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愛を受け止める気がないなら、
口説いてはいけない──
ファンマーケティングについて

2018.10.17 WED
愛を受け止める気がないなら、口説いてはいけない──ファンマーケティングについて

昨今、マーケティングの世界で大きな注目を集めている「ファンマーケティング」。しかし、企業がビジネスチャンスと考えるファンマーケティングと、ファンビジネスの現実には齟齬があるのではないか、とする筆者が、ファンマーケティングの本質について考察する。

(読了時間:約8分)

Text by Yuya Oyamada
Photograph by Flashpop / getty images

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ファンを育て、彼らとコミュニケーションすることが企業の大いなる関心事に

マーケティング界隈にはいろんなバズワードが登場するが、ここ1、2年で注目されているのは「ファンマーケティング」だろう。

消費者から“不足”がなくなり、モノを買う主な基準が「好き」「嫌い」になって久しい。そうなると企業は当然、自社の商品を「好き」の側に入れてもらうために、いろんな手を講じており、それが一般にマーケティングと呼ばれてきた。そして、好きになってもらうことの最上級は、ブランドのファンになってもらうことだ。

もちろん、昔から特定商品の熱狂的なファンというのは存在した。しかしSNSが登場する前は、それは一部の好事家の趣味であり、企業は尊重こそすれ、マーケティングの対象として真剣に検討することは珍しかった。

しかしSNSが普及すると、この一部の好事家の意見がブランドのあり様を決定的に左右することになる。ファンはファンであるがゆえに、熱心に発信し、ネット上で影響力を持つようになる。だからファンを育て、彼らとコミュニケーションすることが企業の大いなる関心事になってきた。

しかし雑誌の編集者として、多数のファンを抱えるコンテンツやアーティストなどの取材を続けていると、企業が新たなビジネスチャンスと考えるファンマーケティングと、ファンビジネスの現実には、大きな齟齬があるのではないかという気がしている。

たとえば、私は過去に何度か『ケトル』(太田出版)という雑誌でラジオ番組の特集を作ってきた。ラジオ、特に深夜放送には昔から熱心なファンがつくことで知られている。実際、それは今も変わらない。

以前、「TBSラジオ特集」で取材した伊集院光さんは、自身が主催するお笑いライブの招待券100枚をリスナーにプレゼントしたら、100人全員が来たと語っていた。つまり、参加率が100%。驚異的なロイヤリティの高さである。

さらに、この号はTBSラジオのイベント会場でも販売したのだが、それほど広くはない会場に持ち込んだ500部が文字通りあっという間に完売した。ラジオを愛する人々の熱量は、かくも高い。どうして、こんなことが起こるのか。

先日発売した「オールナイトニッポン特集」に登場していただいた秋元康さんは、人気を集める深夜ラジオの条件について、「パーソナリティが『本音』で語ることが欠かせない」と語り、それは共感を生むコンテンツの条件でもあると指摘していた。

深夜ラジオとは、極めてパーソナルなメディアだと言われる。

放送自体は不特定多数に向けて行われるが、深夜こっそりとラジオに耳を傾けるリスナーたちは、パーソナリティとマンツーマンで向き合う。笑ったり、泣いたり、しみじみしたり。反応はさまざまだ。その体験が個人的なものだからこそ、1回1回の放送が自分だけの特別な思い出として残っていく。

リスナーに「自分だけに語りかけている」と感じてもらうために、優れたラジオパーソナリティの備えている資質が、「本音で語ること」である。

深夜ラジオを聴けばわかるが、パーソナリティたちはよく自分のダメなところについて語る。女性にモテない、下ネタが好き、世の中の当たり前が受け入れられない……。普段はキラキラした芸能界にいるパーソナリティたちが、ラジオでこっそりと本音を語ってくれるから、そこにリスナーは共感し、自分のための番組だと思う。こうしてパーソナリティを中心にしたファンコミュニティができあがる。

もちろん、これは有名人だけに限った話ではない。

深夜ラジオの代名詞である「オールナイトニッポン」には、過去に何度か一般公募のオーディションから素人のパーソナリティが抜擢されたことがある。それは現役の予備校生だったり、高校生だったりしたのだが、知名度ゼロの彼らでも、電波に乗せて赤裸々な本音を語ったことで、そこに共感し、応援しようというリスナーが生まれていた。

本音で語るからファンが生まれる。つまり、自身のパーソナルな部分を出せる人が、深夜ラジオには向いているのだ。だから、彼らは「パーソナリティ」と言われる。

もはや企業のイメージは企業が容易にコントロールできるものではなくなった

さて、ここで問題になるのが最近の企業が考える「ファンマーケティング」である。

いかにしてファンをつくるか。そのためのノウハウはいろんな書籍やセミナーで語られているが、優れた深夜ラジオから得られる教訓を踏まえると、結局は「本音」で語ることができるかどうかにかかっていると思う。そうでなければ、100枚の招待券に100人が来るような驚異的なつながりの強固さは生まれない。

とてもシンプルな真実だと思うが、これを企業のマーケティングに当てはめると、一転して、ものすごく難しい課題になってしまう。

というのも、大人の事情にまみれたビジネスの世界において、「本音」を発すること、あるいはユーザーに企業のメッセージを「本音」だと受け取ってもらうことがどれだけ難しいか。ビジネスパーソンが大半である本稿の読者のみなさまは、容易に想像できるだろう。

それでも、SNSが登場する前の世界では、広告を使って「本音」らしさを装うことはできた。企業に消費者がアクセスする手段が限られていたからである。

しかし今では、広告でどれだけイメージを取り繕っても、たとえば社内の実態がブラックだったりした場合、いつ誰がSNSで告発するかわからない。しかも、それがまさに「社内からの本音」であるがゆえに、その告発に共感する人が続出し、SNSであっという間に広まってしまう。

これは真偽が定かではない「もっともらしい情報」でも同じことが起こる可能性がある。企業がそれまでのコミュニケーションにおいて、消費者に自分たちのメッセージが真実であると信じてもらえるような積み重ねをしていなければ、急に「あれは違うんです」と言い出しても、説得力がないからだ。

あるグローバル企業がアメリカでツイッターのハッシュタグキャンペーンを行った際、ツイッター上にはネガティブなコメントが続出した。実は多くの消費者があまりいい印象を抱いていない企業だったので、ユーザーが「これはいい機会だ」と次々に不満をぶつけてきたのだ。そこには真偽が定かではない情報も多かったが、悪い噂ほど何回もリツイートされ、もはや企業はなすすべがなかった。

結局、このキャンペーンはたった2時間で終了(!)したが、ネガティブなコメントは何カ月もツイッターにあふれた。

この騒動についてフォーブス誌が「ツイッターのユーザーは世界一きれいごとを嫌う人たちだ」と書いたように、SNSでは(それが真実かどうかではなく、正直な感情の発露としての)本音がもっとも支持され、すばやく拡散する。もはや企業のイメージは企業が容易にコントロールできるものではなくなった。

ファンマーケティングは茨の道!?

突拍子もない連想に聞こえるかもしれないが、これを踏まえると、私は「働き方改革」というのも、企業がファンマーケティングを迫られるようになったことに関連していると思っている。

今どきの企業はファンの存在がビジネスの明暗を分けるとするならば、企業は本音で消費者と向き合わなければならない。少なくとも、それが自分たちの本音であると訴えなければならない。それは「これが裸の私たちです。あとはみなさんがジャッジしてください」と消費者の前に身を投げ出すようなものだ。

その試みが成功して、ファンを得たとする。しかし、それは同時にリスクにもなる。もしファンを裏切るようなことをしてしまえば、企業が受けるダメージは何倍にも増幅されてしまうからだ。もっとも愛してくれる人は、もっとも憎む人にもなってしまうのである。

だからファンマーケティングに乗り出す企業は、自分たちの実態をファンが望むものに変えていかなければならない。ファンが愛するのは商品や、それを生み出した個人であって、企業体そのものを愛するわけではない。ファンが企業に望むのは、自分たちが愛する対象を正しく守ってくれる姿勢である。ここに「働き方改革」がファンマーケティングにおいて要請される理由がある。

(もちろん、昼夜を問わずがむしゃらに働いて成功したいというタイプのファンが集まるコミュニティの場合は、「働き方改革」よりも、成功に対する報酬制度の充実を発信したほうがいいだろう。いずれにせよ、ファンが望むかたちに企業の実情を合わせなければならないのは同じである)

SNSの普及以降、企業のイメージを企業がコントロールすることが難しくなったように、ファンを作ることができても、ファンをコントロールすることはできない。むしろ、ファンを得たら、ファンが望むように変わっていかないと常に炎上のリスクがつきまとう。ファンとはビジネスの救世主ではなく、かくもやっかいな存在なのだ。

ファンビジネスの実態について論じた『ファンダムレボリューション』(早川書房)という書籍で、ブランド研究者のスティーブン・ブラウンは、ファンビジネスで安易にひと儲けしようとする読者に、こう警鐘を鳴らしている。

「ファンは普通の人たちじゃない。すごく饒舌なのは確かだし、商品を心から愛してくれてもいる。それに積極的に商品を勧めてくれる。でも偏った人たちの集まりだ。みんなを代表しているわけじゃない。というか、まったく代表していない。熱心すぎて信じられないほど見方が偏っている。(中略)熱心なファンが集まるのはありがたいことじゃないのかって? すごく雄弁なファンと一緒に何かを作っていくのは素晴らしいことだって、マーケティングの教科書にも書いてあるから? ファンはブランドの要になる存在? 答えは、ひとことで言うと、ノーだ」

ファンが望むように企業が変わったとしても、それがビジネスの成功に結びつく保証はどこにもない。スティーブン・ブラウンが言うように、熱狂的なファンはマスではないからだ。しかし影響力はものすごくある。そんな難しい存在を相手にマーケティングをするなんて、まさに茨の道だ。

それでも挑戦しようと思うのであれば、企業は何に留意すべきだろう。

再びラジオに話を戻すと、もし企業が一部のファンの偏った意見に惑わされたくない(しかしファンはほしい)と思うのなら、直接ファンと対峙するしかない。ラジオのパーソナリティがハガキ職人と名指しで対話するように、企業のトップなどが顔を出して、自分の言葉でファンに語りかける必要がある。取り繕った対応は、かえって炎上を招くだけだ。

ほとんどの消費者にとって、企業の中の人は具体的な想像が伴わない、匿名の人である。だからファンが攻撃に転じたときに容赦がなくなる。しかし、その人となりが知られており、ファンの攻撃に本当に胸を痛めているとわかれば、擁護の声も高まってくる。

それぞれのビジネスパーソンが自分の胸に手を当てて考え、「自分をさらしてコミュニケーションするなんて、そんなことは無理だ」と思ったならば、ファンマーケティングはやめたほうがいい。ファンは愛で動く。それは時に優しく、時に容赦がない。その思いを受け止める度量がなければ、そもそも口説いてはいけないのだ。
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