JOURNEY

これからの個人は企業の顧客であり、
強力な競争相手でもある

2021.09.22 WED
JOURNEY

これからの個人は企業の顧客であり、
強力な競争相手でもある

2021.09.22 WED
これからの個人は企業の顧客であり、強力な競争相手でもある
これからの個人は企業の顧客であり、強力な競争相手でもある

インターネットが発展したことで、ブログやメルマガ、動画配信サイト、そしてSNSなど、誰でも自由に表現できる多くのプラットフォームが生まれ、これらは個人のクリエイターが直接ファンとつながることで、企業や組織に所属していない人にも収益を得る方法をもたらした。本コラムでは、「クリエイターエコノミー」と呼ばれるこうした潮流について考察する。

Text by Yuya Oyamada
Photographs by Taylor Hill/FilmMagic for YouTube / gettyimages

クリエイターエコノミーの誕生

数々のゴールドラッシュをもたらしてきたテックイノベーションの中で、最近注目の潮流に「クリエイターエコノミー」がある。

インターネットの発展により、誰でも自由に表現できるプラットフォームが数多く生まれてきた。ブログサービス、メルマガ、動画配信サイト、ソーシャルメディアなど、これらは個人のクリエイターが直接ファンとつながることで、企業や組織に所属していない人にも収益を得る方法をもたらした。

しかし、今まではGAFAに代表される巨大プラットフォームの力が、個人のクリエイターに比して強すぎた面があった。

2007年にYouTubeが広告収入から収益を還元する仕組みを発表して以来、コンテンツの閲覧数に比例してクリエイターが報酬を得ることが可能となったものの、「稼げる」ようになるためには、膨大なアテンションを集める必要があった。

それはクリックを誘引するような扇情的なコンテンツやフェイクニュースといった問題を引き起こすことにつながり、倫理的側面からも批判されるようになった。

そうした流れを受け、多数のクリエイターが集まるプラットフォームは、サブスクリプションや投げ銭、オンラインコミュニティの会員サービスなど、新たなビジネスモデルを推進し、広告モデルからの脱却を図っている。そして、当初からファンがクリエイターに直接課金するモデルを採用する新興ベンチャーも急増している。

今やオンラインにおけるクリエイターたちの活動場所は、YouTubeやTikTok、Instagramなどの大手ソーシャルメディアに限らない。

ニュースレターのSubstackやファンコミュニティのPatreonなど、月額制モデルを採用しているサービスのほか、個人が簡単にECサイトを構築できるShopifyや、ゲーム配信を中心に盛り上がるTwitchなどの新しいプラットフォームを活用するクリエイターも登場し始めた。

その結果、クリエイターエコノミーの市場は拡大を続け、NeoReach Social Intelligence APIとInfluencer Marketing Hubの共同調査では、市場規模は約1042億ドル(約11兆円)にも達すると推計されている。

そして、ベンチャー投資企業のSignalFireの調査によると、今、世界にはクリエイターを自認する人が約5000万人おり、そのうち少なくとも200万人以上がフルタイム以上の収入を得るようになったという。

その原動力はどこにあるのか

こうした隆盛から、クリエイターエコノミーが次なるゴールドラッシュとして注目を集めているのだが、そこには課題もある。

まず、クリエイター間の格差は依然として大きい。先の調査では、約5000万人のクリエイターのうち、200万人以上がフルタイム以上の収入を得ているとされているが、それは裏を返すと、96%のクリエイターは趣味の範囲にとどまっていることを表している。「稼げる」のは一部のトップクリエイターだけ、という状況は未だ続いているのだ。

あるいは、クリエイターエコノミーで本格的に活動しようとする個人は常に熾烈な競争にさらされるため、バーンアウト(燃え尽き症候群)の問題に直面しやすいともいわれる。

もちろん、それは従来の芸能人やアーティストにもつきまとってきた問題だが、インターネットのクリエイターたちはエージェンシーのような組織に所属していないケースが多く、「個」としてオーディエンスに対峙しなければならないため、稼ぎ方だけでなく、メンタルヘルスの面からクリエイターをサポートするサービスも必要になっていくだろう。

しかし、これらの課題がありながらも、クリエイターエコノミーの拡大は、世の中を大きく変えていく可能性を秘めていると思う。ただ、これを「次の儲かる金脈」といった金銭的な側面だけで見ていては、変化の本質を見落としてしまうだろう。

ビジネスの世界には「ゴールドラッシュで儲けたければ、金を掘るのではなく、そのためのスコップを売れ」という格言がある。

今、世界で加熱しているクリエイターエコノミーへの投資も、クリエイターという“金を掘る人たち”に期待したものではなく、より効率的な“スコップ”を売ろうとしている企業競争の勝ち馬に乗ろうとするものであることがほとんどだ。

だが、クリエイターエコノミーの原動力が「稼げる」「儲かる」ということだけならば、これほど大きな潮流にはならなかった。それはモバイルの配達サービスなどを利用してスキマ時間にお金を稼ぐ「ギグ・エコノミー」と大差がないからだ。

では、クリエイターエコノミーの本質とは、どこにあるのか? それはビジネスの主権を個人の手に取り戻そうとする「パッション(情熱)」で駆動されているという点にある。

企業vs個人の時代がやってくる

アメリカの大手VCのパートナー、リ・ジン氏は「The Passion Economy and the Future of Work(パッションエコノミーと仕事の未来)」というブログ記事の中で、これを「パッションエコノミー」と呼んでいる。

ギグ・エコノミーの拡大は、個人が手軽に収入を得る手段をもたらし、アメリカではなんと労働人口の1/3が、この経済圏に参加するようになった。

その一方、労働者の参入障壁を下げるため、ギグ・エコノミーのプラットフォームでは、働き手の個性をコモディティ化してしまう。そこではユニークなクリエイティビティは問われにくく、それぞれのスキルはフラット化される。また、顧客はプラットフォームと結びついているため、個人がファンとつながって継続的な関係を築くことも難しい。

リ・ジン氏は言う。ギグ・エコノミーは今後もなくなることはないが、今ではそれに代わる方法も登場した。それが労働力ではなく個性をマネタイズするパッションエコノミーである、と。

パーソナルコンピューターとインターネットの理念は、もともと「個の解放」にあった。誰もが手軽にクリエイティビティを発揮できるツールを配り、自由な表現の場であるオンライン空間に解き放つ。それがヒッピー文化に源流を持つサイバー活動家たちの理想だった。

しかし、ネットワークが世界を覆い、巨大なプラットフォーマーたちが莫大な利益を上げるようになると、多くのIT企業が規模を追求するようになった。より稼ぐために、より多く、より広く。

その結果、規模の追求は個性を均質化し、「個の解放」と逆行するようになった。これが昨今のインターネットが抱える課題であり、この課題を乗り越えるためのものとして、情熱を原動力とするクリエイターエコノミーは生まれた。

この歴史は、インディーズで支持を集めたミュージシャンがブレイクする過程で抱える苦悩と似ている。

コアなファンに愛された情熱的なミュージシャンも、メジャーレーベルと契約した途端にヒットを要求され、自由に創造性を発揮できなくなって悩んでしまうことは業界の“あるある”であり、現代社会におけるビジネスの定番ストーリーともいえる。

それに対してクリエイターエコノミーは、インディーズのDIY精神を貫いたまま、自分たちの手で持続可能なビジネスをマネジメントしていくための経済圏だ。そのためのツールは整ってきており、だからこそ参加者が世界中で急増している。

さて、クリエイター個人にとっては夢のある話だが、企業サイドにとってはどうか。残念ながら、バラ色といえそうにはない。

アメリカではミスター・ビーストという人気YouTuberが自身のハンバーガーチェーン店を全米展開したように、多くのオーディエンスを集めるクリエイターがさまざまな事業に乗り出し、しかも空前のヒットを記録するケースが増えている。

一般的な企業では、ビジネスモデルがあり、それからマーケティングを通じてファンを獲得するという順番だが、彼らは強固なファンコミュニティをベースにビジネスをスタートする。だからスケールもしやすい。しかも、ビジネスの主権はあくまでクリエイター個人にある。企業が創造に腐心するブランド人格が最初から明確で、ファンの声も反映されやすいのである。

もちろん、ミスター・ビーストのような大きな成功例は海外でもまだ少ないが、こうしたクリエイター個人を基点にしたブランドが今後も増えていくことは間違いない。これからの企業の競争相手は企業だけではない。それまで顧客、あるいはSNS上の宣伝媒体と見ていた「個人」も、強力なライバルとして市場に立ちはだかるようになる。

クリエイターエコノミーを「儲かる金脈」とだけ捉えていては、本質を見逃すと述べた理由が、まさにここにあるのだ。

この記事はいかがでしたか?

ご回答いただきありがとうございました。

RECOMMEND

LATEST