ART / DESIGN

ザ・ペニンシュラ香港のアーケードで手に入れた
オーダーメイドの印鑑

2020.12.21 MON
ART / DESIGN

ザ・ペニンシュラ香港のアーケードで手に入れた
オーダーメイドの印鑑

2020.12.21 MON
ザ・ペニンシュラ香港のアーケードで手に入れたオーダーメイドの印鑑
ザ・ペニンシュラ香港のアーケードで手に入れたオーダーメイドの印鑑

海外の各地に、訪れた際に必ず足を運ぶ店があるという中村孝則氏。今回は、香港に旅すると必ず立ち寄るオーダーメイドの印鑑店の作品を通して、改めて印鑑の多様性や芸術性について考えた。

Text by Takanori Nakamura
Photographs by Masahiro Okamura

ファッションやタイポグラフィーを楽しむように

香港に旅すると、必ず立ち寄る店がある。ザ・ペニンシュラ香港のザ・ペニンシュラアーケードの中にあるオーダーメイドの印鑑店、「Tangs(タンズ)」である。このアーケードには、ルイ・ヴィトンやグラフ、ピアジェといったラグジュアリーブランドが80ほど軒を連ねる香港屈指のショッピング街であるが、Tangsはセレブリティ御用達のオーダーメイドの印鑑店として人気がある。

ここの印鑑は、日本でいうところのいわゆる“はんこ屋”さんとは少し趣が違う。もちろん、実印や銀行印をオーダーする人もいるのだろうが、むしろ印鑑で表現するアート的な要素──オリジナルの書体や素材を求めて来る客がほとんどである。その意味では篆刻(てんこく)の世界観に近いのかもしれない。
篆刻は、「方寸(ほうすん)の芸術」ともいわれ、一寸(約3㎝)の寸法の中に、書道・絵画・彫刻といった要素を盛り込んだ、東洋独特の総合芸術として知られている。その歴史は古く、太古の人々が石や金属に文字を「刻する」ことで、内容を永く後世に伝えようとしたことが起源だ。

のちに、印は書や絵画に押されて、作者や由緒由来を示し、その作品を一層引き立てる役割を果たすのだが、近代の篆刻は、その“印”そのものを鑑賞の対象にする芸術作品として、ひとつのジャンルに確立している。

もっともTangsの印は、手彫りによる厳格な篆刻の芸術性を求めるというより、ファッションやタイポグラフィーを楽しむように、印鑑の世界を遊ばせてくれるのである。店内に展示された印材もまるでリップスティックの売り場のように、色とりどりのグラデーションを揃えて、箱や朱肉入れ、袋も自由自在にコーディネートできる。文字の種類や書体、配列はもちろん、イニシャルや象形も、希望にそってデザインしてくれるのが楽しい。私はこれまで、姓名印だけでなく庵号印や雅号印など用途に応じて作ってもらっている。 

さらにいえば、Tangsの印鑑の特徴は、風水や開運といった、ラッキーアイテムとして求める人が多いことだ。私が作ったご覧の作品も、縁起をかついで五匹の蝙蝠(コウモリ)が舞う石や、末広がりの八角の石材などをあえて選んだりして楽しんでいる。

今こそ、印鑑の多様性を見直すチャンス

印鑑といえば昨今、河野行政改革・規制改革相が、行政手続きに必要な、約800種類もの“はんこ”の廃止の考えを示して話題になっているが、リモートワークだけでなく、仕事の簡素化という意味でも自然の流れなのだろう。ハンコ業界からの反対意見も理解できなくもないが、印そのものがむやみに否定されているわけでもない。時代がデジタル化で効率を求めるのであれば、“無駄な押印”こそ見直すべきなのだ。

では、印鑑に未来がないのかといえば、私はそうとは思えない。昨今、手書きの万年筆や、毛筆による筆や硯(すずり)、墨の魅力が見直されているように、印鑑の多様性、ひいては篆刻に至る芸術的な魅力までも見直すチャンスでもあると期待したい。その流れでいえばTangsのように、ファッションや開運アイテムとしての掘り下げ方だって、打開策のヒントになるはずだ。

さて、香港のTangsに話を戻すが、私の経験では2、3日もあれば作ってくれるので、香港に着いたその日にオーダーすれば、帰りにはピックアップできるだろう。値段は印材によって変わるが、数千円からオーダー可能だったと思う。出来上がったばかりのその印鑑を文末に押して、香港から絵葉書や手紙を出したら、その嬉しさごと気持ちを伝えることができるのではないだろうか。さらにいえば、お土産として、その方にちなんだ文字を印鑑に刻んで手渡せば、必ずや喜んでもらえると思うのである。

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ご回答いただきありがとうございました。

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