ART / DESIGN

「NEUT Magazine」の平山潤は
小さな声をいかにして届けるのか 前編

2020.12.14 MON
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「NEUT Magazine」の平山潤は
小さな声をいかにして届けるのか 前編

2020.12.14 MON
「NEUT Magazine」の平山潤は小さな声をいかにして届けるのか 前編 |ムラカミカイエ Beyond the Box
「NEUT Magazine」の平山潤は小さな声をいかにして届けるのか 前編 |ムラカミカイエ Beyond the Box

ミレニアル世代と呼ばれる若者たちとムラカミカイエ氏との対談録。第11回はウェブメディア「NEUT Magazine」の編集長、平山潤氏を迎えた。見過ごされがちな社会の問題を、ニュートラルかつ等身大で伝えるからこそ、できることがある。

Text by Satoshi Taguchi
Photographs by Daisuke Matsumoto 

彼の周りには、いつも人が集まっている

不思議なことだけれど、たまたまだけどよく会う人がいる。行動範囲が重なっているからなのか、その時、関心を持っていることが近いのか。平山潤くんも僕にとってはそういう人の一人。お互いにクリエイティブに関わる仕事をしているという共通項はあるけれど、それだけではない親近感みたいなものを感じてしまう。

同じことは、彼が編集長をしている「NEUT Magazine」を読んでいても感じることだ。扱われているのは、環境やジェンダーや人種や政治など、今の社会にある問題。彼のメディアがユニークなのは、彼と同世代やもっと若いクールな当事者たちがそこに集っていて、自らの言葉で語っていること。ややもすると教条的だったり、頭でっかちになりそうなテーマを、地に足がついた等身大の言葉で伝えてくれる。社会や他人が抱える問題をより身近に、切実に感じることができるのだ。

彼の人柄や人との関わり方が、そのままメディアの魅力にもなっているかのようでもある。街やどこかで見かけるたびに、いろんな友だちと楽しそうにしている平山くんを見ていて、シンプルにそう感じた。ソーシャルディスタンシングが求められる今、どんなことを考えていて、どんなふうに人とつながっているのかを知りたくて、じっくり話を聞きたいと思った。コーヒーでも飲みながら。
──「NEUT Magazine」は今年で2年目だっけ?

そうですね。今年の10月で2周年になりました。その前は「Be Inspired!」というウェブメディアをやっていて。「NEUT」はそれをリニューアルして一昨年にスタートしたんです。カイエさんにお会いしたのもその頃ですよね。

――うん。年齢に見合わず、しっかり自分の言葉を持っている人だな、っていう印象だったからよく覚えている。

「Be Inspired!」はもともと「Heaps Magazine」からスピンオフする形で2015年1月に立ち上がったメディアですけど、僕はそのタイミングで編集部にインターンとして入ったんです。当時、大学4年生でもちろん未経験。なのに、編集長をやっていた方が海外留学することになってしまって、ほかにやる人もいないので、僕がやることになりました。ペーペーで右も左もわからないのにメディアの立ち上げをすることに(笑)。コンセプトを考えて、コンテンツをつくって、チームを組織して、マネタイズの戦略を練って。

──いきなり濃密な経験をしたんだね。大学ではどんな勉強をしていたの?

マーケティングの勉強をしていました。成蹊大学の経営学部です。ゼミはコンセプトデザインをやっていて。指導教官は坂井直樹さんです。今はもう辞めていらっしゃいますけど、当時は特別講師みたいな感じでゼミを持っていたんです。僕の恩師ですね。そこでコンセプトデザインっていうのを知って、さらにターゲティングをして、マーケティングやマッピングをして、というようなことを実践的に勉強できました。それが3、4回生で、2回生の時はアメリカに留学しました。

──行ったのは西海岸?

カリフォルニアのチコという、サクラメントの近くです。通っていた学校はけっこうパーティスクールみたいなノリでしたけど、ファーマーズマーケットが週3回あったり、タンブラーのクリーンカンティーンの設立地だったり、シエラネバダというクラフトビールのブリュワリーがあったり。オーガニックやクラフトなマインドが生活に根付いているエリアでしたね。学生たちは学校の前にあるパブで、ピッチャーで地ビールを飲んだり、日曜は早く起きてファーマーズマーケットに行ったり。そういうことをパーティ大好きな学生たちがちゃんとやってたんです。ビールを飲みながら、環境の話をしたり、政治の話をしたり。

──いまの潤くんがやっていることに、つながるような環境だったんだね。

アメリカに行ったのは大きかった。差別も受けたし。そんなにひどいものじゃないですが、水をかけられたり。それで、初めて自分がマイノリティであるという状況を突きつけられたんです。僕は神奈川県生まれで、貧しくもなかったし、性的にはストレートだし、ただの日本人の男の大学生だったんです。大雑把に言えば日本のマジョリティにずっと属していたんだということに気づきました。逆に言えば、どんな人だって環境によってはマイノリティになるし、そういう部分を持っているかもしれない。そういう目線で日本を見ていくと、いろんなところにマイノリティとされる人がいました。僕はその当事者にはなれないけれど、理解しようと努力することはできるし、そのために歴史とか経緯を学んで、みんなに伝えることはできると思ったんです。

──そういう経験と思いの先に、今の「NEUT Magazine」があると。

そうですね。パブでビールを飲みながら、たわいもない会話の一つとして、社会や環境やマイノリティの話題がある。アメリカの学生がしていたみたいなことを、日本でも根付かせたいと思ったとき、雑誌とかウェブでならできるんじゃないかと思いました。海外と比べて日本は社会問題と正面から向き合うと、難しくて、辛くて、お金も儲からない、というようなネガティブなイメージがある気がして。それを変えていくためには、社会の問題に対する目線や考えを持つことや、それについて会話することで、クールであるというマインドをメディアを通じて作っていけたらいいなって。

ニュートラルと等身大

──実際に「NEUT Magazine」の記事を読んでいると、今の若い人たちってこんなこと考えているんだなとか、こういう視点もあるんだなとか、すごく伝わってくるよね。

うれしいですね。意識していたのは、僕らが前面に出て意見を言ったりするんじゃなくて、メディアという場を作ること。そこに新しいことや面白いことを考えたり、アクションを起こしている人に出てきて使ってもらうこと。フラットでオープンな場所でありたいから、僕らはニュートラルな状態でいたいというのは、始めた頃から思っていたことですね。それを続けていくと、みんなが自由に自分の言葉で話してくれるようになって、結果的にメディアがナラティブなものになっていきました。同世代の人間関係の上に成り立ったものなので、確かなつながりや信頼関係ができているのも、メディアのトーンや価値観には影響していると思います。

──色々とユニークな人に取材をしているけれど、メディアとしての基準みたいなものはあるのかな?
んー。明確な条件みたいなのは作ってないんですよね。何だろうな。まずは、その人もオープンなマインドがあるかどうかですかね。外見とか肩書で人を判断しないというか。あとはやっぱり、「いいやつかどうか」ですかね(笑)。話していれば分かると思うんです。それが第一。あとはスタイルがあるか、クールであるか、新しいかとか。僕らは社会問題の専門誌ではないし、ジャーナリズムを体系的に学んだりもしていないので、深掘りした記事を出すよりも、考えるきっかけになるような記事をいっぱい作りたい。新しい視点や新しい感覚、新しいやり方に挑戦している人たちを紹介したいんですよね。そうすれば、これまでの方法では届かなかった人たちや僕らの同世代にも、読んでもらえるかもしれないし。


──メディアとして完璧な答えを提示するんじゃなくて、当事者目線からみんなが考える入口をつくると。

メディアは役割分担だと思っています。深さや鋭さを追求している雑誌や本はすでにあるし、速報性は新聞やテレビやネットニュースがある。僕らはあくまで入り口の役割を担いたいから。そのためには読者にまず興味を持ってもらうことが必要で、「面白い」とまず僕らが感じられるかどうかが、けっこう重要だと思ってます。その感覚って当然、読者にも伝わるので。とはいえ深掘りしないからって、取材も簡単なわけじゃないんです。じっくり腹を割って話してもらいたいし、僕や「NEUT」のことを理解して、信じてもらうのも大事ですよね。その部分で手を抜いちゃうと、いい記事にはならないから。つまりできるだけ、取材する前に友だちになりたいんです(笑)。

(後編へ続く)

後編はこちら:「NEUT Magazine」の平山潤は小さな声をいかにして届けるのか 後編

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