VISIONARYMAGAZINE BY LEXUS

EXPERIENCE

国宝「洛中洛外図屏風」の見方とは?──
米沢市上杉博物館

2018.09.10 MON
国宝「洛中洛外図屏風」の見方とは?──米沢市上杉博物館

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する新連載「車でしか行けない美術館」。第2回は、狩野永徳が描いた国宝「洛中洛外図屏風」を所蔵する米沢市上杉博物館を訪ねた。

(読了時間:約7分)

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Hirohiko Mochizuki

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忠臣蔵を見ない町

かつて米沢の人々は「忠臣蔵を見なかった」。米沢藩第四代藩の主上杉綱憲(つなのり)は、忠臣蔵の敵役、吉良上野介の長男で、上杉家の養子になった。その後、赤穂事件が起こり、吉良上野介は討ち取られた。世間は大石内蔵助以下の赤穂義士に喝采を送り、吉良家、上杉家を軽んじる。

しかし、上杉家を慕う米沢の人々にとって、吉良や上杉が悪役とされるのは我慢のならないことだった。以来、同地では、忠臣蔵の映画、芝居は上映、上演されることはなかった……。

今ではそんなことはないけれど、しかし、それくらい、米沢の人々は謙信、景勝、鷹山のいた上杉家を慕っていたのである。
上杉氏の居城跡に建てられた米沢市上杉博物館
上杉氏の居城跡に建てられた米沢市上杉博物館
その上杉家に代々、伝わった宝物が安土桃山時代の絵師、狩野永徳が描いた国宝「洛中洛外図屏風」(上杉本)だ。洛中洛外図屏風は百点以上が現存しているが、同館にある上杉本は傷みも少なく、画面に施されている金箔がきらきらと輝いている。むろん、構図、描写といった技法も優れている名品だ。

展示されているのは東北中央自動車道の米沢中央ICから約4kmの距離にある米沢市上杉博物館である。上杉氏の居城跡にある建築物で、堀も残っている。収蔵されている国宝は「洛中洛外図屏風」の上杉家文書(もんじょ)の二つ。
ビジュアルや模型を多用した分かりやすい展示が来場者に人気
ビジュアルや模型を多用した分かりやすい展示が来場者に人気
文化庁の指導で、国宝は年に60日以内の展示と決まっているため、図屏風は春、秋に公開される。それ以外の期間は高精細度の複製画が掛かっている。

一方、同じ国宝でも上杉家文書は2000点あまりある。そのため、こちらはいつ訪ねても、実物が飾ってある。同館には美術品の展示ばかりではなく、常設展示室には米沢の暮らしを表したジオラマなどがある。
当時の米沢市の暮らしを再現したジオラマ
当時の米沢市の暮らしを再現したジオラマ

天才、狩野永徳

図屏風の作者、狩野永徳(1543〜1590)は絵師の集団、狩野派のなかでも傑出した才能を持っていた。織田信長や豊臣秀吉に気に入られ、安土城、聚楽第、大坂城といった建築物に納める障壁画を担当している。ただし、安土城などの障壁画はいずれも戦災で焼失したため、現在、残っているのは「聚光院障壁画」「唐獅子図屏風」などと多くはない。

上杉家に伝えられたところによれば「洛中洛外図屏風」は天正2年3月(1574年)に織田信長が上杉謙信に贈ったものだ。

図屏風の見方

図屏風は六曲一双だ。六つ折りの屏風を六曲、2枚で1セットを一双と言う。一双のうち、右にある屏風を右隻(うせき)、左を左隻(させき)と呼ぶ。また、六つ折りの一折りを一扇と言い習わす。右隻、左隻とも、一扇から六扇の画面がある。

画面に描かれているのは御所、清水寺、三十三間堂などの京都の建物、祇園祭などの祭事、そして、2500人にも上る当時の都で暮らす人々……。

図屏風に相対して、まずは全体を眺める。
「洛中洛外図屏風」に描かれた「清水寺」
「洛中洛外図屏風」に描かれた「清水寺」
最初に目に入るのは色彩だ。画面から浮き立つのは金色の雲だ。次に、松の緑、寺社の屋根の黒、鳥居や祇園祭の山車を彩る赤……。金色を背景に緑、黒、赤といった色が的確に配置されている。絢爛な絵画だ。

では、全体を眺めた後はどこに視線を合わせればいいのか。一般に、図屏風を鑑賞する時は何を見ればいいのだろうか。

私が迷っていたら、声をかけてきたのは、同館の学芸主査、阿部哲人さんだ。

「そうですね、人物の顔を見ていったらどうでしょう」
 
阿部さんは山形市生まれで、今は米沢で暮らしている。
こちらは「三十三間堂」
こちらは「三十三間堂」
「画面の人物ひとりひとりの顔を見てください。それと、衣装も。極細の筆で描いているのでしょうけれど、それぞれの顔には表情があります。貴族は貴族の表情で、庶民は庶民の表情で、実に生き生きとしています」

確かに、子どもから大人まで、大半の人物は目、鼻、口が線描してある。しかも、衣装もそれぞれ違う。動きもある。駆け出している人もいれば、しずしずと歩いている女性もいる。繊細で緻密な描写だ。

同館の別室「洛中洛外図の世界」には、画面のなかの人々がCGで拡大され、動画になっている映像が流れている。人々の顔を眺めることに疲れたら、そちらに行って、映像を確かめるといいだろう。

では、顔を見た後は……。

また阿部さんがヒントをくれた。
こちらは「八坂神社」
こちらは「八坂神社」
「入場者が関心を持つのは京都の寺院です。受付に画面の景物を解説したパンフレットがあります。それを頼りに清水寺、南禅寺、御所、天竜寺、嵐山の渡月橋を探すのも面白いですよ。洛中洛外図屏風は美術的な価値ばかりではなく、歴史資料としての価値もあるものです」

季節と金雲

阿部さんに言われたとおり、画面にある京都の代表的な寺院を探していると、六曲一双に季節が描かれていることに気づいた。

右隻の3扇中央部に祇園祭の山車が描かれている。ここから分かるように、1扇から3扇は夏の絵だ。4扇から6扇は春。そして、左隻は1扇から3扇が冬で、4扇から6扇が秋となっている。しかし、よく見ると、冬を表わすはずの左隻1扇の右上には桜が咲いている。狩野永徳は機械的な厳密さで季節を区切ったわけではない。
人々の生き生きとした表情や衣装が見所
人々の生き生きとした表情や衣装が見所
丁寧に画面を見ていると、狩野永徳の視点にも気づく。彼が画面全体に描いている金色の雲のような霞のような表現は金雲(阿部さん談)というものだ。大和絵ではよく使われるもので、場面の転換や,奥行を表すために描かれる雲の形のような霞である。

雲の上からの視点で画面を構成した英徳は金雲を用いて、季節を転換し、建物と建物の間の距離を圧縮した。そして、少し離れた位置から図屏風を見ると、金の雲のなかから建物や人物が浮き出してくる。

私たちは作者と同じように雲の上の視点から、あの時代の都大路とそこで暮らす人々を見ている。丹念に景物と人を描いた絵だけれど、その構想は壮大だ。

普通の人々、普通のラーメン

もうひとつの国宝「上杉家文書」は手紙、冊子、漢詩などからなるもので、図屏風の隣に展示してある。

しかし……。そもそも私は手跡(しゅせき)、つまり、書や手紙の観賞の仕方がわからなかった。そこで、阿部さんに「どうやって鑑賞すればいいのですか?」と素直に訊ねた。

すると……。

「勉強してからです。くずした文字の読み方がわからなければ手跡の内容は頭に入りません」

「阿部さんは勉強したのですか?」

「一応、専門ですから」
エントランスには能舞台が設置されており、能の演舞も行われる
エントランスには能舞台が設置されており、能の演舞も行われる
つまり、大学、カルチャーセンターなどに通って、古文書の読み方を習ってから でないと、文書を長い時間、読解するのはほぼ無理というのが正直なところだ。

「では、素人はどうすればいいですか。ただ、眺めていればいいのでしょうか」

もう一度、訊ねた。

親切な阿部さんは答える。

「うーん、手紙のなかの簡単な漢字、カタカナを見つけるのはどうでしょう。展示品には翻訳文も添えてありますから、歴史を表す言葉や表現を見つけて満足するという鑑賞法もあるのではないでしょうか」

親切な阿部さんらしい、まことに親切な答えだった。これなら、誰でも昔の文字を短時間なら眺めて楽しむことができる。
地元で知らない人はいないと言われる名店「ひらま」
地元で知らない人はいないと言われる名店「ひらま」
上杉博物館の帰りに水田の真ん中にあるそば店「ひらま」に寄った。食べたのは地元名物の米沢ラーメンである。野菜や鶏ガラなどで取った醤油ベースのスープに細打ちの手もみ縮れ麺が入ったもので、昭和の時代には全国のどこにでもあった、いわゆる「中華そば」だ。

米沢ラーメンを食べ、スープを飲みながらわたしは考えた。

―米沢ラーメンはごく普通のラーメンだ。そして、「洛中洛外図屏風」に描かれていた人物たちも雲の上の視点から眺めれば、ごく普通の人々だ。

米沢まで車で出かけてきて、わたしが見たのは普通の人々であり、そして食べたのは普通のラーメンだった。
中華そばの懐かしい味に舌鼓を打つ
中華そばの懐かしい味に舌鼓を打つ
※記事トップの写真は、狩野永徳筆「上杉本 洛中洛外図屏風」

伝国の杜 米沢市上杉博物館
山形県米沢市丸の内1-2-1
Tel.0238-26-8001
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:2018年度は5月〜11月が毎週水曜日、12月〜3月が毎週月曜日(祝日の場合開館・その直後の休日でない日が休館)、年末年始は12月25日〜1月3日

そばの店 ひらま
山形県米沢市大字浅川1314-16
営業時間:11:20〜16:00(スープがなくなり次第終了)
定休日:水曜日
Tel.0238-37-2083

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