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均質化するこれからの時代にこそ本の真価がある
──ブックディレクター幅允孝

2019.06.05 WED
均質化するこれからの時代にこそ本の真価がある──ブックディレクター幅允孝

ブックディレクターとして、“本のある場”を主戦場に活躍しつづける選書集団BACH代表の幅允孝氏。本が売れないとされる昨今だが、「むしろこれからが本の時代」だと語るその理由に、幅氏のクリエイティビティの源泉があった。

Edit & Text by Keisuke Tajiri
Photographs by Daisuke Abe(bird and incect)/Portrait

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本が売れなくなる瞬間を目の当たりにした時代

ブックディレクターの第一人者として数多くのプロジェクトを手がけるBACH代表の幅允孝氏。その経歴を簡単に辿ってみよう。

慶應義塾大学卒業後、放浪の旅を経て幅氏が最初に就職したのが「青山ブックセンター」。デザイン・建築の棚を担当するも、当時はアマゾンの台頭により本屋へ足を運ぶ人たちが減っていった時代で、幅氏自身も売上が落ちていくのを目の当たりにする。

そこで「黙っていても本屋に人が来る時代から、人がいるところに本を持っていかないと伝わらない時代になる」と感じた幅氏は書店を退職。そのとき執筆の仕事もしていたことから、雑誌『平凡パンチ』や『POPEYE』などの名編集者として知られる石川次郎氏に声をかけられ、彼のもとで編集者としてのいろはを学んでいく。
近年は本のディレクションだけでなく、持続的に場が保たれる書棚の設計も手がける幅氏
近年は本のディレクションだけでなく、持続的に場が保たれる書棚の設計も手がける幅氏
このとき石川氏の会社に舞い込んできたのが「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」のオープンにおける選書の依頼だった。当時の書店といえば、ベストセラーや漫画などの売れ筋を中心とした商品構成をとることが当たり前だった時代。選書を担当することになった幅氏は、デザインや建築、アート、旅、食など、縦横無尽なジャンルから編集する切り口で書棚を構成していった。

すると、その前例のない書棚づくりが注目を集め、ファッションブランドやセレクトショップやホテルなど、従来は本がなかった業界からも同様の依頼が舞い込んでくるようになる。

このとき石川氏からかけられた言葉が、今でも幅氏のクリエイティビティの軸になっていると話す。

「立ち上げのときに自分の好きなマニアックな本ばかりを集めようとしていたんです。そうしたら『細かなトリビアもいいけれど、みんなにわかりやすく広く伝えることが重要』と言われてハッと気付かされました。つい深い世界を掘ってしまいがちな自分にとって、今でも大切にしている言葉ですね」
本が整然と並ぶ事務所内。「会社を拡大するのではなく、あくまでアトリエ的な感覚として運営しています」
本が整然と並ぶ事務所内。「会社を拡大するのではなく、あくまでアトリエ的な感覚として運営しています」

ブックディレクションに収まらないクリエイティブのあり方

現在ではさらに活動の幅はひろがり、「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」の店舗コンセプト作りや、新潟の老舗酒蔵である青木酒造の300周年記念事業のプロデュース、そしてこの4月に発表された新ヘアケアブランド「余[yo]」の企画ディレクションなど、一見するとブックディレクションとは縁遠いプロジェクトを手がけている。しかしこれらも本を軸足に据えた展開だと幅氏は話す。
白川静の漢字学からインスピレーションを受けてネーミングされたヘアケアブランド「余[yo]」
白川静の漢字学からインスピレーションを受けてネーミングされたヘアケアブランド「余[yo]」
「『余[yo]』の名付けには、白川静氏の漢字学から着想を得ています。青木酒造の創業300周年も、特別ボトルや映像、WEBサイトも作りましたが、元は江戸中期に雪国生活を紹介し当時のベストセラーになった鈴木牧之の『北越雪譜』という本から得たアイデアがベースになっているんです」

年間およそ7万タイトルの新刊が書店に並び、これまでに出版された本や海外のものまで加えると世に存在する書籍の数は無数ともいえる。本のもつメッセージ性をプロジェクトのコンセプトに当てはめて代弁させることで、幅氏の仕事はブックディレクションから店舗プロデュースまでシームレスにつながっていくのだ。
坂茂氏設計によるKIDS DOME SORAIでは、「子どもが読むべき本」の概念を崩した選書に
坂茂氏設計によるKIDS DOME SORAIでは、「子どもが読むべき本」の概念を崩した選書に
「僕の目的は本を売ることではありません。本という誰かの言霊から得られるアイデアや動かされる感情、体験に興味があるんです。ウェブが主流になった今では、読み手も書き手も手軽に文字と触れられるようになり、間違いがあればすぐに修正もできるので便利な時代になったと言えます。つまり、電子のテキストは常にリライト可能で終わりがない。
一方、紙の本は出版後には基本的に修正ができませんので、ファクトチェックはもちろん、一文字さえも間違えることがないよう推敲に推敲を重ねて精度を極限まで高め、書籍という有限の物質のなかにすべてを収めていくことになります。すると本には作り手の奇妙とも言える怨念のようなものが込められ、説得性が増していくのです。ここから僕は思考とアイデアのヒントを感じ取って、現代の人にも届く何かに変えてみなさんにお届けしているつもりです」

これから本のもつ価値があがっていく

絶え間なくプロジェクトの依頼が舞い込み、多忙を極める幅氏。スマートフォンをはじめとしたデバイスや、情報、サービスが多様化し、人々の日常生活においてそれらによる時間の奪い合いが起きている昨今だが、幅氏も同様に「意識しなければ読書する時間は減少し続けるでしょう」と話す。そんな時代において今後、“読書のジム化”が起こるかもしれないと幅氏は推察する。

「本来、運動だってお金をかけずにどこでもできるものですが、現代の人々はジムにお金を払うことで時間を確保する理由を作っていたりしますよね。同じように、これまであったはずの読書の時間も、ほかのものに代替されるようになり、最近では入場料を払って読書する空間ができていたりします。つまり、本を読む時間の確保にお金をかけないと、本を読む機会がなくなっているということです」

とはいえ、幅氏の活動の原点となる読書は、今でも欠かすことのできない大切な時間だという。慌ただしいライフワークを送る人にとって、幅氏は自身と同じように併読を勧める。

「4冊ほどを常にバッグに忍ばせて、その時の気分に合わせて本を手に取ることでストレスなく読み進めていくことができます。今夜の夕飯を選ぶように。でもそうすると、進まない本も必ず出てきます。けれど、それらも、もう読まないかもしれないと思う本でも手放さず、例えばトイレに『未だの本棚』をつくってストックしておくんです。すると、ふとしたタイミングで読めるときもある。焦らず、騒がず。実際、この世に読まなきゃいけない本なんて1冊もないのですから」
「自宅のソファでワイン片手にくつろぎながら本を楽しんでいます」と幅氏
「自宅のソファでワイン片手にくつろぎながら本を楽しんでいます」と幅氏
本を単なる読み物として捉えるだけではなく、クリエイティブの源泉として、またコミュニケーションツールとして考えたことで、その可能性を広げてきた幅氏。

これからさらにテクノロジーが発達することで社会の最適化が進むとされる一方で、均質化された無味な情報が多くを占めるとも言われている。そのなかで、幅氏は著者の内面に潜んでいる情愛や偏愛が詰め込まれた本からアイデンティティを感じ取り、クリエイティビティへとつなげている。

「本が売れないと叫ばれていますが、個性を必要とする現代ではむしろこれからが本の時代と言えるかもしれません。ネットを中心としたフロー型の情報は泡のようにすぐ立ち消えてしまいますが、本はずっとそこにあって、いつまでも待ってくれますから。結果、これまでよりも相対的に価値をもつようになるのではないでしょうか。シンギュラリティの時代が訪れたときに人間が果たすべきことって、偏った熱情を持つことだと思うんですよね」
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