TECHNOLOGY

水中で呼吸可能な人工エラ「amphibio」はなぜ生まれたのか

2020.04.10 FRI
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水中で呼吸可能な人工エラ「amphibio」はなぜ生まれたのか

2020.04.10 FRI
水中で呼吸可能な人工エラ「amphibio」はなぜ生まれたのか
水中で呼吸可能な人工エラ「amphibio」はなぜ生まれたのか

水槽の中に浮かぶのは、電子制御された生物のような有機的なフォルムの物体。これは地球温暖化により人類が地上に住めなくなったシーンを想定して、「水中で呼吸できる服」として開発されたもの。社会が抱える課題に、技術とデザインの両軸からアプローチする亀井潤氏にその狙いを聞いた。

Text by Yuriko Horie
Photograph by Daisuke Abe(bird and insect)/ Portrait
Edit by Keisuke Tajiri

テクノロジーと自然とのはざまで

生物の構造や機能などから着想を得て新たな技術開発やものづくりに活用する「バイオミメティクス(生物模倣技術)」という概念がある。一般的にはまだなじみは薄いが、レクサス「LC」の特別仕様車として開発された、モルフォ蝶の発色原理を応用したストラクチュラルブルーもそのひとつだ。そこに技術開発だけでなく社会問題の解決をも取り込み、来るべき未来を提示するのがマテリアルサイエンティストでバイオミメティクスデザイナーの亀井潤氏。彼が開発した「AMPHIBIO(アンフィビオ)」が今注目を集めている。

ロンドンを拠点に活動する亀井氏が発表した「AMPHIBIO」は、水没した都市下での活用を想定した“人工エラ”である。もちろん、人間が実際に水中で生活するには、呼吸以外にもさまざまな障壁があり現実性は低いが、亀井氏の狙いは、このプロダクトを提示することで見えてくる未来を通して、社会の環境に対する意識を啓発することだと言えよう。

仕組みとしては高層素材に開いた無数の極小な穴を通じて水中の溶存酸素を取り込むことで呼吸を可能にするというもので、試作段階ではあるもののコンセプトとデザイン性の高さから各国で話題に。では一体、どのような背景から生まれたものなのだろうか。
3Dプリンターによって作られたエラを模した「AMPHIBIO」
3Dプリンターによって作られたエラを模した「AMPHIBIO」
「地球温暖化によって水面が上昇したときの未来の都市とライフスタイルへの関心からきています。調査とマッピングを繰り返すうちに、さまざまな構想が出てきたのですが、そのうちのひとつが両生類的なウエアラブル素材。陸上・水上・水中という3つの空間が生活場所になったときに、必要なアイテムがテーマになっています。そして、それを実現する方法としてバイオミメティクスが用いられています。水陸両方で生活できる昆虫から着想を得て、素材を作り出しました」

亀井氏がバイオミメティクスの分野を学ぶことになったのは、2011年の東日本大震災がきっかけだった。地震と津波によってテクノロジーのかたまりである現代の文明が一気に崩れ去った現実を目の当たりにしたときに、科学技術に携わる人間としてテクノロジーの在り方について見つめ直すことに。そして、自然と対峙するのではなく、もっと寄り添う必要があるのではないかと考え、自然から着想を得た工学分野の領域がないかと探していたところで出合ったのがバイオミメティクスだった。

偶然訪れた「デザイン」との出合い

「バイオミメティクスの研究に没頭する一方で、研究だけではできることが限られるという葛藤がありました。特許を取り論文を出したとしても、そのまま世の中に出せるわけではなく、企業との共同研究が実を結んで初めて実用化に至ります。そこに行くまでに数年から長いもので数十年という期間がかかります。しかも、企業に頼る部分も多く、どこか他力本願なところがもどかしくなってしまったんです。そんな中、僕が見いだしたのは“デザイン”でした」
日本とロンドンを行き来しながら研究を続ける亀井氏
日本とロンドンを行き来しながら研究を続ける亀井氏
日本で大学を卒業した後に向かったのは、ロンドンの芸術大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)。研究者から一転してデザインの世界に飛び込んでいった。

「RCAの同級生の中には、すでにデザイナーとして活躍している人も多くいました。前日までは何もなかったのに次の日に突然完成しているようなことがあったり、ビジョンから入り逆算して必要な技術を組み合わせるような方法を目の当たりにしたりして、本当に驚きました。長いスパンで仕上げることが当たり前、機能にはこだわるけれど見た目にはこだわらないという研究畑から来た僕にとって、衝撃的な経験でした。さらに、人間は見た目のかっこ良さだったり、質感だったり、そういった情緒的なものを無意識のうちに見ていて、それらが感覚に大きく作用しているということにも気づくことができました」

多角的なアプローチから生まれたプロダクト

「21世紀は“水”がキーワードになる」と語る亀井氏。AMPHIBIOの開発にあたり、ベネチアやトンガ、ツバル、カンボジア・トンレサップ湖の水上の村など、海面上昇の問題がより差し迫っている地域に住む人たちにも話を聞いて回り、ケーススタディを重ねていった。そういった地域の人々はそうでない地域に住む人と比べるとより危機感が強く、地域による温度差を感じたそうだ。

「自分たちのところで起こり得る未来が、もうすでに世界のどこかで起こり始めています。AMPHIBIOのコンセプトは現実離れしているように見えるかもしれませんが、全てのデータは研究論文や実地調査に基づいており、サイエンスフィクションではありません。100年以内に、今までの私たちの暮らしとは違う暮らしの在り方を考えなくてはならないときがやって来ます」
水没した都市はどこでも起こりうる未来として、あるべきライフスタイルを想像する
水没した都市はどこでも起こりうる未来として、あるべきライフスタイルを想像する
そう遠くはない未来に起こりうることだからこそ、プロダクトとしても小型で機能するものをつくりあげたという。そこで重要なのがデザイン性に優れているということ。

「アイデアが良いだけでは未来につながりません。そこにデザインが加わることで、その“欲しくなる未来”を提示しなければなりません。身に着けるものだったらなおのこと、ファッションとして成り立たなければならない。そうしてデザインと機能を魅力的な形で両立させたのがエラに近い形状です。機能面だけを考慮すれば、酸素を取り込むためにもっと複雑で大きなものになりますが、水中でも機能しファッションとしても成り立つものというバランスを優先しました」

現在は、人間が必要な酸素を取り込めるだけの機能を持ち、かつさらなる小型化ができるよう研究を進めている段階にある。

これからの時代を生きる研究者に求められるもの

東京とロンドンを行き来しながら、AMPHIBIO以外にも複数のプロジェクトを同時に進める亀井氏。そのうちのひとつが数年前から研究を続けている「PEARL MADE OF HUMAN BREATH」。これは人間が吐く二酸化炭素とカルシウムなどを組み合わせて真珠をつくるプロジェクトで、「今まで人が創ってきたものと自然が創ってきたものの両方をリファレンスするようにしています」と話すように、亀井氏ならではのデザイン哲学がある。
人の呼吸にテクノロジーとデザインを組み合わせることで、真珠のアクセサリーを作り出した
人の呼吸にテクノロジーとデザインを組み合わせることで、真珠のアクセサリーを作り出した
「自然界にある形は生物種によりますが、数万年から数億年かけて完成された形なので、そこから学べることがたくさんあります。一方で自然界の形そのものを人工物で創ると、どこか野暮ったくなることも。そこで、人が創るものの質感や見せ方をブレンドすることで、全体的にバランスをとるように気をつけています。これは形だけでなく機能においても同様で、人間が創ったテクノロジーの解決策と自然界がとってきた解決策の両方を見ています」

プログラミングとデザイン、ハードウエア開発とプロダクトデザインのような、比較的近い領域を手がけられる人材は少しずつ増えてきたものの、先端研究とデザインのような、かけ離れた分野を手がけられる人材は、国内外を問わずまだまだ希少だという。

亀井氏は2016年に東京大学とロイヤル・カレッジ・オブ・アートの共同ラボ「RCA-IIS Tokyo Design Lab」の立ち上げにも携わり、現在、ファシリテーターとしても活動している。

「先端研究の分野の人間が、デザインできるようになれば、もっと面白い世の中になるのではないか」と亀井氏が話すように、デザイン的視点とバランス感覚を兼ね備えた研究者の存在が、これからの先端研究の分野を大きく変えていくのかもしれない。

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