JOURNEY

瀬戸内の穏やかな風情に癒やされ、至福の時に酔う

徳島・鳴門の旅

後編

2022.06.02 THU
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瀬戸内の穏やかな風情に癒やされ、至福の時に酔う

徳島・鳴門の旅

後編

2022.06.02 THU
瀬戸内の穏やかな風情に癒やされ、至福の時に酔う徳島・鳴門の旅 後編
瀬戸内の穏やかな風情に癒やされ、至福の時に酔う徳島・鳴門の旅 後編

瀬戸内の風光明媚な景観を楽しみ、徳島・鳴門の奥深い魅力に触れるLEXUSで巡る旅。この日はこの地に110年余りの歴史を刻む老舗「とくしま青柳」へ。渦潮で知られる鳴門海峡特有の潮流にもまれた天然真鯛を味わい尽くし、3代目小山裕久氏の感性息づく料理の真髄に触れた。
前編の記事はこちら

Text & Edit t by Mari Maeda
Photographs by Shu Okawara

鯛と言えば「青柳」。徳島の名店で鳴門鯛を堪能する

鳴門まで足を延ばしたのであれば、明治43年に徳島・富田町でのれんをあげた「青柳」の本店「とくしま青柳」にぜひ訪れたい。言うまでもなく、日本料理界を牽引してきた3代目小山裕久氏の店で、「鯛といえば青柳」と語り継がれて久しい。

この日は昼に訪れ、小山氏の娘である女将がにこやかに迎えてくれた。名店でありながら気取りのない、温もりのある人柄が客を和ませる。

この店では、何と言っても「鯛のへぎ造り」と「鯛の淡々」をいただきたい。小山氏が今日の名声を築いた料理だ。
店内には小山氏が自ら選んだ骨董品の数々が並ぶ。写真の箪笥は中国で一目惚れし日本へ運んだという
小山氏好みの器や貴重な阿波浄瑠璃の人形なども展示されて
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鯛との対話から生まれた「へぎ造り」

青柳に30年余り身を置き、小山氏の全幅の信頼を受ける料理長が、目の前で素材を扱い、料理を仕上げていく。その見事な包丁さばきや仕上げを眺めているだけで、料理の真髄に触れるかのようだ。
今でこそ広く知られるへぎ切りは、小山氏がおよそ40年前に考案したもの。身の繊維に沿うようにして包丁遣いを微調整することで、鳴門の潮にもまれて締まった鯛を、つるりといただくことができる。弾力ある食感と、鯛の極上の甘みとうまみを堪能できるのはここ、青柳ならでは。
後日幸いにも、小山氏本人からこの技に至った経緯について話を聞くことができた。

「明治に創業した料亭に生まれて、大阪の吉兆に修行に出たのですが、戻って店を継ぐことになりました。しかし今から50年も前のことです。宅配もない時代に、大阪で扱っていた食材を手に入れたくても、小包が届くまでには2、3日かかります。それでは新鮮さを失い使えるものがありません。つまり私の前には何の食材もなく、唯一の“友達”は鳴門の天然鯛でした。その鯛と、来る日も来る日も会話を重ねていたのです」

「当時鯛といえば明石の鯛で、鳴門の鯛は硬くて豪快過ぎるといわれていました。渦潮を巻くような激しい潮流にもまれて育ちますから、筋肉質です。その鯛と私は毎日話しをし、こう切ってほしいという鯛の声を聞き続けました。そうして、へぎ切りにたどりついたのです。包丁を斜めに寝かせ、繊維の動き具合に合わせて削ぐように切るのですが、わらび餅のようにつるっとした食感で、香りもふわっと香るでしょう?」

鯛は薄く、平造りが常識だった時代に、小山氏が編み出したへぎ切りは食通たちを唸らせた。身が引き締まった厚みのある身は平造りのように崩れることなく、喉越しがいい。うまみも溢れる。鯛のへぎ造りは瞬く間に評判を呼び、人々は足しげく徳島へと通った。
見た目にも美しい「鳴門鯛のへぎ造り」
見た目にも美しい「鳴門鯛のへぎ造り」

「鯛の淡々」に料理の極意を知る

一方、その頃青柳では甘辛い煮汁で炊く「鯛のあら炊き」が名物で、小山氏の得意料理でもあった。しかしふと、「自分はこの料理を作るときに鯛の声を聞いているのだろうか?」と、立ち止まったという。鯛の造りのように、この料理もまた、鯛の声を聞くべきではないのか、と。 そうしてまた、5年もの歳月をかけて鯛との会話を重ね、「鯛の淡々」が誕生した。
鯛の骨髄から引き出される酸味に日本酒の甘み、薄口醤油をほんの少量加えて、類のないうまみと味わいを引き出す「鯛の淡々」
鯛の骨髄から引き出される酸味に日本酒の甘み、薄口醤油をほんの少量加えて、類のないうまみと味わいを引き出す「鯛の淡々」
鯛の頭を、火加減なしに瞬時に炊き上げ、足すのは薄口醤油のみ。ごくシンプルでありながら、「海の味」そのものをいただくような優しく深い味わいは、心と体に沁み渡る。

「この料理は炊き上がる瞬間を見定め、最後に加える薄口醤油の微妙なさじ加減がすべてです。それが難しい。東京と徳島で今この料理を任せられるのは3人です。鯛の頭は味も個性もそれぞれ違いますから、火の入り具合を見極め、薄口を入れることに神経を集中させる。どれほどの薄口が必要なのかを、鯛に聞くんです」

瞬間を狙い、瞬時の判断を下すのが真の料理人だと小山氏はいう。そしてそれができる才能とは、愛情と思いやりなのだと。

「我を無くすこと。エゴがあっては、鯛の声を聞くことも、見えないものを見ることもできません。分からないように素材をサポートすること。それが料理の極意です」

小山氏のそうした哲学は、今日のすべての料理に宿る。ゆえに青柳は日本の、いや世界の美食家たちを魅了するのだろう。
青柳では鱧切りを習得するのに10年かかるという。1寸を24に切ることで生まれる鱧の繊細なふわふわ感は口にして驚くほど
すだちとトロなすが添えられた鱧椀に、「此のあたり目に見ゆるものみなすずし」と書かれた器が涼を添える
フランス宝飾ブランドの晩餐会のために考案した八寸の「文箱」は見た目にも雅びやかだ。上段と下段で様々な味覚が楽しめる
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切って味が変わる鯛のへぎ造りと、料理をしてなお、自然のままである鯛の淡々。若き日に小山氏がたどり着いた原点を求めて、今日も人々は鳴門に赴く。

「徳島は空気が違うからでしょうか。鯛は東京の店にもその日のうちに空輸で届くのですが、やはり徳島の店で食べるのがうまいと皆さんおっしゃるので不思議です」

そうほがらかに笑う小山氏。最後に徳島の魅力について聞くと、生まれ育った地に想いを馳せるように、言葉を添えてくれた。

「徳島には人情があります。四国八十八箇所めぐりは鳴門の霊山寺から始まりますので、慣れないお遍路さんの緊張を和らげようと彼らを接待し、受け入れるような優しさが昔から育まれてきたのかもしれません。そんな風土ゆえに、徳島はどなたにも故郷のように感じていただけるのではないでしょうか」

穏やかな瀬戸内の海に抱かれる風光明媚な地で、人の温かみに接し、美食を心ゆくまで堪能した最上の休日。ふと、この地の奥深い魅力に触れるLEXUSで巡る旅は、始まったばかりなのかもしれないと感じた。
青柳
http://aoyagi-group.jp

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