JOURNEY

復興の地・石巻でアートはどんな役割を果たすのか──

Reborn-Art Festival実行委員長 小林武史氏に聞く

2020.02.17 MON
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復興の地・石巻でアートはどんな役割を果たすのか──

Reborn-Art Festival実行委員長 小林武史氏に聞く

2020.02.17 MON
復興の地・石巻でアートはどんな役割を果たすのか──Reborn-Art Festival実行委員長 小林武史氏に聞く
復興の地・石巻でアートはどんな役割を果たすのか──Reborn-Art Festival実行委員長 小林武史氏に聞く

東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市。この地を会場にして、2017年より隔年で開催されているアートフェスティバルが「Reborn-Art Festival」だ。実行委員長を務める音楽プロデューサーの小林武史氏に、同フェスティバルへの想いやアートが復興の地で果たす役割について聞いた。

Text & Edit by lefthands
Photographs by Yoko Ohata(portrait)

震災を経験している石巻だからこそできること

小林武史氏は、Mr.Childrenの櫻井和寿氏、坂本龍一氏とともに、環境保全プロジェクトへの融資や支援を行う「ap bank」を2003年に設立した。このap bankでの活動がきっかけで、石巻との関わりを持つようになったという。

2011年の東日本大震災の際、地震発生から1週間しか経っていない3月19日に石巻入りしたap bank。地元の大学のグラウンドにボランティアベースを設置し、小林氏はそこを拠点に精力的に被災者の支援を行った。被災地の状況、そして震災以後の日本を目の当たりにして、感じることがあったという。

「経済ありきの復興を否定するつもりはありませんが、大事なのは、外からではなく、中からのエネルギーをどうやって生み出せるか。そう実感しました」
「大きな力に頼らない社会の捉え方を、ap bankの活動を通して日ごろから考えています」と語る小林氏
「大きな力に頼らない社会の捉え方を、ap bankの活動を通して日ごろから考えています」と語る小林氏
アートフェスティバルを開催するというアイデアは、新潟県の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」を観賞した際に思いついたという。現代アートを通して地域にコミットしている総合ディレクターの北川フラム氏の思いに共感したと小林氏は語る。

「地域の人たちの自然との本質的な関わり方を見ると、人間が自然の一部であると強く感じます。自然とのつながりや循環、自然に対する謙虚さ、畏怖、そして命に対しての敬意。そういったものを表現することは、震災を経験している石巻だからこそできるのではないかと考えました」

石巻は、リアス式海岸の恩恵でカキやホヤなどの海産物に恵まれた三陸の港町だ。特に、太平洋に突き出した突端の牡鹿半島の地域は、昔から鯨の町として知られてきた。夏には「牡鹿鯨まつり」が開催されるなど、地元の人々にとって鯨は生活の一部であり、そして一種の信仰の対象でもある。

この地の人々にとって、もう一つの特別な存在は鹿だ。半島から内海を挟んだ金華山という奥州三大霊所の島があり、そこに生息する鹿は神の使いと見なされている。その鹿たちには牡鹿から泳いで渡ったという伝説があり、今でも海を泳ぐ姿が漁師によってしばしば目撃されている。

このような鯨や鹿との関わりのなかで文化を育んできた石巻は、小林氏にとっては生と死が交錯する場所なのだという。いのちが循環し、生きる実感を持てる町。そうした考えから、第2回目の開催となる2019年は、「いのちのてざわり」をテーマに掲げることとなった。

よく分からなくても、何かが残る

地理的にちょうど牡鹿半島の中心に位置する荻浜という地域は、フェスティバルの中心地としての役割も持つ。そこに建つ名和晃平氏の作品「White Deer(Oshika)」は、Reborn-Art Festivalのシンボルとも呼ぶべき存在だ。
名和氏のWhite Deer(Oshika)鹿の剝製を3Dスキャンしたデータを元に制作 ©Reborn-Art Festival
名和氏の「White Deer(Oshika)」。鹿の剝製を3Dスキャンし、そこから得られたデータを元に制作している ©Reborn-Art Festival
作品が展示されているのは、漁港を通り抜けて磯伝いに7〜8分歩く場所であり、最初は地元の人でもどこにあるか分からなかったという。そのような場所を選んだ理由について、小林氏は「津波の脅威にさらされた場所でもありましたが、それでも海の穏やかな顔が見えるあまりにも素敵な浜辺だったから」と語る。

興味深いことに、この作品に真っ先に反応したのは、地元の漁師たちだったという。

「漁師の皆さんから『漁に出たときに、沖から見える姿がかっこいい』という声をもらいました。『アートのことはよく分からなかったけど、すごく前向きな気持ちになれる』と言ってくれる方もいました」

海から見える「White Deer(Oshika)」を、訪れる人たちにも見てもらいたいという漁師たちの協力で、船に乗って沖から鑑賞するプログラムもできたという。

フェスティバルには、石巻市外からだけでなく、もちろん石巻に暮らす人々も多く鑑賞に訪れる。地元の人々の反応について、小林氏はこう語る。

「『最初は作品を見てもよく分からなかったんだけど、家に帰ってふと思い出してみると、何かが残るんだよね』という声をもらいます。アートは分かりやすさからは外れたところにあるものです。分かるかどうかではなく、面白いと思う気持ちを大事にしたい」

アートが交流を生み、交流がアートを生む

Reborn-Art Festivalでは、アーティストと地元の人たちが直接交流する場も設けられていた。例えば、牡鹿半島の突端、鮎川エリアの「詩人の家 BAR」では、展示期間中は詩人の吉増剛造氏が滞在し、自らの展示作品を解説していた。

さらに、夜にはバーとして営業し、キュレーターの島袋道浩氏やミュージシャンの青葉市子氏が自ら厨房に立ち、手料理を振る舞う姿も見られた。住民がホヤを差し入れしたり、地元の民謡である鮎川音頭をみんなで歌ったりと、アーティストと観客という垣根を越えて、そこにいる全員が「詩人の家 BAR」という空間を盛り上げ、楽しんでいたのが印象的だった。
観客、地元の人たちやアーティストにとっても、「詩人の家 BAR」は憩いの場となっていた ©Reborn-Art Festival
観客だけでなく、地元の人たちやアーティストにとっても、「詩人の家 BAR」は憩いの場となっていた ©Reborn-Art Festival
また、このような交流によって得たアイデアが作品に活かされるなど、参加アーティストたちにもいい影響をもたらしていたようだ。

「都市ではなく、人々が自然の一部となっているような地域にアーティストが入りこんでいくと、そこに暮らす人との化学反応が起こる。そのことによって、何か気づきがあるはずです。自然はあまりにも偉大で、そのままいてくれるため、こちらがなかなか気づかないこともあります。

ですが、アーティストが地域の人たちと交流し、自然のなかで耳をすまして目を凝らしてそこに作品を置いてくれることで、それまで気づけなかった何かが浮かび上がってくるのではないでしょうか。それがReborn-Art Festivalの狙いでした」
中﨑 透氏の「Peach Beach, Summer School」 ©Reborn-Art Festival
中﨑 透氏の「Peach Beach, Summer School」 ©Reborn-Art Festival
中﨑 透氏の「Peach Beach, Summer School」 ©Reborn-Art Festival
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今、石巻でやるべきライブだった

フェスティバルでは、音楽イベントも数多く開催された。なかでも、「四次元の賢治 -完結編-」は、思想家の中沢新一氏が宮沢賢治の作品を題材に脚本を書き下ろし、小林氏が音楽を担当したオペラだ。「クラムボンはかぷかぷわらったよ」という一文で有名な童話「やまなし」や、妹・とし子との別れを描いた詩「永訣の朝」、そして「銀河鉄道の夜」など、さまざまな賢治作品を下敷きに、賢治自身を主人公にした内容となっている。

「私自身は山形県出身で、小さい頃から賢治の存在は認識していました。2017年の第1回の開催前に中沢さんから賢治を題材にしたオペラを作りたいと言われた際は、岩手県花巻市に暮らした賢治と石巻はなかなか結びつかなかった。ですが、花巻と石巻が実は北上川でつながっていると、あとから気づいたんです」

劇中では石巻との関係は触れられていないが、冒頭で北上川が舞台となっていることが示されている。「銀河鉄道の夜」でカムパネルラが溺れて死んでしまうように、賢治作品において“川”は生と死が交錯する場だ。オペラでは、「やまなし」に登場する川蟹の兄弟と、賢治やとし子との触れ合いには、生だけでなく死も描かれている。その背景には、津波で亡くなった被災者への鎮魂も込められているのだ。
「四次元の賢治 -完結編-」は岩手県釜石市での公演から宮城県塩竈市と東京でも開催された©Reborn-Art Festival
宮沢賢治役の満島真之介氏 ©Reborn-Art Festival
妹・とし子役のSalyu氏 ©Reborn-Art Festival
川蟹の兄役(左)のコムアイ氏(水曜日のカンパネラ)と、弟役(右)のヤマグチヒロコ氏 ©Reborn-Art Festival
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石巻市総合体育館で催されたライブ「転がる、詩」も、音楽イベント以上の意味があった。というのも、この体育館は震災直後、遺体の安置に使われていた場所だ。そのような場所を会場に選んだのは、震災を忘れないで欲しいという想いがあったからだ。

「『今、石巻でやるべきライブだった』と、僕や演者だけでなく、観客の皆さんも思ってくれたに違いない」と小林氏は述べる。

「音楽を楽しんでもらうだけでなく、何かに気づいてもらったり何かを考えてもらうことができたと実感しています。『新たな幕を開けたね、扉を開いたね』という感想もいただきました」
「会場の全員で作り上げたライブだった」と小林氏は充実感を語ってくれた ©Reborn-Art Festival
櫻井氏はMr.Childrenの名曲を熱唱 ©Reborn-Art Festival
エレファントカシマシの宮本浩次氏もパワフルな歌声を披露 ©Reborn-Art Festival
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第3回は、震災から10年となる2021年に開催される予定だ。「被災地が元に戻ったという感覚はありません。現に、震災前と比べて大きく変わっています」と小林氏は語る。それでも、Reborn-Art Festivalによって、石巻には市外から大勢の人々が訪れることになった。会期中の活気に溢れた様子からは、かつての賑わいが戻ったかのように思えた。
2017年~毎年開催している「リボーンまつり」オリジナルの盆踊り「リボーン音頭」を踊る ©Reborn-Art Festival
2017年から毎年開催している「リボーンまつり」。オリジナルの盆踊り「リボーン音頭」を大勢の人が踊る ©Reborn-Art Festival
「過疎化、都市化は日本に限らず世界的な問題ですが、震災以後、そのスピードが加速度的に上がりました。高齢化、過疎化が進んでいく場所において、交流が生まれていくというのは重要なことです。特に若い人は、交流したいという気持ちを本能として持っているのではないでしょうか。信念に近いものとして、私はそう考えています。

もちろん、被災者の方々は、それぞれの痛みを持っているので、表現しにくいこともあります。それでも、この地で表現していくことの余地や可能性はまだまだあると信じています」

Reborn-Art Festivalが生み出す人と人とのつながりによって、石巻はどう変わっていくのか。そして、復興の地・石巻が持つ人と自然とのつながりによって、アートはどのように進化していくのか。これからも注目していきたい。

https://www.reborn-art-fes.jp

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