TECHNOLOGY

世界が注目する「網膜走査型レーザーアイウェア」とは?

2021.07.05 MON
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世界が注目する「網膜走査型レーザーアイウェア」とは?

2021.07.05 MON
世界が注目する「網膜走査型レーザーアイウェア」とは?
世界が注目する「網膜走査型レーザーアイウェア」とは?

視力や視野の機能が十分でないために「見えづらさ=ロービジョン」に悩む人は多い。2018年、この問題を解決する画期的な機器が登場した。作ったのは最先端の半導体レーザー技術を持つ日本のベンチャー企業だ。
写真はQDレーザ「RETISSA® ディスプレイⅡ」

Text & Edit by Yasuhito Shibuya
Photographs by Masahiro Okamura

全世界で大きな課題となっている「ロービジョンケア」

視覚を完全に失っているわけではないが、視力・視野のどちらか、または両方の機能が十分でないため、視力を矯正する眼鏡などの視力矯正具を使っても、充分な視覚が得られない「見えづらい」状態を「ロービジョン」と呼ぶ。

人間は情報の多くを視覚から得ている。だから「見えて」はいても、「見えにくい」「まぶしい」「見える範囲が限られている」など、充分な視覚が得られないロービジョンの人の中には、日常生活や仕事で大きなハンディキャップを抱えていると感じている方も多いだろう。

2016年に厚生労働省が国内で視覚障害者として認定し、身体障害者手帳の交付を受けた人は約31万2000人。このうち、まったく見えない全盲の人は約1割弱で、それ以外の約9割の人はロービジョンだ。

しかも、視覚障害者として認定を受けている人は障害を持つ人のごく一部。ある推定ではロービジョンの人は、日本だけでも約145万人、世界では約2.5億人もいるという。その上、社会の高齢化でその数は増える一方だ。そのため「ロービジョンケア」が全世界で大きな課題になっている。

網膜に直接、映像を投影する

そんなロービジョンケアにおおいに役立つと期待される「網膜にレーザー光で直接クリアな映像を投影する」画期的な技術、「VISIRIUM® (ビジリウム)テクノロジー」を使った民生用機器「レティッサディスプレイ」がいま、世界的な注目を集めている。開発・製品化したのは、神奈川県川崎市にある株式会社QDレーザ。世界最先端の半導体レーザー技術を持つ、日本のベンチャー企業だ。

人間は情報の多くを視覚から得ている。そして視覚を担う眼の構造は、デジタルカメラに例えると分かりやすい。水晶体というレンズがあり、その奥に網膜という光を捉える「撮像素子」がある。眼に入った光は、水晶体を通って屈折し、網膜の上で結像する。ピント合わせは水晶体の周囲にある毛様体筋という筋肉で水晶体の厚さを変えて行う。網膜上に投影された映像は視細胞で電気信号に変換され、視神経を通って脳の視覚野に送られる。この信号を脳が情報処理することで私たちは「世界を見て」いるのだ。

だが水晶体や毛様体筋、網膜などに問題があると、人は全盲やロービジョンの状態に陥ってしまう。この状態の改善には、メガネや眼内レンズなどが使われてきた。だが、メガネや眼内レンズなどで改善できる症状は限られている。

QDレーザが2015年の秋から開発に着手、2018年12月から販売を開始した「レティッサディスプレイ」は、この限界を同社の独自技術「VISIRIUM® (ビジリウム)テクノロジー」で打ち破った、ロービジョンケアのための世界初の「網膜走査型レーザーアイウェア」だ。
左が開発初期の試作機。そして右が2018年に製品化したファーストモデル「RETISSA® Display」
ディスプレイの心臓部は、光の3原色、レッド、ブルー、グリーンの光を出す半導体レーザーとMEMS(マイクロマシン)ミラーで構成される超小型のプロジェクターだ。レーザーやミラーのサイズはわずか直径1mm以下と超コンパクト。これをメガネ等に装着したこのプロジェクターはケーブルでコントロールボックスとつながれている。このボックスにデジタルカメラやパソコン、スマートフォンなどを接続することで、その映像をこの超小型プロジェクターで使用者の眼の奥にある網膜に高画質で直接に投影することができる。
「RETISSA® DisplayⅡ」の接眼部。網膜に投影される映像の光が中心部に見える
プロジェクターが網膜にピントを合わせてくれるので、使用者はメガネやコンタクトレンズや眼の調節機能を使わなくても、ハイビジョンクラスの解像感で映像を見ることができる。しかもレーザー光のエネルギーはごくわずか、人体にダメージを与えないレベルに抑えられているので安全だ。

すべてのロービジョンの症状に有効なわけではないが、眼球の前部、眼のレンズである水晶体や、水晶体を支える毛様体筋などに障害のある人なら、ロービジョンの改善が期待できる。視覚障害がない筆者も、実際にこの機器を装着して、色鮮やかで美しい映像を見ることができた。

ただ網膜に映像を投影する仕組みのため、水晶体やその後ろにある硝子体が濁っているなどの理由で網膜までプロジェクターの光が届かない人、網膜やその視神経が機能を失っている人の場合は、残念ながら視覚の改善は期待できない。だが網膜の機能が一部でも残っている人なら、その場所に映像を投影することで映像が見られる可能性があるという。

独自技術で「再発見した技術」を「使える技術」に

この画期的なロービジョンケア機器を開発・製造・販売する株式会社QDレーザは、量子ドットレーザ技術の事業化を目指す株式会社富士通研究所のスピンオフベンチャーとして2006年に設立された会社だ。

設立以来、代表取締役社長を務めている菅原充(すがわらみつる)氏は、半導体レーザーの分野で世界をリードする数々の画期的な技術開発・発明を成し遂げてきた、日本を代表する研究者。1984年に東京大学大学院物理工学修士過程を終了後、株式会社富士通研究所に入社。同社で研究を続けながら1995年には東京大学で工学博士号を取得。東京工業大学客員助教授、富士通研究所フォトノベルテクノロジ研究部長、東京大学生産技術研究所特任教授、富士通研究所ナノテクノロジー研究センター センター長代理を経て、2006年に代表取締役社長としてQDレーザを設立。“人の可能性を照らせ”を理念に掲げ、半導体レーザーに関連する画期的な技術とデバイスを数多く世に送り出してきた。
菅原充氏と網膜走査型ディスプレイの概念図。半導体レーザーやMEMSミラーも同社の独自技術だ
そしてビジリウムテクノロジーは、同社が誇る6つのコアテクノロジーの一つ。これまではデバイスを開発・製造してきた会社であり、消費者に直接届ける最終製品はこれが初めてだという。

「網膜に映像を投影するというアイデアはアメリカ・ワシントンの大学病院で考案され、1991年から92年にかけて臨床研究が行われていたという記録が残っています。ただ、当時の技術では小型化できなかった。ディスプレイはヘルメットに取り付ける形で、コントロールボックスも背中にリュックサックのように背負う大型のもの。解像度も低くて、視力も0.2程度しか実現できなかったようです」

当時の研究から四半世紀を経てこのアイデアを再発見した菅原氏たちは、自分たちの半導体レーザー技術を活用すればこのアイデアを実用化できる、ロービジョンの人たちを救う画期的な機器が作れると考えた。

「試作品を作って、自分たちで実験してみてすぐに、この技術の大きな可能性に気づきました。そして『これは視力の改善に使える』と確信しました」

開発でいちばん大変だったこと。それは機器としての安全性を確認・証明することだったという。

「エネルギーとしては微少なレベルでも、眼の中に常時直接レーザー光を当てることになります。ですから、開発当初から安全性がいちばん重要で、安全を証明することが何よりも大切だと考えていました。どんなに優れた機器でも、臨床研究、臨床試験で安全を証明しなければ使ってもらえませんから」

こうした機器の開発経験がまったくなかった菅原氏たちは、まず神奈川県の薬務課を、さらに厚生労働省を訪ね、どのように開発・製品化を進めればいいかを相談した。そして眼科医をはじめ医療関係者からも幅広く意見や評価を聞いて開発を正式にスタートさせた。2015年9月のことだった。

「厚生労働省からは『(開発を)ちゃんとやってくださいね』と激励されました。まったく新しいものなので先行メーカーもない。とにかく自分たちで最後まで作ってみないとダメだな、と覚悟しました」

この網膜走査型レーザアイウェア技術の可能性は当初から高く評価され、2016年 10月に開催されたIT家電機器の見本市、CEATEC JAPAN 2016で「経済産業大臣賞」を、受賞している。

そして2018年10月の国内臨床試験完了、個人向けの受注開始を経て、同年12月、近視・遠視・乱視・老眼などによる「見えづらさ」を改善する民生用の網膜走査型アイウェアの第1号製品「RETISSA®(レティッサ) ディスプレイ」の出荷がスタート。アイウェア業界やIT業界に大きな反響を巻き起こした。

2020年にはより小型化、軽量化され、解像感も向上した「RETISSA® ディスプレイⅡ」が登場。このモデルは現在、全国40カ所のメガネ店などで体験し、購入することができる。またAmazonや家電量販店の通販サイトでも購入することが可能。個人向けのレンタルサービスもある。日常で「見えづらさ」を感じている人は、ぜひその効果を体験してみてはいかがだろう。
「RETISSA® ディスプレイⅡ」※1
このレティッサディスプレイは、従来のヘッドマウントディスプレイに代わる映像情報機器としても、大きな可能性を秘めている。着用者の視力や眼のピント調節能力に依存せず、AR画像と実画像がシームレスにつながる。つまりより仮想現実がより自然に「見える」からだ。
※1 https://shop.retissa.biz/

「見えにくさに悩む世界中の人々を救いたい」

さらにこの「網膜走査型レーザーアイウェア」は、民生品としてばかりでなく、冒頭で紹介した視覚障害者、ロービジョンの人々を救う画期的な医療機器になると、開発当初から期待されてきた。

そのため、慶應義塾大学名誉教授の坪田一男先生や京都府立医科大学特任講座感覚器未来医療学教授の木下茂先生を筆頭に、この技術に期待を寄せる医療研究者や眼科医、医療関係者が全面的に協力。医療機器としての開発も進められてきた。

2019年には医療機器として申請を行い、ついに臨床試験がスタート。そして2020年1月には視力障害向け医療機器「RETISSA® メディカル」が医療機器としての製造販売承認を取得。2021年中には視覚障害者用の医療機器として眼科医による処方、医療機器としての利用が始まる見込みだ。

菅原氏たちの夢はこの「網膜走査型レーザーアイウエア」に留まらない。2020年にヘルスケア機器展でお披露目した、網膜投影方式のハンディ型視機能測定機もその一つ。将来的にネットで医療機関とつながり、「掛けるだけで検眼ができる」医療機器として期待されている。

「実用化できれば眼科に足を運ばなくても緑内障など、経過観察が大切な眼の病気の検診がいつでも簡単にできます」

独自に開発したレーザー技術を人類の共通財産として活用して、視覚障害に悩む人を一人でも多く救いたい。もっと使いやすく、もっと安い価格で提供したいと菅原氏は語る。その夢が実現するのはもうすぐだ。


QDレーザ
https://www.qdlaser.com/

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