JOURNEY

ダッカへの旅 後編──
人情溢れるオールドダッカの喧騒を歩く

2020.09.30 WED
JOURNEY

ダッカへの旅 後編──
人情溢れるオールドダッカの喧騒を歩く

2020.09.30 WED
ダッカへの旅 後編──人情溢れるオールドダッカの喧騒を歩く
ダッカへの旅 後編──人情溢れるオールドダッカの喧騒を歩く

魅力的な被写体との出合いを求め、世界中を飛び回り続けている写真家、在本彌生氏。彼女が印象深い出合いを自らの作品と文章で綴る連載。バングラデシュの首都ダッカを訪ねる旅の後編である今回は、さまざまな商店が軒を連ね、人々やリキシャ、リヤカーが行き交う旧市街を巡った。

Photographs & Text by Yayoi Arimoto

人波の中を歩く楽しさ

オールドダッカを歩くには結構体力を使う。人口密度が極端に高いこの街、人いきれにあたって気力がついてこないこともある。ちょっとでも「今日は出掛けたら人負けしてしまうかも」と思ったら、その日はおとなしく部屋で読書でもしていた方が賢明だ。でも外に出て行く元気があったら、オールドダッカは惜しみなく私たちに今日を生きるエネルギーを降り注いでくれる。歴史と人がつくり上げた“究極の混沌”の中に、興奮と驚きと感激がこれでもかというほどちりばめられているのだから、街歩きの楽しみは止まらない。 
各家庭からお弁当を運ぶ商いがある。この数のどか弁を間違いなく配達するのは大変な仕事
各家庭からお弁当を運ぶ商いがある。この数のどか弁を間違いなく配達するのは大変な仕事
行き交うリキシャ、リヤカー、人、人、人。こちらは鍛冶屋通り、あちらは服地屋通りと、一つの通りに同じものを売る店が並ぶ。忙しそうに商品を陳列する店員が動き回り(あるいはカーペットに横になって休憩し)、買い物客たちは、粘り強く品物を見比べ吟味している。

キラキラ、ヒラヒラしたものでいっぱいの装飾品の店、職人がブリキ板を叩く金槌の音がカンカンとリズムよく鳴り響く金物屋、スパイスの山々が美しく陳列され香りと色にむせぶような香辛料屋、買い物しそうにない私にまでお茶を入れてくれようとする紙問屋……。食料品はもちろん、あらゆる生活用品、モスクやヒンドゥ寺院、アルメニア教会まで、おおよそ、全てと言っていいくらいのものがここで手に入るだろう。ここが古い歴史を持つダッカという街の始まりの地なのだから、当然といえばそうなのだが。

人波に逆らって通りの真ん中に立ち止まって辺りを見回すと、弾けるほどの活気に満ちたこの街の真っ只中に自分の身を置いていることが痛快だった。ひたすらに生きることに集中している人々の中に潜り込んだ私は、全くちっぽけ。取るに足らない存在として写真を撮るためにただただ歩き回るのは極楽しいことだ。
タンドールでさまざまな種類のパンを焼く店の職人たち。手を休めずに笑顔で挨拶
街を歩く途中で一休みした茶屋。ここでもチャイを注文すると同席した紳士が一杯ご馳走してくださった
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これだけ人が多い割に、道行く人々の大半は男性で、皆忙しそうに買い物をしている。イスラム国家ゆえ、外を歩く女性が少なく見えるが、居心地が悪いということはない。私は、外出するときは当地の慣習に合わせて頭をスカーフで覆い肌を露出しない服装をするようにしている。そうすればさほど目立つこともなく、人々はひたすら感じ良く親切に接してくれる。

買い物にならない買い物をする

通りで髪をまとめるゴムを買おうと雑貨屋に入った。言葉は全く通じないのだが、目的のものを店内で見つけ、ジェスチャーでこれが欲しいと指差すと「一つだけ?」と聞かれ、そうですとうなずくと、無表情なその男性店員はガバッと片手で持てるだけゴムをつかんで「はい、どうぞ」という手振りをした。「ん?こんなにたくさんいらないんです、一つだけください。How much?」とこちらもジェスチャーと簡単な英語で言うと、「持って行って!」と身振りで返された。ただで持って行ってくれと言っているのだ。

いやいやどうして、私が欲しいのだから買うよ、ただなんて困る。思わずそう日本語で言ってから、幾ら?とまた尋ねると、「持って行きなさい(恐らくそう言っている)」と笑う。ここはもうお言葉に甘えて、ありがたく頂戴することにした。ありがたいことにこれで当面ヘアゴムに困ることはない。ありがとうと丁寧にお礼を告げたが、きっとあの店員は私の気持ちを理解してくれただろう。
ヘアゴムをたくさんくれた、瞳の優しい雑貨屋のおにいさん
ヘアゴムをたくさんくれた、瞳の優しい雑貨屋のおにいさん
さて、街歩きを続けるとしよう。日本で料理人をしている友人から、ベンガル料理(すなわちバングラデシュ料理)特有のスパイスミックス「パンチフォロン」を買ってきてくれと頼まれていて、それはこの市場のスパイス屋で買うのが一番だろうと思っていた。ベンガル料理はマスタードシードやマスタードオイルを多用するので、西アジアの他の地域の料理とは辛さの種類が異なり、清涼感のある味わいが特徴で、最大の魅力と言っていいだろう。中でも魚や野菜とマスタードのコンビネーションは絶妙で、フランスの地方料理にも通じる印象だ。私もインドの西ベンガル州でベンガル料理を味わい、すっかりその味のとりこになった一人で、バングラデシュ滞在中は大いにこの地域の食を楽しんだ。
ベーシックなベンガル料理。マスタードオイルとマスタードシードを多用するのが特徴
マスタードシードには種類があり、こちらはブラックマスタードシード。イエローマスタードシードもある
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歩いていたらスパイス屋を見つけた。早速店先で店主と思しき青年に「パンチフォロンはありますか?」と、とりあえず英語で聞いてみた。すると今度は流暢な英語で返事が返ってきた。「君が料理をするの?」と言うので「いや、日本に住む料理人の友人に頼まれたんだけど、私も使ってみたいから私にも少しください」。そう答えると「OK !」と言って店員に指示してパンチフォロンを作らせた。

パンチというのはベンガル語で数字の5、すなわちたくさんの種類のスパイスを意味する。そのローカルな調合を料理人の友人は知りたかったのだ。あれもこれも、店員の男性が手際よくスパイスを調合し、シャカシャカと袋を上下に振って、あっという間に袋いっぱいのパンチフォロンが出来上がった。考えていた何倍もの量だったが、ここは英語も通じることだし、買わせてもらっていろいろ質問しようと思った。
パンチフォロンを袋に詰めて、混ぜ合わせ、手渡してくれた
パンチフォロンを袋に詰めて、混ぜ合わせ、手渡してくれた
「お幾らですか?」。そう聞くと「これはあなたにあげます、お持ち帰りください」と、またまた困った答えが返ってきた。ほんの少しの量ならまだしも、売り物として立派に成立する、ただでもらうわけにはいかない量だ。

「こんなにたくさん、ただなんて困りますよー、少しでも値段をつけてくださいな」。そう言っても彼は笑っていて、全く気持ちを動かさない。「遠くからよくこの街まで来てくださった。だからこれは僕からあなたへのささやかなプレゼントです」。そう言われたらなんだかむきになってお金を払うのも野暮な気がしてきて、ありがたく頂くことにした。
スパイス屋の若旦那のはにかみ笑顔。祈ります、みんなの平和を
スパイス屋の若旦那のはにかみ笑顔。祈ります、みんなの平和を
それにしても…「こんなに頂いて、何かお礼とかお返しができたらいいんだけど、私は今、あなたにあげられるようなものを何も持っていないのよ、困ったなあ」。私がそう嘆くと、若い店主は「そんなことはいいんです。それなら、僕のために祈ってくれたらうれしいですよ」と言った。この人にとって些細なお金など、大した価値はない。それより祈りの力に価値を見る、その感性は尊いなと思った。

「私のために祈って」というのは常套句なのだろうが、考えてみると、とても深妙で重い言葉だ。スパイスの中身を聞くと、彼は丁寧な文字でそれぞれのスパイスの名前をメモに書き出してくれた。なんて素晴らしいお土産だろう。思い出に、スパイスと店主の写真を撮らせてもらった。この街に戻って来たときにはまた寄って下さいと送りだされ、店を後にした。

スターモスクの底なしのかわいらしさ

かわいらしい装飾のモスクでの礼拝の時間
かわいらしい装飾のモスクでの礼拝の時間
この街のもう一つの見どころに向かう。かわいらしさを誇るスターモスク(タラ・モスジット)だ。モスク自体はこぢんまりとしていて、決して豪奢なものではないのだが、デザインの一つ一つがとてもかわいらしく、夢がある。各国で有名無名大小のあらゆるモスクを見てきたが、このスターモスクの徹底したラブリーテイストは一本筋が通って、抜きん出て「かわいい」と言えるだろう。玉ねぎ型のドームには夜空が広がっていて、深い青に満天の星がきらめいていて、モスクの前のアプローチ部分の水場まで星のデザインがちりばめられている。
モスクの内部も外観以上にラブリーな装飾が施されている
富士山の柄のタイルというが、色使いが可愛らしいので違う山にも見えてくる
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礼拝中は信者以外は中に入ることはできないが、それ以外の時間ならばツーリストの内部見学は歓迎される。中に入るとパステルカラーの世界、ピンクや水色やペパーミントグリーンの中にキラキラ光る金色銀色がアクセントになって、なんともロマンティックな色遣い。天井までも草花モチーフのモザイクで埋め尽くされており、一つ一つの絵柄を見ているだけでも楽しい。アクセントに使われている壁にはめ込まれたタイルの中には富士山の絵柄もあり、案内してくれていた管理人が私が日本人だと知ると、これは日本から取り寄せたんだと教えてくれた。

人々は愛嬌を持って、また好奇心むき出しで私の周りに集まってきた。ほとんど身動きは取れない。写真も自由に撮れないという状況。一通りモスク内の解説を聞いたらゆっくりと内部を眺めて写真を撮ろうと思っていたが、早めに済ませて外に出た方がよさそうだ。
礼拝後に集まって遊んでいた少年たち。すでにイスラーム式のおしゃれを身に付けているようだ
礼拝後に集まって遊んでいた少年たち。すでにイスラーム式のおしゃれを身に付けているようだ
礼拝を終えた人々が、モスクの前の広場でおしゃべりしたり、子どもたちを遊ばせたりしている。おじいさんに連れられて礼拝に来る孫たちの元気な姿がかわいらしい。

川も時も人も流れて

ブリゴンガ川の夕暮れ時。人々が家路につく頃は船頭たちの稼ぎどき
ブリゴンガ川の夕暮れ時。人々が家路につく頃は船頭たちの稼ぎどき
スターモスクを出てブリゴンガ川の船着き場まで歩いて行くと、着いたときはもう夕方の帰宅ラッシュの時間だった。船頭たちが細長い渡し舟を岸に着けて手招きし、乗客を促している。満員になった舟から出発、帰宅を急ぐ人々が次々に舟に乗り込んでいく。こんなにたくさんの人がこの街で働いて、生きて、学んで、日々を過ごしている。

河辺の光景を眺めていたら、ここでは全てのことはとどまることなく「うごめいている」のだと感じられた。決してスピーディではないのだが、止まらない、人の体に合うテンポで物事が動いているのだ。変化は絶え間ないが、置いてきぼりを食らうことのないテンポでさまざまなことを感じたり、考えたり、捉えたりできるのなら、人生で与えられた時間をもっと深く味わうことができるのかもしれない。大きな川に紫色の宵闇が降り始め、家路に急ぐ人々を乗せた舟がゆっくりと漕ぎだした。ゆったりと夜が始まろうとしている。
夕闇が迫る川辺で客待ちをする船頭たち、舟に乗り込む人々
夕闇が迫る川辺で客待ちをする船頭たち、舟に乗り込む人々
記事トップの写真はオールドダッカの商店エリア。車両が通行できないので独特のテンポがある

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