JOURNEY

パリの人々に愛される花のある暮らし──
「ブーケ・シャンペトル」で、自然の息吹を感じる

2020.04.17 FRI
JOURNEY

パリの人々に愛される花のある暮らし──
「ブーケ・シャンペトル」で、自然の息吹を感じる

2020.04.17 FRI
パリの人々に愛される花のある暮らし──「ブーケ・シャンペトル」で、自然の息吹を感じる
パリの人々に愛される花のある暮らし──「ブーケ・シャンペトル」で、自然の息吹を感じる

田園の風景を写しとるようにして束ねられるフランスのブーケスタイル「ブーケ・シャンペトル」。日常の暮らしに寄り添うその魅力と、「花のある暮らし」の豊かさについて、パリでフラワーデコレーターとして活躍する濱村純氏に聞いた。

Text by Mari Maeda(lefthands)
Photographs by Takao Ohta /portraits Jun Hamamura /flowers

花のある暮らしを楽しむパリの人々

もしも今、日常の暮らしの中で自然に触れたいと感じていたら、部屋に花を飾ってみてはどうだろう。誰しも一度は花に触れ、心が和んだことがあるはずだ。その感覚を、日常の暮らしにも取り入れたなら、心はもっと潤うかもしれない。
コリアンダーやグラミネ(イネ科の植物の総称)、ルスカスが、バラやアジサイとともに田園の風情を窓辺に添える
コリアンダーやグラミネ(イネ科の植物の総称)、ルスカスが、バラやアジサイとともに田園の風情を窓辺に添える
「花のある暮らし」と聞いて、思い浮かべるのはパリの人々だ。彼らは日常的に花を買い、花を飾る。花の彩りなくして、パリの暮らしを語ることはできないほどに。そんな彼らが愛するもののひとつに、ブーケ・シャンペトルと名付けられた花のスタイルがある。

田園風の花束、ブーケ・シャンペトル

「シャンペトルとは田園を意味します。つまり、ブーケ・シャンペトルとは田園風景を連想させるようなナチュラルな花束のこと。あたかも草原や野山を散策しながら摘んだ草花を、さっとさりげなく束ねたかのような風情は、ありのままの自然の姿をほうふつさせる美しさがあります」

そう教えてくれたのは、フランスで20年余りフラワーデコレーターとして活躍する濱村純氏だ。数年ぶりに帰国し忙しい中、待ち合わせ場所まで駆けつけてくれた。その姿には、花を扱う穏やかさと凛としたパリの空気感が漂う。そもそもなぜ、パリの人々は花を愛するのか? 早速質問を投げかけてみた。
パリから来日していた濱村純氏。葉に触れる手元と眼差しに、植物を慈しむ優しさがにじみ出ていた
パリから来日していた濱村純氏。葉に触れる手元と眼差しに、植物を慈しむ優しさがにじみ出ていた
「実はパリで庭を持つことは難しいので、市は公園や街路樹、植え込みなどによる街の緑化事業に力を入れています。パリの人々は、いかに自然が人の心にとって大切かを知っているんです。ですから彼らは、日々の暮らしに自然の一部である花が欠かせないのでしょう」

都会であるパリに住む人々には、田園生活への憧れがある。週末や休暇には街を離れて、田舎の別荘で過ごす人も多い。そんな彼らは、日常の暮らしの中でも花を飾り、自然を感じる喜びを慈しむ。昨今、自然な趣が美しいブーケ・シャンペトルが好まれる傾向も、そうした背景があるからだ。そして、かつてそのスタイルの魅力に気づき、日本に初めて紹介したのが濱村氏だった。
パリから携帯していた唯一の道具。この一本の花はさみから、ブーケが生まれる
パリから携帯していた唯一の道具。この一本の花はさみから、ブーケが生まれる
「パリへ渡った頃、既にブーケ・シャンペトルというスタイルは確立されていました。私が初めてその言葉を意識するようになったのは、花留学を終える直前に訪れたノルマンディ地方の友人の別荘で、カールを紹介されてからのことです。その頃、彼は近所に家を買ったばかりでしたが、12ヘクタールもの土地に生き生きと育つ草花を摘んで、さっと束ねてくれました。自然なスタイルとはこういうことかと、その時理解したんです」

カールとは、現在パリを代表するトップフローリスト、カール・フーシェ氏のことだ。濱村氏はその出会いから約2年後の2001年に、日本の花雑誌の企画で有望なパリの新人としてカールを取り上げた。その際に彼が口にした「シャンペトル」、つまり、田園風のスタイルが、以来、カール本人が活躍するパリのみならず、日本でも花好きの間で広まり定着していった。
ふわりと咲くニゲラの花にミントやカシス、ラベンダーなどが寄り添い合い、夏の野へと夢想を誘う
ふわりと咲くニゲラの花にミントやカシス、ラベンダーなどが寄り添い合い、夏の野へと夢想を誘う

子どもが花を摘み、束ねるように

ブーケ・シャンペトルの魅力は、草原で育つ花々が伸びやかに、花本来の姿が伝わるように束ねられていることだ。まるで、自然の生命力をブーケに閉じ込めるかのように。

日本人は本来、自然のありのままの姿を愛する。そんな私たちにとって、その風情あるたたずまいには心惹かれるものがある。

「自然を愛し敬い、四季を大切にする点で、日本人とフランス人には共通するものがあります。文化的にも豊かですし、互いに感じ合うものがあるのかもしれません」

そう語る濱村氏に、ブーケ・シャンペトルを束ねる時の秘訣を教えてもらった。

「小さな子どもの片手に花を一輪握らせて、田舎のあぜ道を歩かせる。すると、子どもは道端の草花を好き勝手に摘みはじめて、花を握らせた手に花束が出来上がりますね。そんなイメージです。ブーケ・シャンペトルの自然でソバージュ(野生的)な趣を表現する際に、プロは作為的になりがちですが、素人の方はより素直に作るので、驚くほど素敵に仕上がることがあるんですよ」

そう聞くと、早速花屋に立ち寄り、束ねてみたくなる。
薄紫のブルーファンタジアとカシス、バジルの葉をさっと束ねて。ごくナチュラルな雰囲気を香りとともに楽しむ
薄紫のブルーファンタジアとカシス、バジルの葉をさっと束ねて。ごくナチュラルな雰囲気を香りとともに楽しむ
「ごく自然に、気負わずに。好きな草花を選んで、さっと花瓶に投げ入れるだけでもいいんです。私たちプロが教えることは、水揚げのための茎の揃え方や、花材を痛めない束ね方などテクニカルなことですから」

自然な趣に欠かせない葉の存在

「ただ、忘れてはならないのが葉の存在です。私がかつて、日本ではどうしても自分が求めるフランスのスタイルに近づけないと感じたのは、当時の日本の花市場に葉ものがあまり充実していなかったためでした。

フランスでは、たくさんの種類の葉が花材として置かれています。自然界を見れば、花とともにたくさんの植物の葉が入り混じっていますよね。花だけが存在していることはありません。

もしも、花束をより自然な姿に近づけたいと思うのでしたら、いろいろな種類の葉を入れてみてください。花束に奥行きやより豊かな表情が生まれますし、テクニカルなことを言えば、葉が花を支えてくれます」
アジサイ、シャルドン、ニゲラ、カシスやラベンダーなど、野に咲く草花から生き生きとした香気が発せられる
アジサイ、シャルドン、ニゲラ、カシスやラベンダーなど、野に咲く草花から生き生きとした香気が発せられる
濱村氏によると、以前に比べて今は随分と多くの葉ものが日本の花屋にも置かれるようになったそうだ。しかし花屋からは、選ぶ人の側に葉に対する意識が十分ではないと聞き、もっと多くの人が花材としての葉の魅力に気がついてほしいという。

「いくつかの種類の葉だけを束ねても新鮮です。グリーンが室内に、とてもフレッシュな印象を与えてくれます。私は時に、ハーブだけを飾ることもあります。ローズマリーですとか、ミントですとか、部屋に良い香りが漂います。

フランス人は姿形だけではなくて、草花が発する香りにも敏感です。自然に対する感性というのでしょうか。食材もそうですが、素材の質や、自然が持つパワーを大切にしているんですね」
子どもの頃に道草しながら摘んだかもしれない小判草を、ユーカリ、マグノリアの小枝などとともに
子どもの頃に道草しながら摘んだかもしれない小判草を、ユーカリ、マグノリアの小枝などとともに
濱村氏の話を聞いていると、花を家に飾るという行為が、自然との触れ合いそのものであることに改めて気づかされる。葉だけを束ねたり、ハーブを飾ったり。私たちは、花を飾るという概念からもっと自由に解き放されていい。自然のありのままの姿を思い浮かべながら。

自然の息吹を暮らしに

「ブーケ・シャンペトルには、田園の風景を家に持ち込むという魅力がありますが、花の表情も、あしらい方もさまざまです。その時、その季節の気分で、ご自分が好きなスタイルを楽しんでみてください。

自然を感じたいのであれば、花一輪でもいいんです。その一輪を眺めながら、毎日水を変え、傷んだ茎を切る。そんなひと時も楽しいものです」

草花が季節とともに見せてくれる表情や色彩からは、自然の力と神秘を感じることができる。時にはそのはかなさに自然の摂理を感じて、感慨にふけることもあるだろう。

パリの街中では、男性たちが花屋に立ち寄り、ブーケを抱えて歩く姿を多く見かける。日々の暮らしの中で花を贈り、花を飾る習慣があるからこそだが、その背景に自然への希求があるのだとしたら、日本に住む私たちも、もっと気負いなく花に触れ、花屋を訪れてもいいはずだ。
今を生きる植物の生命力が、日常の暮らしに癒しと豊かさをもたらしてくれる
今を生きる植物の生命力が、日常の暮らしに癒しと豊かさをもたらしてくれる
インタビューの最後に、濱村氏はこんなことを口にした。

「子どもたちの心の成長のためにも、花育というんでしょうか、家庭で草花に触れることは大切だと思うんです。花に触れるとものの扱いが優しくなりますし、心の豊かさとバランスが生まれます」

「花のある暮らし」は大人に心のゆとりを取り戻し、子どもたちには心の成長を促してくれる。「いつか自然の中を歩いて見た田園の風景を思い出しながら、草花を束ねている」と語っていた濱村氏。その言葉に導かれるように、草花に触れ、束ねて、家に自然の息吹をもたらしてみたい。
アーティチョークからオリーブまで、多彩な植物を束ねたブーケから、自然界のおおらかな息吹が室内に漂う
アーティチョークからオリーブまで、多彩な植物を束ねたブーケから、自然界のおおらかな息吹が室内に漂う
濱村純 Hamamura Jun
フラワーデコレーター。商社勤務後、花の世界に転身。1999年、パリ花業界の大御所フローリスト、ジョルジュ・フランソワに師事(インターンシップ)する。帰国後、自営での花仕事を開始。2001年、再度渡仏し、フランスでの自営業認可を取得する。以来、パリを拠点に店舗、イベント装飾を手がける。Pâtisserie Sadaharu AOKI Paris、Toraya Parisなど、高いクオリティが評価されるハイブランドのデコレーションを担当する。また、現場のノウハウを伝える実践的な花教室をパリ、日本の各地で開催。昨今はライフスタイル提案型のオンラインストアをスタート。ファッション企業からのオファーによりポップアップストアを開催するなど、パリ暮らし20年の節目に、これまでの経験を通してノウハウ、アイデアを盛り込んだ新たなプレゼンテーションが始まっている。

atelier Jun HAMAMURA DECO - Styling www.junnette.com
オンラインストア https://store.junnette.com/

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