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京都から農業に改革を起こす
有機野菜の定期宅配 坂ノ途中

2021.01.20 WED
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京都から農業に改革を起こす
有機野菜の定期宅配 坂ノ途中

2021.01.20 WED
京都から農業に改革を起こす 有機野菜の定期宅配 坂ノ途中
京都から農業に改革を起こす 有機野菜の定期宅配 坂ノ途中

京都を拠点に有機野菜の宅配事業を手がける「坂ノ途中」。代表の小野邦彦氏は「環境負荷の小さい農業を広げる」という志のもと、2009年に同社を起こした。新しく農業に挑戦する “新規就農者”の流通パートナーになることで、現在の日本の農業に一石を投じる同社のビジネスを探る。

Text by Yuka Tsukano
Photographs by Masuhiro Machida

身近な農業から持続可能な社会を目指せるか

坂ノ途中は「100年先もつづく、農業を。」をモットーに、西日本を中心とした提携農家が農薬や化学肥料の力を借りずに育てた野菜を届ける。旬の有機野菜を宅配する定期便、オンラインショップのほか、直営店、百貨店の売り場でも販売する。保存方法やレシピを載せた「お野菜の説明書」を野菜に添えたり、野菜を親子で学べるかるたを発売したり、京都市内で飲食店をスタートさせたりと、着実にファンを増やし、今や日本全国に販売網を広げている。
東京の「鴎来堂」とコラボレーションしたブックカフェ「本と野菜 OyOy」が京都の新風館にオープン
東京の「鴎来堂」とコラボレーションしたブックカフェ「本と野菜 OyOy」が京都の新風館にオープン
起業の芽は、小野氏が京都大学で文化人類学を専攻していたとき、環境問題に関心をもったことで育まれた。

「農業はめちゃくちゃ環境負荷が大きい。世界の淡水のおよそ7割は農業で使っています。農業が起因している森林減少が多くあります。ギリシャ文明やローマ帝国が終焉したのは、土が痩せて農業生産が追いつかなくなったからという説も」
野菜スープを中心とした季節メニューと食をテーマにした本が並ぶ「本と野菜 OyOy」の店内
野菜スープを中心とした季節メニューと食をテーマにした本が並ぶ「本と野菜 OyOy」の店内
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環境問題と将来の仕事を結びつけたいと考えたとき、家庭菜園と呼ぶには広過ぎる畑がある家で育った小野氏に身近な存在だった“農業”が浮かんだ。そこで、環境負荷の小さい農業を広げることをテーマに定め、創業資金の調達と社会人経験のために大手外資系金融機関に就職。2年後、晴れて起業を果たした。

都会のお祭り騒ぎは就農者を救ってくれない

具体的なビジネスモデルが決まったのは2009年に起業してから。当時から地方の農業活性化は盛んに叫ばれており、農林水産省が生産者と大都市消費者をつなげる「マルシェ・ジャポン・プロジェクト」を打ち出したのもこの年だ。

「まずは農家さんに手伝いにいったり、話を聞いたりして、気づいたことがあります。都会のお祭り騒ぎみたいなものは、ほとんど農業者に響いていない。農業ってかっこいいよねとか、おしゃれな農業ウエアを考えようとか、農業経営を成り立たせるという点では効果がないんです」
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新しく農業を始めた人は、農機具や設備へ潤沢に投資できない上に良い農地も借りられず、少量不安定な生産になる。流通業者には取引先としてみなされず、直売所にしか卸せないが、たいていの直売所は供給過多気味で安価な値付けに陥ってしまう。次第にお金がなくなって、夜のアルバイトで家計を支え、体を壊し農業をやめる。こういう悪循環を見た小野氏は、ならば自分が彼らのパートナーになろうと考えた。

「少量だろうが、不安定だろうが、品質が良ければまっとうな値段で買います。そういう流通のパートナーが必要だと気づきました。成長途上の人たちのパートナーでありたいと思い、“坂ノ途中”と名づけました」
「本と野菜 OyOy」のデザートの材料も提携農家で採れたもの。黒豆、小豆、もち麦など豆花のトッピングもひとつずつ手作りしている

新規就農者と図る、農業格差社会の新陳代謝

「農家の人の親は、ほとんど農家です。9割以上じゃないでしょうか」。自由に職業を選ぶことができる現代社会で、驚きの数字である。

「親が農家じゃないのに農家をやるのは、それほど特殊なことなんです。日本の農業は格差社会。親が地主だったら、その子どもは家にある農機具と設備を駆使して、広い農地で農業ができます。一方、農家になることを目標に、大学でも農業や環境の勉強をし、数年間資金をためていよいよ就農だと意気込む新規就農者が借りられるのは、水はけが悪かったり、日当たりや形に問題があるような農地。日本の農業は新陳代謝が起きにくい体質なんです。だからこそ、ゼロから挑戦したいと思った新規就農者を支えたいと思ったのです」

つまり、小野氏が定義する“新規就農者”とは、親が農家ではない人のこと。同社の取引農家の実に9割が新規就農者である。

「収穫までたどり着いたけれど、売り先がないことに気づいたという農家さんからの相談が多い」という。そして、畑へ出向き、野菜を前に膝を交えて話す。同社が掲げる取扱基準は、質は問うても量には言及しない。環境負荷の低減や農産物の品質向上を目指しているか、地域や社会に貢献しているか、コミュニケーションを大切にしてくれるか。実際に取引を始めてからも密に交流をもつ。

「始めたばかりで自分の適性を掴めていない方もいます。葉ものは苦手なようだけれど、ジャガイモや大根は上手だから、重量級の野菜に絞ってみたらなど、専門分野を深めていく方法を一緒に探ります」
坂ノ途中の提携農家の畑では農薬や化学肥料に依存しない野菜づくりを手がけている
坂ノ途中の提携農家の畑では農薬や化学肥料に依存しない野菜づくりを手がけている
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この10年で新規就農者を取り巻く環境は大きく変わったと小野氏は肌で感じている。さらに「新規就農者はもはや地域の脇役でなくなってきた」とも。

彼らは地域おこしの起爆剤になり、地方自治体が誘致合戦を繰り広げるまでになった。なかでも力を入れているのが島根県だ。

「農地のうちオーガニックの割合が1%を超えているのは、日本では島根県だけ。新規就農者の7割がオーガニックをやりたいと考えるので、新規就農者増とオーガニックの広がりは相関関係にあります」

農家に当てにされる流通パートナーでいること

宅配ビジネスで大きなウエートを占めるのが物流コスト。他の農業系スタートアップと比べて、坂ノ途中は、物流コスト低減に成功している。「京都を拠点にしていると、いろいろな情報が耳に入ってくるのが強み」と小野氏は話す。
新鮮な野菜たちが店頭に並ぶ。赤の万願寺とうがらしなど、よそでは見かけない野菜を扱うのも人気の秘訣
新鮮な野菜たちが店頭に並ぶ。赤の万願寺とうがらしなど、よそでは見かけない野菜を扱うのも人気の秘訣
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現在、同社は300軒ほどの提携農家との取引があり、1/3が京都、1/3がその他関西圏、残り1/3がその他全国の農家だ。京都と東京など一部エリアの顧客へは自社トラックで配達しており、提携農家への集荷も一部自社で回っている。自社の集荷が3割強、クロネコヤマトなど民間大手が2割、その他が5割だ。

「集荷物流には魔法の方程式があるわけではなく、頑張らなきゃ仕方ない。大手だけに頼ると物流コストがかさみます」と小野氏。そこで、目をつけたのが市場から市場へ向かうトラックの積載率が落ちていることだ。

「各産地から京都へ走るトラックは必ずいますから、それぞれ地場の運送会社さんを見つけて、京都市場の隣の坂ノ途中本社までついでにとお願いしています」

意外にも緻密なパーソナライゼーションがコスト低減の鍵を握っていた。今や東京に支社をもつ、スタッフ100人超えの大所帯だが、昔ながらの顔が見える商売をしているからこそ、 “その他5割”をはじき出せるのである。
坂ノ途中 代表の小野邦彦氏
坂ノ途中 代表の小野邦彦氏
提携農家も進化を続ける。「無農薬農業を教わりたいとか、うちの畑の面倒もみてほしいとか、地域の農家の方から当てにされる存在になってきました。新規就農者が規模を拡大しやすい環境に変わってきましたね」

さらに、提携農家が同社に寄せる相談も、これまでとは内容が変わってきた。「もし坂ノ途中が買ってくれるなら、来年(作付けを)倍やろうと思っている」という嬉しい声も。

小野氏は言う。「あれこれ新事業に手をつけるんじゃなくて、農家さんがもっと生産を増やしたいと言ってくれたときに、“待ってました!倍買いますよ!”って言うのが僕らだと思っています」。
坂ノ途中
https://www.on-the-slope.com/

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