JOURNEY

雲ひとつない晴れた日に行きたい美術館──
兵庫県立美術館

2020.07.15 WED
JOURNEY

雲ひとつない晴れた日に行きたい美術館──
兵庫県立美術館

2020.07.15 WED
雲ひとつない晴れた日に行きたい美術館──兵庫県立美術館
雲ひとつない晴れた日に行きたい美術館──兵庫県立美術館

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。今回は、神戸の運河沿いに立つ安藤忠雄が設計を手がけた建物と、国内外の著名作家による所蔵作品が見所の、兵庫県立美術館を訪ねた。

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Atsuki Kawano

空と海の間にある美術館

兵庫県立美術館へ向かうには、ぜひとも神戸空港を起点にしたい。空港からレンタカーもしくはタクシーで出発し、海上の橋を通って市街地へ。橋の上から眺めると、青い海には神戸港へ向かう船、港から出ていく船がいくつか見える。

海の上にいるわけではないけれど、「秋の航 一大紺円盤の中」(中村草田男)という句が頭に浮かぶ。紺円盤のような海が広がっている。

神戸の市街地を一望に見渡しながら、運河沿いを走っていくと、兵庫県立美術館に突き当たる。

空港から美術館へのたった15分のドライブで神戸風景の真髄を満喫することができる。

わたしは美術館へ行く時は雨の日の午前中と決めている。館内が空いているからその時間に行くのだけれど、神戸にあるこの美術館に限っては雲ひとつない晴れた日に行くのがいい。空の青と海の青と神戸の町という3つの美しさを満喫することができる。

同美術館の開館は2002年だ。大きな被害のあった阪神淡路大震災の後になる。
国内外の著名作家による1万点もの作品を所蔵する兵庫県立美術館。広々とした空間でゆったりと作品を楽しめる
国内外の著名作家による1万点もの作品を所蔵する兵庫県立美術館。広々とした空間でゆったりと作品を楽しめる
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前身の兵庫県立近代美術館は現在、分館「原田の森ギャラリー」「横尾忠則現代美術館」となり、そちらでも美術作品の展観を行っている。なお、前身の館の建築設計は村野藤吾、現在の館の設計は安藤忠雄。いずれも設計は斯界の重鎮だ。

収蔵品は前身の館からのそれも含めて1万点以上と多い。版画ではジェームズ・アンソール、マックス・エルンスト、ジャスパー・ジョーンズ、アンディ・ウォーホル、カンディンスキー、ピカソといった海外の巨匠の作品がある。

彫刻ではオーギュスト・ロダン、アリスティド・マイヨール、マリノ・マリーニ、ジョージ・シーガル、ジャコメッティといった大家のそれを収集している。

しかし、ここに来てみるとしたら、小磯良平、金山平三という神戸が生んだふたりの画家だろう。

小磯良平の絵の見方

小磯良平に限らず、明治から昭和に活躍した日本の洋画家の人気は現在、決して高いとは言えない。草間彌生、奈良美智、村上隆といった現代日本のアーティストの活躍が際立っているために、昭和期の画壇にいた人たちはどうしても「従来型の画家」と思われてしまうからだろう。

しかし、小磯良平、金山平三をはじめとする当時の作品を見ると、ヨーロッパの画家に学ぼうとした生真面目な姿勢に感動する。

同館の学芸員、岡本弘毅氏は「小磯さんの絵の見方ですが、私はこう考えています」と、丁寧に教えてくれた。
向かって左が小磯良平による「斉唱」 兵庫県立美術館所蔵
向かって左が小磯良平による「斉唱」 兵庫県立美術館所蔵
「小磯は神戸で生まれた画家です。東京美術学校(現 東京芸術大学美術学部)を首席で卒業してフランスに留学します。洋画の正統的なテクニックを学び、西洋美術へのあこがれを隠すことなく、絵のなかに表現しています。

たとえば、代表作の『斉唱』はイタリア、ルネサンス期の浮き彫り彫刻を研究して描いたもの。浮き彫り彫刻では天使が並んで合唱している姿だったのでしょうけれど、それを日本の女子学生にあてはめて、正統的なテクニックで描いています。小磯の絵を見る場合は西洋画のテクニックの影響をじっと見るということでしょうか。もうひとつの代表作『T嬢の像』は着物の柄など細部まで見たものを丁寧に描いています」
向かって右側の作品が「T嬢の像」 兵庫県立美術館所蔵
向かって右側の作品が「T嬢の像」 兵庫県立美術館所蔵
「斉唱」「T嬢の像」はこの美術館ではほぼ常設展示してある。どちらも日本の女性を油絵にしたものだが、西洋画に感じるバタ臭さがない。静かなトーンが伝わってくる。

特に「T嬢の像」を見ていると、絵の具が違うだけで日本画にも見えてくる。日本の衣装を着た日本の婦人を描くと、西洋画であっても日本画のように見えてしまうということなのだろうか。画面にあふれる色、光は西洋のそれではないと思う。

金山平三の絵の見方

「金山平三も当地、神戸の出身です。小磯よりも20歳、年長の画家です。金山もまた東京美術学校を首席で卒業し、渡欧していますが、小磯が西洋画へのオマージュを隠さなかったのに対して、金山は日本的なものへ回帰しています。

戦後、金山は山形県へ移り、東北地方の風景を多く描くようになります。彼の絵を見ていると、日本の湿潤な空気を西洋画の技法で描こうとしているように思えます」
中央の作品が金山平三による「橇」 兵庫県立美術館所蔵
中央の作品が金山平三による「橇」 兵庫県立美術館所蔵
金山は「橇」という作品で東北の冬を描いている。人物、風景も日本の事物として表現しているわけではない。しかし、絵の中の世界はヨーロッパの冬景色には見えない。しっとりとした日本の雪がそこにある。

たとえ、ここにヨーロッパ風の家を描き入れたとしても、空の色、湿った雪の様子は日本を感じさせるだろう。

なぜ、金山が日本の風景や湿潤さに魅力を感じたのかは想像できない。しかし、油絵具で日本の湿潤な空気を表現することには成果を収めている。

子どもたちが足を止める「見送る人々」

「見送る人々」は青森県出身の画家、阿部合成の作品だ。

わたしが美術館にいた時、ちょうど小学生の団体が鑑賞に訪れていたのだけれど、子どもたちが足を止めて口々に感想を言っていたのがこの作品だった。
向かって左側の作品が阿部合成による「見送る人々」 兵庫県立美術館所蔵
向かって左側の作品が阿部合成による「見送る人々」 兵庫県立美術館所蔵
たとえば……。

「この絵に出ている人たちは日本人ですか?」
 
係員にひとりの男子児童がそう問いかけた。画面には日の丸も描いてあるし、「祝い、出征」の文字も想像できる。しかし、人物の顔が日本人のようには見えなかったのだろう。どこかの国の人という顔ではなく、仮面をかぶって群集劇に出ている人のように見えるという問いだった。

係員は「そうね。そう考えてもいいわね」と男子児童の問い自体を評価していた。

もうひとりの児童(女子)はこう訊ねた。

「どうして、みんな怒っているのですか?」

よく見ると、怒っているのではなく、叫んだり、悲しんだりしているのだが、確かに、児童が言ったように、怒っている風にも見えた。

重なり合った顔、それぞれの表情に現れる強烈な感情……。この絵を見て、わたしは阿部合成という画家の名前は初めて知った。しかし、「いったい、これを描いた人はだれだろう」と反射的に考えた。それくらい、立ち去りがたく、忘れがたい一枚だった。

同時に、子どもたちが絵を見つける目は鋭いと感じた。

子どもたちは絵の作家が有名か無名かには関心を持たない。作家が美術学校を出たとかでないといった経歴にも触れようとは思わない。

子どもたちは印象の強い絵の前で足を止める。頭のなかに考えが浮かんでくる前に、直観で好きな絵を見つける。

最初から知識を詰め込んで美術館へ行くと、直観で絵を見つける能力が減衰するのではないか。子どもたちの絵の見つけ方を目の当たりにして、そう思った。

美術館を平日に訪ねると、小学生が団体鑑賞していることがある。その時、「うるさいな」と思わない方がいい。こっそり後をつけていって、子どもたちの反応をうかがうことだ。彼らが足を止めた絵には力がある。子どもたちから絵を鑑賞する力をもらい、あらためて子どもたちが認めた絵を見るといい。

美術の中のかたち

兵庫県立美術館のチャレンジングな企画が「美術の中のかたち」だ。

同館が1989年から開催しているもので、視覚に障害のある人たちに向け、作品に手で触ることで、感覚器官を通じて美術を鑑賞するというもの。つまり、目が見えない人でも美術を触って楽しむことができる展観だ。同様の試みは他の美術館でもやっている。

しかし、同美術館は「美術の中のかたち」を30年も続けている。

そして、同企画展が終わった後でも、展観している作品もある。誰でも美術作品を見るだけでなく、触る体験をする機会がある。

さて、作品を見た後は美術館の外へ出て、運河とその向こうにある神戸港を見つめるのがいい。

空に一編の雲もない日であれば、空と海の透明な青さが目に染みる。美術館の作品を見た後の最高のデザートがそこにある。
兵庫県立美術館
兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1
Tel. 078-262-0901
開館時間:10:00〜18:00
※特別展開催中の金・土曜日は20:00まで
休館日:月曜日(祝日の場合は火曜日)
https://www.artm.pref.hyogo.jp/

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ご回答いただきありがとうございました。

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