JOURNEY

相模湾を望む絶景の美術館──
神奈川県立近代美術館 葉山

2019.07.15 MON
JOURNEY

相模湾を望む絶景の美術館──
神奈川県立近代美術館 葉山

2019.07.15 MON
相模湾を望む絶景の美術館──神奈川県立近代美術館 葉山
相模湾を望む絶景の美術館──神奈川県立近代美術館 葉山

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。第12回は、日本で初めてできた公立近代美術館である神奈川県立近代美術館の3番目の建物として、2003年にオープンした神奈川県立近代美術館葉山(葉山館)を訪ねた。

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Masayuki Okamura

潮の香りを感じる美術館

逗葉新道の料金所を下りて、まっすぐ海へ向かう。国道134号線に突き当ったら左折。車で走っていると右手に葉山マリーナの建物が見えてくる。かつては宿泊施設もあり、ユーミンが夏になるとリゾートライブをやっていたところだ。
今回、神奈川県立近代美術館 葉山へのドライブの相棒には、レクサスES300hを選んだ
今回、神奈川県立近代美術館 葉山へのドライブの相棒には、レクサスES300hを選んだ
そのまま葉山御用邸方面へ車を走らせる。森戸海岸、真名瀬海岸、芝崎海岸、三ヶ下海岸を過ぎると、瀟洒な建物が見えてくる。それが葉山館だ。

葉山マリーナから同館に着くまでの道はすばらしい。右手に広がるのは相模湾、はるか沖には伊豆半島と富士山が見える。絶景のドライブルートだ。

ただ、夏の間だけは、もやがかかっていて富士山は見えない。海水浴が目当てならば夏に行くべきだし、絶景の道をドライブして美術を楽しみたいのであれば初秋から初夏がいいだろう。
美術館正面入口。反対側に位置する中庭からも入館できる
美術館正面入口。反対側に位置する中庭からも入館できる
神奈川県立近代美術館は日本で初めてできた公立近代美術館で、1951年に、鶴岡八幡宮の境内にある源平池のほとりに鎌倉館が建てられた。

しかし、2016年には「惜しまれながら」閉館している。本当に残念だった。わたしも閉館を惜しんだひとりである。

鎌倉館は古い建物だったけれど、美しい建築物だった(注)。そして、夏の夕方になると池の上を蛍が飛ぶのが見えた。

1984年には鶴岡八幡宮の近くに鎌倉別館ができる。葉山館がオープンしたのは2003年のことだ。

葉山館の目の前は一色海岸で、館の敷地に立っていると、潮の香りを感じる。これほど海に近い美術館は世界でも稀だ。
取材時はコレクション展として「彫刻のある風景」(2019年4月6日 – 6月23日)が行われていた
取材時はコレクション展として「彫刻のある風景」(2019年4月6日 – 6月23日)が行われていた

彫刻作品を大切にする美術館

葉山館には絵画、彫刻、工芸など合わせておよそ1万4000点の作品が所蔵されている。鎌倉館がオープンした戦後すぐからの蓄積がその点数になった。

大半は日本の芸術家の作品であり、絵画のコレクションは岸田劉生の「童女図(麗子立像)」、古賀春江の「窓外の化粧」ほか、松本竣介、麻生三郎の作品が充実している。

加えて、同館が力を入れたのが彫刻、それも野外彫刻である。
エントランス前の広場には野外彫刻作品が複数展示されている
エントランス前の広場には野外彫刻作品が複数展示されている
「当館は開館当初から彫刻作品を大切にしてきました」(学芸員の八木めぐみさん)

同展の解説パネルには、次のように書いてある。

「開館記念展である『セザンヌ、ルノワール展』(1951年)開催に合わせて、オーギュスト・ロダンの《青銅時代》が鎌倉館中庭に展示されました。

また1952年開催の『イサム・ノグチ展』では中庭に《こけし》が作家自身によって持ち込まれるなど、鎌倉館中庭は展覧会に応じてしばし様々な彫刻が展示されていきます。(略)

続いて1984年に開館した鎌倉別館と2003年に開館した葉山館では、ともに開館当初から野外彫刻が設けられています。特に葉山館においては、周辺の環境を考慮したサイト・スペシフィックな彫刻作品を常設しています」
こちらは中庭。すぐ目の前には一色海岸が広がる
こちらは中庭。すぐ目の前には一色海岸が広がる
文中にあるイサム・ノグチの作品、「こけし」は葉山館を入ってすぐの中庭に展示されている。男女が海を背景に並んで立っているもので、ほのぼのとした雰囲気が伝わってくる。

入館者のなかには、中庭に入って来るなり、「カワイー」と叫んで、「こけし」に駆け寄り、像と肩を並べて記念撮影をする……。そんな人も決して少なくないとのことだ。

葉山館が誇る野外彫刻のコレクション

同館のコレクションの中には戦後すぐの作品がある。セメントを素材にしたそれだ。彫刻作品は木、大理石や庵治石(あじいし)などの石、そして、ブロンズが素材として知られている。だが、セメントは珍しいのではないか。学芸員の八木さんは次のように解説する。

「戦争中、物資が不足してさまざまな彫刻が接収されました。戦前の日本における『彫刻のある風景』は戦中、戦後の一時期は、なくなったのです。

そして、戦後、あらためて野外に彫刻が置かれていくようになったのですが、その時、安価で造形しやすいセメントが素材として選ばれました。

ただ、その後、酸性雨などの影響もあり、セメントは屋外では汚れたり、ひびが入ったりすることが分かりました。ですから、今では使われる機会が減りました」

セメント素材を使った同館のコレクションのうち、印象的なのが森堯茂(もり たかしげ)の「作品」と毛利武士郎の「手の中の眼」だろう。
森堯茂「作品」1960年 セメント 神奈川県立近代美術館蔵(写真中央)
森堯茂「作品」1960年 セメント 神奈川県立近代美術館蔵(写真中央)
「作品」はセメントでできた棒状素材を組み合わせた塔のような彫刻。近寄ってみると、セメント素材には小さな亀裂が入っているし、全体の色もくすんでいる。セメントは意外にもろい素材なんだなと感じる。

ただ、時間が経ち、素材が変色・変化したことが、作品に趣を与えている。色がくすんだセメント作品を見ていると、「世の中に永遠の物、普遍の物はない」という当たり前のことをあらためて認識する。

「手の中の眼」も変色しているが、こちらは素材の変化よりも、造形に目が行く。造形のなかに物語性を感じさせる作品だ。
毛利武士郎「手の中の眼」1955年 セメント 神奈川県立近代美術館蔵
毛利武士郎「手の中の眼」1955年 セメント 神奈川県立近代美術館蔵

散策路の野外彫刻

「彫刻作品の見方を教えてください」

絵画ならば形、色、精神性などを見つめる。誰でも普通にそうしている。しかし、彫刻の場合はどこからどのように眺めればいいのか。

わたしの問いに対して、八木さんは答えてくれた。

「正面からだけでなく、ぐるっと周りをまわって、いろいろな角度から見ていくと発見がありますよ。また、彫刻が作った影に注目する人もいます。野外彫刻であれば太陽の位置によって影の形も変わりますから、そういうところを見るのもいいですね。

当館には野外の散策路があり、18作品を展示しています。散策路に入るのは無料です。相模湾を望むとても気持ちのいい散策路ですから、そこでふと出会った作品を見ていると楽しくなるんじゃないでしょうか」

館を出て、一色海岸の方へ歩いていくと、一周10分ほどの散策路が設けられている。手入れの行き届いた芝生や、アカマツと竹の林のなかを歩いていると、波の音が聞こえてくる。晴れていれば、むろん富士山が見える。

彫刻を見なくとも、海を眺めているだけで時間が過ぎてしまう。
西雅秋「大地の雌型より」(部分)2003-5年 コンクリート型抜き 神奈川県立近代美術館蔵
西雅秋「大地の雌型より」(部分)2003-5年 コンクリート型抜き 神奈川県立近代美術館蔵
散策路の途中、海岸のすぐそばにある作品が「大地の雌型より」(西雅秋)だ。葉山の海で使われていた木造の漁船にコンクリートを流し込んで、型を外したものが作品となっている。ふと見ると、漁船を裏返しにして置いてあるのではと錯覚してしまう。海の近くにある美術館ならではの作品だ。

「大地の雌型より」の隣には耳の形を模したプレートが埋まっている。その上に立って、耳をすませば波の音がはっきりと聞こえてくる。サウンドアートと呼ばれるもので、「点音(おとだて)」(鈴木昭男)という作品だ。
鈴木昭男「点音(おとだて)プレート・葉山(神奈川県立近代美術館 葉山館)」
鈴木昭男「点音(おとだて)プレート・葉山(神奈川県立近代美術館 葉山館)」(3点組のうち) 2012年 コンクリート 神奈川県立近代美術館蔵
実際は、そのあたりで耳をすませばどこでも同じボリュームで波が寄せる音、砕ける音が聞こえてくるのだけれど、プレートの上に立つと、集中力が高まる。言われたとおりにやってみるのがこの作品を味わうコツだろう。
  
正面入口付近にあるのが『愛の泉』(ホセイン・ゴルバ)。一本の立ち木のような鋳造物の上に、ボウル状のものが載っていて、水が飲めるようになっている。そのなかにあるのは2人の人物の顔だ。作者はイラン出身の現代美術家で、現在は日本で制作をしている。
ホセイン・ゴルバ「愛の泉」1993-7年、2004年 鋳造 ブロンズ 神奈川県立近代美術館蔵
ホセイン・ゴルバ「愛の泉」1993-7年、2004年 鋳造 ブロンズ 神奈川県立近代美術館蔵
11
彫刻作品なのだけれど、ちゃんと水が飲める。その日の散策の最後にあったので、ついつい水を飲んでしまう。

さて、わたしは散策路を一周した後、もう一度、「大地の雌型より」がある海岸に戻った。あまりに富士山が美しく見える日だったので、眺めることにしたのである。
天気のいい日には中庭や散策路から富士山を眺めることができる
天気のいい日には中庭や散策路から富士山を眺めることができる
そこで思ったことは……。

葉山館で見たものの中で、圧倒的に迫力があったのは実は館から眺める富士山の姿だった。富士という山の姿は日本人の心を打つ。晴れた日に富士山を眺め、そのうえに、いくつもの芸術作品を鑑賞できるのだから、葉山館は幸せを感じる美術館だ。
今回は神奈川県立美術館 葉山館より車で5分程度のところにあるイタリアンレストラン「ピスカリア」に立ち寄った
今回は神奈川県立美術館 葉山館より車で5分程度のところにあるイタリアンレストラン「ピスカリア」に立ち寄った
地元佐島の新鮮な魚介を使ったシチリア料理で人気が高い。写真は人気メニューの「真いわしとフェンネルのスパゲッティ」
11
(注)建築家・坂倉準三氏が設計した神奈川県立近代美術館旧鎌倉館の建物は、2016年の閉館後、取り壊されることになっていたが、鶴岡八幡宮は日本近代建築の傑作とも評されるこの建物を継承することを決定。2019年6月8日に「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」としてオープンした。

神奈川県立近代美術館 葉山
神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
Tel. 046-875-2800
開館時間 : 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 : 月曜日・展示替期間・年末年始
※月曜日が祝日、振替休日の場合は開館
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/hayama

ピスカリア
神奈川県三浦郡葉山町堀内918-20
Tel. 046-802-8388
営業時間 : 12:00~14:00(ラストオーダー)
     18:00〜21:00(ラストオーダー)
定休日 : 月曜日・第1火曜日・第3火曜日

この記事はいかがでしたか?

ご回答いただきありがとうございました。

RECOMMEND

LATEST