ART / DESIGN

「Snow Peak」の山井梨沙はアウトドアの価値を拡張する 前編|ムラカミカイエ Beyond the Box

2021.05.07 FRI
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「Snow Peak」の山井梨沙はアウトドアの価値を拡張する 前編|ムラカミカイエ Beyond the Box

2021.05.07 FRI
「Snow Peak」の山井梨沙はアウトドアの価値を拡張する 前編|ムラカミカイエ Beyond the Box
「Snow Peak」の山井梨沙はアウトドアの価値を拡張する 前編|ムラカミカイエ Beyond the Box

ミレニアル世代と呼ばれる若者たちとムラカミカイエ氏との対談録。第13回目は、2020年の春にアウトドアブランド「Snow Peak」の社長に就任した山井梨沙氏を迎えた。キャンプを起点にユニークな展開を続けるブランドの、クリエイティブなマインドの源泉とは。前編では、彼女のルーツをさかのぼっていく。

Text by Satoshi Taguchi
Photographs by Daisuke Matsumoto

自然と親しむほどに、見失った当たり前に気付く

まだ慣れないながらも雪山でキャンプをした。浅い眠りから目が覚めてテントの外へ出ると、薄暗く、静寂が支配するワントーンの薄鼠色の世界が広がる。防寒具から露出した頬が、ピンと澄み渡った凍てつく空気に触れて一瞬にして目が覚める。こんな時こそすぐに温かいコーヒーを、といきたいところだが、スイッチ一つで、なんて都合よくはいかない。ここは人里離れた山奥で、我々が作り出してきた文明からは遠くかけ離れた場所なのだ。暗いなか水を汲み、火をおこして湯を沸かし、豆を挽く。便利すぎる日常からは想像もできない手間のかかる作業だけれど、その一つ一つが思いのほか、楽しく、愛おしい。そのうち朝日が昇り、目前に煌めくようなさまざまな光が反射し、それまでの無彩な世界に生きた彩りを加えていく。一日の始まりを、1杯のコーヒーとともに噛み締めるように味わう。この景色、この時間のためだけに、僕は自然に向かったのだ。

この1年、世界はコロナ禍に見舞われている。僕たちにはいくつもの大きな変化があったし、これからもあるだろうけれど、もはや動じることもなくなり、みんなそれぞれが新たな当たり前の日々を模索し始めている。ワーケーションと呼ばれる新しい働き方や、世間の自然への回帰やアウトドアアクティビティに対する欲求の高まりもその一つだ。

昨年友人を介して知り合った山井梨沙さんは、僕にキャンプの魅力を教えてくれる大切な友人の一人であり、若くして日本が誇るアウトドアメーカー「Snow Peak」を率いる経営者でもある。こんな時だからこそ、彼女とじっくり話してみたいと思った。とはいえ今(2月上旬)は年始以来の緊急事態宣言下。いつもの対談のように、気楽に会って話すことはかなわず、オンラインでの対談となった。昨夏に出版された彼女の著書『FIELDWORK─野生と共生─』( https://bit.ly/3ukSyTq )を読み直して、モニターの向こうにいる生粋の“アウトドアパーソン”を訪ねた。

アウトドアに育まれたパーソナリティ

ムラカミカイエ(以下ムラカミ) 本、拝読しました。言葉に穏やかな熱量が感じられて、まるで梨沙ちゃんと会話しているような感覚に陥ったよ。最初にルーツについて聞いてもいいかな。新潟だけじゃなくて、盛岡にも縁があるんだね。

山井梨沙(以下 山井) 読んでいただいて、ありがとうございます。うれしいなあ。山井家のルーツは新潟にあるんですが、盛岡は母の実家があったので、子どもの頃からよく過ごしていました。夏休みになれば、毎年のように1カ月ずっといたり。私が生まれたのも盛岡です。

ムラカミ「光原社」(小さな出版社として大正期に創立し、後に民藝店の草分けとなった)にもよく行かれていたとか。僕も盛岡に行ったら必ず足を運ぶんだけど、その話を本で読んで、梨沙ちゃんの美意識と通ずるところが感じられて、妙に納得してしまった。

山井 本当に素敵なお店ですよね。ファッション業界にいた頃は、ああいう日本の美意識のコアなところに、なかなか触れる機会が少なかったなと思います。本来なら触れるべきだったのに。でもこのところ、民芸や日本の伝統に興味をもつ人たちが増えている気はしています。

ムラカミ 生活の見直しに社会の関心が集まっているせいもあるのかな。あ、そうだ。初めて会った時もさらっと話してくれていたけど、本によれば、ほとんど義務教育を受けていないとか。

山井 自慢できることじゃないですけど、不登校か保健室で仮病を使うかのどっちかで(笑)。でもありがたいことに、両親からも先生たちからも、そんなにうるさくは言われなかったんです。出会いに恵まれたのかもしれません。学校では体を動かしたり、美術や家庭科のような技能教科は好きだったので、そういう授業だけ、かいつまむように出席して……という感じだった気がします。

ムラカミ その一方で、アウトドアやキャンプでたくさんのことを学んだって。「自分で判断して、責任をもって行動していくという感覚は、そこで身についていった」と。そういう場に連れ出してくれた時や場所には、先代の社長でもあるお父様ももちろんいたんだよね?

山井 「Snow Peak」のもととなった会社は祖父が設立したんです。父はそこに入社して1986年にオートキャンプの事業を立ち上げたんですが、父が33歳の時に祖父が亡くなってしまって。なので、若くして創業社長のような感じで仕事をしていました。今思えば、かなり忙しかったんでしょうね。父と一緒に旅行したり、休日を家で過ごしたり、そういう記憶はほとんどない。唯一、一緒に過ごせたのがキャンプでした。家族だけじゃなくて、会社やアウトドアの仲間の人たちも一緒に。そういう環境で育った実感がありますね。

ムラカミ 本の後半に収録されているお父様との対話を読むと、距離感が普通の親子の関係以上にすごく近く感じたのは、その影響もあるのかな。

山井 どちらかと言うと、近くなったという感覚ですかね。実際、父親の人物像も、私が「Snow Peak」に入社するまでは、全く分からなかったし。もちろん節々では父から助けられたり、教わったりというのはありましたけどね。子どもからすると、近い存在っていうよりも、あんまり家にいないお父さんっていう感じでしたから。会社に入って働くようになってからです。根底の価値観というか、考え方のベースというか、ものごとの判断基準が近いのかもって感じるようになったのは。

ファッションからアウトドアへ、デザインから経営へ

ムラカミ なるほど。精神的な距離感もあって、経営者としての人物像もあまり分からなかったのに、入社することに不安はなかったのかな。もともとはファッションが好きで、服飾の大学まで行って、アシスタントデザイナーとしてコレクションブランドで働いていたんだよね。

山井 そうです。やりがいもありました。ファッションも好きだったし。一方で、どこかに疑問も感じてもいて。進むべき道を考え始めた頃、人生の先輩である父に初めて相談しました。その時、「梨沙がやりたいことは、Snow Peakだったら実現できるんじゃないのか」とポロって言ったんですよね。それがすぐ行動に結びついたわけではなく、その後も考える時期は長かったんですが、結局はその言葉がきっかけになったのかもしれません。

ムラカミ それでも就職する時は、お父様に知らせずに履歴書を送ったんだよね。 

山井 Snow Peakで働きたかったけど、当時はどこかに迷いもあった気がします。だから自分の意思で入ったということを、自分に示したかったんですね。いきなりだったので、父としても驚いたと思います(笑)。普通に人事担当の人に面接をしてもらいました。あとはやっぱり、「社長の娘だから」とは思われたくなかった。もちろん事実はそうですが、ひとりの社員としては、自分が主体的に考えてやるのは同じだし、それで結果を出したいと思っていました。その考え方は、今もあまり変わらないですね。仕事の上では父に頼らず、自分で何とかしたい。

ムラカミ そして今は会社の経営を担っている。大きな企業だし大変そうだなと思う。

山井 入社したばかりの頃、アパレル事業を立ち上げるという仕事をやらせてもらいました。ゼロからなので、デザインも生産管理も営業も、まずはひとりでやる。かなりキツかったんですが、それと同じような感覚ですね。ものを作ることに関しては、会社でもある程度の積み重ねをしてきたけれど、経営っていうのは初めてなので、またゼロからのスタートです。ただそんな悠長なことは言ってられません。30年以上の経営者としての経験がある父親と比較されるプレッシャーもありますし。ありがたいことに、父を近くで支えてきてくれた人とか、みんながサポートしてくれています。自分が経営者としてやろうとしていること、10年後、20年後、30年後のSnow Peakの未来を作っていくことに集中できるようにはなってきました。

ムラカミ 東証一部上場企業の中では、飛び抜けて若い女性の経営者。かなりニュースにもなったよね。

山井 良くも、悪くもといいますか(笑)。社長交代のリリースを速報していただいたウェブメディアがあって、そこで使われた私の写真が、過去の取材の際に撮影されたものだったんです。それには腕のタトゥーも写っていた。その写真がいろんなメディアに拡散されていき、けっこうな反応がありました。「#女性 #最年少 #タトゥー #世襲」みたいな(笑)。

ムラカミ びっくりするぐらいステレオタイプな批判だね。僕としては、日本の経営者像がこれで更新されそうだって、むしろ期待感しかなかったけど(笑)。

山井 MBAを持っているわけでもないし、一般常識的な社長像とはかけ離れていましたから。それでも表面的なところだけで判断されるのは悔しかったですね。その一方で経営者としては1年目で、まだ実力がついていないという事実もある。その狭間にいて、どんどん苦しくなりました。もちろん、父の判断も熟慮の上だと思います。会社の長い将来を考えた時、クリエイティブな会社としてありつづけるにはどうするべきか。経営的な経験値よりも優先するべきものは何か。それを追求する役割が私には課せられている。そこにようやく、自分なりに集中できるようになったというか、折り合いをつけられたというか。そういう状態になれたのが今年です。

対談の前編はここまで。後編ではキャンプや野遊びについての根源的な価値について、語られていきます。

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ご回答いただきありがとうございました。

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