VISIONARYMAGAZINE BY LEXUS

CULTURE

入場料1,500円の書店「文喫」は、
本の未来にイノベーションを起こせるか

2019.04.08 MON
入場料1,500円の書店「文喫」は、本の未来にイノベーションを起こせるか

インターネット販売の拡充と電子書籍の普及により、街の書店が次々と姿を消している。そんななか、入場料を払って入店するという今までにない新業態の書店として注目を集めているのが、2018年12月にオープンした「文喫」だ。立ち上げの背景にある想い、空間演出へのこだわりから、本と書店の未来を考える。

Text by Sachiyo Kamata 
Photographs by Sachiko Horasawa (CROSSOVER)
Edit by Hitomi Miyao

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本を選ぶための最高の環境とサービスを提供

多様な人々が入り混じり、時代に先駆ける新しい価値観を生み出し続けてきた街、東京・六本木。入場料のある書店という画期的なコンセプトを掲げた書店「文喫」が誕生したのは、この街の玄関口である駅前の古いビルだ。この場所は老舗ブックチェーン「青山ブックセンター」1号店の跡地。2017年6月に同店が閉店したことを受け、「街に書店のある光景を残したい」と、国内最大手の出版取次である日本出版株式会社が新業態の書店を立ち上げた。

「書店の閉店は日本各地で相次いでいて、書店がビジネスとして成り立ちづらくなっている危機感を感じます。集客力を上げるために知名度のある飲食店を誘致したり、文具や雑貨といった書籍以外のアイテムも取り揃えた複合施設をつくるというやり方もありますが、もっとシンプルに、本を選ぶためだけに訪れたくなる魅力的な空間を作りたいと思いました」

そう語るのは、同社リノベーション推進部の武田建悟氏。アイデアを模索するなかでたどり着いたのが、有料書店というビジネスモデルだった。美術館や博物館のような感覚で訪れる書店をイメージしたという。
「映画館や美術館に行くのと同じように、わくわく、どきどきする出会いに満ちた場所にしたかった」と武田氏
「映画館や美術館に行くのと同じように、わくわく、どきどきする出会いに満ちた場所にしたかった」と武田氏
「さまざまな本を思い思いに鑑賞し、没頭したり息抜きしたりしながら、意中の一冊と巡り合う……そんなふうに、本を選ぶという“体験”を1日かけてじっくりと楽しんでいただきたい。本と出会うための最高の環境とサービスを提供するために、1500円の入場料をいただくという考え方です」

5つのエリアを自由に行き来し、思い思いに本と向き合う

“文化を喫する、入場料のある書店”というコンセプトを掲げた「文喫」の店内は、一冊の本と巡り合うまでの文脈に沿ってレイアウトされている。約90タイトルの雑誌と企画展で本の世界に誘う“展示室”、約3万冊の書籍をラインナップする“選書室”、食事をしながら寛げる“喫茶室”、一人で読書に没頭できる“閲覧室”、複数人で利用可能な“研究室”の5つのエリアに分けられ、入場料を支払えば好きな場所で何時間でも自由に過ごすことができる。
一般誌だけでなく専門誌も扱い新しい好奇心の扉を開けてくれる。手前のカウンターは企画展関連の書籍が並ぶ
一般誌だけでなく専門誌も扱い新しい好奇心の扉を開けてくれる。手前のカウンターは企画展関連の書籍が並ぶ
選書室の書棚はジャンルこそ分かれているものの、文庫も書籍も分類せず、あえてランダムな陳列にこだわった
選書室の書棚はジャンルこそ分かれているものの、文庫も書籍も分類せず、あえてランダムな陳列にこだわった
「本を読む人はもちろん、本を読まない人にも気軽に足を運んでいただきたいので、1Fエントランスにある展示室は思い切って入場料無料にしました。雑誌棚の扉の中には雑誌の特集内容にリンクした書籍を置くなど、思わず本のことが気になり、手に取りたくなるような演出を心がけています」

店舗全体の内装デザインや喫茶室のメニューは、「Soup Stock Tokyo」などを手がけるスマイルズがプロデュースを担当。青山ブックセンター時代の歴史を感じさせるコンクリートむき出しの壁に、イメージカラーの淡い桃色がさりげなく配されており、ミニマルで居心地のいい空間になっている。コーヒーと煎茶はお代わり自由、小腹を満たす有料の食事やスイーツ、アルコールも用意されるが、どれも専門店に引けを取らない本格派だ。
喫茶室には、靴を脱いで足を伸ばせる小上がり席も。思い思いの場所やスタイルで本の世界に没頭できる
喫茶室には、靴を脱いで足を伸ばせる小上がり席も。思い思いの場所やスタイルで本の世界に没頭できる
看板メニューの「牛ほほ肉のハヤシライス」(1080円)はじっくり煮込まれ、後を引くおいしさで人気だ
看板メニューの「牛ほほ肉のハヤシライス」(1080円)はじっくり煮込まれ、後を引くおいしさで人気だ

偶然の出会いを生み出し、興味を掘り下げる、平積みの妙

書籍のラインナップは、六本木という土地柄を考慮し、アートやデザインに力を入れつつも、自然科学、人文科学、文学、食、ビジネス、漫画まで幅広く網羅。マニアック過ぎず、かといって売れ筋だけに偏らず、大人の知的好奇心を刺激するセレクションだ。また特徴的なのが、平積みの方法。通常では話題の新刊など、同じ本を積み重ねることが多いが、文喫では、平積みごとにテーマを設け、それに関連した異なる本を積み上げている。
関連するジャンルの本を雑多に平積みし、連想ゲームのように興味を広げることができる仕掛けにこだわった
関連するジャンルの本を雑多に平積みし、連想ゲームのように興味を広げることができる仕掛けにこだわった
「上の本を手に取った時に、下にある本が目に飛び込んできて、興味を深掘りしていけるように、文脈や関連性を考えて本を陳列しています。他のお客様が何気なく戻した本や、返却ボックスの中の本に興味をもつのも面白いと思いますし、宝探しをするようにワクワクしながら本との偶然の出会いを楽しんでいただけたらうれしいです」

書店も個性を打ち出す時代。書店員にスポットライトを

館内で販売される書籍は全て出版社から買い取ったもので、基本的に在庫は一冊につき一点のみ。これも既存の書店では見られない特色だ。

「出版業界には委託制度があり、書店は一定期間売れなかった在庫を返品できる仕組みになっています。たとえ仕入れた本が売れなくても返品できるのでリスクは少ないのですが、書店員が在庫管理に追われ、選書や接客といった業務になかなか集中できないという課題もあります。
そこで文喫では、全ての書籍を買い取り、書店員が本を売ることだけに集中できる体制をとっています。リスクはありますが、そのぶん、何を仕入れ、どう売るかを真剣に考えることができ、サービスの質も向上するのではないかと思っています」

事前予約制の選書システムも、ほかの書店では見られないサービスのひとつだ。来店の3日前までにテーマやジャンル、本の好みを伝えておくと書店員が要望に沿った本を提案してくれるサービスで、本選びのコンシェルジュのような役割を果たしてくれる。
天秤のディスプレイには「生」と「死」など対照的なテーマの本が。これも書店員による本との出会いの演出だ
天秤のディスプレイには「生」と「死」など対照的なテーマの本が。これも書店員による本との出会いの演出だ
こうした独自の取り組みと空間演出へのこだわりが来店者の心を掴み、口コミで評判が広がっている。平日の昼間は近隣のビジネスマンやクリエイターが、休日は旅行者やカップルなどが足を運び、入場規制がかかることもあるほどの盛況ぶりだ。

「オープン前は、入場料1500円が入店の壁になるのではないか、館内で好きなだけ本が読めると購入につながらないのではないかと、社内で懐疑的な声も上がりました。しかし予想以上に反響が多く、書籍の売り上げも伸びています。忙しい現代だからこそ、じっくりと時間をかけて本を選ぶという体験に価値を感じていただけているのだと思います。
目的の本を買うだけならインターネットのほうが効率的ですが、自分の興味を超えるような本との出会いがあるのは、アナログの書店ならではだと思います。それを可能にしているのは、やはり本のスペシャリストである書店員たちの存在です。彼らにもっとスポットライトを当て、選書や空間づくり、サービスなどで個性を打ち出していけば、街の書店はもっと面白くなっていくのではないでしょうか」

多メディア多チャンネル時代に突入し、誰もが慌ただしい日々を送るようになった現代社会では、書店でじっくりと本を選ぶという行為は非日常的でぜいたくなものになりつつあるのかもしれない。「文喫」が提案する本との新しい出会い方と従来にはないビジネスモデルは、本と書店の未来を切り拓いていくだろうか。今後の展開に注目しつつ、実際に足を運んで“体験”してみることをお薦めしたい。

文喫
http://bunkitsu.jp
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