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CULTURE

教室で違和感を抱えていた高校生は今 ──
詩人・文月悠光

2019.06.19 WED
教室で違和感を抱えていた高校生は今 ── 詩人・文月悠光

さまざまな世界で活躍するミレニアルズに注目し、彼らがどんな人や物事に影響を受け、何からインスピレーションを得ているのかを探る連載企画。今回は、10代の頃から才気を発揮してきた詩人・文月悠光氏に話を聞いた。

Text & Edit by lefthands
Photographs by Isamu Ito(lefthands)

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職業詩人という挑戦

「詩人」という言葉は、昔から職業を表すよりも「詩を書く人間」を指す意味で用いられてきた。そもそも、詩人として生計を立てていくことは難しい。例えば、萩原朔太郎や中原中也、あるいはアルチュール・ランボーなど、学校の教科書に載るような著名な詩人でも、詩だけで生計を立てることができなかったという。そういった意味では、まだ20代の若さで詩人を職業としていこうとする文月悠光氏の挑戦は果敢だ。
文月氏の著作は詩集・エッセイ集合わせて現在5冊にも上る
文月氏の著作は詩集・エッセイ集合わせて現在5冊にも上る
文月氏が詩を書き始めたのは10歳の頃。もともと一人で文章を書いたり絵を描いたりするのが好きな子どもだったという。そして中学2年生の終わりごろから、詩の雑誌「現代詩手帖」に投稿するようになる。2008年には、1年で最も優れた詩を書いた新人に贈られる「現代詩手帖賞」を史上最年少となる16歳で受賞。さらに翌年、高校3年生にして発表した第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』で中原中也賞を受賞し、詩人としての華やかなスタートを切った。

若手詩人の登竜門であるこの賞を史上最年少となる18歳で受賞したことにより、「文月悠光」の名は詩の世界だけでなく、広く世間に知られることとなる。詩をより多くの人に知ってほしいという想いを抱いて活動を続ける文月氏は、日頃何を見つめ、どんな想いを詩に託しているのだろうか。

「家と学校の往復が、日常のすべてでした」

「人と話していても、うまく表現しきれなかったり、本当に伝えたいニュアンスを届けられないことが多かった」と言う文月氏。「でも書き言葉だと、それを十二分に伝えられるという気持ちが昔から強かった」。そんな氏が詩を書き始めるきっかけになったのは、ある本との出会いだ。

「『くずかごの中の詩(うた)──都立代々木高校のある青春』という、高校の校長先生が書かれた本を読んだのがきっかけでした。生徒のポエムが小詩集の形で入っているのですが、高校生の男の子が書けるのなら、子どもの自分も書けるかもしれないと思い、筆を執ったのが始まりです」

14歳から17歳までの間に書いた詩を収めた第一詩集は、主に学校での出来事が題材になっている。

「その頃は家と学校の往復が、日常のすべてでした。作品の世界も自分の世界と近い方がいいという考えがあり、先生や友だちの言葉などに触発されて書いていました」

例えば、第一詩集の巻頭詩「落花水」にある「あるとき、筆にさらわれて/ぽっと街へ落とされたなら、/風で膨らむスカートのように/私は咲いてみせよう」といったフレーズには、10代のみずみずしい感性が感じられる。

文月氏の書く作品は、日常的な問題について提起しているものが多い。第二詩集『屋根よりも深々と』のあとがきには、「詩は紙の上に在るのではなく、日常の中で心に芽生えるもの、目撃してしまう一つの現象だと思う」と記している。氏にとってのインスピレーションの源は、常に身近にあるのだ。
10代から詩を書き続けてきた文月氏。詩集はこれまでに3冊刊行されている
10代から詩を書き続けてきた文月氏。詩集はこれまでに3冊刊行されている

「共感や発見、思考を促すようなものを書きたい」

一方で、文月氏は「学校という場所になかなかなじみきれなくて、その違和感を詩に書いていた」とも語る。第一詩集の表題詩「適切な世界の適切ならざる私」には、「ブレザーもスカートも私にとっては不適切」と、氏の苦悩が端的に表現されている。「生きる意味は/どこに落ちているんだろう」(「天井観測」)とさえ書きつけたほどだ。

しかし、そういった学校になじみきれない違和感を詩に書くことによって、結果として、同じ悩みを持つ読者と問題意識を共有することとなった。

「この身体で何ができるのか、何をするべきか/本当のことは誰も知らないようだった」(「天井観測」)

胸に突き刺さるような一文だが、ここに書かれるような想いを、実は多くの人が抱えている。「私の主張を押し付けたいわけではなく、一緒に考えませんか、こういう悩みってありますよねと、共感や発見、思考を促すようなものを書きたい」。

文月氏は、そうした違和感を詩やエッセイに書くことによって、同じ悩みを持つ読者とつながる回路を見つけたのである。
読者と一緒に考えたいという文月氏のスタンスは、特に2冊のエッセイ集に表れている
読者と一緒に考えたいという文月氏のスタンスは、特に2冊のエッセイ集に表れている

「変わっていくことを恐れずにいたい」

もっと詩を多くの人に知ってほしい、身近な存在として感じてほしい。それが文月氏の活動の中心にある想いだ。一般的に、「詩」というジャンルに対してなじみにくさを感じている人は多いのではないか。文月氏は、それが詩に触れる機会が少ないからではないかと考えている。

「詩の授業は、だいたい学期の終わりに教科書で少し触れるだけというような印象ではないでしょうか。詩に触れる機会があって、詩を好きになる選択肢が用意されていれば、好きな人はもっと増えると思います」

氏は、現在カルチャーセンターで詩の講座を担当している。講座には、初めて詩を書く人もいれば、学生時代からずっと一人で書いていて、誰かに読んでもらったことがないような人もいるという。それぞれに孤独感を抱えていたり、自分の世界を分かってほしい、ゆるやかに周囲の人とつながりたいと願っている。

「そんな想いをかなえられる場所をつくりたい」と文月氏は語る。高校生の頃、一人で詩を書いてきたという文月氏ゆえの発言だろう。授業では、受講生に詩の書き方を教えるというよりも、本人が何を書きたいのかを一緒に考えるというスタンスを心がけているという。それは、作品においても自分の想いを読者に押し付けるのではなく、共感や発見を喚起させることを目指しているという氏の信念に通じる。
第一詩集の上梓が今から10年前。まだ20代にもかかわらず詩人として輝かしいキャリアを積んできた文月氏
第一詩集の上梓が今から10年前。まだ20代にもかかわらず詩人として輝かしいキャリアを積んできた文月氏
「詩が好きだからこそ、変わっていくことを恐れずにいたい。詩を生かしたい、詩に生かしてもらいたい」(『屋根よりも深々と』のあとがき)という想いで書き続けてきた文月氏。詩人としての出発点ともいえる現代詩手帖の2019年1月号に寄せた近作「赤い夜」には、以下のように記されている。

「何度呆れ、諦めても/私は私の密度を失わないと/信じてみようか」

かつて教室で違和感を抱えていた高校生は、自身と同じ想いを持つ人たちとの交流を重ね、詩人として進化し続けている。

http://fuzukiyumi.com
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