CAR

レクサスLCのチーフエンジニアが語る
スポーツカーの未来

2018.11.30 FRI
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レクサスLCのチーフエンジニアが語る
スポーツカーの未来

2018.11.30 FRI
レクサスLCのチーフエンジニアが語るスポーツカーの未来
レクサスLCのチーフエンジニアが語るスポーツカーの未来

自動車を取り巻く環境や人々の意識が変わり、クルマの所有形態や価値観が多様化する社会のなかで、いま、個性を放つスポーツカーの存在意義とはいったい何であろうか?LCのチーフエンジニアである佐藤恒治が、スポーツカーの未来を語る。

(読了時間:約8分)

Text by Takeshi Sato
Photographs by Eric Micotto / Etsuko Murakami

FRレイアウトを活かして、心地よいエンジンサウンドの実現に心を砕いた

「スポーツカーというのは管楽器なんですよ」

こう語るのは、チーフエンジニアとしてレクサス「LC」の開発を統括した佐藤恒治。
佐藤によれば、空気を取り入れ、その空気が金属製の管を通って排気管から外に出る構造は、管楽器と同じで長さによって色々な調音が可能なのだという。
スポーツカーは何を背負うかで大きく変わると佐藤は話す
スポーツカーは何を背負うかで大きく変わると佐藤は話す
「フロントにエンジンを積むFR車であるレクサスLCは、管楽器のパイプにあたる部分が長いレイアウトということになります。排気音を静かにするだけでなく、開発にあたってはこのレイアウトを活かして音の通り道を工夫することで、ドライバーにとって心地よいエンジンサウンドが耳に入るように心を砕きました。スポーツカー作りって、結構手仕事なんです」

確かにレクサスLCをドライブすると、乾いたエグゾーストノートが鼓膜を震わせ、気持を高ぶらせてくれる。エンジンルーム内にあえてスペースを確保してそこで心地よく感じる周波数の音を作り、その音を遮断するのではなく意図的に車内を通過させる──。そうした工夫が功を奏しているのだ。

そういえば、レクサス「LFA」のエグゾーストノートは「天使の咆哮」と呼ばれ、欧米でも高い評価を受けた。佐藤によれば、レクサスLFAで得た音作りのノウハウが、レクサスLCでも大いに役立ったという。
心地よいエンジンサウンドが駆け抜けるLCのコックピット
心地よいエンジンサウンドが駆け抜けるLCのコックピット
スポーツカーといえば、速さやタイムをアピールする乗り物だと考えるのが一般的であり、“音色”を話題に持ち出すとはユニークだ。この個性的なエンジニアがスポーツカーの未来をどう考えているのかを、聞いてみた。

まず、レクサスLCはどのようなスポーツカーを目指したのかという点から聞いた。

「世の中にはラップタイムを第一に考えるスポーツカーもあれば、ラグジュアリーを追求するものもあります。私たちは車がお客様のライフスタイルにいかに寄り添って、生活を豊かにするものになっていくかというのが、これからのクルマに求められる大事な部分だと思っています。今までは燃費や馬力、ラゲッジ搭載量などカタログの巻末に載っているスペックをクルマの価値とする機能価値主義のような時代があったと思いますが、いま、ラグジュアリーなクルマをお選びになる方は、クルマを自分の世界観やスタイルを表現する手段だとお考えになっていると思います。例えば、愛車という言葉がありますが、工業製品であるクルマに愛を感じるということは理屈ではなく、感性で選んでいるということです。つまり、私たちのクルマ作りは定量的な機能価値ではなく、感性価値に軸足を置いておかないとお客様から能動的に選ばれるものにはならない。だからレクサスLCを開発する際に考えたのは、このクルマに乗るときはちょっとお洒落をしたくなるとか、おいしい食事をするために出かけたくなるとか、自分の行動範囲を広げて、自分を彩ってくれるような車にしたいということでした」

ただし、乗り手の感性に寄り添うような車にしたいというアイデアを深めていくにつれ、車の本質的な性能を追求する必要を感じたという。

「なぜなら、自己表現として車をお選びになる方は物事の本質を良くご存知であるからです。したがって、思い通りに走るとか、走って楽しいといった本質の部分をしっかりやらないといけないということを痛感しました。そしてよく走るという本質の部分をしっかり作り込んだうえで、クルマと対話ができるとか、ドライブを終えた後に余韻が残るとか、五感に訴えるレベルにまで完成度を上げたつもりです。愛を感じられる気持ちよさはデータには現れないので、手間暇をかけてチューニングと試走を繰り返して突き詰めていきます。そうすると次第に車が人間の感性になじんでくるのです」
スポーツカーの本質をきちんと備え、五感に訴える価値を手仕事で突き詰めていく
スポーツカーの本質をきちんと備え、五感に訴える価値を手仕事で突き詰めていく

「デザインを第一にする」車づくり

レクサスLCの開発にあたって重要な要素だと考えたのはデザインだったという。確かに、人間の感性を刺激する車を作るのであれば、デザインの存在は大きい。ただし佐藤の考えは、「デザインを大事にする」というレベルではなく、「デザインを第一にする」というほどのものだった。

「デザインっていうのは真似をした瞬間にラグジュアリーの看板を下ろさなきゃいけない。一番大事な部分というのはデザインにあると思います。我々がブランドを主張する以上は、自分たちのアイデンティティを持たなければなりません。レクサスのエンジニアに言っているのは、『レクサスはデザインドリブン(主導)で開発するんだ』ということです。車作りってデザイナーの力で提案する「ちょっと先の未来」を実現することが大切だと思います。いまの自分たちにはまだフィットしないけれども、2年後、3年後にはフィットするような予感を感じさせる。レクサスLCも、最初のコンセプトモデル(LF-LC)のデザインを見た時には技術的には成立しないと感じました。でも、できなければ、実現できるような自分に変化し、技術を開発しようじゃないか。そう考えることで、私たちのアイデンティティを表現することができました」

佐藤は、レクサスのデザイン哲学を次のように語る。

「ボディ形状が空力的な意味合いと重量配分的な意味合いに根差し、四隅のタイヤがぐっと重心低く踏ん張っている。スポーツカーのあのようなスタイルを格好いいと思う理由は、人が無意識にその裏側に機能を見ているからなんです。性能が透けて見えるから格好いいんです。レクサスは飾り立ててオーバーアピールするデザインで個性を出すことは考えていません。デザインもあくまで機能と寄り添い、機能美を表現することが第一です。だから少しアンダーステイトメントな表現に見られるかもしれません。控え目なんだけど、よく見るとそこに機能美が潜んでいる、そんな日本のモノづくりの美点をレクサスのデザインに盛り込みたいと考えています」
「すべてはエンジニアリングの観点から見て理にかなっているデザインだ」と佐藤は言う
「すべてはエンジニアリングの観点から見て理にかなっているデザインだ」と佐藤は言う

ハイブリッド化は、スポーツカーにとってチャンスだ

現在、自動車社会は環境問題を解決するための電動化や、交通事故をなくすための自動化など、大きな変革の時期にある。こういう時代にあってスポーツカーを開発する意義は何なのか、佐藤に尋ねた。

「レクサスLCの経験で、自動車メーカーがスポーツカーを開発する意義は3つあると感じています。まずひとつは、自分たちのマインドセットを大きく変えて挑戦をするということ。デトロイトで発表されたコンセプトカーをLCとして実現させるのはエンジニアの理性が邪魔をして無理だと感じていました。しかし、社長の豊田章男からは『できないからやるんだ』『そのためにはまず自分が変わらなければならない』とハッパをかけられ、結果的に自分たちを変えてポテンシャルを引き上げる契機になりました。次に、スポーツカーを発表すると、世界中のクルマ好きからたくさんの課題が常に寄せられます。ラインオフしたいまもそれらを盛り込んで改良を日々続けています。だからスポーツカーの開発に終わりはありません。自動車メーカーにとって、スポーツカーを作るということは、技術力を上げていく不断のトレーニングをやるということに他ならない。販売して、利益を上げて、事業貢献するということよりも、自分たちの基礎体力を上げていくという意味において、ものすごく貢献度の高いプロジェクトだと思います。最後に、たとえばサーキットで声をかけられるなど、スポーツカーを出すとクルマを愛する人たちとの接点が増え、距離感がぐっと縮まります。お客様とチーフエンジニアで商品を監視しているわけです。スポーツカーは、お客さまと我々の架け橋になるという意味で、大変に意義があると実感しました」

ここで、スポーツカーの電動化についてどう考えているのか、佐藤の考えを聞く。レーシングマシンであってもモーターを搭載するハイブリッド車に移行しつつあるなか、スポーツカーのパワートレーンはどのような方向に向かうのか。

「ガソリンエンジンの、アクセルを踏んでから少し間があってエンジン回転がうわーっと盛り上がるあの感じ、そこにエンジン音とオイルの匂いが混じるちょっとレトロな世界観があるじゃないですか。実は自分もそっちが好きだったりしますが(笑)、それは機械式時計が残っているのと同様に、受け継がれていくと思います」

一方で、スポーツカーのパワートレーンの電動化はエンジニアにとってチャンスであると佐藤は考えている。

「ハイブリッドというとエコカーだと考えがちですが、そうじゃない。モーター応答は電気信号による入力なので、とてつもなく応答が早いんです。だからだと、日本のワインディングロードを走るとガソリンのV8エンジンを積むレクサスLC500より、ハイブリッドのレクサスLC500hの方がアクセル操作に対するレスポンスがいいので速く走れたりします。そういう意味でパワートレーンの電動化は、スポーツカーの可能性を拡げるチャンスだと思いますね」
アクセル入力に瞬時に応えられるハイブリッド技術は、スポーツカーにとっての武器となると佐藤は語る
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感性に寄り添うクルマを作り続ければ、日本にも成熟した自動車文化が根付くのではないか

最後に佐藤は、優れたスポーツカーを創ることにとどまらず、その先を見据えた話を披露してくれた。

「歴史あるヨーロッパ、あるいはアメリカを見ていると車との付き合い方がすごく上手だなと思うんですよ。すごく高価な車に乗っているから自慢しようという価値観ではなくて、本当に車を大事に思っているから、その気持ちをシェアしたい。同じように思っている人たちと話をして、自動車というものを文化的に見つめようという気持ちがあるんですよね。アメリカに行くと“CARS & COFFEE”といって、車好きが集まるイベントが毎週末行われていたりします。参加してみると、おじいちゃんが乗ってきた古いポルシェを男の子たちが目を輝かせながら触っていたり、スポーツカーが文化として根付いていることを感じます。自動車産業に携わる者として、とてもうらやましい光景でした。もしかすると、われわれは機能や効率にとらわれ過ぎて車作りをしてきたのかもしれません。そこで、感性に寄り添う車作りに転換して、レクサスLCのような車を作り続ければ、日本にもそうした自動車文化が根付くのではないか、そう期待しています」

“愛されるスポーツカー”を作り、そうした車に乗るオーナーが増えることで日本の自動車文化が成熟する。レクサスLCは、まさにその第一歩なのだ。
レース現場のエンジニアリングからモノづくりを学ぶことも多くサーキットにも頻繁に足を運ぶと言う佐藤。
レース現場のエンジニアリングからモノづくりを学ぶことも多くサーキットにも頻繁に足を運ぶと言う佐藤。

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