VISIONARYMAGAZINE BY LEXUS

EXPERIENCE

不便や苦労から
クリエイティブを生み出す自由な発想──
建築家、谷尻 誠

2019.04.29 MON
不便や苦労からクリエイティブを生み出す自由な発想──建築家、谷尻 誠

それぞれのフィールドにおいて活躍する第一人者にインタビューし、彼らのクリエイティビティの源泉を明らかにしていく連載企画「Source of Creativity」。今回は、「SUPPOSE DESIGN OFFICE」の共同代表を務める建築家、谷尻 誠氏に話を聞いた。

Edit & Text by lefthands
Photographs by Jun Miyashita

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事務所とカフェの中間としてあるオフィス

谷尻 誠氏が共同代表を務める「SUPPOSE DESIGN OFFICE」は、氏の故郷である広島と東京の2カ所に拠点をもつ。個人住宅から、宿泊施設の「hotel koe tokyo」(東京都渋谷区)や複合施設「ONOMICHI U2」(広島県尾道市)まで、数多くの建築作品で注目を集める同事務所の名声は国境を越え、中国、オーストラリアなど海外でもさまざまなプロジェクトを手掛けている。

東京オフィスは代々木上原駅にほど近い渋谷区大山町にあり、感度の高い若者が集まるスポットとなっている。スタイリッシュなオフィス内に設けられたスタッフ用の食堂を、カフェ「社食堂」として一般開放しているからだ。

建築設計事務所とカフェ、二つの目的の異なる機能を組み合わせたこの空間は、どのようなアイデアから生まれたのだろうか。

「不便でなければ工夫したり考えたりしない」

谷尻氏にクリエイティブの源泉について質問すると、真っ先に返ってきた答えは自身の生家についてだった。

「僕が生まれ育ったのは、大きさは間口4メートル、奥行き20数メートルの町家でした」

氏の生家は、土間が大きなスペースを占めているのが特徴的だった。居間や台所、寝室はそれぞれ土間を挟んで離れ小島のようになっていて、部屋の行き来には靴を履かなければならなかった。家の中であるはずなのに屋外のようでもある土間は、雨が降ると濡れた。

「この家が嫌で嫌で仕方がなかったから、大工になって自分の城を建てることを夢見ていました」と振り返る谷尻氏。この町家こそが、のちに建築家となる自分の原点になっているという。

「嫌いだったはずの実家が、自分にとっては空間を考える基準にしてインスピレーション源になっていることに、後になって気がつきました。いま設計していても、実家の土間のように、外のような中と言うべき空間をつくることが多い。もちろん、行き来で濡れるといった実家で不便だった点は改良していますが。それにインテリアデザイナーと建築家の間、プライベートとパブリックの間といった、明確にどちらでもない中間の存在のことを常に考えるのも、曖昧な空間を持つ町家に育った体験がベースとしてあるのだと思います」

「間」の概念がこの家にあったのだと氏は述懐するが、なかでも一番重要なのは「不便と自由の間」だったという。人は、「不便でなければ工夫したり考えたりしない」と考えるからだ。時に不便さこそが、それを工夫して解消するための自由な発想を促す。見る者を驚かせる氏の設計は、そんな論理に基づいている。
  • 谷尻氏が生まれ育った町家の間取り。五右衛門風呂もある
  • 谷尻氏が生まれ育った町家の間取り。五右衛門風呂もある

既成概念を取り外すということをバスケで学んだ

谷尻氏のクリエイティブにとってもう一つ大きな基礎となっているのは、中学校から始めたバスケットボールだという。高校ではキャプテンに指名された。

「強くなりたい」という一心で部員の練習メニューを考える作業もクリエイティブの一端ではあるが、それ以上に、自身のプレースタイルに工夫を凝らした。

「僕は背が低かったので、その不利を補うために、正確にスリーポイントシュートを打つ機械になれと顧問の先生に言われました」

毎日のたゆまぬ努力によって、練習では100本のうち95本はゴールに入るような高い精度に達するようになった。しかし、実際の試合では相手選手にブロックされてしまう。

「スリーポイントラインというのは、シュートを打つ場所を相手に教えてしまう目印の線でもあることに気づきました」

そこで谷尻氏は、スリーポイントラインからさらに1メートル離れたところに自分自身にしか見えない線を設定して、そこからシュートを打つ練習を始めた。1日300本という練習を積み重ねることによって、次第に試合でも決まるようになる。

この距離から常にシュートを打つ選手はそう多くいないので自由にゴールを狙えるだけでなく、相手チームにはより広い範囲で守備をしなければいけない負担を与えることになる。結果として、ゴール近くにポジションをとる味方選手もプレーしやすくなるというメリットも生まれた。チームは、国体選抜の選考に残るまでに強くなった。

背の高い選手がゴール近くに陣取ってシュートを放つという一般的な方法を疑い、バスケットボールというスポーツをまったく違う視点から捉えることによって、自分たちのスタイルに合った新しい仕組みや方法論を見つけ出した経験は、社会に出てからも谷尻氏の活動の大切な骨子になっているという。

「既成概念を取り外して見るということを、バスケで学んだのです」
得意としたシュート位置は、スリーポイントラインのさらに1メートル離れたエリアだったという
得意としたシュート位置は、スリーポイントラインのさらに1メートル離れたエリアだったという

サラブレッドだらけの建築界で戦っていくには

「建築業界にはサラブレッドが多いんです」と谷尻氏は語る。「有名大学の建築学科に進学して著名な先生の下に学び、卒業後に設計事務所で勤めた後、独立するという人が少なくない」というのだ。

一方、氏は高校を卒業後、専門学校を経て設計事務所に就職、その後独立した。しかし焼き鳥屋のアルバイトで生計を立てていた時期もあるという叩き上げだ。

それでも「そんな大変さも楽しかった」と語る氏は、建築家としてのキャリアを積むにあたって「どこの馬の骨とも知れないヤツが、競馬のG1に参戦するようなものだから、戦い方を考えないといけない」という問題意識を常にもってきたという。

谷尻氏にとっての武器は、全ての設計の着想源になっている自身の生家の存在と、バスケから学んだ物事を俯瞰できる能力だろう。そこから見出したのは「建築の魅力をもっと一般の人に伝えられるようになる」ことだったという。

「建築家というのは社会と切っても切れない関係性をもつ仕事なのに、一般の人には通じないような難しい言葉遣いや表現を使うことが多いとずっと感じていました。だから難しい内容も、もっと誰にでも理解できる言葉に翻訳して、建築の魅力をより広く伝えていくべきだと考えています」

ブレイクのきっかけは、2003年に故郷の広島で設計した個人邸宅「毘沙門の家」

ブレイクのきっかけとなったのは、2003年に故郷の広島で設計した個人邸宅「毘沙門の家」だ。グッドデザイン賞を受賞した同作品によって谷尻氏を見出したのが、建築・インテリア分野専門の写真事務所、Nacasa & Partnersに所属する矢野 紀行氏と同社代表の仲佐 猛氏だった。

矢野氏から「『毘沙門の家』の写真を見た。ぜひ自分にも撮影させて欲しい」と連絡をもらった谷尻氏は、東京出張の際に両氏に会う機会に恵まれた。矢野氏が持参した「毘沙門の家」の資料をその場で見た仲佐氏は、斜面に立つ住宅の斬新な設計の真価をすぐに見抜き、矢野氏に撮影に行くよう指示を出す。のちに矢野氏が撮影した写真がさまざまな雑誌に取り上げられたことによって、谷尻氏のもとに多くの取材依頼が舞い込むようになったという。

そんな出会いも含めて、「人に助けてもらっていることが多い」と語る谷尻氏。「さまざまな人たちが、ところどころで僕を引き上げてくれたんです」。
谷尻氏は、自身のこれまでを「行き当たり“バッチリ”」という言葉で茶目っ気を込めて表現してくれた
谷尻氏は、自身のこれまでを「行き当たり“バッチリ”」という言葉で茶目っ気を込めて表現してくれた

運営の大変さもクリエイティブに変える

現在、注力しているプロジェクトは、実は建築ではなく意外にもアプリなどのプラットフォーム開発だという。なかでもスマートフォンのカメラ機能を使い、空間を飾るインテリアや家具のメーカー・品番といった情報が画面上で可視化されるARアプリを2019年の夏頃リリースする予定だ。

「世の中は便利になったと言いつつ、内実は検索することにかなりの時間を費やしている時代なんです」

この新開発アプリの利用者が増えれば増えるほど情報は拡充し、データもまた蓄積されていく。どのような利用者層がどういった商品を検索しているのかが明確に把握できるので、メーカーが広告を出す際の費用対効果が高いというメリットもあるという。谷尻氏にとっては、ARアプリ自体が新規事業となるのに加え、本体事業である設計にも役に立つという、まさに一石二鳥の取り組みだ。
  • 画面上でインテリア商品の情報が可視化されるARアプリ
  • 商品をクリックすればメーカー名や品番などの詳細が表示される
今後のもう一つの大きな目標は、自社でホテル運営をすることだという。「設計事務所は、建物が出来上がって運営側に引き渡しをした時点で仕事が終わりなので、運営の大変さを知らないんです。いまホテルを企画しているところで、設計・施工・運営まで自分たちでやるつもりです。運営の大変さも含めて、クリエイティブに変えて、自分たちの強みにしてしまおうと思っているんです」。

谷尻氏が発揮するクリエイティビティの根底には、不便や困難を工夫によってアドバンテージに変えていく自由な発想と、それに伴う苦労ですら楽しんでしまう心意気があるのだ。
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