JOURNEY

晴れた日に訪れたいアートの島
ベネッセアートサイト直島 後編

2021.10.29 FRI
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晴れた日に訪れたいアートの島
ベネッセアートサイト直島 後編

2021.10.29 FRI
晴れた日に訪れたいアートの島 ベネッセアートサイト直島 後編
晴れた日に訪れたいアートの島 ベネッセアートサイト直島 後編

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。ベネッセアートサイト直島の後編では、銭湯そのものが作品の直島銭湯「I♥湯」や、直島本村地区の人が住んでいない住居を中心にアート作品として改修したプロジェクト「家プロジェクト」を巡った。

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Atsuki Kawano

お湯につかって作品鑑賞ができる直島銭湯「I♥湯」

直島銭湯は現代美術の作家、大竹伸朗がコラージュした美術作品だ。しかし、鑑賞するだけのそれではない。番台には人がいて、実際に入浴することができる。服を脱いで、お湯につかっていれば、同時に鑑賞もできるという一石二鳥というか、体を清潔にしながら美術を楽しめる体験である。

入湯料ではなく、鑑賞料はひとり660円。高松港からのフェリーが着く宮浦港から歩いて3分ほどの住宅街のなかにある。

「I♥湯」の建物前にはヤシの木があり、外壁にはタイルや写真や雑多な材料が貼ってある。植木やサボテンもある。
実際に入浴できる美術施設、直島銭湯『I♥湯』2009年
実際に入浴できる美術施設、直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
大竹伸朗は小学生の時にマンガ誌『少年マガジン』に連載されていた漫画『紫電改のタカ』(ちばてつや作)のカラー図版を切ったり貼ったりして、コラージュ作品「黒い紫電改」を制作した。

子どもの時は誰でも貴重だと思うものをノートに貼り付けたり、小さな箱の中にしまっておいたりするが、大竹は子どもの頃の好奇心をそのまま保持して、大人になったのだろう。

制作する時の気持ちは「黒い紫電改」も「I♥湯」も同じなのではないか。
直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
銭湯の外壁や室内には雑多なものがコラージュされているが、決して、うるさく感じたりするものではない。ひとつひとつを見ると、大竹が「大切にしたい」と感じたものだとわかる。

コラージュを見る側に必要なこととは、作家が大切にしたい感情を見つけようとする姿勢だ。

浴槽など銭湯のなかのもの

浴室内に入って、最初に目に入るのは象のフィギュアだ。男湯、女湯を分ける壁の上に象が載っている。「象の像」だ。大竹は象そのものでなく、「象の像」を大切にしたいと思ったのだ。

天井画もあり、壁にはタイル画、浴槽の底にもタイル画がある。トイレの便器にも絵が描いてある。ただし、シャワーヘッド、カランといった清潔にしておくべきところには手を加えていない。実用と清潔を考えている。
直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
直島銭湯『I♥湯』2009年 Photograph by Osamu Watanabe
直島銭湯『I♥湯』の 脱衣所 Photograph by Osamu Watanabe
直島銭湯『I♥湯』の 脱衣所 Photograph by Osamu Watanabe
脱衣所のベンチにはモニターが仕込んであるし、壁には往時の映画ポスターが貼り付けてある。映画のポスターや置いてある品物を見れば大竹と同じ世代の人間でなくとも、ノスタルジックな感情を覚えるだろう。

「I♥湯」には世界各国から来た美術ファンが好んで入浴するという。そこで地元の人々と触れ合う。お湯と作品があるから、人と人は快適な気分で出会う。お湯と作品は人と人をつなげる役割を果たしている。

島に来た人と島の住民との出会いをプロデュースした「家プロジェクト」

「家プロジェクト」は直島の本村地区で展開するアートプロジェクトだ。ベネッセホールディングスは本村地区の人が住んでいない住宅を買い上げ、作家に頼んで改修したのである。

現在、「角屋」を始めとして、「南寺」「きんざ」「護王神社」「石橋」「碁会所」「はいしゃ」の7軒が公開されている。

案内してくれたのはベネッセホールディングスの職員で直島在住のステンランド由加里さん。ちなみに彼女のご主人はアーティストだ。また、ふたりは島のなかでギャラリーを運営している。

直島でアートプロジェクトが始まったために、ステンランド夫妻のようなアーティストが移住してきたり、また、個人でもギャラリーを運営している人が出てきたのである。そして、こういった広がりがアートの島、直島を深化させている。

福武財団とベネッセホールディングスが行ったことは一粒の麦を島に持ってきたことだ。最初の麦が土地を得て、それがまた多くの実を結んでいる。

かつては過疎の離島だった島は今、活性化している。レンタルバイク、レンタル自転車、カフェといった、それまで島には存在しなかったビジネスも生まれている。

ポップアートの作家アンディ・ウォーホルはこう言っている。

「お金を稼ぐことはアートだし、働くこともアートだ。ビジネスで儲けることは最高のアートだ」

彼の言葉にあるように島を活性化したこと自体がアートで、家プロジェクトは活性化の象徴だと思う。

さて、ステンランドさんは家プロジェクトについて、こう説明する。

「荒廃していた空き家を改修したもの、また新築した家もあります。人が住んでいた頃の時間と記憶を織り込みながら、空間そのものをアーティストが作品化していくんです。

この島の特徴として外壁に『焼杉』を使っていることが挙げられます。家と家がくっついているから、一軒から火事が出ると、隣焼してしまう。そこで昔からの知恵として焼杉を使っているのです。そうすれば火が着きにくいでしょう。

家プロジェクトは島に来た方たちと島の住民との出会いをプロデュースしたプロジェクトとも言えます」

時間と命を表した「角屋」

家プロジェクトは個人の住宅を美術館にしたもの。つまり、わたしたちが暮らしている家の隣にある住宅が突如、美術館になったと思えばいい。
200年ほど前に建てられた家屋をベースに、家プロジェクトの第一弾として手掛けられた「角屋」
200年ほど前に建てられた家屋をベースに、家プロジェクトの第一弾として手掛けられた「角屋」
「角屋」もその文脈にある個人住宅美術館で、外観は焼杉、本瓦、漆喰仕上げの日本家屋そのままだ。庭もまたきちんと整えられた和風の庭先である。

けれども、建物の内部には宮島達男のインスタレーション作品「Sea of Time '98」がある。

日本間の畳や床を取り除き、床下は水を満たしたプールになっている。プールの水底には1から9の数字を表示する125個のLED製デジタルカウンターがしつらえてある。デジタルカウンターは赤、黄色、緑などの色になっていて、数字は異なるスピードで変わる。

ステンランドさんは説明する。

「デジタルカウンターが時を刻むスピードは直島の島民125人が決めたものです。スピードを決める『タイムセッティング会』が開かれ、直島の5歳から95歳までの島民が参加しました」

家のなかでデジタルカウンターの明滅を見ていると、人間が持つ生命の時間は人それぞれなんだなと感じる。

現代美術の持つひとつの役割は時間、命といった目に見えないものを形にする試みとも言えるが、このインスタレーションは時間と命を表したものだ。

直島を護る神に拝礼する場所「護王神社」

直島の小高い丘の上にあるのが護王神社である。

江戸時代から祀られていた神社だが、本殿の改築にあわせて美術作家、写真家の杉本博司が設計して、建立した。
江戸時代から祀られている護王神社の改築にあわせて、杉本博司が設計した
江戸時代から祀られている護王神社の改築にあわせて、杉本博司が設計した
境内には玉砂利が敷かれ、本殿と拝殿は白木造りになっている。また、拝殿はガラスの階段で昇殿するようになっている。

鑑賞するというより、感謝の意を込めて、直島を護る神に拝礼する場所だろう。

何も考えずに、ただ「感じる」といい作品「はいしゃ」

かつて歯科医院で住居だったところを「I♥湯」の作家、大竹伸朗がコラージュ作品にしたもので、タイトルは「舌上夢/ボッコン覗」だ。
さまざまなものがスクラップされ、見ているだけで楽しくなる「はいしゃ」
さまざまなものがスクラップされ、見ているだけで楽しくなる「はいしゃ」
義歯が埋め込まれた壁面
義歯が埋め込まれた壁面
何よりも驚いたのは建物の外にある壁面だ。ピンク色の壁に埋め込まれているのは歯科治療に使う「義歯」で、金歯、銀歯もある。義歯が壁のなかにちりばめてある。ショッキングなデザインだけれど、ユーモアも感じさせる。楽しそうに義歯を埋めていく作家の顔が浮かんでくる作品だ。

建物のなかに入ると、直島銭湯と同じように、さまざまなものが置いてあったり、貼り付けてある。

これまたびっくりするのは自由の女神像だ。1階と2階の両方のフロアを吹き抜けにして、さらに天井を持ち上げて、巨大な女神像を据え付けている。

作家に「いったい、何の意味があるのか」と問いかけても答えは返ってこないだろう。見る人を楽しませようという試みであり、かつ、自分が楽しいと思ったものを共有してほしいのではないか。

そして、ここにあるコラージュは何も考えずに、ただ「感じる」といい。

空手映画のスター、ブルース・リーが映画『燃えよ、ドラゴン』のなかで言ったセリフ「Don’t think! Feel.」(考えるな。感じろ)ということなのだろう。

「南寺」「石橋」「きんざ」「碁会所」

「南寺」は光の芸術家、ジェームズ・タレルの作品だ。設計は安藤忠雄。この建物は改修したものではなく新築だ。室内に入ると、暗闇のなかで自分の間隔が研ぎ澄まされていくことを実感する。

「石橋」は家プロジェクトのなかでも、もっとも個人美術館らしい建物だ。日本画家、千住博の作品、「空の庭」「ザ・フォールズ」が展示されている。

「きんざ」は内藤礼の作品。完全予約制で、ひとりずつ内部に入って鑑賞する。百数十年前に建てられた家屋で、建物や外壁そのものが作品だ。

「碁会所」は須田悦弘の作品。昔、直島の人々はこの場所に集まって碁を打っていたという。風流な場所なのである。

内部には日本画家、速水御舟が五色の散り椿を描いた「名樹散椿(めいじゅちりつばき)」(山種美術館蔵、重要文化財)から着想を得た作品がある。また、庭には本物の五色椿が植えてある。

直島銭湯と家プロジェクトを1日で見ようとすると、どうしても駆け足の旅になる。また、護王神社など道の上り下りもあるから、おなかが空く。そうなると、高松へ戻って、名物の讃岐うどんを食べようということになる。

直島を一日歩いた後に立ち寄りたい、手打十段 うどんバカ一代

空手映画の題名のような店名だが、讃岐うどんの人気店である。

和製のカルボナーラともいえる、「釜バターうどん」発祥の店だ。
同店の人気メニュー「釜バターうどん」
同店の人気メニュー「釜バターうどん」
高松のフェリー乗り場からは車で10分ほどの距離にある
高松のフェリー乗り場からは車で10分ほどの距離にある
釜バターうどんは、ゆでたての讃岐うどんに生卵を割り入れ、バター、黒胡椒、醤油などで味付けしたもの。カロリーは高いが直島を一日、歩いた後にはこれくらいのものを食べてもいいだろう。地元の人は釜バターうどんだけでなく、てんぷらを食べたり、また、熱いだしの入ったうどんを追加したりしている。
直島銭湯「I♥湯」
https://benesse-artsite.jp/art/naoshimasento.html

家プロジェクト
https://benesse-artsite.jp/art/arthouse.html

手打十段 うどんバカ一代
http://www.udonbakaichidai.co.jp/

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ご回答いただきありがとうございました。

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