ART / DESIGN

拭い去れない違和感の根源は環境問題だった
──デザイナー長嶋りかこ

2021.06.25 FRI
ART / DESIGN

拭い去れない違和感の根源は環境問題だった
──デザイナー長嶋りかこ

2021.06.25 FRI
拭い去れない違和感の根源は環境問題だった──デザイナー長嶋りかこ
拭い去れない違和感の根源は環境問題だった──デザイナー長嶋りかこ

グラフィックデザインを基軸に、VI計画、ブックデザイン、空間構成など、さまざまな領域に渡ってデザインワークを展開する長嶋りかこ氏。幼少期から一貫する自然環境へのまなざしが、彼女のクリエイティビティにもたらした変遷をたどった。

Text by Shinri Kobayashi
Photographs by Isamu Ito
Edit by Hayato Narahara

権威や組織に頼らずに生きるという選択

国内外のさまざまなデザインを手掛ける長嶋りかこ氏。中でも、反原発運動でのライブ音源「YELLOW MAGIC ORCHESTRA / NO NUKES 2012」のジャケットデザインや、デサントの廃棄物再利用事業におけるデザインワークなど、環境問題に根ざした仕事も多い。美術大学を卒業後、大手広告代理店を経て独立という華々しい経歴に至るその原点について尋ねてみると、「土葬の風習が残っていたくらいの田舎で、とても貧乏な家で育ちました」という飾らない返事に、驚きを覚える。

「でも、貧しさに悲壮感を抱いた記憶はありません。何でも無下に捨てることはなく、姿や用途を変えながら、そのものの寿命を全うするかのごとく最後まで使っていました。食べるものも自分たちで育てていたので、労力を分かっているだけに、残して捨てることへの罪悪感の方が強かったです。それに、ものがないからこそ目の前にある材料を工夫して自分で作る楽しさの方が勝っていて、いろいろなものを作り出す祖父母を、子供ながらに“かっこいい”と憧れていましたね」

そんな自然が色濃く残る古里を出て、長嶋さんは美術大学でデザイン科に進む。その中で、言葉を介さない視覚言語表現の楽しさに目覚め、その道を究めんと大手の広告代理店へと就職する。そこで待っていたのは、自分と会社とのギャップだった。

「会社員時代は『どうやって』伝えるか、という“手法”にとにかく集中していて、『何のために』伝えるか、という自分自身の目的はないままにただひたすら仕事をしていた感じでした。もちろん仕事上はこの商品を売るとか、多くの人に広めるとか目的はありますが、それが自分の倫理観にあっているかどうかは別。それこそ企業や誰かの『経済的なますますの豊かさ』に寄り添い続けていくような。当然徐々に違和感が出てくるわけです。この商品は、自分は口にしたくない、あの商品は環境には悪い、じゃあ私は何のためにやっているんだろうと」
キャリアを重ねてくることで見えてきた「私が仕事をする目的」
キャリアを重ねてくることで見えてきた「私が仕事をする目的」
違和感はどんどん大きくなり、やがて2014年に独立、village®を立ち上げる。安定した道からドロップアウトしての独立に葛藤はなかったのだろうか。

「先がどうなるか分からなくても、大きな組織に頼らず、全責任を自分で持ってデザインすることが、精神的に健全でいられることには重要だと分かっていたので、辞めること自体に葛藤はありませんでした。

大きな組織にいると、自分に責任があるつもりでも結局は会社にある程度守られていることに気づけないんですよね。だから、本当の葛藤や悩み、挫折は独立後からです。独立してからは、自分が今までいかに守られてきてたのかを思い知ることばかりで。その後、権威や組織に頼りたくなくて、権威的な国内外のデザイン団体から全部脱退したんです。

そうやって精神的にも仕事環境的にも人間関係的にも野ざらしになってから、ひとりトボトボと歩いて行くわけですけど、それが自分にとっては本当によかった。自分がやるべきことは何か、大事なことは何か、自問自答する時間になりました。自分が感じてきた漠とした違和感が少しずつ自分の言葉になっていき、都度書き記して、やるべきことが少しずつ見えてきて。仕事を選び一つひとつ丁寧に形にしながら、自分の歩むべき道を今もこつこつと作っています」

“違和感”との対話から、再び自然を意識した

社会生活において生じる“違和感”というもの。日常生活や家族などを理由に、はたまたただなんとなく、その違和感を飲みこんでしまう生き方を選ぶ人も少なくないだろう。長嶋氏は、多くの人が日々感じているであろう違和感をそのままにしておかない。一つひとつの仕事が、本当に社会のためになっているのか。その姿勢は、新型コロナウイルスによって私たちが気づかざるを得なかった「このままの暮らし方、社会のあり方でいいのか」という気づきと共鳴しているはずだ。であれば、長嶋氏の目には、このコロナ禍はどう映っているのだろうか。

「自然をおそろかにし続けてきたことで、コロナに限らず、新たなウイルスの蔓延や、巨大な台風やそれによる水害、体験したことのない猛暑など、これからは毎年“経験したことのないこと”が起こり続ける、そういう時代に入ってしまった。それでも、“これからも何も変わらないよ”という人たちもいますし、“サステナブルとか飽きた”なんていう人たちもいますが、私は腰を据えて考え行動したいです。デザイナーとしてというよりは母親として、子供らの未来はどうなってしまうのかと心配でしかありません。自分の職能でできることしか出来ないですけど、“それについて考えない”なんて、問題を放置して悪化させるだけの行動はとりたくないですね」
デサントが取り組む環境保全に関するサステナビリティ活動「RE: DESCENTEでは、ロゴデザインや展示空間デザインなど多岐に渡るデザインワークを提供している
では、長嶋さんの持つ職能、つまりデザインができることとはなんだろうか。

「私の場合は、『経済的なますますの豊かさ』という目的にデザインで寄り添い続けるのはしんどいんです。ましてや幸福や好みというものは人それぞれ。だから誰かが『これが最高!』というものは『そうだね、でもそれは誰かの最低でもありうる』とも思っているので(笑)、そこに関しては共感するというよりもその人の幸福を“理解する”という感じです。

もちろん個々人の“好み”という情熱には『人間の尊厳』たるものも感じています。でもどうせ自分がデザインをするならば、もっと人間や動物や植物の『つらい』『痛い』『苦しい』に寄り添いたいし、それができるならばデザイナー冥利に尽きるなと。だから私はまず、その仕事が環境や文化への寄与になるのかどうかで取捨選択しています。寄与できなそうなら仕事をしない。それから小さなことですけど、自分の仕事で出る紙の廃棄物は再利用したり、廃棄物をデザインのマテリアルとして扱うなど、廃棄物をデザインに取り込んでいます」

「自然から学ぶ」姿勢こそ、未来を考える第一歩

長嶋氏のこの問題意識を知ってか、最近は環境関連の相談が増えているという。「企業や同じような問題意識を持った人々とつながって行動すると、ひとりよりもできることが増えるので、嬉しいし、心強い」と捉える一方で、その現実の難しさも痛感している。

「気をつけなければいけないのは、『絶滅への道は善意で敷き詰められている』という言葉にあるように、各々が善かれと思ってやっていることが実は環境負荷をかけている可能性もあるということ。そのためには知識も必要になるので、こればかりは常に情報を集めて、勉強するしかありません。

環境に良いとされている資源でも、際限なくその資源を採掘し続ければ、結局はその周辺の生態系が崩れてしまいます。二次的な問題が起きるのはどの資源でも同じこと。どんなに良いとされているものでも必ず大なり小なり悪い面があって、『良い面しかない』なんてことはあり得ないし、俯瞰して環境的コストを考えなければ間違った選択になってしまう。だから、誰かや、何かにとっての悪さ、つらさ、痛さが少しでも少ないものを選択したいと思うし、一番必要な省エネルギーのための行動を一つひとつカタチにしていくことが大事だと思っています。
働きながら育児をするため、デスクを育児アイテムが囲んでいる
働きながら育児をするため、デスクを育児アイテムが囲んでいる
子どもを産んだ途端に「自分が考慮する未来への時間が、はっきりと100年伸びた」。母親として環境問題と向き合うことで気づくことも多いという長嶋氏
一般的に、環境問題、社会問題という大きな壁を相手にすると、途方に暮れて、安易な諦めや思考停止に陥ることはよくあるだろう。これから長嶋氏はどんな考えのもと、どんな活動を展望しているのだろうか。

「最近本で、フランシス・ベーコンの『自然に従うことでしか、自然に命じることができない』という言葉を読んだんですが、とてもしっくりくる言葉でした。つまり、自然の振る舞いやありように学ぶ姿勢を持つことが大事だなと。資本主義による利益だけを目的に摂理を無視して、自然を支配し搾取してきた傲慢な態度を改め、かつ自然を理屈によって解釈するのではなく、目の前の自然を体感し、観察することで摂理を学ぶという謙虚な姿勢です。この言葉のように、私たちは倫理観をもって自然を捉える必要があると思うんです」

自然の中で豊さの本質を学びながら育ち、デザインし続けながら改めて自然と向き合う大切さを痛感する長嶋氏。社会や環境に対する彼女の視座は、コロナ禍を経て、より一層重要度を増していくに違いない。社会や地球というマクロなまなざし、と同時に小さな違和感を放っておかないその清廉さは、この先どのようなデザインを生み出していくのだろう。彼女のクリエイティブから、社会を変えていく意識が一人一人に芽生えていく。そんな想像をせずにいられない。

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