JOURNEY

大家の作品が一度に見られる──
ひろしま美術館 車でしか行けない美術館

2019.03.01 FRI
JOURNEY

大家の作品が一度に見られる──
ひろしま美術館 車でしか行けない美術館

2019.03.01 FRI
大家の作品が一度に見られる──ひろしま美術館 車でしか行けない美術館
大家の作品が一度に見られる──ひろしま美術館 車でしか行けない美術館

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。第6回は、広島市の中心地に位置し、近代の西洋美術作家の巨匠たちが描いた作品を一度に鑑賞できる「ひろしま美術館」を訪ねた。

(読了時間:約8分)

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Atsuki Kawano

所蔵作品の総選挙

広島はドライブするには気持ちのいい町だ。人口120万の大都市だけれど、天を衝く高層ビルが林立しているわけではない。空が広く見えて、そして、公園などの緑も多い。

市内をゆっくりと走っていくと、市内の中心部にある「ひろしま美術館」が見えてくる。緑のなかの白い壁面がまぶしい。同館の駐車場のスペースは広いわけではない。しかし、近所にいくつもパーキングがあるから、この美術館は車で行くのに向いている。
広島市中央公園の豊かな緑のなかにある「ひろしま美術館」
広島市中央公園の豊かな緑のなかにある「ひろしま美術館」
同館に常設展示されている絵は、近代の西洋美術作家が描いた作品が主だ。それも広く知られる作家ばかりである。

ドラクロワ、クールベ、ミレー、コロー、マネ、モネ、ルノワール、シスレー、ドガ、シニャック、スーラ、トゥールーズ・ロートレック、ルソー、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ムンク、シダネル、ピカソ、マティス、シャガール……。

美術の教科書に載っている名前が続く。これだけの大家の作品が一度に見られる美術館は珍しい。
同館は“愛とやすらぎのために”をテーマに、1978年にオープンした
同館は“愛とやすらぎのために”をテーマに、1978年にオープンした
そして、この館で今年、見る側が興味を抱くような企画を行った。それが開館(1978)から40周年が経ったことを記念した企画展示で、内容は所蔵作品の総選挙だ。足を運んだ観客が「これが好き」という一点に投票して、その結果を20位まで発表したのである。わたしが見たのは総選挙のトップ3作品だ。

1位 ゴッホ

2位以下を引き離してトップになった作品はフィンセント・ファン・ゴッホ作の「ドービニーの庭」(1890年 ゴッホの没年)だ。

ゴッホが絵に専心したのは27歳で、亡くなったのが37歳。本格的な画業は10年間しかない。それでも、10年の間に油彩を約860点、水彩画を約150点。加えてスケッチ、下絵などを約1030点、残したとされる。

いずれも大作ではないとはいえ、1年に80点以上もの油絵を描いたというのは相当な仕事量だ。
フィンセント・ファン・ゴッホ作の「ドービニーの庭」(1890年)。ひろしま美術館所蔵
フィンセント・ファン・ゴッホ作の「ドービニーの庭」(1890年)。ひろしま美術館所蔵
作品の大半は生まれた国のオランダに所蔵されているが、日本国内にも27点がある。そのうち「ドービニーの庭」は自殺する2週間前後に描かれた貴重な作品だ。

この作品に投票した広島市に住む11歳の女の子は次のような感想を記している。

「お花や草木全部きれいだった。色が明るくかわいかった。べっとりと絵の具がついていた」

誰もがゴッホの絵を見ると、この女の子と同じ感想を抱くのではないか。ゴッホは対象をシンプルに描いている。色も明るい。そして、べっとりと絵の具がついている。それがゴッホの絵だ。なかでも、注目してしまうのは絵の具だ。チューブから出した絵の具をそのままキャンバスに張り付けたんじゃないかと思ってしまう。しかし、本当にそうなのか。

同館の学芸員、農澤美穂子さんは教えてくれた。

「ドービニーとはゴッホが愛した画家の名前で、この絵はドービニーの家の庭の風景です。確かに、ゴッホの絵は絵の具が厚く塗り重ねられているように見えます。しかし、そうではありません。発色がいい絵の具と量感を出すための絵の具を事前にパレットの上で混色しているのです。ゴッホって、耳を切ったり、自殺してしまったりと、ちょっと変な人のように思われていますが、絵を描く時は冷静に科学的に考えていた人のように思われます」

ゴッホは100年以上も前に生きた人だ。単に厚く盛り上げて絵の具を載せていただけなら剥落する部分も出てくるだろう。それなのに顕著な剥落が見られないのは、盛り上げて描いたというよりも、農澤さんの言うように、絵の具の質をよく知り、色をみずみずしく見せるように塗ったのだろう。

また、ゴッホにはテオという画商の弟がいた。テオは兄のために、つねにパリの一流画材店から高級絵の具を調達している。剥落が見られないのは高級な絵の具を使っていたせいもあるだろう。

2位はピカソ

所蔵作品総選挙で2位になったのはピカソの絵だ。

「仔羊を連れたポール、画家の息子、2歳」
(1923年)
ブルーの服を着た半ズボンの男の子が白い子羊を従えている肖像画である。画面に薄く色を塗って、その上から黒い線で輪郭を描いている。絵の具は薄く塗ってあり、キャンバスの生地がそこかしこに見える。こういう細部は現物の絵を見ないと分からない。

農澤さんは教えてくれた。

「最小限の筆遣いで最大限の効果をあげた絵ですね」

たっぷりと絵の具を使って、ぎとぎとに描いたら、男の子の可愛らしさがなくなってしまうかもしれない。全体が水彩画のような淡い色で仕上げてあるから、おとぎ話の世界の人物に見える。ファンシーな絵で、いわゆるピカソの絵とは少し感じが違うと思う人も多いだろう。

シダネルって誰?

総選挙で3位になった絵は「離れ屋」(1927年)。描いたのはアンリ・ル・シダネル。フランス人画家だ。

「離れ屋」はファンタジックな風景画だ。夏の夜の庭の情景だろうか。月明かりのなか、庭の一面にピンク色のバラが咲いている。画面の中央にある小窓には明かりが灯っている。窓の明かりが幻想的な効果を生んでいる。

わたしはこの美術館で、生まれて初めてシダネルの絵を見た。もう40年近く、世界の美術館で絵を見ているけれど、シダネルの絵を認識したのは今回が初めてだった。
アンリ・ル・シダネル作「離れ屋」(1927年)。ひろしま美術館所蔵
アンリ・ル・シダネル作「離れ屋」(1927年)。ひろしま美術館所蔵
同館のホームページにはシダネルについて、こう説明している。

「抒情性の漂う作風から、象徴主義の文脈で語られるフランスの画家。しかし、象徴主義運動に積極的にかかわっていたというわけではなく、むしろ世紀末の雰囲気の中で活動した象徴主義世代の画家といえる。1901年、モネのジヴェルニーに倣ってオワーズ県のジェルブロワに家を手に入れ、以後この地を中心に制作を続ける。この頃には、身近なモティーフ、家や庭などを明るく淡い色使いで描くようになる。また、徐々に名声も高まり、レジオン・ドヌール勲章を受章、美術アカデミー総裁にまで選出された」

つまり、画壇の保守本流の人で、印象派のモネ、マネ、後期印象派のゴッホ、セザンヌとは対極にいた人だと分かる。しかし、保守本流のわりには抒情的な可愛い絵を描いているんだなと思った。

ただ、この人の技術はさすがにしっかりとしている。画面を見ると、絵の具を薄く塗ってから、その上にまた違う色の絵の具を重ねて塗って効果を上げている。

ゴッホの場合はひとつの色、あるいは混ぜた色をそのままキャンバスに載せているけれど、シダネルは色を表現するのに、絵の具を重ね塗りして、ぼかしが入ったような画面を作っている。
手前の作品がアンリ・ル・シダネル作「離れ屋」
手前の作品がアンリ・ル・シダネル作「離れ屋」

絵の具とお好み焼き

わたしは3つの作品について説明してきたけれど、単に人気ベスト3の解説をしたわけではない。

3つの作品には画家が絵の具を扱う時の個性が現れている。

今回のもうひとつテーマは「画家が絵の具をどう扱うか」だ。

ゴッホは絵の具を厚めに塗る。ピカソは「子羊を連れたポール」では薄く塗った。シダネルは重ね塗りの技法を使った。

ただし、画家はひとつの塗り方だけにこだわるわけではない。ゴッホだって、絵の具を薄く塗ることもできたし、重ね塗りもしただろう。

わたしはこの3つの絵があることによって、絵の具の使い方が少しはわかるようになった。単に人気のある絵を眺めるだけでなく、どこかひとつに注目するだけで、楽しみ方の奥行きは広がる。
ソースの芳ばしい香りが広がる
ソースの芳ばしい香りが広がる
同館に寄った後、広島名物のお好み焼きを食べようと思い、学芸員の農澤さんに相談した。すると、彼女は大阪のお好み焼きと広島のお好み焼きの違いを専門家の視点で教えてくれた。

「広島風お好み焼きを食べるなら、『そば肉玉』ですね。生地に豚肉、玉子、麺が入っています。大阪風のお好み焼きは生地のなかに具材を混ぜ込んで、こねてから焼きますね。ジャクソン・ポロックの絵みたいに、混然としている。対して、広島風はシダネルの絵みたいに重ねていきます。鉄板の上に生地を作り、キャベツ、もやし、豚肉、麺、玉子を重ねていく。どちらがいいとは言いません。好みしだいです」

興味深い説明の後、新天地の「みっちゃん」でそば肉玉を食べた。重ね塗りのおいしさだった。

わたしはもう一度、ひろしま美術館でシダネルの絵を見たいと思った。そして、重ねて、みっちゃんでお好み焼きを食べたいと思った。
「広島風お好み焼き 新天地 みっちゃん」でも人気メニューのそば肉玉
「広島風お好み焼き 新天地 みっちゃん」でも人気メニューのそば肉玉
ひろしま美術館
広島市中区基町3-2 中央公園内
Tel.082-223-2530
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
※特別展開催中の金曜日は原則19:00まで開館(一部展覧会除く)
休館日:特別展開催時を除く月曜日(祝日の場合は翌平日)、及び年末年始(12月29日~1月2日)
※展示替え等のため、臨時休館日を設定する場合あり
http://www.hiroshima-museum.jp/ 


広島風お好み焼き 新天地 みっちゃん
広島市中区新天地6-12
Tel. 082-243-5935
営業時間:平日17:00~23:00(ラストオーダー)
    土曜日11:00~21:30(ラストオーダー)
    日曜日11:00~20:30(ラストオーダー)
定休日:月曜日
http://www.mitchan.co.jp/ 

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ご回答いただきありがとうございました。

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