JOURNEY

ロダンと若冲を堪能する──静岡県立美術館

2018.08.31 FRI
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ロダンと若冲を堪能する──静岡県立美術館

2018.08.31 FRI
ロダンと若冲を堪能する──静岡県立美術館
ロダンと若冲を堪能する──静岡県立美術館

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する新連載「車でしか行けない美術館」。第1回は、オーギュスト・ロダンの作品を常時32体展示する「ロダン館」が人気の静岡県立美術館にレクサス「LS」で訪ねた。

(読了時間:約7分)

Text by Tsuneyoshi Noji
Photographs by Masahiro Okamura

朝いちばんに入るしかない

この連載のタイトルは「車でしか行けない美術館」だ。だからと言って、何も辺鄙な場所にある美術館ばかりを訪ねようという話ではない。

美術鑑賞とは静かな環境で作品と一対一になることだ。作品と対話することだ。

対話しようと思えば、場内が混みあっていない開館直後に入場するしかない。
静岡県立美術館まではLS500hでのドライブを楽しんだ
静岡県立美術館まではLS500hでのドライブを楽しんだ
しかも、できれば雨の日がいい。朝から雨が降っていると、「外に出るのはやめた。うちで寝てる」という人が出てくる。美術館も空いている。だから、私は雨が降ると、嬉々として車に乗って美術館へ向かう。

さて、美術館に入って、目当ての絵、もしくは彫刻の前に立つわけだが、見る位置が大切だ。作品と対話するには作家になること。作家になったつもりで作品を見る。

画家が自分の作品を見直す時、絵の対角線の1.5倍の距離に立つと言われている。私は美術館で絵に相対する時、必ずその位置に立つ。彫刻やインスタレーションの場合も作家になったつもりで作品をチェックする。前から眺めるだけではない。後ろにも回る。展示環境が許せば上から見たり、下から見上げたりする。彫刻作品の周りを歩きながら、像の存在感が伝わってくるのを待つ。それが私の美術鑑賞だ。

目当ての絵、1点か2点を見たら、あとは「適当に」館内を散策して帰る。そして、気に入った作品を見つけたら、また、出かけていく。何度も同じ美術館へ行く。雨が降った日の朝、車に乗って……。
静岡県立美術館のクルマよせにて。同館は1986年に開館し、1994年にロダン館がオープンした
静岡県立美術館のクルマよせにて。同館は1986年に開館し、1994年にロダン館がオープンした

静岡県立美術館のロダン

静岡県立美術館は静岡駅から車で20分の距離にある。晴れた日には美術館に向かう道すじから富士山が見える箇所がある。美術館へのアプローチがすでに一幅の風景画になっていると言える。オープンと同時に入館したら、別館のロダン館へ急ぐ。
ロダン館に展示されたオーギュスト・ロダン作「考える人」
ロダン館に展示されたオーギュスト・ロダン作「考える人」
そこには世界でもっとも知られている彫刻「考える人」を作ったオーギュスト・ロダン(1840~1917)の作品がある。32体を常時、展観する空間が広がっている。

まずは学芸課長の三谷理華さんによる、ロダン館についての解説を聞く。

「当館はロダンの作品を見るためだけに建てられました。作品を前から眺めるだけでなく、周りから見つめたり、『地獄の門』という大作を上から見ることもできます。通常、大きな彫刻作品は地面から見上げることしかできません。上からの目線で彫刻を眺めることができるのが当館の大きな特徴でしょう。」
オーギュスト・ロダンの代表作の一つである「地獄の門」
オーギュスト・ロダンの代表作の一つである「地獄の門」
「考える人」はもともと「地獄の門」の一部だった
「考える人」はもともと「地獄の門」の一部だった
「あ、それから、ここは写真を撮影してもいいですよ。ただ、他の入館者の邪魔にならないようにしてくださいね」

ロダンの作品は東京の国立西洋美術館にもある。西洋美術館の「地獄の門」は前庭に置いてあるから、作品を下から見上げることしかできない。

一方、ロダン館は全体がオペラの劇場のような造りになっていて、エントランスを入るとバルコニーがある。バルコニーに立てば、ロダン作品を上から眺めることができる。

バルコニーに立つと、正面にあるのが「地獄の門」だ。まずは、この彫刻の全体を鑑賞する。

「この作品には200体以上の人物像があるとカウントされています。ほら、門の上部には『考える人』もあるでしょう。最初、ロダンは『地獄の門』の中に『考える人』の像を置きました。当時は『詩人』というタイトルにしていました」(三谷さん)
百年戦争時の1347年にフランスの港町、カレーがイギリス軍に包囲された史実に基づいてつくられた「カレーの市民」
百年戦争時の1347年にフランスの港町、カレーがイギリス軍に包囲された史実に基づいてつくられた「カレーの市民」
ロダン館には他に、「考える人」、「カレーの市民」、大理石作品の「フギット・アモール」(ラテン語で「逃れさる愛」)など、人気の高い作品がいくつもある。

では、彫刻のどこを見るか言えば、「カレーの市民」では像の手と足に注目したい。いずれの人物像でも、手と足が異様に大きく表現されている。そして、踏み出した足の太ももやふくらはぎに浮かぶ筋肉、顔の前にかざした手のしぐさが強調されている。
6体からなる「カレーの市民」。生命を感じさせるほどに表情がリアルだ
6体からなる「カレーの市民」。生命を感じさせるほどに表情がリアルだ
「カレーの市民」。頭にあてた両手が異様に大きいことに気づく
「カレーの市民」。頭にあてた両手が異様に大きいことに気づく
ロダンは人間の感情を表現する際、顔の表情だけでなく、手と足を使ったのだろう。顔の表情だけでなく、全身で苦悩や決然たる意志を表現したのだ。ロダンの彫刻は人間の外観を転写しただけのものではない。人間の内面を表現した像だから、人の心をうつ。国会にある議員の銅像のように、本人の顔や姿かたちをそのまま写したものだけが銅像ではない。
ロダンがフランスを擬人化した作品「ラ・フランス」
ロダンがフランスを擬人化した作品「ラ・フランス」

トルソ

人間の胴体部分だけの像をトルソと呼ぶ。元々はミロのヴィーナス、サマトラケのニケのように、ギリシア、ローマ遺跡から発掘された、頭部、両腕、両脚のなどが欠損している彫像をいう。18世紀になって、彫刻家が「不完全な美」を求めるようになって、新たに独自のトルソを創り出した。

ロダンもまた、いくつかのトルソを制作している。ロダン館にあるトルソを見ていると、気づくことがある。いつの間にか頭のなかで、欠損している頭部、両手、両足などを復元し、完全な人体像として見ている自分がいる。私たちの脳は自動的に欠損部分を補い、人体像を創り出してしまうのだろうか。
人間の胴体部分だけの像であるトルソをロダンも手がけている
人間の胴体部分だけの像であるトルソをロダンも手がけている

若冲

静岡県立美術館におけるもっとも人気がある作品は伊藤若冲作「樹花鳥獣図屏風」だ。ただし、岩絵の具を使った日本画なので、常時、展観されているわけではない。通例はゴールデンウィークの頃が多い。
伊藤若冲作「樹花鳥獣図屏風」右隻 静岡県立美術館所蔵
伊藤若冲作「樹花鳥獣図屏風」右隻 静岡県立美術館所蔵
伊藤若冲作「樹花鳥獣図屏風」 左隻 静岡県立美術館所蔵
伊藤若冲作「樹花鳥獣図屏風」 左隻 静岡県立美術館所蔵
若冲作品を担当している上席学芸員の石上充代さんは作品について、こう説明する。

「樹花鳥獣図屏風は右隻(うせき 幅355.6cm 高さ137.5cm )が動物、左隻(させき 幅366.2cm 高さ 137.5cm)が鳥づくしになっています。右隻には白象、獅子、麒麟、鹿、猿……、左隻には鳳凰、鶏、孔雀、七面鳥、錦鶏鳥などが描いてあります。ただし、よく見ると麒麟、唐獅子のような想像上の動物も描いてあります。この屏風は若冲がブームになる以前にうちにいた学芸員が注目し、購入しました。作品が魅力的だったこともありますけれど、これを買ったら、子どもたちが喜ぶだろうなと思ったとのこと。確かに、展示すると、ファンだけでなく、子どもたちが大好きな絵です」
エントランスから内部に歩を進めると、吹き抜けの広々とした空間が広がる
エントランスから内部に歩を進めると、吹き抜けの広々とした空間が広がる
私は以前に同館で、この作品が展示されていると聞いて、期間中に2度、訪れた。絵の前に立つと、若冲が描いた動物や鳥、花は画面の中で跳ねて、動いていた。子どもに返って、手を叩きながら興奮して、さまざまな動物、鳥を探した記憶がある。でも、そうやってみればいい。しんねりむっつり、美術評論家のように冷静な態度で見ることはない。若冲の作品は人を楽しませる。作者の意図にしたがって、楽しんで眺めればいい。
天気のいい日には富士山や南アルプスを望むことができる
天気のいい日には富士山や南アルプスを望むことができる

車でしか行けないうなぎ屋

静岡県立美術館の帰りである。地元の人がこんなことを言っていた。

「車でしか行けない、うなぎ屋さんがあるよ」

この場合の「車でしか行けない」という意味は、不便な場所にあるということだ。
備長炭で焼いた国産鰻のかば焼きが堪能できる「炭焼きうなぎ 瞬」。静岡県立美術館より車で20分ほど
備長炭で焼いた国産鰻のかば焼きが堪能できる「炭焼きうなぎ 瞬」。静岡県立美術館より車で20分ほど
そうして、美術館から20分くらい車で走って、ようやく探り当てたのが、うなぎの店「瞬」。ビルではなく、一軒家である。庭に面した客席に腰かけ、備長炭で焼いた国産の鰻丼(上)を食べた。食べ終わった後、静岡に来てよかったとつくづく思った。

ロダン館における展示の仕方はパリの「ロダンミュージアム」、上野の「西洋美術館」よりも一日の長がある。加えて、備長炭で焼いた国産鰻のかば焼き……。最高の一日を過ごして、そのうえ、名物の鰻丼を食べる。この日の鰻丼は「錦上に花を添う」という表現が合うと感じた。
鰻丼(上)、肝焼き、そして白焼きをオーダー
鰻丼(上)、肝焼き、そして白焼きをオーダー
静岡県立美術館
静岡県静岡市駿河区谷田53-2
Tel.054-263-5755
開館時間:10:00〜17:30(入室は17:00まで)
休館日:月曜日(祝日の場合開館・翌日休館)
※ 詳細はカレンダーをご覧ください
http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/

炭焼きうなぎ 瞬
静岡県静岡市葵区有永町260-1
営業時間:昼 11:30〜14:30(予約可)
     夜 18:00〜21:00(完全予約制)
定休日:月曜日
Tel.054-294-7178

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ご回答いただきありがとうございました。

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