VISIONARYMAGAZINE BY LEXUS

EXPERIENCE

美術評論家が語る「九州国立博物館」の楽しみ方。
”眺める”ではなく”楽しむ”展示とは

2018.10.03 WED
美術評論家が語る「九州国立博物館」の楽しみ方。”眺める”ではなく”楽しむ”展示とは

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する新連載「車でしか行けない美術館」。第3回は、福岡県は太宰府天満宮ゆかりの丘陵地に建つ日本で4番目の国立博物館、「九州国立博物館」を訪ね、目玉である「文化交流展示室」等の常設展の魅力や、同館の展示方法の工夫を語る。

(読了時間:約9分)

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Masahiro Okamura

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美術館の使いこなし方

絵を眺めるのに最適な距離は通常、画家がチェックする位置とされている。だいたい眺める絵の対角線の1.5倍くらいだ。だが、何が何でも、その位置から見るといいわけではない。

ニューヨークの「近代美術館(MoMA)」に行った時のことだ。私がジャクソン・ポロックの大きな絵を離れた位置からお行儀よく眺めていたら、10数人の小学生を連れたアフリカ系アメリカ人の女性教師がやってきた。

彼女は言った。

「さあ、みんな、絵の前に行って。目をつぶって歩いて行くのよ。ぎりぎり近くまで行ったら、ぱっと目を開けるの。どう? 絵からエネルギーが出てるでしょ。そのエネルギーを全身に浴びるのよ」

子どもたちはおそるおそる歩きだしていき、絵の前でストップ。目を開けた後は、深呼吸しているかのように、全身を伸ばしていた。

先生と子どもたちがいなくなった後、私も真似してみたのだけれど、大きな絵の前に立つと、確かにエネルギーと精神性が伝わってきた。以後、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコの大きな絵を見つけたら、怒られない程度に近寄って、絵を感じるようにしている。

そして、九州国立博物館である。ここの展示は創造性にあふれている。作品を眺めるだけでなく、「こうやって楽しめばいいんだよ」と教えてくれる。ニューヨークの近代美術館で女性の教師が教えてくれたのと同じように、作品を「感じる」ことができるミュージアムだ。
世界的建築家、菊竹清訓氏による九州国立博物館の外観。ルーフラインとガラス張りのファサードが印象的
世界的建築家、菊竹清訓氏による九州国立博物館の外観。ルーフラインとガラス張りのファサードが印象的

展示の掘り出し物

太宰府に九州国立博物館が開館したのは2005年だ。同館は東京(1872年開館)、奈良(1895)、京都(1897)の3館以来、久しぶりにできた国立博物館である。太宰府天満宮のすぐ隣で、天満宮ゆかりの丘陵地に波形の青い大屋根がかかっている。

私はここを何度か訪れているのだが、入館前にまず太宰府天満宮にお参りをする。そうして、学業成就のお守りを受ける。お守りを手にエスカレーターのあるトンネルを抜けて、九州国立博物館のエントランスをくぐる。

この連載企画では常設展示の掘り出し物を紹介している。なぜなら既存メディアに載っている美術案内のほとんどは話題の企画展、特別展のガイドで、展示期間が限られたものばかりだからだ。
館内に歩を進めると、自然光が降り注ぐ大きな吹き抜けの空間が広がる。建物の巨大さが分かる
館内に歩を進めると、自然光が降り注ぐ大きな吹き抜けの空間が広がる。建物の巨大さが分かる
一方、常設展示はあまり取り上げられるということがない。どこの美術館、博物館でも常設展示は入場料が安いし、いつ行っても、見ることができる。そのため、「地味な作品ばかりがある」との誤解を受けているふしがある。しかし、そんなことはない。常設展示の作品のなかには掘り出し物がある。それを自分なりの楽しみ方を開発して、作品を眺めたり、感じたりするのが見巧者であり見物上手だと思う。

文化交流展示室

さて、九州国立博物館の展示品について、である。同館の目玉は4階にある文化交流展示室だ。そこには旧石器時代から近世末期(開国の時期)までを5つのテーマに分けて紹介している。そして、作品については展示替えをしている。つねに新鮮な展示を見せたいということなのだろう。

具体的には約9万年前に阿蘇山の噴火による火砕流で焼損した木(マツ科のトウヒ)の現物から、江戸期の書画、工芸品までが並んでいる。
約9万年前に阿蘇山の噴火による火砕流で焼損した木(マツ科のトウヒ)の現物。九州国立博物館所蔵
約9万年前に阿蘇山の噴火による火砕流で焼損した木(マツ科のトウヒ)の現物。九州国立博物館所蔵
展示は分かりやすくて、そして、興味が湧くように工夫されている。たとえば、「縄文人、海へ」という250万年前から紀元前400年前までの展示コーナーには、人々が狩りをするために使った矢じり、石刃(せきじん)などがある。黒曜石のような硬い石を砕き、削り、研いで作り出した石器だ。

こうした石器は町村の資料室や郷土の博物館に行くと、3つか4つ、並んでいる。しかし、ただ、そこに置いてあるだけだ。何の工夫もない。

「あっ、そう。石で作った狩りの道具なんだね」といった程度の感想しか出てこない。

ところが、同館の展示は違う。矢じりの現物だけでなく、それを先端に取り付けた槍や弓のような狩猟具が再現されている。

特任研究員の臺信祐爾(だいのぶゆうじ)氏は教えてくれた。
「縄文人、海へ」というコーナーでは人々が狩りをするために使った矢じりなどを狩猟具として再現し展示
「縄文人、海へ」というコーナーでは人々が狩りをするために使った矢じりなどを狩猟具として再現し展示
「槍の長さは当時の人々の身長を考慮して復元したものです」

単に、矢じりを見せるだけでなく、使った状態を想像して、再現している。学術研究者である学芸員にとってはかなり踏み込んだ行為なのだろう。しかし、そこまでやってくれないと、見る方は興味が湧かないのである。

臺信さんは「これも面白いですよ」と私を土偶の展示コーナーへ連れていった。

土偶は約1万3千年前~約2千400年前の縄文時代に作られた土の焼きものだ。人間を模して作られたもので、女性の姿をしたものが多い。私たちが土偶と混同しやすいものに埴輪があるが、ふたつは作られた時代が違う。埴輪は古墳時代、つまり3世紀後半~6世紀ころに作られたものだ。

「うちの学芸員は西日本と東日本の土偶を対比的に展示することを考えました」

ふたつを比べて眺めると明らかに違う。西日本の土偶は稚拙というか、表現がプリミティブなのだけれど、東日本のそれはダイナミックで、エロチックで、創造性が豊かだ。西日本の土偶が素人の作品とすれば、東日本の土偶はピカソの作品と言ってもいいくらいである。それくらい東日本の土偶はチャレンジングなフォルムをしている。

他にも、この美術館の展示には素人に対して「できるだけ分かりやすく説明しよう」という意志が感じられる。

弥生時代1世紀に作られた、伊都国王の遺体を納めた甕棺墓(かめかんぼ)のレプリカ(内部ものぞける)がある。私はこれまで当時の棺は高貴な人間だけのものだから、オーダーメードに違いないと思い込んでいた。しかし、そこにあったのはふたつの大甕があわさったものだった。甕の口を合わせて粘土で接合したものだったのである。甕というマスプロの製品を高貴な人々の棺に作り替えていたのである。当時の人々も合理的な考え方をしていたんだなと思わせる展示だ。
大康10年(1084年)につくられた巨大な石像「多宝千仏石幢」(重要文化財)も展示。九州国立博物館所蔵
大康10年(1084年)につくられた巨大な石像「多宝千仏石幢」(重要文化財)も展示。九州国立博物館所蔵
江戸時代、長崎港に入港した外国船が持ち込んだ反物の見本帳も。九州国立博物館所蔵
江戸時代、長崎港に入港した外国船が持ち込んだ反物の見本帳も。九州国立博物館所蔵

遣唐使と元寇

「遣唐使とシルクロード」という展示室には遣唐使船の積み荷を再現したものがある。一部は手で触わったり、においをかいだりすることだってできる。
「遣唐使とシルクロード」と名づけられた展示室。向かって右が輸出した物、左には持ち帰った物を展示
「遣唐使とシルクロード」と名づけられた展示室。向かって右が輸出した物、左には持ち帰った物を展示
遣唐使については小学校から教科書で習い、誰もがその言葉は知っている。しかし、実際に彼らが持っていったもの、持って帰ったものをすらすらとそらんじることができる人は専門家以外、まずいないのではないか。

日本から持っていったものは砂金、真珠、水晶、メノウ、琥珀といった宝石類。加えて真綿、黄糸(黄色の蚕の繭から取った染めていない糸)、金漆、椿油、夜行貝の貝殻で作った匙(さじ)型の杯「貝匙(かいさじ)」といったものだ。
夜行貝の貝殻で作った匙(さじ)型の杯「貝匙(かいさじ)」
夜行貝の貝殻で作った匙(さじ)型の杯「貝匙(かいさじ)」
遣唐使時代に唐から持ち帰ったという香辛料。実際に触れて香りをかぐことができる
遣唐使時代に唐から持ち帰ったという香辛料。実際に触れて香りをかぐことができる
一方、唐から持って帰ってきたものは白檀、大黄、丁香(丁子 クローブ)といった薬効のある香辛料、華厳経など経典、鏡、青磁、瑠璃(ガラス)製品などだ。

こうして見ると、日本の輸出品は第一次産品であるのに対して唐から持って帰ったものは経典などの知的財産、ガラス製品などの技術工芸品だ。品物を見ているだけで、唐の方が国力も文化もある先進国だったと実感できる。

文化交流展示室の中央に置いてあるものが原寸大模型の「モンゴル軍船の碇石(いかりいし)」だ。実物の碇石を組み込んである。
原寸大模型の「モンゴル軍船の碇石(いかりいし)」。松浦市教育委員会所蔵
原寸大模型の「モンゴル軍船の碇石(いかりいし)」。松浦市教育委員会所蔵
元寇の時、数多くのモンゴル軍船が九州沖に沈んだ。その時に碇石だけでなく、武器、「てつはう」と呼ばれた炸裂弾なども一緒に海に沈んだ。それを引き揚げたものが「鷹島海底引揚げ資料」と呼ばれる遺物である。これもまた現物を目の前にすると、モンゴル軍の装備、威容が頭のなかにイメージできる。

碇石とは木製の碇に縛り付けた大きく重い石を指す。復元品は人間の身長よりもはるかに大きい。碇がすでに大きなものなのだから、軍船の大きさも想像できる。モンゴル軍船のうち、最大の船は全長27mもあり、100人もの兵士が乗り組んでいたとされている。
第2次モンゴル襲来時(1281年)、九州沖に沈んだ元軍船から引き揚げられた遺物。松浦市教育委員会所蔵
第2次モンゴル襲来時(1281年)、九州沖に沈んだ元軍船から引き揚げられた遺物。松浦市教育委員会所蔵
この他、同館には単に美術品が置いてあるだけでなく、学芸員たちが想像力を駆使して、「作った人と使った人」を思い浮かべることのできる展示をしている。

MoMAで子どもたちがジャクソン・ポロックの絵を「感じて」いたように、私たちは九州国立博物館で、昔の人々の目鼻立ちを思い浮かべればいい。それが九州国立博物館の使いこなし方だ。

博多ラーメンの使いこなし方

帰りに立ち寄ったのが博多のとんこつラーメン、「博多一幸舎 空港南店」である。博多ラーメンの店はいくつもあるけれど、その店にしたのは客たちが店を使いこなしていると聞いたからだ。

博多一幸舎ではからし高菜と白しょうがの漬物は食べ放題である。また、ライス、チャーハン、博多めんたい丼などのご飯類を注文すれば無料で温泉玉子をつけてくれる。
泡立ったクリーミーでコクのあるスープが「博多一幸舎」のとんこつラーメンの最大の特徴
泡立ったクリーミーでコクのあるスープが「博多一幸舎」のとんこつラーメンの最大の特徴
温泉たまごをかけたご飯をラーメンのチャーシューでくるんで食すのが常連客のお決まり
温泉たまごをかけたご飯をラーメンのチャーシューでくるんで食すのが常連客のお決まり
店で見ていると、入ってきた人はとんこつラーメンとライスを頼む。ライスの上にラーメン丼からチャーシューを載せ、無料の高菜、温泉玉子を添える。とんこつスープを適量、加えて、わっしわっしと食べる。その様子にふとなごむ。そして、食欲が湧いてくる。

美術館でもとんこつラーメンでも、大事なのは見る側、食べる側の主体性だ。自分なりに美術館やラーメン店での使いこなしを覚えて、応用すればコワいものなしである。

九州国立博物館
福岡県太宰府市石坂4 - 7 - 2
Tel. 092 - 918 - 2807(代表)
開館時間:日曜日・火曜〜木曜日 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
     金曜日・土曜日 9:30〜20:00(入館は19:30まで)
閉館時間は変更されることがあります
休館日:月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は翌日)
※ 詳細はホームページをご覧ください
https://www.kyuhaku.jp/

博多一幸舎 空港南店
福岡県福岡市博多区西月隈3-15-8
Tel.092-475-0078
営業時間:11:00〜22:00(ラストオーダーは21:30)
※ スープが売れ切れ次第終了。
定休日:年中無休(年末年始を除く)

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