全性の観点があった。

そして、それぞれの常識の違いが、大きな溝となり、一時はチームの空気が悪くなったこともあったという。

そのとき、室屋選手が言ったのが「簡単なことだったら、(LEXUSが参加する前に)もうやっているよ。難しいことだから、キミたち(LEXUSのエンジニア)に頼んでいるんだよ」という言葉だった。
その後、室屋選手自らが「空」と「陸」の常識や用語の違いを「通訳」しエンジニアの橋渡しをしたことで、チームの空気は一変しHUDは22年7月に完成した。

このHUD技術はライバルチームが真似をしようとしても、真似できないLEXUSの技術の集大成だとチームは自信を見せる。

まさかのエアレースの開催中止

2022年7月のエアレース開催を目指しエンジンカウル、シート、HUDの準備を終えたLEXUS PATHFINDER AIR RACING。

そこに入った知らせが、引き続き猛威を振るっていたCOVID-19など社会情勢の影響による新生エアレースの開催中止だった。

がっかりするメンバーも多いなかで、「やることはいっぱいある」と変わらず活動をつづけたのがトルクの計測だったという。

このトルク計測は、室屋選手の飛行機の調子やパワーを定量的に把握したいという言葉から始まった。

トルクの計測と言葉にすると簡単だが、飛行機のトルク計測はLEXUSのエンジニアたちは取り組んだことがない未知の領域だ。

どうやってトルクを計測するか、チームが考えたのが、プロペラ後方のフライホイールの内側に小さい回路を付けて、ひずみを計ってトルクに変換するという方法だった。
これにはデジタル技術と計測技術をうまく融合させながら、トヨタのものづくりを変えていこうと「もっといいクルマづくり」に関わってきた計測チームが持つCAE(コンピューターを利用した工学支援システム)を応用した。

コンピューターを利用してトルク計測の予測はできたが、実際の室屋選手の飛行機に搭載する前にテストが必要だった。

何十Gという強烈な重力を検証する装置を持っている企業や研究施設は数少ない。そこでチームが実験場所として協力を依頼したのが茨城県つくば市にあるJAXA(宇宙航空研究開発機構)だったという。

この計測チームが所属するトヨタ自動車の部署では、先輩から「測れないものはつくれない」という言葉が引き継がれてきている。

数値を測り、見える化し、それを改善していくことで手の内化をしていく。これはトヨタ自動車、LEXUSのクルマづくりで大切にしていることだ。

飛行機のトルクを計るため室屋選手が使用する環境と同じ重力をかけ、事前検証をしたパーツを実際の飛行機に付け、計測にトライしようとする。

しかし、最初にセンサーを付けようと加工した部分はプロペラの力がかかる部分で、万が一の際、センサーの取り付け部が耐えられないのではないかと空のエンジニアたちから不安の声が上がり使用中止となる。

そこで、LEXUSのエンジニアたちが次の手として考えたのが、プロペラにエクステンションを付け、その歪を計測する方法だった。
地上での実証実験を重ね、安全性と正確なトルクの計測が証明されたこの方法が、最終的に採用されることになった。

2023年、エアレースが開催されないなら、室屋選手をはじめとしたパイロット自らの手でエアレースをつくろうと開始されたAIR RACE X。

実に4年振りとなったこのエアレースで、多少のトラブルはあったものの、エンジンカウル、シート、HUD、トルク計測は性能を発揮し、室屋選手のパフォーマンスと相まってチームは見事に優勝を飾った

このエアレースで鍛えられた技術はLEXUS LC500 特別仕様車 “AVIATION”、“EDGE”*、レーシングドライバー佐々木雅弘選手と一緒につくられたRZ450e 特別仕様車 “F SPORT Performance”を生み出し、特別仕様車以外の他の車種でも、エアレースの知見が織り込まれている。

*LC500 特別仕様車 “AVIATION”と“EDGE”はすでに完売。

チームが立ち上げ時にミッションに掲げていたのは「エアレースで勝つ」と「エアレースで新技術を創出し、もっといいクルマづくりに繋げる」こと。この2つは見事に達成される。

しかし、室屋選手とPATHFINDER AIR RACINGの挑戦は止まらない。2024年3月25日に発表されたAIR RACE X 2024年シリーズ

室屋選手は「今年はシリーズ戦となり、いよいよチームの総合力が試されますので、シリーズチャンピオンを獲得したいです。また、機体の空力改善やパイロット支援システムなどの研究開発の成果がどうタイムアップにつながるかが楽しみです。」とAIR RACE Xでライバルチームへ挑む。
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