ART / DESIGN

LEXUS DESIGN AWARD 2021ファイナリスト
阿部憲嗣氏が語る、作品に込めた思い

2021.10.04 MON
ART / DESIGN

LEXUS DESIGN AWARD 2021ファイナリスト
阿部憲嗣氏が語る、作品に込めた思い

2021.10.04 MON
LEXUS DESIGN AWARD 2021ファイナリスト 阿部憲嗣氏が語る、作品に込めた思い
LEXUS DESIGN AWARD 2021ファイナリスト 阿部憲嗣氏が語る、作品に込めた思い

より豊かな社会・未来を創造しようとする気鋭のデザイナーやクリエイターを発掘し、育成・支援することを目的として、2013年に創設された国際デザインコンペティション「LEXUS DESIGN AWARD」。世界66カ国/地域から2079作品の応募があったLEXUS DESIGN AWARD 2021において、見事ファイナリストに選ばれたプロダクトデザイナーの阿部憲嗣氏を、長年同アワードを取材してきた林信行氏がインタビュー。

Text by Nobuyuki Hayashi
Photographs by Masahiro Okamura

捨てずに再利用できる緩衝材「CY-BO」

プロダクトデザイナー 、阿部憲嗣氏は、もともと海の生き物が好きだったという。それだけに「海洋プラスチック問題」は気になる課題だった。そんな彼の目に止まった身の回りのプラスチックゴミが、物を送るときに使われる緩衝材。調べてみると日本だけでも1日1200平方キロメートルも作られているという。パンデミックでEC(電子商取引)需要が爆発的に伸びていることを考えると、さらに増えていそうだ。

彼がこの課題を解決すべくデザインしたのが「CY-BO(サイボ)」。捨てずに再利用できる新しい緩衝材だ。細胞のようなピースの組み合わせでできた緩衝材が、利用後はバラバラにして組み直すことで花瓶やバッグ、カーテン、小物入れ、照明のシェードまでさまざまなモノに生まれ変わって再利用できる。カーテンのように編み上げれば、木漏れ日のような美しい影を落とす。子どもたちに渡すと、まるで知育玩具のように、自由な発想でいろいろなものを作り始めるという。

誰かに物を送る必要が出てきたときは、ピースを集めて再び緩衝材に戻すこともできる。

さまざまな器官に変容する生物の細胞がインスピレーションだったというCY-BO。緩衝材を小さなピースで構成することは、送る物のサイズに合わせ緩衝材を、無駄をつくらずに用意できるメリットもある。
細胞のようなピースの組み合わせでできた緩衝材のCY-BO。利用後はバラバラにして組み直すことでさまざまなモノに生まれ変わる
細胞のようなピースの組み合わせでできた緩衝材のCY-BO。利用後はバラバラにして組み直すことでさまざまなモノに生まれ変わる
阿部氏のCY-BOは、世界66カ国から過去最高の2079作品の応募があったLEXUS DESIGN AWARD 2021のファイナリスト6組の作品の一つに残り、4人のメンターのアドバイスでさらに進化を遂げ、世界的に大きな注目を集めることとなった。
一連の経験を経て、阿部氏は「手元に良いアイデアのあるデザイナーは、ぜひともLEXUS DESIGN AWARDに挑戦してみるべき」だとアドバイスを送る。

問題解決をしつつも、美しさを守ることがデザイナーの役割

阿部氏がプロダクトデザイナーを目指し始めたのは大学入学前。絵を描くのが得意な阿部氏は、高校の美術の先生に美術大学への進学を勧められ予備校に通っていた。オープンキャンパスでいろいろな大学を巡る中で、シャープペンシルや自動車など、身の回りの製品をデザインする仕事があることを知り、これをかっこいいと思った。訪れた大学の恩師の情熱的な誘いもあってプロダクトデザイン専攻へと進んだ。デザイナーとしてのヒーローは深澤直人と吉岡徳仁。テレビの取材番組などで見て憧れたという。その後、阿部氏はプロのデザイナーとして就職を果たすが、デザイナーとして重視していることがあるという。
ピースの層を重ねることで衝撃吸収性がより高まる
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「10年以上前からモノよりコトだと言われ、製品の形状よりもUX(ユーザー体験)が大事だと言われ始めている。でも、それらを尊重した上でも、製品としてのクラフトの部分、美しさの部分を大事にしたい。なぜなら美しくなければ製品として世の中に浸透しないから」

デザインの世界では、よく「デザインとは問題解決のこと」だと言われる。だが、阿部氏はこう語る。

「画期的な方法で問題解決に臨むのはデザイナーだけではない。科学者も、エンジニアも、起業家も問題解決に取り組んでいる。そんな中で、それを率先して使ってみたいという気持ちを触発させることができるのがデザイナー。先に挙げた他の人たちが、デザイナーと組むことで、取り組みがよりすごいものになるというのが理想」

「アップルの製品などが世界的な成功を収めているのも、こうしたデザインがしっかりとできているから」で「自分はその点においてまだまだ」と謙遜する阿部氏だが、LEXUS DESIGN AWARDのメンターの1人でアーティストのスプツニ子!もファイナリストの作品の中では、阿部氏の作品が「美的に洗練されていた」と語っている。

多様な基準で審査するLEXUS DESIGN AWARDが可能性を見いだしてくれた

CY-BOは、阿部氏がもともと持っていたアイデアを「自分を拾ってくれそうなコンペはどこだろう」と探して、LEXUS DESIGN AWARD(LDA)に応募したという。LDAは、同級生の五十嵐瞳氏が第1回のアワードを受賞しており、大学の先輩も後輩も応募していた。すでに活躍していたデザイナーで受賞した人もいれば、このアワードの受賞をきっかけに大きく進化し活躍を始めたデザイナーも知っていたので、デザイナーとしてのステップアップの道として期待していた部分がある。

日本の他のコンペだとアイデアの製品化が最重要視されることが多いが、LDAでは社会問題に挑戦している姿勢などが評価される傾向がある部分にも期待していたという。

実際、CY-BOの提案は、日本国内でもしたことがあるが「何にでもなるは何にもならない」「いろいろな物が作れるのはいいけれど、結局、どうしたらいいのかが分からない」といったコメントを受けて終わることが多かったが、LDAでは「これには無限の可能性があって、無限の使い道があるのがいいところだ」と、評価された。「LDAでは応募作品をいろいろな人が見てくれて、見方の幅が広い。それだけに国内で評価されなくても評価されることがある」というのが阿部氏の印象だ。

それゆえ「作品のアイデアを温めている人は、そこにぶつけてみるべき」だという。
良いアイデアのあるデザイナーはぜひLEXUS DESIGN AWARDに挑戦してみるべきだと語る阿部氏
良いアイデアのあるデザイナーはぜひLEXUS DESIGN AWARDに挑戦してみるべきだと語る阿部氏

メンターの指導で芽生えた社会実装の姿勢

LDAに応募して、見事6組のファイナリストの一つに残った阿部氏の「CY-BO」だったが、そこからの経験が貴重だったという。

アイデアをまとめて応募したらそこで終わり、後は審査結果を待つだけのデザインコンペも多いが、LDAではファイナリストに残ってから、さらに大きな挑戦が待っている。3カ月間、製品のプロトタイプを作るための資金のサポートがあり、世界の最前線で活躍する4名のメンターそれぞれからアドバイスを受けながらグランプリを選ぶ最終選考に向けてアイデアのブラッシュアップを行うのだ。


「メンターが1人だと相手の言うことを全て聞かないといけない気になるが、4人だと、全てのアドバイスを受け入れなくても、いいと思う部分だけを吸収すればいいという空気感になる」と阿部氏。

建築家のマリアム・カマラからは「素材が鍵になる」というアドバイスを吸収し、デザイナーのサビーヌ・マルセリスからはスペシャルパーツのアイデアをもらった。

レゴブロックにも特殊な形をしたパーツがあり、これを使うことでより特化した機能をもたせたりできるが、CY-BOにもそうしたスペシャルパーツを用意するというアイデアだ。実際、阿部氏はバッグに取り付けることができる細長いハンドルのパーツなど何種類かのスペシャルパーツを作っている。
細長いハンドルのスペシャルパーツを組み合わせることでボトルホルダーやバッグにもなる
細長いハンドルのスペシャルパーツを組み合わせることでボトルホルダーやバッグにもなる
アーティスト/デザイナーのスプツニ子!からはパーツを緩衝材としてつなげる作業は手動ではなく機械を使って自動化した方がいいというアドバイスをもらった。昔からスプツニ子!の作品を見て「こういう社会実装の方法もあるのか」とインスピレーションを得ていた阿部氏は、このアドバイスをもらい、CY-BOを「単なる作品ではなく、ちゃんと道具として世の中に流通させるためにはどうしたらいいかを考える気持ちが芽生えた」という。

実際、阿部氏は大学や自動化の会社など10社ほどに相談。そのうちの1社がコンピューターシミュレーションで、自動化の方法を考案してくれた。実施するのは予算の都合でできなかったが、最終プレゼンテーションではCY-BOの自動編み上げのプロセスを動画にして提示することができた。

指導を受けて気付いた美しさへのもう一つのアプローチ

もう1人のメンターでデザインエンジニアのジョー・ドーセットにも二つの重要なアドバイスをもらった。

一つは、CY-BOを廃棄素材で作った方がいいのではないか、というもの。最終案では実現しなかったが今後の目標として掲げることができた。
雪の結晶のようなCY-BOのピース
雪の結晶のようなCY-BOのピース
もう一つは最初のピースのデザインを諦め、より機能的なデザインに切り替えるアドバイスだ。

実は最初に応募した時と最終選考ではCY-BOのピースのデザインが大きく変わっている。つながるしくみについても、ピースの大きさや形についても、かなりの試行錯誤を重ねてきた阿部氏。

原案のピースには阿部氏が重視する「見た目の美しさ」を感じ、深い愛着があり、美しさと機能性を天秤にかけると、やや機能性が劣っているが、そこに目をつぶっていた分がある。
ピースのデザインは左上の応募時のものから右下の最終形へと進化していった
ピースのデザインは左上の応募時のものから右下の最終形へと進化していった
しかし、ドーセットに「大事なのは機能であり、機能を突き詰めた形が美しい」と言われ、思い切って元の形を捨て、より機能的なピースの形を選び、それを美しく見えるように洗練させた。最終的なピースの形は「雪の結晶のよう」と言われ、その外観も好評だった。

阿部氏も「機能を突き詰めた形が美しい」という考えに改めて共感したという。

背中を押されたのは阿部氏だけではない。同じ最終選考で戦ったライバルの5組もメンタリングの後、大きく作品が進化したと阿部氏は振り返る。
アリーナ・ホロヴァチュクの作品「InTempo」は、ストレスを感じる状況で、気持ちを落ち着かせることを助けるスマートフォンカバーとアプリだ
一番驚いたのはパニック障害などの社交不安障害を解決するためのウクライナのアリーナ・ホロヴァチュク氏の作品で、最初の案と最終選考の案では、まったく異なる形になっていた。

最終選考では、阿部氏が「悔しいが常に頭一つ抜けていた」というヘンリー・グロガウ氏の案がグランプリを取ったが、これも大きく変わったという。最初の案では発展途上国のいろいろな課題を1つのもので同時に解決できる点がすごいと思っていたが、大きく変わった最終案では「これは解決しない」という機能の選択と集中が行われ、その上で「光と影」という全体としてのコンセプトも加わった素晴らしいアイデアになっていた。
ヘンリー・グロガウが提案する、持ち運び可能で高度な技術を必要としない、太陽光を活用した蒸留装置「Portable Solar Distiller」
阿部氏は「自分だけで考えていると守りたくなってしまう殻を破れることがLDAの魅力」だと振り返る。「メンタリングでは、自分とメンターの意見が合わないこともあります。しかし、頭では無理だと思っても、そのアドバイスを実際に自分で試して見ることが大切です。その結果、プロジェクトが前進することが多々ありました」

そしてどのメンターも、指導しているファイナリストになったつもりで、その案を自分の頭の中で反すうしてくれる。阿部氏はこれを「脳を拡張」するような体験だったと語る。「自分の想像の中でやっていたアウトプットよりも、アイデアを人に渡して再構築してもらうことで、自分にはなかった創造ができる」と語り、デザインにおいては「人をどれだけ巻き込めるかが鍵かもしれない」と学んだという。


東京・表参道のINTERSECT BY LEXUSで行われていた阿部憲嗣氏のCY-BOを含むLDA2021のファイナリスト6組の応募作品展示は終了したが、10/9(土)~11/8(月) まで、LDA2020のファイナリストの応募作品が展示され、インタビュー映像を紹介する予定だ。


また、LEXUS DESIGN AWARDでは10回目となるLDA2022のアイデア応募を10月11日(月)AM 6:59まで受け付けている。詳細は下記ホームページを参照してほしい。

https://lexus.jp/brand/lexus-design/design_award/


■阿部憲嗣 Kenji Abe
多摩美術大学でプロダクトデザインを専攻し、2013年に卒業。東京を拠点に活動するプロダクトデザイナー。企業でプロダクトデザイン業務に従事。並行して個人でデザイン活動を展開。海洋生物を中心に生物の観察や、生態を調べる事に興味関心を持つ。
https://kenjiabe.com/


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