ART / DESIGN

メイドイン丹後のタイを世界へ。
手織りシルクブランド「KUSKA」

2021.02.10 WED
ART / DESIGN

メイドイン丹後のタイを世界へ。
手織りシルクブランド「KUSKA」

2021.02.10 WED
メイドイン丹後のタイを世界へ。手織りシルクブランド「KUSKA」
メイドイン丹後のタイを世界へ。手織りシルクブランド「KUSKA」

日本最大の絹織物産地、京都・丹後。今も日本の着物生地の6割がここで生産されている。着物産業の縮小とともに織物業が衰退していくなか、丹後ちりめん業の3代目が手織りネクタイで新境地を開く。

Text by Yuka Tsukano
Photographs by Masuhiro Machida

サーフィンをするために丹後に戻った

京都府北部、丹後地方では1300年ほど前から絹織物で栄えてきた。そして日本海に面したこの織物の里は、サーファーたちには絶好のサーフスポットとしても知られている。

丹後で1936年から織物業を営むクスカ株式会社の3代目、楠泰彦氏の1日はサーフィンで始まる。ネクタイを締めないのはサーフィンに行くときだけ。海に入ってから自社の手織りネクタイを締め、出社するのが日課だ。
クスカ株式会社の楠泰彦氏。ブルーのネクタイがトレードマークだ
クスカ株式会社の楠泰彦氏。ブルーのネクタイがトレードマークだ
カシャン、カシャン、カシャン、カシャン。工場では朝から夕方まで職人たちが手織り機に静かに対峙し、おのおののリズムで機を織っている。11名いる職人の平均年齢は37歳、子育て中の女性が多い。全員ここ丹後が地元だという。「暮らしながら働くことを大切にしています。冬は雪も降り、田舎なので暮らすことの比重がどうしても大きくなってしまうので」と楠氏は言う。

丹後といえば、300年前から続く絹織物「丹後ちりめん」で有名だ。撚りのないタテ糸と、1メートルあたり3000回前後の強い撚りをかけたヨコ糸を織り込み、その後、精練することによって生地全面に細かい凸凹状の「シボ」を作り出す。シボで肌触りがよくなるだけでなく、染め上がりの色合いに深みが増し、美しい光沢が出ることから、高級着物に重宝され、日本の和装文化を支えてきた。しかし、着物産業は1972年の約1000万反をピークに今では30万反を切り、全盛期の約3%の生産量まで激減。
100メートル織ったらタテ糸を結び直す。反物の幅で本数は決まり、ここには630本もの糸がある
100メートル織ったらタテ糸を結び直す。反物の幅で本数は決まり、ここには630本もの糸がある
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楠氏は「親世代は公務員や銀行員になるより機織りのガチャマンというほど織物景気が良かったそうです。でも私にとっては、子どもの頃から右肩下がりの産業だったので、家業のイメージは良くなかった。古くさい伝統産業だと思っていたし、父にも継いでほしいという気持ちはなかった」と明かす。

家業を継いだきっかけはサーフィンだった。東京で働きながら、休日には日本各地や世界中のサーフスポットを転々としていた楠氏。サーフィンをするため丹後へ帰省した28歳のとき、廃業寸前の実家の工場を見て「やめるのは簡単。自分が地場産業を継続しなければいけない」という思いに至った。
世界中のサーフスポットを巡ってきたという楠氏。かなりの腕前だ
世界中のサーフスポットを巡ってきたという楠氏。かなりの腕前だ

英国サヴィル・ロウで販売されるネクタイ

丹後に戻った2008年当時、工場には巨大な機械織機があり、ちりめんを大量生産していた。競合他社との差別化はできていないし、着物産業も衰退の一途。安価な海外製着物も流通していた。

「方向性を変えるしかない。振り切った独自性を出さなければ、産地の良さを伝えることも、時代に勝つこともできない」
職人ひとりが織れるのは1日2メートルほど。ネクタイなら3〜4本
職人ひとりが織れるのは1日2メートルほど。ネクタイなら3〜4本
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そう悟った楠氏は、大量生産ではなく、機械織機では出せない高度な表現ができる手織りに回帰することを決意。古い手織り機の部品を多方面から探し出し、機械と手織りをハイブリッドさせた織機を1台自ら組み上げた。そして、生産するものはネクタイ、流通も自社で行うと決めた。ネクタイを選んだ理由は、「メンズのアクセサリーを作りたかったので。生地の美しさ、立体的な手織りの特徴を出せるのがネクタイでした」。

2010年、「昔の織り技法で今のライフスタイル」をコンセプトに「KUSKA」ブランドを立ち上げた。糸づくりから染め、手織り、縫製まで、職人の手仕事にこだわったものづくりがついに実現した。当初は楠氏自らが機を織ったが、1日に1人で織れるのは2メートル以下。「最初の3年は全く売れず、何度もやめようと思いました」と明かす。
鮮やかな丹後ブルーがブランドカラー。タテ糸の黒が入ることで青色に光沢と陰影が出る
鮮やかな丹後ブルーがブランドカラー。タテ糸の黒が入ることで青色に光沢と陰影が出る
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2014年あたりから風向きが変わる。2015年には京都市内へ出店、2017年からはメンズファッション最大の展示会、イタリア・フィレンツェで開催される「PITTI UOMO(ピッティウオモ)」への出展を始めた。全国のメンズのセレクトショップやデパートでも取り扱いが増え、イギリス、フランス、イタリア、アメリカにも販路を伸ばし、とうとうロンドンのサヴィル・ロウの名門テーラー「HUNTSMAN(ハンツマン)」との取引も始まった。「ハンツマンにクオリティを評価してもらえたことがうれしいですね」と楠氏は語る。
絡め織りという織り方で作られたネクタイ用生地。人の手によってタテ糸とヨコ糸が立体的に織られる
絡め織りという織り方で作られたネクタイ用生地。人の手によってタテ糸とヨコ糸が立体的に織られる

暮らしながら丹後の魅力を発信する

「KUSKA」の名が知られるようになった今、楠氏の次なる目標は「丹後の地場産業をパワーアップしていくこと」。自社でウェブメディア「THE TANGO」を立ち上げ、丹後の魅力を発信している。
ネクタイは無料で修理を受け付ける。どのように使われたか分かるので、顧客との良いコミュニケーションツールになっている
「京都に海があるなんて、しかもサーフィンができるなんて、ほとんどの人が知らないですよね。しかも、丹後には日本の着物を織る美しいものづくりの伝統技術が今なお残っていて、海、山、川に恵まれた四季折々の食文化もある。こんな場所は世界中探しても丹後しかないんです」

新型コロナウイルスの影響で開業が遅れたが、2020年9月には東京・新橋と有楽町の高架下にできた商業施設「日比谷OKUROJI」に東京旗艦店を開いた。「KUSKA & THE TANGO」と命名し、KUSKAだけでなく、THE TANGOブランドの商品も展開している。店頭に肌触りの良いシルクの手織りマスクが並ぶ。
シルクのマスクもひとつひとつが手作業。1日に5、6個しかつくれないという
シルクのマスクもひとつひとつが手作業。1日に5、6個しかつくれないという
和装文化があったから伝統技術は残ってきたが、着物マーケットは縮小し続けている。脈々と引き継がれた文化と伝統を次世代にどうつなぐか。日本全国の工芸職人たちが直面する問題を楠氏は俯瞰的に捉えている。

「着物がなくなっても美しいシルクのテキスタイルは残ります。もしかしてルームウエアになるかもしれないし、伝統技術を守りながら新しい創造でものづくりを行っていけば、その先の可能性は必ずあるはずです。KUSKAのネクタイはこれからも“ニッチ&グローバル”に展開していきたい、そしてTHE TANGOのメディアを通じて丹後に来てもらえる仕組みもつくっていきたいと思っています」
工房にて。20台ある手織り機は楠氏が建設業で培った技術を活かしてカスタマイズしている
工房にて。20台ある手織り機は楠氏が建設業で培った技術を活かしてカスタマイズしている
KUSKA
https://www.kuska.jp/

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