ART / DESIGN

オーストリアはリーデル本社工房で
衝動買いしたデキャンタ

2018.10.10 WED
ART / DESIGN

オーストリアはリーデル本社工房で
衝動買いしたデキャンタ

2018.10.10 WED
オーストリアはリーデル本社工房で衝動買いしたデキャンタ
オーストリアはリーデル本社工房で衝動買いしたデキャンタ

自他ともに認めるワイン通であり、ワイングラスについても一家言ある中村孝則氏。本記事では、オーストリア・クフシュタインにあるワイングラスの老舗ブランド「リーデル」の本社を訪れた際、衝動買いしたデキャンタについて記す。

(読了時間:約4分)

Text by Takanori Nakamura
Photographs by Masahiro Okamura

素人でも『神の雫』の超絶技法よろしく、スマートにデキャンタージュができる逸品

この透明の物体は、はたして何だと思われるだろうか?クリスタル製で、高さは35センチほどある。中は空洞で、1.5リットルほどの容量を持つ。非対称のU字型の流れるようなフォルムは、どこか古代ギリシャ時代の竪琴、リュラーを想起させる。今から15年近く前のことになるだろうか。そのユニークな形状に一目惚れして、オーストリアのクフシュタインという街で衝動買いしたものである。それ以来、時折オブジェとして飾ったりもしているが、本当のところは優れた機能を備えた実用ツールでもある。

タネを明かせば、ワインのデキャンタなのである。使い方はいたってカンタンで、U字の大きい方の口からワインを注ぎ、小さい方の口からグラスにワインを注ぐだけ。実際にやってみると、ボトルから出たワインの液体が、デキャンタのU字の曲線に沿って踊るように落ちて、見た目もなかなか楽しい。

さらに、細い口の方からは、ワインを極細の流れに変えてグラスに注ぐことができるので、素人の私でも『神の雫』の超絶技法よろしく、スマートにデキャンタージュができるというわけである。

結果的に、グラスに注がれるまで2度空気に触れるので、ワインの酒精をぐっと開かせることが可能になり、個人的な感想で言えば、赤白問わず比較的若いワインや新世界のワインに効果は絶大で、モノによってはセカンド級のワインが、ファースト級に化ける場合がある。あくまで個人的な感想なのだけど。

こちらは、グラスで有名なリーデル社が、創業250周年を記念してリリースしたもので、手吹きのクリスタル製で「アマデオ」という名前が付いている。なぜオーストリアのクフシュタインという街で購入したのかと言えば、この街にリーデルの本社と工房があって、当時私は雑誌の取材でこの工房を訪れていて、幸か不幸かこのデキャンタを見つけてしまったというわけである。
リーデル社がリリースしたワインのデキャンタ「アマデオ」

リーデル社のしたたかなデザイン思想

リーデル社の創業は1756年。ヨハン・レオポルド・リーデルが、ボヘミア地方に工房を作ったのが始まりだ。これは偶然だと思うが、かのアマデウス・モーツアルトの誕生年と同じである。だから、デキャンタの名前は、おそらくモーツアルトにちなんだものなのだろう。

ちなみにリーデル家は、オーストリア・ハンガリー帝国のもと、“ボヘミアのガラス王”の名をほしいままに君臨する。しかし、第一次世界大戦で帝国は消滅。その後、チェコ・スロバキアという共産圏に組み込まれ、工場の全ては国家によって没収されてしまう。私財も没収された9代目のクラウス・リーデルは新天地を求め、1956年に現在のオーストリアのクフシュタインという街にガラス工場を再建するのである──。

リーデル社の転機は1973年に訪れる。この年、葡萄の品種ごとに型とデザインを変えたワイングラスの「ソムリエ・シリーズ」を発表すると、ワインに関わるすべての人たちに衝撃を与えたのだった。今日、ワイン業界や高級レストランにおいて、ワインの品種ごとにグラスを使い分けることは、半ば常識になっているが、そのコンセプト自体、リーデルが初めて唱えたものであった。現在、そのソムリエ・シリーズは30種類以上のバリエーションを増やし、ロングセラーを続けているのである。

そのような歴史を振り返り、改めてこのデキャンタの優美なデザインを眺めると、革新的な機能に感心するだけでなく、リーデル社のしたたかなデザイン思想のようなものまで伝わってくるようである。

ワイングラスもそうなのだが、その機能性を前面に押し出すデザインではなく、むしろそうした機能はクリスタルというマテリアルの透明感の中に溶かし込んで、使う瞬間にだけその機能を発揮させる、というのは大人に相応しい数寄者の流儀であろう。普段の何気ないたたずまいが優美なほど、高次な機能性とのギャップは、より効果的に響くものだ。

グラスもデキャンタも、キッチンやインテリアとしての存在感が大きい割には、何もしない時間の方が圧倒的に長い宿命にある。使われていない時に、邪魔だと思わせないことは、モノにとってとても重要なのである。そして私は、季節の花などを時折投げ込んだりして、ワイン以外でこのデッキャンを遊んでいる。

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ご回答いただきありがとうございました。

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