JOURNEY

爽やかさほとばしる蒼い湖、十和田湖に漂う

2021.10.01 FRI
JOURNEY

爽やかさほとばしる蒼い湖、十和田湖に漂う

2021.10.01 FRI
爽やかさほとばしる蒼い湖、十和田湖に漂う
爽やかさほとばしる蒼い湖、十和田湖に漂う

魅力的な被写体との出合いを求め、世界中を飛び回り続けている写真家、在本彌生氏。彼女が印象深い出合いを自らの作品と文章で綴る連載。今回は、東京との二拠点生活を送る友人を訪ねるため十和田湖におもむいた。

Text & Photographs by Yayoi Arimoto

自然のマッシヴな力が長い時を経て創造した雄大なアート

撮影の仕事を通して知り合った友人が、東京との二拠点生活先として十和田湖を選んだ。二つの町を行き来しながらすでに数年が経ち、益々十和田での暮らしが充実してきているようで、彼女に会うたびに、「案内するから是非十和田に一度来てね」と魅力的なお誘いを受けていた。夏が始まる少し前の緑美しい季節に、彼女を頼って十和田湖を訪ねることにした。初めての土地ゆえに期待も膨らむ。
キャンプ場近くから見た景色
キャンプ場近くから見た景色
十和田湖は青森県と秋田県に跨るカルデラ湖。地図で見ると大きな熊が大地にしっかりと脚をついてこちらを向いてポーズをとったような形をしている。火山の噴火でできた巨大な穴ぼこに、長い時間をかけて天から降り注いだ雨水が溜まって作り上げられたという。自然のマッシヴな力が、規範の時間軸をスコンと飛び越えた長い時を経て創造した雄大なアートというわけだ。まあ、そんな講釈はさておいて、その美しさ、心地よさに素直に触れていこうではないか。
緑に染まった水辺の爽やかさよ
緑に染まった水辺の爽やかさよ
この湖の色をなんと表現したらよいのだろうか。透明に近い緑、深い蒼、ターコイズブルー、濃紺。一刻一刻、光や空のさまを受けて変化していくので、ひとつの色に固定することはできない。私が過ごした2日間、日が昇ったばかりの朝にも真昼にも真夜中にも、全く違う色を見た。特に予定を詰め込まずに、変化する水面を見守ることだけに1日を費やしても、眼や精神には大いなる作用があるだろう(実際に私は眼精疲労から解放され、明らかに目がよく働くようになった)。私はあるときは湖畔のコテージから、そしてある時はカヌーの上から、この湖の色にどっぷりと浸ってみた。
コテージの大きな窓、その向こうに広がる光景
コテージの大きな窓、その向こうに広がる光景
宿泊したのは十和田湖畔のキャンプサイト「宇樽部キャンプ場」にある「北奥“hokuou”コテージ」だった。初日、キャンプ場に到着したときはもうすでに外が暗かったこともあり、コテージの周りに木々が生い茂った様子だけは辛うじて把握していた。無駄な明かりがないことで見事な闇が外に作り出されている。漆黒の世界に虫の声だけが静かに漂っていた。そのテンポに合わせて呼吸すると、酸素をたっぷり含んだ美味しい空気が身体中に染み渡っていくようで、気持ちがすっと落ちつき眠気に襲われた。質の良い休息とはこんなふうにして取るものなのだな、などと思ったはずだが、その前に眠りに落ちていた。
コテージ近く。緑と水の色が重なって美しい
コテージ近く。緑と水の色が重なって美しい
早朝、鳥たちのさえずりで目を覚ました。大きな窓の外には木々の新緑が重なり合い、わずかに風に揺らいでいる。窓越しの景色が絵画のように完璧で、少し現実離れした気持ちになる。木々や朝の光は今日がもうとっくに生まれたことを示すようで、おおらかな力に溢れていた。私の都会暮らしの日常では叶わないことだが、この朝のように目の前に豊かな自然が広がっていたら、そこに一刻も早く飛び込みたくなるのが人情というもの、ベッドから起き上がると着替えてすぐに湖畔の散歩に出かけた。
「君の名は?」。道中で出会う花の姿にも心が踊る
「君の名は?」。道中で出会う花の姿にも心が踊る
湿度が低くカラッとした心地よい空気、快適な気温の中で緑と水の中をただただ歩く。目に映るものがあまりにも爽やかで活き活きとしていてなんとも心地よく、「これこそ心のストレッチだ」などと独りごち。自然に癒され、自分は生き物の端くれだったと改めて確認する。木々の葉の形の違いとか、湖面が映し鏡となって世界が二つになっていたりとか、そんなことを心底愉しく見つめて遊ぶ。そんな散歩を1時間ほどしたら、無性にお腹が空いてきた。朝、空腹を感じるのは幸せなもの、十和田湖の自然で内臓までも整ったのかもしれない。
典型的な観光湖の光景も
典型的な観光湖の光景も
この日の予定はただひとつ、湖畔のサウナに入浴することだった。

十和田サウナは、宇樽部キャンプ場内の湖畔にあるバレルサウナで、本場ロシアから輸入されたユニットなのだそうだ。有機的なフォルムと外観が自然に馴染んだなかなかに素敵な佇まいで、朝の散歩中に見つけたときは「絶好のロケーションにあるコテージだな」と勝手に宿泊棟と勘違いしていた。予約制の貸切利用なので、誰にも気兼ねなく入浴できるし、使用中は管理人がついてくれるので、何かと安心だ。好みの温度の調整も万全、他とはひと味違う入浴法を提案してもらうこともできる。
洒落たコテージのようなバレルサウナを貸切で
洒落たコテージのようなバレルサウナを貸切で
しかししかし、これまで幾度となく海外でも体験してきたサウナ浴(大抵の場合極寒の中だった)、巷ではブームが続いているが、正直なところ「病みつき」になるほど好んだことはなく、今回も折角の機会だから入ってみよう、そのくらいの気持ちで入浴したのだった。ところが、アロマウォーターをサウナストーンにかけてそれほど高温でないサウナの中にいると、汗だく、というより、心地よい汗が流れた。これはいつもの我慢大会的サウナではない。
サウナから目の前の湖に浸かる
サウナから目の前の湖に浸かる
その上、ひやっとし過ぎないちょうど良い温度の湖に飛び込み、水に身体を預けたときのゆったりとした心地よさ、そして水からあがった後にじわりじわりと迫って来るリラックス感は、初めて体験する感覚だった。これは個人差のあることなのだろうが、今回は季節と環境がフィットしたのだろう、サウナの温度、水温がトータルで自分の感覚にあっていた。何より、こんな美しい自然の中でサウナに入れるなんて、本当にありがたいことだ。

カヌーで湖上散歩を楽しみ、十和田湖名物のヒメマス料理を堪能する

いつもと違う心持ちでパドルを漕いでみる
いつもと違う心持ちでパドルを漕いでみる
翌日はカヌーで湖上を散歩しようということになった。写真家という仕事柄、カヌーのような乗り物に乗っているときはいつもカメラが一緒で、写真を撮ることを最優先に考えていたので、純粋にパドルで水を掻く行為を楽しむということを今までしていないのだが、それではもったいないというもの。
頼れるガイドの太田さん
頼れるガイドの太田さん
この日もカメラを持ってはいたものの、写真からしばらく離れて漕ぐことに集中してみた。巧みにパドルを操る友人の後ろ盾が心強い。私もバランスを崩さずにパドルを動かし続け、あたりを眺めた。これこそ水上散歩、豊かに広がる水面に座っている感覚はまたしても人間をちっぽけな存在にする体験で、視点が変わること、動くことでいつもと随分違う物の見え方をするのが面白い。
清々しい水の色を愉しむ
清々しい水の色を愉しむ
「これは水鳥の視点かな、水を脚で掻きながらキョロキョロと周りを眺めるってこういう感じかしら」。こんなふうに、小さな取るに足らない思いつきが自分に次々に起こることも嬉しいではないか。自然が作り出した日本庭園のような一角に遭遇したり、木々の枝が覆いかぶさる中をくぐりながら漕いだり、岸辺から遠く離れて湖の内側に進んでみると水の豊かさに改めて驚いたり。
ヤマツツジが盆栽のようで面白い眺め
ヤマツツジが盆栽のようで面白い眺め
私たちを引率してくださった、地元育ちのカヌーガイドの太田さんは、十和田湖のことならなんでも答えてくれる湖の先生のようで、その成り立ちや季節の移り変わりの中で見つける楽しさについて話題は尽きることがなかった。
木立に囲まれた小道を歩いて十和田神社にたどり着く
木立に囲まれた小道を歩いて十和田神社にたどり着く
カヌーを漕いだ後、荘厳な雰囲気漂う十和田神社にお参りを済ませた。十和田湖ならではの名物、ヒメマス料理を頂こうと「もりた」に立ち寄り、ひめます親子めしをいただく。艶やかな身は予想を超えてふんわりとした舌触り、軽やかな味わい。滅多に出合うことのない「いくら」もたっぷり盛られて贅沢な一品だった。
目にも鮮やか、ひめます親子めし
目にも鮮やか、ひめます親子めし
採れたての根曲がり竹のおすそ分けを頂く嬉しさ
採れたての根曲がり竹のおすそ分けを頂く嬉しさ
ご主人が根曲がり竹の処理法を教えてくれた
ご主人が根曲がり竹の処理法を教えてくれた
食事を済ませて、ごちそうさまでしたとお店を去ろうとすると、ご主人が「今日帰るならこれ、持って行って」と、さっき山で採ってきたという根曲がり竹(姫竹)をお土産に持たせてくれた。東京ではなかなか見つからない食材をいただきとても嬉しくありがたい。「こうして皮を何枚かむいてこのまま焼くと美味いですよ」。手軽な調理法も教えてくださった。
銚子大滝の描く白いカーテン
銚子大滝の描く白いカーテン
旅の終わりに奥入瀬渓流に立ち寄り、銚子大滝まで歩いてみた。ヒタっと凪いで鏡のような十和田湖とは全く違った水の姿を見る。緑の間をさやさやと流れ、果てには大舞台の緞帳(どんちょう)のように幅の広い滝の流れにたどり着いた。
緑の光の美を惜しげなく披露する奥入瀬渓流
緑の光の美を惜しげなく披露する奥入瀬渓流
滝のその先には岩盤が広がり、その上を這うように透明な水が張り巡らされ、流れていく。ため息が出るほど瑞々しい光景だ。パワフルかつ安らか、こんなバランスで自分のエネルギーを使えたらどんなに素晴らしいかと思ったりした。


■北奥“hokuou”コテージ
http://workation.tgkai.jp/

■十和田サウナ
https://towadasauna.com/


■Towadako Guidehouse 櫂-KAI-
https://tgkai.jp/


■もりた
https://www.towadakomorita.com/

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ご回答いただきありがとうございました。

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