JOURNEY

久留米市美術館──
石橋正二郎が建てた石橋美術館を
前身に持つミュージアム

2020.10.26 MON
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久留米市美術館──
石橋正二郎が建てた石橋美術館を
前身に持つミュージアム

2020.10.26 MON
久留米市美術館──石橋正二郎が建てた石橋美術館を前身に持つミュージアム
久留米市美術館──石橋正二郎が建てた石橋美術館を前身に持つミュージアム

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。今回は、ベンチャー企業から世界的企業の経営者になったブリヂストン創業者、石橋正二郎が建てた石橋美術館を前身にもつ久留米市美術館を訪ねた。

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Atsuki Kawano

昭和のGood old days

久留米市美術館の前身は石橋美術館だ。1956年、ブリヂストンの創業者、石橋正二郎が建てた。

2016年、石橋美術館の運営を久留米市が引き継ぐことになり、名称は久留米市美術館となった。また、別館は石橋正二郎記念館となっている。

西日本では、1930年に開館した大原美術館に26年遅れているものの、数々の名品をそろえた「私立」美術館として知られた存在だった。

青木繁(1882年生まれ)の『海の幸』『わだつみのいろこの宮』は京橋のブリヂストン美術館の収蔵品だったが、1980年代以降は石橋美術館で公開されてきた。

また、青木繁と同年で出身も同じ久留米の画家、坂本繁二郎の著名な作品『放牧三馬』もまたこの美術館で展示していた。

3点の作品はいずれも今では京橋のアーティゾン美術館(前身はブリヂストン美術館)のコレクションとなっている。

みどりのリズムとペリカン噴水

久留米市美術館がある石橋文化センターの見どころは美術展もさることながら、園の全体空間だ。

入り口から入るとバラ園があり、その奥に美術館の建物が配されている。建物の背後には楽水の池という水の風景が置かれ、後ろは日本庭園だ。

そして、園内はどこもかしこも季節の花でいっぱいだ。

梅林、桜並木、ツバキ園に加え、アジサイ、カキツバタ、モミジ、ハナショウブ、睡蓮……。

回遊式の日本庭園にはサクラ、バラ、睡蓮、ツバキがある。色彩豊かな花があるためか、日本庭園の趣は京都や奈良の古い寺院のそれとはひと味もふた味も違う。時代を経た日本庭園ではなく、戦後にできたどこか明るさを感じる日本庭園だ。
園内では四季折々の草木や花を楽しむことができる
園内では四季折々の草木や花を楽しむことができる
さて、入り口に戻ってみる。そこには戦後昭和の活力を感じるふたつの彫刻作品がある。『みどりのリズム』と『ペリカン噴水』だ。

『みどりのリズム』は人体を主なモチーフとした彫刻家、清水多嘉示(たかし)のブロンズ像である。ふたりの少女が手を組んで踊る姿を表現したもので、1951年、上野公園内設置彫刻コンクールの第1位となった作品だ。
石橋文化センター正門を抜けるとまず『みどりのリズム』が目に入る
石橋文化センター正門を抜けるとまず『みどりのリズム』が目に入る
戦後ヒットした若者が主人公の映画『青い山脈』にも通底する、戦争を乗り越えて自由で明るくなった日本を象徴する作品で、ここだけでなく、大阪の御堂筋、長野県須坂市役所などをはじめ全国各地に設置されている。

現在の彫刻家がこうした造形をするとしたら、どこかにアイロニーを込めてしまうだろうけれど、あの時代の作家は明るさや躍動する身体を真正面からとらえた。戦後の空気をもっともよく表している彫刻と言える。

そして、この像の周囲にバラ園がある風景は、昭和の日本における典型的な美的空間の表現だった。

もうひとつの作品、『ペリカン噴水』は、彫刻家で東京藝術大学教授の山本豊市が制作したもの。3羽のペリカンの中央から水が噴き出しているもので、開園から20年間はプールとしても使用された。小さな子どもたちが水遊びをするプールのシンボルだったのである。
『みどりのリズム』の次には『ペリカン噴水』が出迎えてくれる
『みどりのリズム』の次には『ペリカン噴水』が出迎えてくれる
東京の日比谷公園にもペリカン噴水はある。ただし、向かい合った2羽のペリカンの口から水が噴き出しているものだ。

「なぜ、ペリカンなのか? 水鳥は他にもいるではないか?」という根本的な疑問はさておいて、ペリカンという鳥のユーモラスな姿が市民にも子どもたちにも安心感を与えたのだろう。

ふたつの彫刻がある空間は、昭和に子ども時代を過ごした人にとってみればタイムマシンで訪ねた世界にも見えるのではないだろうか。

他にも、園内にはミロのヴィーナス、円盤投げ(ディスコボロス)の像、小便小僧のレプリカもある。ルーヴル美術館、大英博物館、ベルギーのブリュッセルにある本物を、昭和の時代の美術センスで、ほほえましくレプリカにしたものだ。

坂本繁二郎の旧アトリエ

この美術館に収蔵品のある画家、坂本繁二郎について、東京文化財研究所(独立行政法人国立文化財機構の下部組織)は次のようなプロフィールを載せている。

「明治15年に福岡県久留米市に生まれ、小学校の同級に青木繁がおり、(略)青木繁との交遊は、青木の死(注 28歳)まで、相互に刺激し合いながらすすめられた。

(略)坂本は、当時の洋画界の旧派に属する堅実な写実派の太平洋画会から出発し、しだいに明るい印象主義的作風へと変化し、大正3年二科会創立に参加して以後、牛を題材とした作品を中心としてようやく個性的な画風を形成してきた。

大正10年~13年のヨーロッパ留学も、坂本の芸術には本質的な動揺はなく、帰国後は、郷里久留米近郊の放牧馬に取材した題材の作品を多く発表、(略)、同31年には文化勲章を受章した」
福岡県八女市から移築された坂本繁二郎のアトリエ
福岡県八女市から移築された坂本繁二郎のアトリエ
青木繁は夭折の画家で、冒頭に示した彼の2点は重要文化財になっている。一方、同年齢の坂本繁二郎は文化勲章受章者となり長生きしたけれど、作品は重要文化財にはなっていない。

だからといって坂本は青木繁に対して屈託を持っていたわけではないと思うが、周囲は何かにつけて青木繁と坂本繁二郎を比較しただろう。

司馬遼太郎が『坂の上の雲』で東京帝国大学英文科の同窓生として夏目漱石、正岡子規を描いている。ふたりとも慶応3年生まれと同年だった。夏目漱石は49歳、正岡子規は34歳で亡くなっている。正岡子規が先に亡くなった後、夏目漱石は懐かしさ、友情の価値を感じながら友達としての正岡を思い出していたに違いない。

おそらく坂本繁二郎も夏目漱石と同じようなふたりにしかわからない、親愛の気持ちを感じていたのではないだろうか。
坂本繁二郎のアトリエは、園内のイベントにあわせ、期間限定で公開されている
坂本繁二郎のアトリエは、園内のイベントにあわせ、期間限定で公開されている
さて、園内には坂本繁二郎が八女(やめ)市に建てたアトリエが移築されている。坂本は好きだったバルビゾン(パリの南 フォンテンブローの森に隣接)の風景によく似たと感じた八女市に暮らした。

木造家屋だけれど、日本的な建築ではなく、ガラス窓を広くとった西洋風デザインだ。冬は大きな窓から冷気が入って寒そうだなと感じたけれど、なかは落ち着いた空間になっている。期間を限定して内部を見ることができるアトリエだ。

企画展と石橋正二郎記念館

久留米市美術館の企画展は久留米の出身の画家、もしくは関係のあった画家をはじめとするものが多い。
坂本繁二郎 『放水路の雲』 久留米市美術館所蔵 Ⓒ久留米市美術館
坂本繁二郎 『放水路の雲』 久留米市美術館所蔵 Ⓒ久留米市美術館
コレクションには坂本繁二郎の『放水路の雲』、近頃、ファンが増えている吉田博の『風景』、古賀春江の『中洲風景』といったものがあり、また、冒頭に挙げた絵のような石橋財団のコレクションも展示されることがある。
吉田博『風景』久留米市美術館所蔵 Ⓒ久留米市美術館
吉田博『風景』久留米市美術館所蔵 Ⓒ久留米市美術館
古賀春江『中洲風景』 久留米市美術館所蔵 Ⓒ久留米市美術館
古賀春江『中洲風景』 久留米市美術館所蔵 Ⓒ久留米市美術館
美術館の別館、石橋正二郎記念館はベンチャー企業から世界的企業の経営者になったブリヂストン創業者の足跡を紹介している。また、数点の絵画も常時、展示されている。

思えば久留米からはその後、孫正義、堀江貴文というふたりの才能あふれるベンチャー経営者が出た。加えて、松田聖子、チェッカーズという才能もこの地から世界へ出ていった。

久留米は画家、経営者、ミュージシャンという3つの領域の天才が生まれる町なのだろう。
石橋記念館内にある展示室
石橋記念館内にある展示室

博多うどん

久留米には画家、経営者、ミュージシャンだけでなく、久留米ラーメン(とんこつ)、ダルム(腸 ドイツ語)というホルモンで知られる久留米やきとりという2大名物がある。

久留米市美術館の帰りにふたつの名物を食べて帰るのが通常の考え方なのだろうが、わたしは九州の北部へ行ったら、できる限り、博多うどんを食べるようにしている。
因幡うどん渡辺通店
因幡うどん渡辺通店
とんこつラーメン、焼き鳥は全国どこでも食べられるけれど、博多うどんは福岡県とその周辺にしか、おいしい店はない。そこで、久留米から博多まで車で戻って、市内の因幡うどんへ行った。久留米にも博多うどんの店はあるけれど、どうせならば福岡で食べようと思った。
因幡うどんの人気メニューである肉ごぼう天うどん
因幡うどんの人気メニューである肉ごぼう天うどん
食べるのは定番の肉ごぼう天うどん。博多うどんは讃岐うどんのようにコシが強いわけではない。やわらかくて、すぐにだしを吸ってしまう。しかし、いりこや鰹、昆布のだしを吸った麺がうまい。肉とごぼうの天ぷらという取り合わせもまた福岡の個性だ。

久留米市美術館へは何度か行ったけれど、いつも同じ彫刻を見て、庭を歩き、そして、福岡に戻ってうどんを食べている。

久留米市美術館
福岡県久留米市野中町1015
Tel.0942-39-1131
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(祝日、振替休日の場合は開館)
年末年始(12/28-1/2)
臨時休館(展示替え期間など)
https://www.ishibashi-bunka.jp/kcam/

因幡うどん 渡辺通店
福岡市中央区渡辺通2-3-1
Tel. 092-711-0708
営業時間:平日10:00〜23:00(L.O.22:30)
     土日祝10:00〜20:00(L.O.19:30)
定休日:年始除き無休

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ご回答いただきありがとうございました。

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