ART / DESIGN

ミラノの直営店で手に入れた
ヴァレクストラのアタッシェケース

2019.05.10 FRI
ART / DESIGN

ミラノの直営店で手に入れた
ヴァレクストラのアタッシェケース

2019.05.10 FRI
ミラノの直営店で手に入れたヴァレクストラのアタッシェケース
ミラノの直営店で手に入れたヴァレクストラのアタッシェケース

仕事柄、世界中のさまざまな逸品に触れる機会が多い中村孝則氏。本コラムでは、かつてイタリアの皮革ブランドの取材中、ミラノで偶然見つけ一目惚れしたという、イタリアの高級ブランド「ヴァレクストラ」のアタッシェケースについて綴る。

Text by Takanori Nakamura
Photographs by Masahiro Okamura

フランスの「エルメス」、イタリアの「ヴァレクストラ」

これは、1996年にミラノで購入した、「ヴァレクストラ(Valextra)」のアタッシェケースである。当時、ファッション雑誌に依頼されて、ライターとしてイタリアのブランドを取材した際に、ミラノの直営店で偶然に見つけたものだ。ヴァレクストラは、その頃から「フランスのエルメス、イタリアのヴァレクストラ」と言われ、現地イタリアのファッション業界の人びとの間ですら別格の扱いであった。

その取材では、小さなブランドも含め、かなりの皮革製品を手に取ったが、このアタッシェケースの美しさは際立っていた。このたたずまいの凜とした様はどうだろう。歪みのない枠組みに浅いシボの入ったカーフレザーの薄皮でピシッと面取りがされ、エッジ部分の折り目も緩みがない。何より、ヴァレクストラの代名詞となっている琥珀色のボディカラーに、グリーンのステッチという組み合わせの、なんと艶やかなことか。
「ヴァレクストラ(Valextra)」のアタッシェケース
中を開けると、内側にはチンギャーレと呼ばれる猪豚の皮革が張られ、2層の書類ポケットの他にカードホルダーやペンホルダーまで備えていて、やはり外と同じでグリーンの糸のステッチが施されている。こんな贅を凝らしたアタッシェケースが世の中にあるのかと、驚いたものである。

案の定というか、価格も相応なもので、身の程知らずと思ってはいたが、迷った挙げ句に購入してしまったのである。購入当初は、原稿や手書きの絵コンテなどを詰めて、出版社やクライアントに持参したが、今ではなかなか登場機会が少なくなってしまった。
中を開けた「ヴァレクストラ(Valextra)」のアタッシェケース

アタッシェケースには演出的な価値もある

もっとも、ヴァレクストラに限らず、ペーパーレスかつ軽量・コンパクトが好まれるこの時代に、アタッシェケースというのは、以前も小欄で書いたペーパーウエイトと同じように、陳腐化の象徴のような存在なのかもしれない。

そんなアタッシェケースに、価値を見出すとすれば、施錠を外して蓋を開け、おもむろに書類を取り出す、その動作の手順にあるのだろう。プレゼンの資料や見積書だって、丁寧に取り出す動作に、その思いを込めることだってできるのではないか。アタッシェケースには、そうした演出的な価値もあることを見直してもいいと思う。

ちなみに、現在ヴァレクストラでは、このアタッシェケースは定番からは外れているようで、ウェブ上のカタログにも掲載されていない。秀逸なデザインなので何らかのかたちで復活してほしいと願っている。

アルチザン的存在から国際的なラグジュアリーブランドへ

ヴァレクストラは1937年にミラノで創業したが、そのアイテムの幾つかは歴史的なベストセラーになっている。「24時間バッグ(24 Hour Bag)」という名前のメンズのバッグは、1954年に「Compasso d'Oro」と呼ばれるイタリアのデザインアワードを受賞しているし、「PREMIER」というバッグは、ニューヨーク近代美術館の永久展示品に選ばれている。

どちらかといえば、アルチザン的な存在だったヴァレクストラが、国際的なラグジュアリーブランドとして舵を切ったのは、2013年のこと。この年、ロンドンに拠点を持つ国際的な投資会社、Neo Investment Partnersが多くの資本を買収すると、世界の主要都市にブティックを開き、グローバルに展開しはじめたのだが、ものづくりのDNAはもちろんのこと、このブランドにふさわしいサービスにも期待したいところだ、なんて偉そうに書いていたら、最近ブティックでお世話になったのを思いだした。

このアタッシェケースには、「シャーロック・ホームズ・ロック」という特殊なキーが付いている。これは鍵ではなくて、左右に3箇所ずつ付いているダイヤル式のネジの回転数を設定することで施錠する、このブランドが特許を持つ画期的なキーシステムである。だが、今回の撮影で久しぶりに引っ張り出したところ、何と自分で設定した回転数を忘れてしまったのである。

そのため、ブティックに持ち込んで施錠を外していただき、事なきを得たのだった。その時「年々物忘れも多くなるだろうから、また回転数を忘れてしまう可能性だってあるはずだ。」と思い、念のためその場合の開け方を尋ねたところ、「それは企業秘密なので、その時はまたいらしてください。」ということだったが、確かにそうだろう。私のようなうっかり顧客のためのバックアップがあることも、こうしたブランドの価値の一つだと、改めて思うのであった。

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