JOURNEY

若冲の独創性に触れる──相国寺承天閣美術館

2019.01.04 FRI
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若冲の独創性に触れる──相国寺承天閣美術館

2019.01.04 FRI
若冲の独創性に触れる──相国寺承天閣美術館
若冲の独創性に触れる──相国寺承天閣美術館

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。第5回は、室町幕府第三代将軍足利義満によって創建された相国寺の境内にたたずむ「承天閣美術館」を訪ねた。

(読了時間:約7分)

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Atsuki Kawano

境内は美術館

美術館は世界各国に数えきれないほどある。だが、車に乗ったまま美術空間に入っていけるのは世界でおそらくここだけではないか。なにしろ、相国寺の境内はそれ自体が美の世界、美の空間だから。

「相国寺承天閣美術館」がある相国寺は京都御所の北側で、市の中心部に位置する。

相国寺は室町幕府第三代将軍足利義満によって創建された臨済宗相国寺派の大本山。五山文学の中心でもあり、如拙、周文、雪舟といった日本の水墨画の基礎を築いた画僧を多く輩出している。宗派の中核であり、文化の中心だ。
相国寺の自然豊かな境内にたたずむ承天閣美術館
相国寺の自然豊かな境内にたたずむ承天閣美術館
総門から同寺院の境内に車で入っていくと、ドライバーズシートに座ったまま、境内にある緑の松、白い玉砂利、青い水をたたえる池を眺めることができる。すべてがきちんと整頓され、松の枝ぶりひとつをとっても、美的な印象を受ける。

そして、駐車場に車を停めた後はそのまま一角にある承天閣美術館へ向かう。館の玄関横にある「普陀落山の庭」はそれ自体が環境芸術でありインスタレーションだ。あらためて美の世界に入って来たんだなと痛感する。

入館する際は玄関で靴を脱ぎ、靴箱に納める。お寺に入って参観する時と同じように素足でもいい。素足で作品を見ていて、妙にリラックスする。そして思う。靴下を履かずに作品を見ることのできる美術館も世界的には稀ではないか、と。

若冲の作品を常時、見ることができる

承天閣美術館ができたのは1979年。相国寺創建600年記念事業の一環として、相国寺、鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)その他の塔頭寺院に伝わる美術品を集めて、保存し、同時に展示公開することにした。国宝5点、重要文化財143点をはじめとする美術品、文化財が収蔵されている。

この美術館には二つの展示室があるが、第二展示室に常設展示されているのが伊藤若冲の水墨画「鹿苑寺大書院障壁画(ろくおんじおおじょいんしょうへきが)」(重要文化財)だ。画面だけが壁に飾ってあるのではない。展示室内に壁や畳、床の間など大書院の一部が復元されていて、そこに襖に描かれた絵が展観されている。
伊藤若冲筆『葡萄小禽図(ぶどうしょうきんず)』。相国寺承天閣美術館所蔵
伊藤若冲筆『葡萄小禽図(ぶどうしょうきんず)』。相国寺承天閣美術館所蔵
副館長で学芸統括の高橋範子さんは微笑を浮かべて、こう言った。

「鹿苑寺の舎利殿、つまり金閣は将軍、足利義満が作ったものです。大書院は第百八代の後水尾天皇(1596~1611年)が行幸された時に入ったこともある貴人の間。その部屋の全50面の障壁画を描いたのが伊藤若冲(1716~1800年)です。若冲が描くまで、大書院の襖は図柄がなかったと言われています。 現在、当館では障壁画のうち『葡萄小禽図(ぶどうしょうきんず)』、『月夜芭蕉図(つきよばしょうず)』の2点を常に見られるようにしています」

葡萄小禽図はぶどうの葉、果実、つるを画面いっぱいに奔放に描いたもの。月夜芭蕉図は月とジャパニーズ・バナナ(芭蕉)の葉っぱを組み合わせた作品だ。
伊藤若冲筆『月夜芭蕉図(つきよばしょうず)』。相国寺承天閣美術館所蔵
伊藤若冲筆『月夜芭蕉図(つきよばしょうず)』。相国寺承天閣美術館所蔵
絵師が古刹の書院に襖絵を描くとする。普通の絵師なら松、竹、梅あるいは富士山、中国の山水風景といった画題を選ぶのではないか。

ところが、若冲は由緒正しい金閣の大書院にぶどうとバナナを描いた。エキゾチックな植物を選んだ若冲は前衛的というべきか、それとも奔放不羈というべきか。ここにある襖絵は若冲ならではの独創の作品だ。

高橋副館長もわたしの感想にうなずく。

「若冲は京都の錦小路の青物問屋の跡継ぎでした。ほとんど独学で絵を学び、本格的な絵師になったのは隠居した40歳からです。当時の絵師の仕事は頼まれた画題の絵を上手に描いて納めること。

一方、若冲はたとえ頼まれたものであっても、自分が好きなものを自由に描いた。若冲の絵が現代の人々にも受け入れられるのは絵画というものへの意識が今の芸術家と同じだからだと思います」
第一展示室には、鹿苑寺境内に建つ茶室「夕佳亭」が復元されている
第一展示室には、鹿苑寺境内に建つ茶室「夕佳亭」が復元されている
高橋さんの話を聞いていて、本来、芸術作品に必要なものは前衛であり、独創ではないかと思った。「他の奴らとは違う仕事をする」気持ちがなければ個性的な作品を作ることはできないだろう。

「大書院の障壁画は若冲が44歳の時の作品です。描くことを依頼したのは当寺、相国寺の大典和尚(梅荘顕常)でした。わたしはまだキャリアも実績もなかった若冲に大切な障壁画を依頼した大典和尚が偉いと思うのです」(高橋副館長)

なお、この展示室は若冲の障壁画を展示するためだけに襖を入れるスペース、設備が整えられている。絵は襖の両面に描かれているから、展観するためには大きなスペースがいる。ここまでの設備を整えた今の管長(有馬頼底)もまた大典和尚と同じように若冲の才能を愛しているのだろう。

水墨画の見方とは

高橋副館長は「ごく初歩的な水墨画の見方を教えましょう」と言ってくれた。

「二つの点だけ覚えておいてください。一つは墨の濃淡です。遠景は薄い墨で、近景は濃い墨で描きます。たとえば月夜芭蕉図でしたら、遠いところにある月の色は薄く、手前にある芭蕉の葉っぱは濃い墨で描かれています。また、芭蕉の葉でも墨の濃淡で近くにあるのか、そうでないのかを微妙に表現してあります。墨の色には無限のグラデーションがあります。すべては筆の案配で色を決め、遠近や動きを表すのです」
第一展示室と第二展示室をつなぐ中央回廊
第一展示室と第二展示室をつなぐ中央回廊
角の濃淡に加えて、水墨画の風景画は「胸中の山水を描く」ことが基本だという。つまり、目の前の風景をそのままスケッチしたのではなく、それまでに見た風景や物語のなかの景色を併せて、胸のなかで熟成させたものを絵にする。画家が想像した風景とも言える。

葡萄小禽図、月夜芭蕉図はともにファンタジックな気配の絵だ。だが、思えば金閣という建物は池の上に浮かぶ金色の建物だ。建造物自体がファンタジックなのである。それであれば、松や竹を描いた日本画よりも、おとぎ話に出てくるような月、芭蕉、葡萄の組み合わせの方がぴったりしていると思えてくる。

虎とライオン

常設展示ではないが、書院の水墨画と比肩すべき存在が若冲の「竹虎図」だろう。虎はディズニーのアニメに出てくるようなユーモラスな表現となっており、一方の竹の葉っぱは荒々しいタッチで描かれている。竹の葉っぱは画面に墨を叩きつけたように表現されている。若冲の独創がこの絵にも表れている。
右端が伊藤若冲筆「竹虎図(たけとらず)」。相国寺承天閣美術館所蔵
右端が伊藤若冲筆「竹虎図(たけとらず)」。相国寺承天閣美術館所蔵
そして、竹虎図と対比してみると面白いのが長沢芦雪の「獅子図屏風」だ。

芦雪は江戸時代中期の画家で、円山応挙の弟子にあたる。近頃、若冲とともに「奇想の画家」として人気が高い。

承天閣美術館にある獅子図屏風は大作だ。

たてがみをなびかせた2頭の獰猛なライオンが組み合おうとする寸前を描いている。芦雪は獅子の筋肉の動きを墨のグラデーションで表している。筋肉が盛り上がっているところは濃い墨で、弛緩したところは薄い墨で表し、まるで獅子が動き出そうとしているように見える。

竹虎図といい、獅子図屏風といい、相国寺代々の和尚は前衛作品が好きなコレクターだったんだなと思ってしまう。

コーヒーを一杯

京都に来ると、たいていの人は京料理を食べる。むろん、本場だから京料理店は多く、料理もおいしい。しかし、わたしは美術館で迫力のある絵を見てしまうと、胸が一杯になり、ついでにお腹も一杯になってしまう。

そこで、出かけていくのは喫茶店だ。京都は京料理だけでなく、おいしいコーヒーを出す喫茶店がいくつもある。

承天閣美術館の後ならば、比較的近いところにある「イノダコーヒ」の本店がいい。人気のある喫茶店だから並ぶこともある。だが客席が多いので、それほど長く待つことはない。サンドイッチやミートローフも一流洋食店のそれと変わらない。一皿の量も多い。
クラシックな設えの店内が居心地いい「イノダコーヒ本店」 ©イノダコーヒ
クラシックな設えの店内が居心地いい「イノダコーヒ本店」 ©イノダコーヒ
人気メニューのミートローフ ©イノダコーヒ
人気メニューのミートローフ ©イノダコーヒ
そして、コーヒーを頼むと、ミルク、砂糖を先に入れてきてくれる。わたしは砂糖は入れないけれど、ミルクは入れてきてもらう。すると、コーヒーとミルクの塩梅がいいのだ。絵の上手下手は筆の案配によるのだろうけれど、コーヒーの味はミルクの塩梅によるのではないか。毎日、何人分ものコーヒーを用意しているウェイターだからこそのさじ加減であり、塩梅なのだろう。


相国寺承天閣美術館
京都府京都市上京区今出川通烏丸東入
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
Tel.075-241-0423
http://www.shokoku-ji.jp/j_nyukan.html

イノダコーヒ本店
京都府京都市中京区堺町通三条下る道祐町140
営業時間:7:00〜19:00
定休日:年中無休
Tel.075-221-0507
https://www.inoda-coffee.co.jp/shop/honten/

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ご回答いただきありがとうございました。

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