VISIONARYMAGAZINE BY LEXUS

EXPERIENCE

喧騒と建築と真心の街、ダッカ 前編

2020.09.14 MON
喧騒と建築と真心の街、ダッカ 前編|在本彌生 写真家は旅をする

魅力的な被写体との出合いを求め、世界中を飛び回り続けている写真家、在本彌生。彼女が印象深い出合いを自らの作品と文章で綴る連載。今回は、20世紀を代表するアメリカ人建築家、ルイス・カーンが手掛けたバングラデシュ国会議事堂をレンズに収めるべく、同国の首都ダッカを訪ねた。

Text & Photographs by Yayoi Arimoto

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映画で観たカーン建築、バングラデシュ国会議事堂

『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』というドキュメンタリー映画を観たのはいつだったか。何年も前のことなのに、この映画のことは強く印象に残り、私の頭の中に染み付いていた。

監督はルイス・カーンの息子、ナサニエル・カーン。彼は、一度も一緒に暮らしたことのなかった「偉大な建築家」である父親の姿を、世界中に残された建築作品やプロジェクトに関わった人々らと出会い、対話しながら探っていく。監督の父親に対する複雑な想いや謎に決着をつける旅をたどる、そんな映画だ。

決してカーン建築を知るための映画ではない、一青年のとても個人的な体験、監督の己への挑戦の記録と言っていいだろう。(ナサニエル・カーン監督がこの映画作品について語っているTED https://www.ted.com/talks/nathaniel_kahn_scenes_from_my_architect?language=ja
カーン建築の代表作、バングラデシュ国会議事堂を遠くに望む
カーン建築の代表作、バングラデシュ国会議事堂を遠くに望む
その映画で観た建築作品の中で一つ、忘れがたい印象を残したものがあった。ダッカにあるバングラデシュ国会議事堂だ。宇宙的、大変おおらかな建物、人の感覚がその「形状や角度」にどこからでも入り込んでいけるような印象、コンクリートの塊なのに不思議と親しみを感じさせた。

そして、プロジェクトに関わったバングラデシュ人が語った言葉は、カーンの建築や思想に対しての尊敬と理解に満ちていた。それが、私にとって最もこの映画で印象に残ったことだったかもしれない。

こんな建築物がバングラデシュという国にあるということも少し意外だった。なんとも気になる、記憶に染み付く造形……あの映画を観て以来、この建築を見るためにダッカを訪れることは、私の密かな夢だった。
国会議事堂の反対側にある公園に集う人々、ここにはジアウル・ラフマン元大統領の廟がある
国会議事堂の反対側にある公園に集う人々、ここにはジアウル・ラフマン元大統領の廟がある
隣国のインドにはさんざん通っているというのに、これまで彼の地に訪れることができずにいたが、2020年はじめ、私が撮影を進めている布や手工芸についてのプロジェクトの一環として、バングラデシュに渡る機会を得た。ついにあの国会議事堂に対面することができそうだ。

町中の移動で覚悟するべきこと 

休日で賑わう花市場にて
休日で賑わう花市場にて
ダッカに到着してみると何をとっても(撮っても)面白く独特で、この都市の魅力にすっかりはまった。その上、人々が非常に親切で感じがよい。異教徒の外国人である私のようなものを大事に扱ってくれるのだ。

真の意味でよいところがたくさんある町なので、先にこの町のネガティブポイントを指摘する。それは恐るべき交通渋滞だ。ちょっとした距離を移動するのにとてつもない時間がかかるのを覚悟しなくてはならない。高い確率で逃げ場のない大渋滞に巻き込まれてしまうのだ。地図の上での距離は全くもって目安にしかならない。移動時間を分単位で予測することはほぼ不可能だ。
人、車、リキシャがひしめき合う大通り
人、車、リキシャがひしめき合う大通り
平日(イスラームの平日は日曜から木曜)の朝8時をまわる頃から、町の中心では移動停止といっていいほどの渋滞が始まり、まるで時が止まったかのように車が前に進まなくなってしまう。バングラデシュの人口の過剰さ(日本の4割ほどの面積に1億6千万人以上)、ダッカの人口密度の高さ、その上、地上を走る乗り物が多すぎることを考えれば当然のことではあるが……そのせいで人々が時間を守ることはほぼできないはずだ。ここにいると時間感覚を変えずにはいられない。
ペイントが自慢のリキシャ。近くを移動するにはこれが一番
ペイントが自慢のリキシャ。近くを移動するにはこれが一番
町中での公共移動手段は、リキシャ(サイクルタクシー)、CNG(天然ガスを燃料として走るオート三輪乗合タクシー)、バス、Uberなどの配車アプリを使った車両がある。一般的なタクシーは滅多に見かけないので、車が必要なら配車アプリを頼りにする。

リキシャはなかなか便利な乗り物で、台数も多く、通りで手をあげればパッとつかまる。乗り心地が最高とはいかないまでも、座席の位置が高いので視界が広く阻まれず、心地よい速度で移動ができて気分がいい。座面が浅いため、少々腹筋や体幹が鍛えられるのはよいところ。

リキシャは他の車両が入っていけない狭い道も通ることができるのだが、その代わり2kmくらいまでの近距離でしか利用できない。一方、CNGはリキシャに比べるとスピードがアップするが、渋滞にはまった際はかなりの忍耐を強いられる。日中は暑さと土埃に耐え、鉄格子越しの動かぬ景色をぼんやりと眺め続けることになる。

徒歩という選択肢があるにはあるが、地元の人々は強烈な日差しの下を長時間歩くなんてことはしない。旅先としてここを訪れている私などは、少しは自分の足で町歩きしたいので散歩を試みると、「歩くのなんてカッコ悪いから乗ってくれ」と、側を通るリキシャドライバーたちからひっきりなしに声をかけられる。どうやらここでは余程の至近距離でない限り、歩いて移動するのは無粋なことらしい。決して治安が悪いからとかそういった怖い理由ではない。

ちなみにこのリキシャはド派手なペイントが楽しく、リキシャアートとして世界に知られるほど。対象は映画スターから風景画までと幅広いので、好みの絵柄の車両を選ぶのが乗車時のちょっとした楽しみでもある。

近くて遠い、議事堂への道のり

いざ、念願の国会議事堂を目指す。宿泊先のダッカ中心部北側の学生街から一人でCNGに乗った。あえて交通量が若干減る陽の高いランチタイムに出かけたら運よく渋滞に巻き込まれず、議事堂の前に広がる巨大な広場正面の大通りまで15分ほどで到着、そこで降ろされた。鉄柵のはるか向こうに見える、あれが国会議事堂だ。

うぅっ、遠い、きちんと見るには遠すぎる……議事堂の真ん前に停まっている車が親指の先ほどの大きさに見える。全景はここから把握できるとはいうものの、はるばる日本からここまで来たのだ、建物にもう少し近づいてカーン氏の思想の表現に触れたい、眺めたい。現在特別な許可なくして内部の入場も見学もできないことは事前に知ってはいたが、駄目元で入り口の小屋にいたガードマンに見学希望を申し出てみる。

「ダメ、ダメ、不可能です。一般の方は入れません。今は入場見学申請をしても特別なケース以外ほとんど許可されません」

あっさりと、でも決して感じの悪くない対応で返された。中に入れないのは仕方ないにしても、こんな遠くから眺めるだけで帰るなんてあまりにも悔しい。遠くにたたずむバングラデシュ国会議事堂が無言で誘いかけてくる。

「どこかもう少し近くから議事堂を見ることができるところはありますか?」

私は丁寧にガードマンに聞いてみた。すると彼は私にこう答えた。

「この道を建物に沿ってずうーっと歩いてください、はい、ずうーっと、です。そうしたらもう少し近くで見ることができますよ」

今度は私を納得させてやろうという勢いのある言い方だった。ここを訪れる人から何度も同じことを聞かれているのだろう。なるほど、この建物の周囲4分の1ほどを歩けばよいらしい。スマホの地図で確認すると、そのずうーっとの道のりは3km弱、敷地の広大さに改めて驚く。

さあ、クライマックスはここからだ。ルイス・カーンとバングラデシュの人々の思いの詰まったあの議事堂に近づくため、私はまずキオスクで水を買って準備万端、強い日差しと湿気の中、歩みだすことにした。

整然とノスタルジー、人々の未来をつくる場としての建物

議事堂をバックにセルフィを撮影する人々を横目に、ガードマンに言われた通りの道を歩き始めてしばらくすると、ダッカに到着して以来はじめて、雑踏、喧騒ではないところに身をおいていることに気づいた。ホテルの部屋にいるときですら、窓のすぐ外の共有テラスに大抵誰かがいて、お茶を飲んだり、携帯でおしゃべりしたりしていた。ここには至近距離に全く人がいない、車両がない、紛れもないさっきまでとは違う別世界だった。

まっすぐに延びたひとつも乱れのないアスファルトの車道を、たまに黒塗りの高級車が走り抜けていく。ついさっきまで目の前にあったカオスはどこかに消え去ってしまった。庭園に咲き始めた薔薇を横目に見つつ、歩みを進める。15分ほど、歩道で人とすれ違うことはなかった。ひたすらまっすぐの道を歩き、お堀のような水辺に沿ってカーブしながら進み煉瓦造りの議員宿舎が手前に見えてくると、その奥に国会議事堂が水に浮かんだような具合でたたずむ。

さっき遠くから見た正面の印象とはまるで違う。コンクリートとはこんなにやさしい質感で伝わってくるものだったのか。風が止まると、静かな水面に反転した像が映し出され、「逆さ議事堂」が浮かび上がる。議員宿舎、国会議事堂共に、丸、三角、四角のおなじみの形がデザインされ優しさや楽しさをまとっていて、子どもの頃に建てたことのある積み木の家をも連想させる。

これは見る者を圧倒し距離を感じさせる、いわゆるカッコよすぎる建築物ではない。それでもこの赤い土と埃に溢れた国において、灰色のコンクリートの塊の建物が他と一線を画したものであることはひと目で理解できる。説明のいらない建築物とでも言おうか。あらゆるところの手入れが非常に行き届いているのも見て取れる。ここが重要で大切で特別な場であることを、その有り様で伝えてくれるのだ。しばし私は堀の縁に立って、議事堂を読み取るように眺めた。
湖面に映し出される議事堂もまた美しい
湖面に映し出される議事堂もまた美しい
この道を通り過ぎる少ない通行人たちはここで立ち止まらず、さっとスマホで記念撮影をして去っていく。50mほど先からガードマンが私のことを見張っている様子には随分前から気づいていた。ここに居続けることが注意の対象になるような予感がした。

「なんて素晴らしい建築なんでしょう。こんなすてきな議事堂があるなんて、うらやましいです」

私を見張るカーキ色のユニフォームを着たガードマンに、大声で語りかけた。

「ありがとうございます。外国からのゲストは決まってそう言われます。はい、ここは私たちの自慢の議事堂です。それで、申し上げにくいんですが、こちらに長い時間滞留しないで移動していただきたいのです。これからVIPが通りますので」

ガードマンはそう言うと、右腕を大きく振って、あちらに行きなさいと促した。彼もまた、威厳を保ちながらも、決して高圧的でなく礼儀正しかった。そう言われてしまったら後戻りはできないので、私は素直にうなずき、歩きながら何度も議事堂を振り返り見て、遠ざかっていった。

なんとも呆気なく短い時間でその場を去らなくてはいけなくなったのだが、この大きな建築表現との出会いが有り難く、不思議な感謝の気持ちがわいてきた。人々の敬意や喜び、希望がこの建物に寄せられていることを感じたからなのだろう。カーン氏は議事堂の完成を見届けることなく世を去ったが、彼のデザインしたこの議事堂が市民の誇り、ベンガル人の心の支えとなったことには満足しているに違いない。
喧騒から逃れて屋上のテラスレストランで休日のランチを楽しむ人々
喧騒から逃れて屋上のテラスレストランで休日のランチを楽しむ人々

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