ART / DESIGN

2020年、新しくなった美術館の建築デザインに注目

2020.11.16 MON
ART / DESIGN

2020年、新しくなった美術館の建築デザインに注目

2020.11.16 MON
2020年、新しくなった美術館の建築デザインに注目
2020年、新しくなった美術館の建築デザインに注目

2020年は、実は美術館のリニューアルオープンラッシュの年。作品だけでなく建物や空間にも注目すると、すでに訪れたことがある美術館でも、きっと新たな魅力が発見できるはず。建築デザインの側面からも注目を集める、5つの美術館を厳選して紹介する。

Edit & Text by Tamako Naoe(lefthands)
Photographs Courtesy of Artion Museum、Hirosaki Museum of Contemporary Art、Sompo Museum of Art

68年の伝統を引き継ぎ、時代を切り拓くような美術館に
──アーティゾン美術館

外装デザインは、中央通り沿いの建築や周囲の環境との調和、そして現代性のバランスを重視
外装デザインは、中央通り沿いの建築や周囲の環境との調和、そして現代性のバランスを重視
「アーティゾン美術館」の歴史は1952年、ブリヂストンの創業者、石橋正二郎氏(1889-1976)が新築のブリヂストンビル2階に「ブリヂストン美術館」を開設し、自身のコレクションを展示したところから始まる。2020年1月に館名を「アーティゾン美術館」として新たに開館した。新美術館は、展示室を3フロアとし、面積を旧美術館の約2倍に拡張。また4.2mの天井高とすることで大型作品の展示も可能にし、施設全体にIT技術を導入した最新鋭の総合美術館を目指している。
5階展示室の吹き抜けからは、4階展示室が見下ろせる
5階展示室の吹き抜けからは、4階展示室が見下ろせる
最新の置換空調とオリジナル開発したLEDスポットライトで、理想的な環境での展示を実現
最新の置換空調とオリジナル開発したLEDスポットライトで、理想的な環境での展示を実現
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内装デザインは、素材にこだわることで親しみやすく開かれた印象に。1階にはテラゾー(人造大理石)のタイルと自然石を、3~6階の壁面には無垢の真鍮カットパネルを使用し、壁面間接照明で立体感と奥行き感、そして空間の連続性を強調している。展示室の空調は、フローリング床全体から新鮮で温湿度の安定した空気を吹き出し、上部の空気を押し上げて天井から換気するシステムの採用により、気流感や温湿度のムラを排除。来館者と美術品の両方に理想的な室内環境を実現している。
1階エントランスロビー。床は人造大理石のタイルを貼り、壁面を表情のある自然石仕上げにして柔らかさを演出
1階エントランスロビー。床は人造大理石のタイルを貼り、壁面を表情のある自然石仕上げにして柔らかさを演出
アーティゾン美術館
https://www.artizon.museum

公立美術館として日本に現存する最も古い建築
──京都市京セラ美術館

「京都市京セラ美術館」は、京都で行われた昭和天皇の即位の大礼(1928年、昭和3年)を記念して、関西の財界、美術界、市民からの寄付により、1933年(昭和8年)に開館した。大礼記念京都美術館として、帝冠様式で建てられた本館は、日本に現存する最も古い公立美術館建築として知られる。
スロープ状の広場「京セラスクエア」では、コンサート等のイベントも行われる 撮影 来田猛
スロープ状の広場「京セラスクエア」では、コンサート等のイベントも行われる 撮影 来田猛
2020年、歴史的価値の高い本館の意匠を保存・継承しつつ、さらに現代アートに対応した新館「東山キューブ」や新進作家を支援する「ザ・トライアングル」、京都画壇の名品を中心に紹介する「コレクションルーム」など、さまざまな芸術を発信していくための施設を新設し、「京都市京セラ美術館」として新しく生まれ変わった。本館の中央に位置する旧大陳列室も、メインエントランスのロビーと大階段でつながる「中央ホール」として作り変えられた。設計は、建築家の青木淳氏(後に館長に就任)と西澤徹夫氏が設計共同体として担当した。
歴史的空間が印象的な本館の回廊では、国内外の多様な美術品が展示される 撮影 来田猛
歴史的空間が印象的な本館の回廊では、国内外の多様な美術品が展示される 撮影 来田猛
三角形建屋の地下にある「ザ・トライアングル」は「作家・美術館・世界(鑑賞者)」を結ぶ拠点 撮影 来田猛
三角形建屋の地下にある「ザ・トライアングル」は「作家・美術館・世界(鑑賞者)」を結ぶ拠点 撮影 来田猛
天井高16mの旧「大陳列室」は、各エリアへ接続するハブ「中央ホール」に生まれ変わった 撮影 来田猛
天井高16mの旧「大陳列室」は、各エリアへ接続するハブ「中央ホール」に生まれ変わった 撮影 来田猛
本館内に2カ所ある中庭は、これまで公開されていなかったスペース。北回廊の中庭「光の広間」は、2階レベルにバルコニーが設けられた、ガラス張りの大屋根から自然光が差し込む開放的な空間に。天候に左右されないので、レセプションやイベントの会場として、また展示スペースとしても活用される。一方、南回廊の中庭「天の中庭」は、新鮮な外の空気に触れられるオープンな空間で、ワークショップなどに活用される予定だ。
非公開だった中庭の一つである「光の広間」は、貸し出し施設としても利用できる 撮影 来田猛
非公開だった中庭の一つである「光の広間」は、貸し出し施設としても利用できる 撮影 来田猛
南回廊の中庭「天の中庭」は、オープンエアのリラックスしたスペース 撮影 来田猛
南回廊の中庭「天の中庭」は、オープンエアのリラックスしたスペース 撮影 来田猛
美術館の東側にある日本庭園は、近代京都を代表する作庭家、七代目小川治兵衛氏ゆかりといわれる。池や藤棚のある回遊式庭園で、無料開放されており、市民の憩いの場となっている。
七代目小川治兵衞氏ゆかりの日本庭園の眺め 撮影:来田猛
七代目小川治兵衞氏ゆかりの日本庭園の眺め 撮影:来田猛
京都市京セラ美術館
https://kyotocity-kyocera.museum
入館は事前予約制。詳細はウェブサイトをご覧ください。

近代産業遺産を美術館として再生し、未来につながるクリエイティブハブに
──弘前れんが倉庫美術館

「弘前れんが倉庫美術館」は、明治・大正期に建設され、近代産業遺産として弘前の風景をかたちづくってきた吉野町煉瓦倉庫を建築家の田根剛氏が改修し、2020年4月に美術館として再生された新しい文化施設。そもそも酒造工場として建設された倉庫を、木造ではなくれんが造りにした背景には、「仮に事業が失敗しても、建物が市の将来のために役立てばよい」という実業家、福島藤助氏の思いがあったのだという。
およそ100年前から酒造工場や倉庫として使われてきた煉瓦倉庫が、美術館に生まれ変わった ©Naoya Hatakeyama
およそ100年前から酒造工場や倉庫として使われてきた煉瓦倉庫が、美術館に生まれ変わった ©Naoya Hatakeyama
田根氏は、既存のれんが壁を可能な限り残しながら高度な耐震補強を施すことにより、建物の記憶を未来へと継承するような建築に仕上げた。屋根には、寒冷地においても高い耐久性と耐食性を発揮するチタン材を採用。太陽の角度により、その表情を刻々と変えていく“シードル・ゴールド”と名付けられた屋根は、美術館のシンボルとなっている。施設内には大小5つの展示室のほかスタジオやライブラリー等も備わり、地域の人々が集い、共に創造するコミュニティの場としても機能する。
「記憶の継承」と「風景の創生」をコンセプトに改修された展示室
「記憶の継承」と「風景の創生」をコンセプトに改修された展示室
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独自の取り組みである「弘前エクスチェンジ」は、弘前出身者や弘前にゆかりのあるアーティスト、地域の歴史や伝統文化に新たな息吹を吹き込むアーティストを招聘し、滞在制作や調査研究、地域コミュニティとの関係性の中から創作をプロデュースするプロジェクト。トークやレクチャー、ワークショプといった各種パブリックプログラムを通して、地域の人々へ創造的体験を提供する。
美術関連の図書、展覧会カタログ、地元弘前をはじめ郷土関連の図書も収容するライブラリー 撮影 ⼩⼭⽥邦哉
美術関連の図書、展覧会カタログ、地元弘前をはじめ郷土関連の図書も収容するライブラリー 撮影 ⼩⼭⽥邦哉
弘前れんが倉庫美術館 
https://www.hirosaki-moca.jp

日本初の高層階美術館から新美術館棟へ移転
──SOMPO美術館

「SOMPO美術館」は、1976年に洋画家、東郷青児氏の協力を得て、安田火災海上(現・損保ジャパン)本社ビル42階に「東郷青児美術館」として開館した。1987年に安田火災海上がフィンセント・ファン・ゴッホの代表作《ひまわり》を購入したことから、ゴッホの《ひまわり》を所蔵するアジアで唯一の美術館としても知られる。
東郷青児氏の作品からインスピレーションを得た、柔らかな曲線でデザインされた新美術館棟
東郷青児氏の作品からインスピレーションを得た、柔らかな曲線でデザインされた新美術館棟
2020年に移転オープンしたSOMPO美術館は、東郷青児作品をモチーフとした建築デザインと、損保ジャパン本社ビルの裾広がりの形状に調和する柔らかな曲線と色彩を特徴とする。この曲線は6階建ての美術館の外観と屋内の両方に取り入れられ、空間演出のテーマとなっている。
新美術館「SOMPO美術館」のエントランスでは、ゴッホ《ひまわり》の陶板複製画が出迎えてくれる
新美術館「SOMPO美術館」のエントランスでは、ゴッホ《ひまわり》の陶板複製画が出迎えてくれる
3〜5階は、白を基調とした空間に作品が浮かび上がる展示室。可変性の高い展示設備により、多彩な展示構成を可能にしている。SOMPO美術館には、東郷青児氏の遺族から寄贈を受けた作品345点のほかに、ゴッホ《ひまわり》をはじめ、ルノワール、ゴーギャン、セザンヌなどの印象派やポスト印象派、アメリカの素朴派画家グランマ・モーゼスの作品など、約630点のコレクションが収蔵される。
白を基調とした空間の展示室
ゴッホの《ひまわり》には、作品をより一層身近に感じられる展示方法を採用している
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1階はエントランスホール、2階のミュージアムショップと休憩スペースは、天井や床などに木材を用いることで、鑑賞の余韻を楽しめる心地よい空間に仕上げられている。SOMPO美術館は、新宿区立の小中学校が行う「美術鑑賞教育」支援など、地域に密着した活動にも取り組んでいる。
上品なタイルの床、白い壁と木材の天井によるエントランスホール
ゆるやかに弧を描く窓、高さ5mの木製天井が空間を柔らかく包み込む
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SOMPO美術館
https://www.sompo-museum.org

和の素材感を活かした優しい「都市の居間」で「生活の中の美」を楽しむ
──サントリー美術館

「サントリー美術館」は1961年、東京・丸の内に開館。2007年に六本木の東京ミッドタウンに移転し、2020年7月にリニューアルオープンした。美術館の設計を手がけたのは建築家、隈研吾氏。日本の伝統と現代の感性を融合させた「和のモダン」テイストを基調に、「都市の居間」をイメージした居心地の良い安らぎと優しさにあふれた空間が特徴。外観には白磁のルーバーを、また館内には木と和紙を用い、和の素材ならではの自然のぬくもりと、柔らかい光が表現されている。
白磁のルーバーが特徴的な「サントリー美術館」の外観 ©木奥恵三
白磁のルーバーが特徴的な「サントリー美術館」の外観 ©木奥恵三
サントリー美術館は「生活の中の美」を基本理念とし、「美を結ぶ。美をひらく。」を活動のテーマとしている。今回のリニューアルでは、「和の素材を使用したぬくもりのある空間にマッチする洗練されたデザイン」をコンセプトに、エントランスやショップ、カフェのデザインが刷新された。3階と4階にある展示室の照明は、自然光のような豊かな波長を含む高演色LEDに変更され、作品をより美しく浮かび上がらせている。
エントランス。美術と縁の深い「水」を想起させるカウンターが新設された ©田山達之
エントランス。美術と縁の深い「水」を想起させるカウンターが新設された ©田山達之
作品の再現性を高めるLED照明が設置された展示室 ©田山達之
作品の再現性を高めるLED照明が設置された展示室 ©田山達之
リニューアルされた併設のカフェでは、150年の伝統を誇る金沢の老舗「不室屋」の麸を現代的にアレンジした軽食や甘味が楽しめる。
ミュージアムショップとカフェが一体化したshop×cafe(ショップバイカフェ) ©田山達之
「無双格子」が美しい3階の吹き抜けスペース。2つの格子をスライドさせることで、採光が調節できる ©木奥恵三
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サントリー美術館  
https://www.suntory.co.jp/sma/


美術館に訪れる理由は作品を鑑賞するためというのが一般的だろうが、作品が展示されている空間のデザインやこだわりも一緒に楽しんでみてはいかがだろうか。新しく生まれ変わった美術館では、作品を美しく見せるために、あるいは鑑賞後の余韻に浸れるように、展示室だけでなくエントランスやミュージアムショップまで、新しい感性と技術のもとにさまざまな工夫が施されている。新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、予約制となっているところも多く、これまでよりゆっくりと空間を堪能できるはずだ。

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