JOURNEY

「文化香る北アルプスの城下町」信州・松本で知的好奇心を刺激する旅を堪能する—前編

2022.03.22 TUE
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「文化香る北アルプスの城下町」信州・松本で知的好奇心を刺激する旅を堪能する—前編

2022.03.22 TUE
「文化香る北アルプスの城下町」信州・松本で知的好奇心を刺激する旅を堪能する—前編
「文化香る北アルプスの城下町」信州・松本で知的好奇心を刺激する旅を堪能する—前編

飛騨山脈、筑摩山地に囲まれた広大な盆地としての長野県松本市エリアには豊かな山河と田畑が広がり、そこに暮らす人々の間にはその自然の恵みを享受するための優れた知恵と文化、そして洗練された匠の技が息づいている。優雅なドライブ時間の先に待つ、感性を刺激するスペシャルな体験に出合う旅に出た。

※緊急事態宣言、まん延防止等重点措置の解除後の外出をお願いします。

Text & Edit by Shigekazu Ohno(lefthands)
Photographs by Kazuhiro Koide

知っているようで知らない松本

東京から中央自動車道を走って、およそ3時間、240kmのドライブ旅。普段の週末ドライブ程度では「ちょっと物足りない」と感じていた方でも、このくらい走れば、愛車との距離感が肉体的にも精神的にも「近づいた」と感じられるのではないだろうか。

旅のデスティネーションは信州・松本。ライチョウやカモシカの棲む、未だ手付かずの自然が残る急峻な山々に囲まれながらも、国宝松本城を中心とする旧城下町であり、“三ガク都”(岳都=山岳、楽都=音楽、学都=学問)としても知られるエリアだ。また古くから武士たちの奥座敷として親しまれてきた浅間温泉では、優れた泉質の湯とともに信州蕎麦や日本酒に舌鼓を打つ楽しみも待ち受ける。

この知っているようで知らない松本エリアの魅力は、心を豊かにする文化と自然をテーマとした「TOUCH JAPAN JOURNEY by LEXUS」で実際に体感できるが、今回の旅では改めて、この地に軸足を置きながら、新たな感動の体験づくりにコミットする人物たちを訪ねてきた。彼らの情熱や取り組みを知れば、あなたもきっと愛車に乗って出掛けたくなるはずだ。

食事のためだけにでもわざわざ出掛けたくなるレストラン

ルレ・エ・シャトーというフランス発祥のトップホテル&レストランの協会組織をご存知だろうか。創設の中心となったのは、かのピエール・トロワグロ氏。「ヌーヴェル・キュイジーヌ」の伝道師として知られた人物だ。

メンバーになるためには、厳正な審査をパスする先に、さらにその地域ならではのホスピタリティや食文化の多様性と豊かさを大切に守り、進化させることを旨とするビジョンを共有できると認められなければならない。だがそうした厳しい基準を持つがゆえに、いったんその魅力の虜になった客は、世界のどこへ行くにも同じルレ・エ・シャトーの会員ホテルやレストランを探すという。

その栄えあるメンバーが、日本にもホテル・旅館が11軒、レストランが9軒あるのだが、ホテルとレストランの双方が揃う場所は、東京にも京都にもない。ただ唯一、ここ松本を除いては。
築135年を誇る蔵という稀有な空間で食事を楽しめる
築135年を誇る蔵という稀有な空間で食事を楽しめる
旅館「明神館」については後編で紹介するが、我々がまず訪れたのは同じオーナーによって経営されるフランス料理レストラン「ヒカリヤ ニシ」である。築135年の蔵で供されるのは、ヨーロッパの名立たるレストランで腕を磨いた田邉真宏シェフによる、マクロビオティックに基づくナチュレフレンチ。シェフの話から、その魅力をひも解いてみよう。
20年以上にわたって松本を拠点とする田邉シェフ
20年以上にわたって松本を拠点とする田邉シェフ
「食とは、例えばクルマに乗って松本へ向かう道のりから、スタッフに迎えられて、池のある中庭を通って蔵の建物に入り、サービススタッフとの会話を楽しむところまでを含めたトータル・エンターテインメントだと思っています。

「僕の料理を引き立ててくれるこの環境と、素晴らしい食材を届けてくれる農家の方々、信州の豊かな自然、一緒に働く仲間、そしてわざわざいらしてくださるお客さまがあっての、ここでの食体験といえるのではないでしょうか」

田邉シェフが松本に拠点を構えてから、もう20年以上が経つという。母体である明神館の統括料理長を務めながら、2007年にオープンしたヒカリヤ ニシの料理長も兼任している。

「僕が学んだ師匠の音羽和紀さんは、日本における食育と地産地消のパイオニア的存在で、ルレ・エ・シャトーから表彰も受けています。
信州の食材を駆使した逸品の数々
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「僕もただ美味しい料理をつくるだけでなくて、僕の技術も、農家さんがつくる安全で美味しい食材も、この建物も、食を取り巻く環境の何もかもをちゃんと次の世代に手渡したいという願いをもってやっています。次の世代のために、料理人には何ができるのか?そんなことを考えながら、日々試行錯誤していますね」

そうしたシェフの哲学から生まれたのが、地元の農家がオーガニックで育てた野菜を主役とするナチュレフレンチであった。食べて美味しいだけでなく、健康を促進するマクロビオティック料理としての側面も持つ。
北アルプスの天然水で育った野菜の数々を調理する
北アルプスの天然水で育った野菜の数々を調理する
「松本に来てまず驚いたのが、生命の根源となる水の豊かさでした。ヨーロッパだと『土の野菜』なんていう言われ方もあるんですが、長野は『水の野菜』でした。北アルプスの豊かな天然水で育った野菜は、どれも本当にみずみずしくて美味しいんです」

この土地の豊かな食材だけでない、自然からも四季からも、日々新しい料理のためのインスピレーションを得ていると語る田邉シェフ。その右腕である支配人の金井次郎氏は、笑顔でこう言葉を重ねてくれた。
支配人を務める金井氏(右)と田邉シェフ
支配人を務める金井氏(右)と田邉シェフ
「田邉シェフの料理を運ぶのは、毎回が新鮮な体験なんです。シェフが料理に込めた想い、そして見えない背景に潜む野菜のつくり手である農家さんや長野の自然の話などを、ちょっとした会話とともにお客さまに伝えられたら、我々サービスマンにとってそれ以上の幸せはありません」

金井氏はさらに「海外でも高い評価を受ける長野県産ワインとのペアリングでいただく料理は、まさに体も心も元気にしてくれます」と教えてくれた。「必ずまた来ます」――そう伝えて出発した我々を、二人はいつまでも笑顔で見送ってくれた。

体を使った遊びを通じて信州の大自然に触れる

松本市の中心からクルマでおよそ30分。野麦街道沿いにある道の駅駐車場に我々はいた。松本市の西に位置する乗鞍高原を拠点に、四季を通じて大自然を相手に遊ぶアウトドアツアーの企画・運営を行う「リトルピークス」代表の小峰邦良氏に会うためだ。

観光バスや旅行者たちのクルマが居並ぶ中で、小峰氏はすぐに見つかった。ルーフキャリアの付いたSUVに乗るヒゲの山男。間違いようがない。我々の呼び声に屈託のない笑顔で手を振ってくれた。

「クルマでついてきてください。いいところがありますから。ダム湖が見渡せて綺麗な場所なんです!」
乗鞍の大自然に魅せられて移住を決意したという小峰氏
乗鞍の大自然に魅せられて移住を決意したという小峰氏
そうして付いて行った先には、すでに芝生の上にラグが敷いてあり、椅子やテーブルが並べてあった。山男流の優しいもてなしの心である。

「いいところでしょう?乗鞍はね、高速道路のインターチェンジからも遠いし、信号もコンビニもないし、消防署も病院もない。だから手付かずの大自然が残っているんです。それを良しとして僕はここを選び、お客さんも来てくれる。類は友を呼ぶっていいますけど、よくまあ毎週県外から通って来られるような変わり者のお客さんがいるものですね(笑)」

埼玉県出身の小峰氏は、別のアウトドアツアー会社での勤務を経て、2014年にこの地で起業した。365日楽しめるアクティビティがあると惚れ込んでの移住だったという。
視界の限り広がる大自然の中で楽しめるSUP
視界の限り広がる大自然の中で楽しめるSUP
「SUPやラフティング、トレッキングなんかは、夏は涼しくて最高ですね。高い山に登れば、万年雪を見ることもできます。東京と違って寒いくらいですから、むしろ薄着に気をつけてくださいね」とは、なんともそそられるではないか。

若い頃は教師を夢見ていたという小峰氏は、ガイド業に携わりながら次第に気づいたことがある。それは、自然こそが最高の教師になるということだ。

「例えば梓川の源流キャンプに行って帰ってくると、4人でも4リットルくらいしか水を使っていないことに気づくんです。普段だったらトイレを流すくらいで終わってしまうような量です。極限まで余計なものを持たない、使わない、サバイバルのような体験の後では、余分な電気は消しておこうとか、水はこまめに止めようとか自然と思えるようになっていて、皆さん自分でも驚かれるんです」
限りなく透明な川面を眺めながらのトレッキングでは文字通り心が洗われる
限りなく透明な川面を眺めながらのトレッキングでは文字通り心が洗われる
「また最近は松本市の小中学校教育の一環として、梓川の流程を2泊3日で辿る『大河の一滴』プロジェクトというものを実施しています。乗鞍岳の大雪渓に、大河の最初の一滴を探すトレッキングから始まって、ラフティングをしたり、川に飛び込んだり、キャンプをしたり。自らの遊び体験として、川と川を取り巻く自然について学ぶんです」

川で魚を捕ったり、滝から飛び込んでみたりと体をいっぱいに使って遊んだ子どもたちは、川の豊かさの源となる山の自然、川が流れ着く海の自然にまでおのずと想いを馳せるようになるという。

「ピュアな自然と触れ合う感動が、ここにはあります。松本の子どもたちのように、ここを訪れる皆さんにもぜひ思いっきり、乗鞍の自然の中で一緒に遊んでもらいたいですね!」

ロックな職人が発信する、漆塗りの未知の魅力

信州の伝統工芸品として有名な長野県塩尻市の木曽漆器。その歴史は17世紀まで辿ることができ、中山道を旅する人々から人気の土産物として名を馳せてきた。

この地は海抜およそ900メートルという高地で、夏は冷涼、冬は極寒という気候が漆塗りに適していたほか、ヒノキやアスナロなどの良質な原料木が手に入ったことも、漆器の産地として発展した理由であったという。

そんな塩尻市で、いま伝統工芸品としてではなくファッションとして、あるいはアートとしての漆塗りを手がけ、話題を呼んでいる作家がいる。「未空うるし工芸」を主宰する岩原裕右氏だ。

「TO CREATE A NEW VALUE」をモットーに、2014年に「jaCHRO(ジャックロ)」というブランドをスタートさせた彼は、山深い塩尻市木曽平沢の工房で一体どんなクリエイションを行っているのか?我々はそれを目撃するべく、九十九折の山道を走らせた。
漆塗りがもつファッションやアートの可能性を引き出す岩原氏
漆塗りがもつファッションやアートの可能性を引き出す岩原氏
「わざわざいらしていただいて、ありがとうございます!」はつらつとした明るい声で迎えてくれた岩原氏が、スタイリッシュなショールームに招き入れてくれた。棚に飾られているのは「jaCHRO」ブランドの革小物。どれも深みのある艶と、グラデーションのかかった配色が美しい。前代未聞、岩原氏が試行錯誤の末に生み出した、漆塗りの革製品だ。
深みのある艶と、グラデーションのかかった配色が美しい
深みのある艶と、グラデーションのかかった配色が美しい
「30歳手前になって、祖父の代から生業としてきた漆塗りの修行をするんですが、それまでやってきたことを生かせないかと思って。それで、普通に木のお椀じゃなくて革に塗ったら面白いのではと。どうせ漆塗りをやるなら、自分がリアルに欲しいと思えるものをつくりたかったんです。革にただ塗ってもすぐヒビ割れてしまうから、うまく柔軟性を残したまま仕上げられるようになるまでには、随分と苦労したものですけどね(笑)」

本人は笑い飛ばすが、それは漆塗りの既成概念を打ち壊すセンセーショナルな発明だった。2016年には日本屈指の革小物ブランド「CYPRIS」とのコラボレーションが実現。また同年には自由な発想でものづくりに取り組む匠を選出する「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2016」に参画したほか、「信州ブランドアワード2016」にも入選。これまでの漆器の顧客層とは全く異なる若者たちの間で話題となった。
「フェンダー」とコラボレーションした、漆塗りエレキギター
「フェンダー」とコラボレーションした、漆塗りエレキギター
さらに「好きを仕事にする」ことに長けた岩原氏は、かの世界的ギターブランド「フェンダー」からの依頼で漆塗りのエレキギターを製作したり、ビンテージの「ハーレーダビッドソン」をカスタムするなど、相も変わらず漆塗りの既成概念をひっくり返すようなプロジェクトで注目を集めている。

だが忘れてはいけないのは、彼が決して伝統を軽んじていないどころか、伝統に学び続けているということである。というのもロックな作品づくりとは裏腹に、岩原氏は文化財修復チームにも所属しており、上野東照宮などの重要文化財の修復事業にも取り組んでいるのだ。
文化財の修復プロジェクトから先人の知恵や技を学ぶことも多いという
コーヒースリーブも定番アイテムだ
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「温故知新っていうことだと思うんですが、例えば上野東照宮には4本の大柱があって、1日で塗り切らないと、今日塗ったのと明日塗ったのでは色が変わってしまうんです。じゃあ大人数で一度にやったとして、今度は塗り方がちょっとでも違うと、また柱によって色が違うものになってしまう。現代の技術や設備がない中で、昔の人は一体どうやったのだろうと考えたり調べたりしていると、ものすごくワクワクしますよね」

古き伝統に根差しつつ、また新しきに怯むことなくトライし続ける岩原氏の匠としての挑戦は、これからもその地平線を大きく広げていくことだろう、そう確信した出会いとなった。



■TOUCH JAPAN JOURNEY (参加者募集)
当記事で紹介したロケーションを含む信州・松本エリアの魅力を五感で体感する旅についてはこちら
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