JOURNEY

都市と自然という日常風景から、
見たことのない写真を撮る──
写真家、水谷吉法

2019.05.17 FRI
JOURNEY

都市と自然という日常風景から、
見たことのない写真を撮る──
写真家、水谷吉法

2019.05.17 FRI
都市と自然という日常風景から、見たことのない写真を撮る──写真家、水谷吉法
都市と自然という日常風景から、見たことのない写真を撮る──写真家、水谷吉法

さまざまな世界で活躍するミレニアルズに注目し、彼らがどんな人や物事に影響を受け、何からインスピレーションを得ているのかを探る連載企画。今回は、若くして世界に認められる写真家、水谷吉法氏にインタビューした。

Text by lefthands
Photographs by Takao Ohta

就職活動の挫折、そして写真との出会い

少年時代はサッカーに明け暮れる日々だったという水谷吉法氏。写真とは無縁の人生を過ごしていた彼に転機が訪れたのは、東京で大学生活を送っていた頃。3年生の終盤に始まった就職活動に挫折してしまい、地元・福井へ帰ることすら考えていた。

そんな彼は、ある日、古本屋で見つけたアメリカのビート・ジェネレーションの中心的作家、ジャック・ケルアックの本に感銘を受ける。この作家の書いた本を追っていくうちに辿り着いたのが、現代を代表する写真家、ロバート・フランクの『The Americans』。この写真集に序文を寄せたケルアックが、写真の世界に水谷氏を導いた。

卒業直後に実現した海外展示

もともと「口下手で人見知り」という水谷氏は、自分を表現する最適な手段として、「言葉よりも多くを物語る」写真を見出した。写真との運命的な出会い以来、常にカメラを持って外出し、休みの日も写真のことばかり考えるという写真漬けの毎日を送り続ける。

大学卒業後は東京綜合写真専門学校に入学。当時はまだ今ほど世に広まっていなかったFlickrやTumblrなどのSNSを活用し、自分の撮った写真を定期的にアップした。結果、国境を越えて海外のユーザーからも反響があり、モチベーションを上げてくれたという。

写真学校を卒業してすぐの2013年秋に、氏は「JAPAN PHOTO AWARD」を受賞する。「30歳くらいまでに写真集を作りたいと漠然と考えていました」と述懐する彼は、ここから写真家としての階段を一気に駆け上がっていく。その大きなきっかけとなったのは、日本の若手写真家を支援する写真展「LUMIX MEETS JAPANESE PHOTOGRAPHERS 9」への参加だった。

東京だけでなく、アムステルダムとパリでも展示を行った同展で、海外の専門家からも直接自分の作品への評価を聞くことができた。この経験によって氏は写真家として身を立てる決心がついただけでなく、それまで以上に海外を強く意識するようになったという。
水谷氏の写真集と愛用するライカのカメラ
水谷氏の写真集と愛用するライカのカメラ

海外から逆輸入された「Yoshinori Mizutani」の評価

水谷氏がまだ写真学校に通っていた頃、SNSに投稿されている写真を見たというニューヨークの小さな出版社「The Magic Issue」から、作品を掲載したいという連絡を受ける。

実際に『Gypsé Eyes magazine』という雑誌に作品が掲載されたのを見て、彼は自分から海外に売り込んでみようと思い立つ。機械翻訳を駆使しながら、スイスの出版社に写真集の企画を提案したところ、見事に出版が実現。

また、オランダの「Foam Magazine Talent Call 2014」を受賞したり、「LensCulture Emerging Talents 2014 Top 50」に選ばれるなど、海外での活躍によって「Yoshinori Mizutani」の名が、祖国である日本でも知れ渡ることとなった。
水谷氏の写真集。一番上は『YUSURIKA』
水谷氏の写真集。一番上は『YUSURIKA』

カメラの世界を一変させた技術革新

SNSの活用以上に水谷氏が写真家として現代的といえる要因は、先端技術を積極的に用いている点にある。実際、氏は写真学校の授業の主軸がフィルムカメラからデジタルカメラへと移行したのちの最初の世代だ。

デジタルへの移行は写真の世界を一変させた。フィルムが必要なくなり、また現場で写真を確認できるという利便性だけでなく、機器自体の表現力も加速度的に進化してきた。

そして、もうひとつカメラの在り方を激変させたものがある。それは、携帯電話やスマートフォンの存在だ。「ケータイ」の普及によって、誰もが撮りたい時に撮りたいものを撮れる時代が訪れた。地図や店の情報、あるいは個人的な日記に至るまで、あらゆる物事が写真によって表されるようになり、結果として街は写真によって消費されるようになった。

それだけでなく、ガラケーやスマホの場合、縦長で撮ることが多くなるが、そういった特質は写真の在り方にも影響を与えることとなる。実際、水谷氏にとって初めての自分のカメラは携帯電話だったそうだが、現在でも氏の写真に縦長のものが多いのは、「ケータイ」の原体験がその根元にあるからではないだろうか。

「都市」と「自然」が作品テーマ

人々がスマホで自分の日常を撮るように、水谷氏もまた作品のテーマは日常的なものが多い。彼が見たり聞いたり感じたりしたものや、ネットのニュースで見聞きした物事が題材として多用されている。

東京が撮影場所になることが多いのも、都内に住んでいる彼にとっての日常がそこにあるからだ。つまり、見ているもの自体は我々と変わらない。しかし、彼の写真家としての才能は、何を見るかではなく、物事をどう見るかという点にある。
取材中も折に触れてシャッターを切っていた水谷氏
取材中も折に触れてシャッターを切っていた水谷氏
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氏の多くの作品に通底しているテーマは、都市と自然だ。一見すると矛盾しているかのようなこのテーマは、例えば彼が日本で最初に出版した写真集『TOKYO PARROTS』に見出すことができる。内容は、世田谷の自宅近くで偶然5羽ほどのインコに出会い、そのすみかを突き止めて撮影した写真で構成されている。

野生化したインコがいるというのは、東京に住んでいる人ですらなかなか知らない事実だ。都市の中にありながら、我々の気づかない自然がそこにはある。氏は、「身のまわりを注意深く観察し、作品テーマを決め、撮る」ことを心がけているのだという。
『TOKYO PARROTS』(2014年)
『TOKYO PARROTS』(2014年)
『TOKYO PARROTS』(2014年)
『TOKYO PARROTS』(2014年)
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もうひとつ、氏の題材の都市という面で注目したいのは、彼が東京の「過剰さ」を独特の観点から切り取っていることだ。
2014年から2015年にかけて撮られたシリーズ『Rain』
2014年から2015年にかけて撮られたシリーズ『Rain』
「東京は人や物が過剰にあって、色が溢れています」と氏は語る。『Rain』というシリーズ用に撮られたこの写真は、そんな彼の着想源となっている東京の過剰さが如実に表れた作品といえる。

普段見ているものを、見える通りではない姿で写す

『Rain』をどうやって撮影したのか水谷氏に訊いたところ、非常に興味深いエピソードが返ってきた。

「ロケーションハンティングを兼ねて、撮影場所をGoogleマップで眺めていた際にこのアイデアを思いつきました」

街の中でも、特に往来の多い交差点にはさまざまな人や物が集まる。そんな場所を鳥瞰すると、これほどまでに見え方が違ってくるのだ。
同じく『Rain』より
同じく『Rain』より
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普段何気なく行き来している交差点も、いつもとは異なる視点と技術のもと撮影することによって、思いがけない風景となる。その一助となったのが、Googleマップという現代を象徴するツールであるという点も、非常に時代性を感じさせる。

技術の応用という氏の発想は、2018年に出版された『HDR_nature』からも見て取れる。露出を変えながら複数枚の写真を撮影し、それらを合成することによって、肉眼での見え方に近い一枚に仕上げるHDR(ハイダイナミックレンジ合成)が用いられた本作。

HDRはスマホのカメラにも搭載されている機能であり、我々も無意識のうちにこれを利用している。しかし、氏はわざとカメラを動かして撮影し、ブレた瞬間のイメージを複数枚撮影。それらを自動的に組み合わせ、思いがけない写真が生まれるのを意図的に狙うのだ。
『HDR_nature』(2018年)
『HDR_nature』(2018年)
『HDR_nature』(2018年)
『HDR_nature』(2018年)
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最後に紹介したいのは、2015年出版の『YUSURIKA』。こちらも我々が普段、川や池のそばなどで目にするユスリカが題材だ。蚊柱をつくるその姿が、ストロボの光によって幻想的に写されている。
『YUSURIKA』(2015年)
『YUSURIKA』(2015年)
『YUSURIKA』(2015年)
『YUSURIKA』(2015年)
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水谷氏の作品は、東京ミッドタウン日比谷にある「LEXUS MEETS...」にも展示されている
水谷氏の作品は、東京ミッドタウン日比谷にある「LEXUS MEETS...」にも展示されている
水谷氏の作品は、東京ミッドタウン日比谷にある「LEXUS MEETS...」にも展示されている
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水谷氏の作品における個性は、日常を写すことにあるのではなく、日常の切り取り方にこそある。それを可能にしているのは、普段から身のまわりの物事に注意を払うことで養われてきた卓越した洞察力だ。

そしてもうひとつ重要なのは、アイデアである。いたずらに新しい技術に頼るのではなく、既成概念にとらわれない使い方を工夫することによって、人が普段見ている風景をまったく別の姿に変えてしまうのだ。

氏のように毎日カメラを持って撮り続けることはできないとしても、彼の写真からものの見方を学ぶことはできるだろう。なぜなら我々もまた、スマホのカメラ機能だけでなく、「自分自身の目」という世界を写す術をもっているのだから。

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