SPORT

さらなる高みに挑むために──

アーチェリー銅メダリスト武藤弘樹選手がエアレース・パイロット室屋義秀選手に特別インタビュー

2021.12.03 FRI
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さらなる高みに挑むために──

アーチェリー銅メダリスト武藤弘樹選手がエアレース・パイロット室屋義秀選手に特別インタビュー

2021.12.03 FRI
さらなる高みに挑むために── アーチェリー銅メダリスト武藤弘樹選手がエアレース・パイロット室屋義秀選手に特別インタビュー
さらなる高みに挑むために── アーチェリー銅メダリスト武藤弘樹選手がエアレース・パイロット室屋義秀選手に特別インタビュー

エアレースとアーチェリー。それぞれ競技は違うが、世界で戦うアスリートとして、コンマ数センチの繊細なコントロールや強靭な精神力が必要であるという点は同じ。空のモータースポーツの世界王者、室屋義秀選手に、オリンピアンで銅メダリストの武藤弘樹選手が、後輩アスリートとして話を聞いた。競技も世代も異なる二人が再び世界の頂点を目指しながら、語り合ったこととは?

※感染予防対策をしたうえで実施しております。撮影時のみマスクを外して撮影をしています。

Text by Kazuhiro Nanyo
Photographs by Kunihisa Kobayashi

世界を極めた先にあるもの

東京2020オリンピック、アーチェリー団体で、最後の矢を見事に的の真ん中に打ち込み、日本チームの銅メダル獲得の立役者となった武藤弘樹選手。実はレクサスのマーケティング部門に籍を置くアスリートだ。2024年のパリ五輪でさらなる高みを目指す彼が、SUPER GT最終戦でスペシャルフライトを披露した室屋義秀選手に、富士スピードウェイで初めて会うことになった。

2017年に「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」でワールドチャンピオンに輝くなど世界王者としてだけではなく、地域や社会貢献、さらに後輩育成などにも力を入れている先達である室屋選手に、武藤選手はこう切り出した。
11月28日、SUPER GT最終戦決勝レース当日。スペシャルフライトを終えた室屋選手は、武藤選手との対談にかけつけてくれた
11月28日、SUPER GT最終戦決勝レース当日。スペシャルフライトを終えた室屋選手は、武藤選手との対談にかけつけてくれた
武藤選手(以下 武藤)「金メダルを取れたらどうするか自問自答することがあります。満足して競技をやめてしまうか、続けるか。団体で銅メダルという結果が出て、達成感もあったんですが、段々と悔しさに変わったんです。でも頂点を究めたらその先に、何が見えてくるんでしょうか?」

室屋選手(以下 室屋)「それは取った人それぞれだと思います。確かに登りつめると目標を一瞬見失うので、銅メダルの今は、悔しい気持ちがあると同時に実力をつけている自分がいて、アスリートとしてはいい感じでしょう。

僕は2017年に世界チャンピオンを獲得し、翌シーズンは5位に終わりました。実力はあっても、少し崩れると成績ってガタっと落ちるんです。その頃、五輪で3連覇を果たした柔道家の野村忠宏さんと対談する機会があって、武道の考え方ですが、勝負の世界では単純に実力のある方が勝つのでなく、年を経ないと分からない精神的な次元があることに気づかされたんです。『なぜ自分がその競技をやっているのか?』『勝つため?』『好きなスポーツを楽しみたいから?』『でも勝てないとプロとしては続けていけない現実がある?』。そうしたことを思案し続けて気持ちが整理されると……アスリートとしてより強く、楽しめるようにもなれました。実際、2019年はわずかなポイント差でタイトルは逃しましたが、全4戦中3勝しましたから。

たとえ引退しても、競技を楽しむことは生涯続くし、その競技が好きだという原点がぶれなければ、指導者をはじめさまざまな道も開けます。答えになっているか分かりませんが、武藤選手にとって、今は悩むより競技に打ち込むことが大事かもしれませんね」
世界の頂点を極めた先輩アスリートを前にして少々緊張した面持ちの武藤選手
世界の頂点を極めた先輩アスリートを前にして少々緊張した面持ちの武藤選手

世界と戦う アスリートとしての意識

武藤「ありがとうございます。では、一人で戦う際に、何を意識していますか? 実は団体で銅を取った3人の中で、僕が最もメンタルが弱くて、頑張って武装しているところもあります。まだ個人では1位に届いていません。団体戦でも個人戦でもシューティングラインに入ったら、最後は一人であることは同じなので、必ずしも個人戦に弱いとは思ってないのですが……」

室屋「10年前、エアレースに参戦したばかりの頃は僕もボロボロでした。緊張だけでなく気負いもありました。それで、メンタルのコーチについてトレーニングしたんです。コーチに『自信をもっていけ』と言われて『成績も出ていないのにいけない』と応えたら、『それは違う、自信とは作っていくものだ』と返されました。『成績が出たから自信がつくのではない、逆だ』と。

つまり、どうやって自信を作るか? そこが出発点です。『メンタルが弱くても絶対に口にしてはダメ、強いフリをしろ』と。僕も当時は『そんなこと言われても』と思いましたが、メンタル面が整わないと、競技では筋肉が反応しなくなってしまうんです。

それを乗り越えるには、まずモーションをコントロールすること。エモーション、感情をコントロールするのも、モーションコントロールのうちです。コーチには、『動作、姿勢、呼吸から全部変えろ』とアドバイスされました。モデルとなる他の選手を選び、同じ動作をコピーすることから始める。動作を通じて体に精神を落とし込んでいく。どういう競技人生にするか、理想に近づくか、部分的なところのモーションから着手せよ、と。それが身についてくると、競技の結果もこうなるはずという自信のようなものが頭の中で優ってきて、実際に成績にもつながってきました。その先には、どうしても崩せない、鉄人のようなメンタルを持ったライバルがいるんですが。アーチェリーにもいませんか?」
室屋選手のスペシャルフライトとともに実施されたパレードランの先導車、LEXUS LCコンバーチブルで言葉を交わす二人のアスリート
室屋選手のスペシャルフライトとともに実施されたパレードランの先導車、LEXUS LCコンバーチブルで言葉を交わす二人のアスリート
武藤「おっしゃる通り、います。表情ひとつ変えずにパンパン射っていて、すごいなと圧倒されます」

室屋「そんな敵と戦うときには、特に揺るがない自信が大切です。そういう気持ちで24時間、戦っていると、徐々に成績はついてくる感覚はありましたね」

武藤「それを楽しんで取り組んできたんですか?」

室屋「最初はかなり大変で、五里霧中でした。習慣化してくるまでの3ヵ月ぐらいは、気合と根性だけで頑張る。すると脳も変わってきて、困難な状況でも動じないメンタルができてくるんです」

競技は異種目でも、やはりアスリート同士。徐々に言語感覚が共有され、会話のテンポも早まってきた。室屋選手は自らの経験を、次のようにふり返った。

室屋「それでも(メンタルは)動じているんです。勝ったときも、僕は動じていました。相手もギリギリで、少しでも弱さを見せたら負けていたかもしれません。世界で戦う我々アスリートにとって、1位か2位かの分かれ目は、本当にわずかな差でしかないのだと思います」

新たなる挑戦に向けて

日々の食事すら、年間の強化スケジュールの一部として組み込んでいる室屋選手。そこまでして、運か勝負の綾か、最後まで分からない要素を手繰り寄せる貪欲さに、武藤選手も圧倒された様子だ。また競技人生の外で自らの経験をどのように社会貢献や後輩育成につなげられるか、アーチェリーがいまだマイナー競技だと感じている武藤選手が、室屋選手に聞いた。
日頃からLEXUSに乗っている室屋選手と、現在新車の納車を待っている武藤選手。クルマ好きという点でも共通している二人
日頃からLEXUSに乗っている室屋選手と、現在新車の納車を待っている武藤選手。クルマ好きという点でも共通している二人
武藤「アーチェリーという競技をいろいろな人に、特に子どもたちにやってもらいたいんです。僕はアーチェリーを通じて、自分自身と向き合い、知らない自分を知り、いろいろな人とつながれたことで人生が豊かになりました。そういう体験を一人でも多くの人に伝えられたら。室屋さんが主宰されている『空ラボ(※)』を、拝見したのですが、次の世代に空の楽しさや魅力を伝えながら、航空業界の発展や地域への貢献にまでつなげています。どういった考えから、そこまでたどり着けたのですか?」

室屋「基本的に、アスリートとしての考え方と同じです。とにかく突き詰められたら、楽しみ方も仲間の作り方も含め、人生が豊かになる感覚も同じくです。武藤さんは若くして、それだけいろいろなネットワークも資質もそろっているのだから、これからが面白いと思いますよ。自分が武藤さんの年頃には、とてもそんなに自分の言葉でしゃべることはできませんでした。僕は20年ぐらい経ていろいろな人に支えられ、子どもたちを相手にする中で、ようやく落ち着いてきた。武藤さんは、今は自分の競技を全開で突き詰めていっていいんじゃないかな。それを通じて発見したものは、それからいくらでも伝えられる。その時は来るべくして来るからあせる必要はないですよ」

武藤「ありがとうございます。東京五輪が終わって、今まで通りの練習では2024年のパリ五輪でも金メダルには届かないと感じたんです。新しい武藤弘樹になる入り口に立ったばかりで、ずっと目の前の1本に集中してきたので、最近は自分の実力を出し切るところにフォーカスしたいと思い始めました。自分のことだけ見つめ過ぎて逆に崩れることもあったので、心の中で自分を客観視して、コントロールしていけたらいいな、と。パリ五輪まで約2年、勝ち方を作ることにチャレンジしたいですね。室屋さんは来シーズン、エアレースの世界選手権に再び挑みますが、これまでのチャレンジと何か変わることはありますか?」
世界の頂点を極めた先輩アスリートである室屋選手から話を聞いて、武藤選手は確実に何かをつかんだ様子だった
世界の頂点を極めた先輩アスリートである室屋選手から話を聞いて、武藤選手は確実に何かをつかんだ様子だった
室屋「LEXUSとワークス体制のワンチーム『LEXUS / PATHFINDER AIR RACING』として再び世界に挑戦します。開幕まであと半年、準備を積み重ねてベストな状態で臨みます。我々チームとしてのポテンシャルはかなり高いので、あとは周辺環境や僕自身のコンディションを突き詰めながら、新生エアレース世界選手権の初代王者になれるよう、全力でいきたいと思います」

世界の頂点を極めた先輩アスリートである室屋選手との対談から、武藤選手は何を感じ、何を得たのだろうか。対談後に聞いてみた。
室屋選手への特別インタビューを終えて感じたことを伝えてくれた武藤選手
室屋選手への特別インタビューを終えて感じたことを伝えてくれた武藤選手
武藤「東京五輪の後、今後どうアーチェリーとつき合っていくか思案していましたが、室屋さんのお考えや経験についてお話をうかがって、今だからこそ選手としての自分に集中するべきだ、という思いを強くしました。まだ自分がアスリートとして完全に突き詰められているわけではないことも、はっきりと分かりました。その先のことは、今を全力で突き進んでいって初めて見えてくるんだと、強く感じることができました」

そう語る武藤選手が湛えた、迷いが消えたような、力強い表情が印象的だった。片やLEXUS とワンチームで新生エアレースに参戦し、片やLEXUSの一員としてパリ五輪に挑戦する。それぞれの想いを胸に世界に挑む二人のアスリートを、これからも心から応援したい。

※)航空をテーマにした体験プログラムを通じて、子どもたちの知的好奇心を引き出し、未来の自分を描くきっかけづくりを提供する、室屋義秀選手が手掛けるプロジェクト。

室屋義秀 Yoshihide Muroya

エアレース・パイロット/エアロバティック・パイロット。1973年奈良県生まれ。18歳でグライダー飛行訓練を開始。2009年、三次元モータースポーツシリーズのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップに初のアジア人パイロットとして参戦し、2016年、千葉大会で初優勝。2017年、ワールドシリーズ全8戦中4大会を制し、アジア人初の年間総合優勝を果たす。地元福島の復興支援活動や子どもプロジェクトにも積極的に参画している。福島県県民栄誉賞、ふくしまスポーツアンバサダー、福島市民栄誉賞など多数受賞。2022年より新たな体制で再開される「ジ・エアレース ワールドチャンピオンシップ(TARWC :The Air Race World Championship)」に、「LEXUS / PATHFINDER AIR RACING」として挑む。

武藤弘樹 Hiroki Muto

1997年愛知県生まれ。中学1年でアーチェリーと出会い、中学2年で全国大会出場。高校1年で世界ユース選手権に出場し、初めての世界大会を経験。高校2年で南京ユースオリンピックに出場し、予選で当時の60mWのキャデット日本記録を更新。決勝でベスト8に入った。高校3年の世界ユース選手権で、ジュニア男子団体で銅メダルを獲得。その後、高校生でナショナルチーム入りを果たす。2018年ワールドカップ第1戦、第2戦で男子団体で銀メダルを獲得。2019年に、第50回世界選手権大会に出場。11月には5年連続でナショナルチーム入りを果たす。トヨタ自動車の社員アスリートとして挑んだ東京2020オリンピックでは、団体で銅メダル獲得。現在は24年パリ大会を目指して日々練習に励んでいる。

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