VISIONARYMAGAZINE BY LEXUS

EXPERIENCE

最も新しい自分を探すために──
写真の先を目指す写真家、桐島ローランド

2019.01.30 WED
最も新しい自分を探すために──写真の先を目指す写真家、桐島ローランド

フォトグラファーとして、常に第一線を走り続けてきた桐島ローランド氏。だがここ数年来、実は「撮らないでヴィジュアルをつくる」という3DCGの世界を牽引する存在となっている。そのクリエイティビティの可能性と、新たな挑戦の源泉を探る。

(読了時間:約8分)

Text & Edit by Shigekazu Ohno(lefthands)
Photographs by Yoko Ohata

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物心の付いた頃から、そばにはカメラがあった

作家の桐島洋子を母に持つ桐島ローランド氏。そもそも写真との出会いについて尋ねると、こう答えてくれた。「母が作家デビューする前は記者だったこともあり、家の中にカメラがゴロゴロ転がっていたんです。本物のプロの道具だから当然でしょうが、おもちゃ代わりにいじっていてワクワクしました。それで高校に入ったときに、たまたま写真部があったので入部して。17歳の誕生日に母から買ってもらったミノルタ X-700で、初めてちゃんと写真の撮り方を習ったんです。その後に手に入れたCONTAX RTSも名機でしたね。レンズはカールツァイス プラナーT*1.4/85。まあつまり、最初は写真に興味を持ったというより、機械としてのカメラに魅力を感じたんです」

趣味で始めた写真だったが、ある出会いによって桐島氏はいよいよ深みにはまることとなる。たまたま入った飲食店で、フォトグラファーの澤井秀夫氏と隣り合わせたのだ。

「『今日さ、アシスタントをクビにしちゃったんだよね』なんて話をしていたんです。ちょうど高校が夏休みだったし、チャンスと思って、『僕にアシスタントをさせてください』っていきなり言ってみたら、笑って了承してくれて。さっそく次の日からアルバイトさせてくれたんです。当時はまだバブルの頃だったから、外国人モデルもいっぱいいて、澤井さんは料理も撮っていたから高級フレンチの撮影とかもあって、こんな楽しい経験ばかりの仕事、ほかにはない!って、のぼせましたね。英語も話せるからモデルとの会話にも役立てられるし、自分の天職だと思いました。それで将来は、カメラマンになろうと思ったんです」

では何を撮りたいかとなったときに、桐島氏にはインスピレーションをくれた人物がいた。姉でモデルの桐島かれん氏である。

「姉はただ服を着せられるだけでなく、自らも学校に通って勉強したり、すごくファッションに真剣だったんです。自分が出ている雑誌だけじゃなく、海外のファッション誌もみんな買っていて、俺も夢中になって見せてもらってました。当時、例えばニック・ナイトがヨウジヤマモトとかのカタログを撮っていたり、コム デ ギャルソンのビジュアルなどがすごくカッコよくてね。『俺もこんな写真が撮れたらなあ!』って夢を膨らませました。何を撮りたいか?ファッションが撮りたい。姉がそれを気づかせてくれたんです」
元々のカメラ好きが、偶然の出会いや運命も味方につけてプロの道へと進んでいった
元々のカメラ好きが、偶然の出会いや運命も味方につけてプロの道へと進んでいった

ニューヨークでスターフォトグラファーたちの薫陶に触れる

「プロのファッションフォトグラファーになる」と母親に切り出した桐島氏だが、「高卒でカメラマンなんていうのは認められない」と言われ、勧めもあってニューヨーク大学芸術学部写真科に進むことに。そしてまた、ふつうでは得難い体験をする。

「ニューヨークはやっぱり世界のファッションの中心だから、フォトグラファーもすごい人たちがウヨウヨいて。僕は大学に行きながら、『Vanity Fair』っていう雑誌のインターンをやっていたので、トップフォトグラファーたちの現場を体験できたんです。彼らはとにかく、ライティングのこだわりが半端なかった。それを間近で見られたのは、すごく大きい学びになりました。当時はまだデジタルとかレタッチとかもない時代で、ライティングに対するこだわりが全然違ったんですね。それに当時は予算も潤沢で、機材も異常なくらい持っていって、好き放題使うというのが当たり前でした。アシスタントも含めてマンパワーもいくらでもあったし。そういうのを見て知ってしまったから、自分も少しでもそれに近づけたらっていう目標になった。あと現場がいつも華やかで、そこにいる人たちがすごくハッピーな雰囲気なんですね。ああいうぜいたくな、遊びのある感じの空間が持てたらなあって思いました。俺も日本に帰ったら、まずスタジオが欲しいなって。ああいうだだっ広い快適な空間で、おしゃれな雰囲気で、いい音楽がかかってて、おいしいコーヒーが飲めて、カッコいい人たちを気持ち良く撮りたいなっていうのをいつも想像していました。環境も写真の一部だから」

「環境も写真の一部」という考え方について、当時大きな影響を与えてくれたフォトグラファーがいた。巨匠アルバート・ワトソンである。「彼の撮影は衝撃的でした。たった1日アシスタントで入っただけなのに、撮影以外のことも、ものすごく細かく教えてくれました。例えばお客さんがコーヒーを飲み干したら、すぐに新しいコーヒーを注いで持っていけとか、音楽も当時は6連CDプレーヤーとかだったんだけど、『これとこれの順序でかけるんだぞ、分かったな?』みたいに、自分の撮影現場ではBGMもちゃんと演出しているんですね。『いいか、現場が盛り上がってきたら、今度はこのCDをかけろ』といった具合で一事が万事、本当に恐ろしいほどのこだわりがある人だったんです。撮るときの演出もすごくて、ポラロイドを切るときもモータードライブみたいなすごいスピードで切って、バーってその辺に投げ散らかすんです。それを俺たちアシスタント勢がワーッと拾い集めるみたいな(笑)。で、スタジオの奥の部屋には元VOGUE編集長のグレース・ミラベラさんがいて、なぜかオペラグラスでわざわざ遠くから見てたりするんですよ。なんだかもうよく分からないけど、とにかくエキサイティングなあの感覚は最高でしたね。スタジオの中庭には真っ白い巨大な彫刻が置いてあったりと、関わる人もスケールもセンスもすべてがすごすぎて、自分には無理だと、後で落ち込んだくらいでした」

拠点を日本に移し、本格的にフォトグラファーとして活動開始。そして新しい表現方法に出会う

ニューヨークで写真を学んだ桐島氏。現場ではトッププロの薫陶に触れた
ニューヨークで写真を学んだ桐島氏。現場ではトッププロの薫陶に触れた
写真を知るほどに、現場を知るほどに、憧れと不安の交錯したニューヨーク時代。その後カメラを手放し、フォトグラファーではなくコーディネーターに鞍替えするような迷いの時期も経て、大学卒業後しばらくして帰国した桐島氏は、しかしやはりフォトグラファーとして活動を始めた。やがて目標だった自分のスタジオも持ち、仕事の合間に作品撮りを繰り返してはスキルを磨いていった。一方で、暇を見つけては人一倍遊んだ。

「クリエイティブのアイデアとかインスピレーションみたいなものは実際、文字どおりに天から降ってきたりもしますが、そのためにも仕事だけじゃなく、思い切り遊ぶことも重要なんです。自分がふだん見ないものを見に行ったり、あえて行かないところに行ってみたりとか、あらゆることがインスピレーションの源になる。夢中になって遊んでいるときにふとアイデアが浮かんだり、クラブで踊ってるときにいきなり最高のひらめきがあったりもする。だから、順番としてはまず遊ぶ。そしてヒントを得て仕事をする。いつの頃からか、そんな風にしています」

桐島氏の大切にする「遊び」。それは「遊び心」にもつながり、「遊びのある空間」にもかかってくるという。「狭いところじゃなく、ちょっと空間に余裕のあることを、『遊びがある』っていうじゃないですか。心にも空間にも、遊びってすごく重要なことだと思う。人に夢を与えるようなクリエイティブを目指すなら、自分も遊び心を持って、遊びのある空間で仕事をしたいと思うようになってきた。気持ちの良いスタジオで、みんな楽しく和気あいあい、ワインでも飲みながらリラックスして撮っていく中で生まれてくるものが、ポジティブでクリエイションになると思う。もちろん、ヒリヒリするような緊迫感の中から生まれるものも知ってるけど、それは単純にスタイルの違いだから。俺は写真だけでなく、撮る過程での『おもてなし』みたいなものもある方が、結果的に良い作品が撮れてきたんじゃないかなと思ってるんです」
アバディーンスタジオ。想い描いた理想のスタジオが形になった
アバディーンスタジオ。想い描いた理想のスタジオが形になった
そんな桐島氏にとっての、最高に気持ちの良い遊び、そして仕事の空間が、2008年に静岡県御殿場に建てたアバディーンスタジオ。撮影に使うだけでなく、ガレージでは好きな車やバイクいじりも楽しんできた。だが目下の関心事は、写真を超えた最先端のビジュアルクリエイションのひとつである、フォトグラメトリーと3DCGだという。

「これまでやってきたこととは全然違う、本当に自由なビジュアルづくりが可能になってきているんです。それをやるために、2014年にアバッタという会社を立ち上げました。フォトグラメトリーでは、ドローンや360度カメラ、最新鋭のスキャナー等を駆使したVRで、実際にある建物を本物と見分けのつかないくらいの精度で隅から隅まで超リアルに再現できる。そして3DCGでつくっているのは、デジタルヒューマン。写真クオリティーで、実在しないヴァーチャルのアバターをリアルなビジュアルに表現できる新技術です。まずは第1号としての女の子をつくりましたが、実写のように完璧な質感を備えながらも完全にCGだから、服装もヘアメイクも背景も表情もポーズも、自分の頭の中にあるイメージをなんだって自在に表現できる。例えばこれまでの撮影だと、有名な女優さんを連れてアメリカに日帰りでロケに行くなんて、時間的にも予算的にも到底無理じゃないですか。でも僕らのつくるデジタルヒューマンの技術では、例えばパリのど真ん中の誰もいない広場でファッションシューティングもできるし、凱旋門の上で踊るみたいな、現実には不可能な絵もつくれる。光の具合とか、髪や服を揺らす風とか、写真で表現してきたことはなんだって表現できる。もちろんスティルだけでなく動画にも進化させられる。いまはまだ女の子だけだけど、春までには男の子を含めて4人くらいまでデジタルヒューマンを増やす準備をしています。彼らをこれから、ゲームや雑誌やTVCMなどに出していきます。ビジュアルはもう、『撮る』時代から『つくる』時代に変わってきているんです」
桐島氏がつくった女性デジタルヒューマン。そのポテンシャルは限りない
桐島氏がつくった女性デジタルヒューマン。そのポテンシャルは限りない
自らがこれまで追求してきた写真を、たとえそれが下地となっているとはいえ躊躇なく傍に置き、新しい時代の新しい技術があってこそできる新しい表現に挑む桐島氏。「写真はいま、仕事として撮るほかは老後の楽しみでいい」と言ってのける心の中にあるものは、クリエイティビティに対しての、飽くなき好奇心と探求心であった。

「SNS全盛期のいまの時代、世の中には中途半端なクリエイティブが溢れています。裾野が広がる一方で、本物、一流を見る目も、つくる手も失われつつあるような気がしています。でも俺は、だからこそ本物をつくっていきたいと思う。そのときに手に入る最新で最高の表現方法で、まだ誰もやれていないビジュアル表現にチャレンジしていきたい。自分の中に、パッションがある限りは攻め続けていきますよ。ライバルはハリウッドです」

そう語った桐島氏は、夜のインタビューだったにもかかわらず、次の仕事へと慌ただしげに出かけて行った。彼のクリエイティブの源泉を、時代を追って「カメラ」「姉」「遊び」「スタジオ」と順番に話の中で紐解いて行ったが、その一番の根底にあるものは熱く燃える「情熱」であることを見つけた。
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