JOURNEY

「TSUGI」──
外から来て技術や文化を「継ぎ」、
地域の「未来を創る」若者たち

2018.07.18 WED
JOURNEY

「TSUGI」──
外から来て技術や文化を「継ぎ」、
地域の「未来を創る」若者たち

2018.07.18 WED
「TSUGI」──外から来て技術や文化を「継ぎ」、地域の「未来を創る」若者たち
「TSUGI」──外から来て技術や文化を「継ぎ」、地域の「未来を創る」若者たち

「地方の再生と発展」は日本の未来にとって大きな課題。しかし人口減少もあり、その実現は難しい。だが福井県鯖江市には、独自のアプローチでこの課題に取り組み、未来を創る若者たちがいる。産地特化型デザイン事務所「TSUGI」代表の新山直広氏に話を聞いた。

(読了時間:約8分)

Text by Yasuhito Shibuya
Photographs by Yu Mitamura

きっかけは「街おこし」ワークショップ

首都・東京への一極集中が続く日本。その解決の鍵は地方の再生にあると言われて久しい。そして昭和の時代から日本各地でさまざまな地域振興策が行われてきた。2014年9月から現在も、政府が推進しているのが「地方創生」政策。その目標を簡潔にまとめれば「地方に新たな産業・雇用を創出し、地方の人口を増やすこと」。だが少子化と高齢化が進むなかで成功例は少ない。

だが「めがねのまち」として知られる福井県鯖江市では、県外からの若い移住者たちが新しいアプローチで、地方と自分たちの未来を創り始めている。その中心の一つが2013年にサークル活動としてスタートし、2015年に法人化されたデザイナー、職人、コンサルタントで構成されるクリエイティブカンパニー「TSUGI(つぎ)」だ。
オフィスはJR鯖江駅からクルマで15分ほどの漆器店の1階
オフィスはJR鯖江駅からクルマで15分ほどの漆器店の1階
11
代表でデザインディレクターを務める新山直広氏は1985年大阪生まれ。京都の大学で建築を学んでいた2008年、大学4年のとき、現在本拠を置く鯖江市河和田町で、県内外の学生を受け入れて地域の活性化を図ることを目的に開催された河和田アートキャンプに参加。これをきっかけに、地域の資源を活かした街の活性化を志して2009年に鯖江市に移住。アートキャンプの運営や地域の産業を調査する会社を経て、鯖江市役所の商工政策課に在籍中の2013年に仲間たちと「TSUGI」を立ち上げた。
「移住当初は空回りしていましたね」。TSUGI代表兼デザインディレクターの新山直広氏は当時を振り返る
「移住当初は空回りしていましたね」。TSUGI代表兼デザインディレクターの新山直広氏は当時を振り返る
「アートキャンプをきっかけに地域のコミュニティや、地場産業であるメガネや漆器の職人さんたちと知り合ううちに、職人さんのイメージが変わりました。皆さん60代でもおしゃべり好き。寡黙でも保守的でもない。『この地域の技術や資源を活かして街の活性化をしたい』と思いました。ちょうど2008年はリーマンショックが起き、日本の人口がピークを超えて減少が始まった年。これからは建築というハードを建てるデザインより、使うソフトのデザインが必要とされる時代になる。同級生が建築事務所に就職するなかで『自分はその先を行くんだ』という気持ちもありました。今から考えると移住したのは“勢い”で、何も考えていなかったですね。正直、ずっとここに住むつもりもありませんでした」

挫折、模索を経てデザイナーへ

当時は「地方創生」という言葉もない時代。意気揚々と移住し、アートキャンプの運営会社に就職した新山さんは、早々に挫折を味わう。

「ここでは移動のために絶対に必要なクルマも持っていませんでしたし、同世代の仲間もいない。とにかく孤独でしたね」

新山氏はその会社でメガネや漆器、木工製品などを作る地元の職人さんの取材や、その製品がどのように販売されているかなどの調査も担当。自分よりずっと年配の地元の職人さんたちのなかに入って、地場産業が抱える課題をより深く知ることになる。

そして彼は「モノ作りが元気にならないと、この街は元気にならない。必要とされているのは総合的なデザインワークだ。自分がデザイナーになって“街おこし”に取り組もう」と決意する。
「それまで、デザインの勉強はしたことがありませんでした」と語る新山氏
「それまで、デザインの勉強はしたことがありませんでした」と語る新山氏
新山氏は親しくなった地元の職人さんたちに「自分はデザイナーになる」と宣言した。間違いなく、歓迎してもらえるはず。ところが意外にも、彼らからは正反対の反応が帰ってきた。

「デザイナーなんてダメだ、止めろ。デザイナーは詐欺師だ。お前は詐欺師になるつもりか……とまで言われました。それは職人さんたちがこれまで、中央主導の産業振興で痛い経験をしてきたからでした」

もの作りによる「街おこし」プロジェクトとして、当時も今もよく行われているのが、東京や大阪からデザイナーと地元の職人とのコラボレーションで行う新製品開発。だが実は、成功例は驚くほど少ない。デザインの革新性を優先するあまり、実用性がおろそかに。そして価格は高価になりがち。しかもデザイナーが関わるのは製品の完成までで、後のフォローはないケースが多い。

「話題にはなっても結局は売れず、不良在庫だけが残った。そんな苦い経験から出た言葉でした。デザイナーにも行政にも、そして職人さん自身にも『売る視点』や『ビジネスとしての責任感』がなかった。ある意味、当然の結果でした」

「企画から販売まで」すべてに責任を持つデザイナーに

「製品をデザインするだけでなく、その流通過程までアテンドする。消費者に届けるまで責任を持つ。そんなデザイナーになれるようにがんばります」

新山さんは職人さんたちに改めてこう宣言し、デザインの勉強を独学で開始する。その一方で、鯖江市役所の商工政策課に職員として就職。公務員としても活動を開始する。

「当時、デザイナーとしての実績はゼロですから、デザイナーとして雇ってくれるところはありませんでした。そんな私を鯖江市は職員として迎えてくれました。今から考えると私が若者として第1号の移住者だったからだと思います。このまま帰らせてはマズイ、と思ってくれたのでは」
「めがねのまち」鯖江市を象徴する「めがねストリート」のデザイン監修もTSUGIの仕事
「めがねのまち」鯖江市を象徴する「めがねストリート」のデザイン監修もTSUGIの仕事
11
役所で職員兼デザイナーとして活動を開始した新山さんは、「めがねのまちさばえ」など、鯖江市が主導する街おこしプロジェクトに関わり多忙な日々を過ごし、地元での人脈を着々と築いていった。しかしそのなかで、公務員としての限界も感じるようになったという。

「公務員という公平公正な行政の立場では、また自分一人では、できることに限界がある。仲間が欲しい。そこで2013年に結成したサークルがTSUGIです」

集まったのは、めがね職人、木工職人、NPO職員、ローカルメディアの編集者や地元の小学校職員、繊維企業の会社員など7人。TSUGIが開催する「仲間作り」をテーマとするワークショップやトークイベントなどには、市内はもちろん県内外から、予想外に多くのさまざまな若者が集まってきた。

「めがねのまち」として日本のメガネの9割を生産、特に軽量なチタンフレームの製造で世界的にも有名な鯖江市は、若者を含め市民が主役のまちづくりを積極的に推進。福井県のなかでも珍しく、県外からの若い移住者が増えている。

そして彼らの多くは、新山氏たちと同世代。一人前の職人になることを目指して、眼鏡や木工、漆器など地場産業で働いている。彼らは、新山氏が待ち望んでいた同世代で同じ価値観を共有できる仲間でもあった。そして彼らも新しいコミュニティや新しい街づくりを望んでいた。
写真上左から、役員でデザイナーの寺田千夏氏、デザイナーの新山悠氏と森本歩美氏
写真上左から、役員でデザイナーの寺田千夏氏、デザイナーの新山悠氏と森本歩美氏
「仕事は楽しいけれど10年で一人前の職人になっても、その頃にこの街が産地として成り立たなくなり、仕事がなくなったらどうしよう。彼らの多くがそんな不安を抱えています。それなら10年後のために、自分たちで新しい仕事や仕事のベースを作ろう。若い移住者たちのあいだでそんな機運が高まっていました」

そして2015年、新山氏はTSUIGIを法人化。社員わずか2名の産地特化型デザイン事務所、デザイナーと社外の職人たちで構成されるクリエイティブカンパニーとして、多彩な活動を開始する。現在のスタッフは新山氏を含めデザイナー4名。全員が大阪、鳥取と県外から移住してきた。
TSUGIはデザイナー4人に加えて、めがね職人、木工職人、里山保全家、コンサルタントなど4人のパートナーで構成される
TSUGIはデザイナー4人に加えて、めがね職人、木工職人、里山保全家、コンサルタントなど4人のパートナーで構成される

ものづくり、人づくり、街づくりのすべてを手がけたい

地元の文化や職人の技術を受け継ぎながら、地域にとって何が大切で何が必要かを考える。そして製品デザインに留まらず、ロゴマーク、パッケージ、パンフレットなどのエディトリアルデザイン、ウェブサイトやプロモーション映像、展示会のブースやそのインテリアデザイン、コンサルティング、総合的なブランディングまですべてを手がける。デザイナーとして消費者に届けるところまで責任を持って、産地と消費者をつなぐ仕事をする。TSUGIという名前には、そんな新山氏たちの信念が込められている。
TSUGIによるパンフレットやポスターなどのエディトリアル、グラフィックデザイン、製品のパッケージデザイン
TSUGIによるパンフレットやポスターなどのエディトリアル、グラフィックデザイン、製品のパッケージデザイン
こうした活動のためには、商品の企画から開発、製造、そして販売まで、すべてを経験・実践して得たノウハウが欠かせない。そこでTSUGIでは、自社ブランド製品の企画・開発・販売も行っている。地場産業であるめがねの素材、アセテートやチタンを使った、めがね工場で製造するアクセサリーブランドを立ち上げ、期間限定ストアなどのかたちで全国販売も行っている。
TSUGIが企画・開発・販売する「Sur」は眼鏡の端材を活用し、眼鏡の技術を活かした新たなアクセサリーブランド
TSUGIが企画・開発・販売する「Sur」は眼鏡の端材を活用し、眼鏡の技術を活かした新たなアクセサリーブランド
若者による新しいコミュニティをベースに、地に足の付いた事業プランと、未来への確かなビジョンで「街おこし」に取り組むTSUGI。その斬新なアプローチは、他の地域にも大いに参考になるはず。しかも、その挑戦はまだ始まったばかりだ。

「ものづくり。人づくり。街づくり。この3つはすべてリンクしています。インハウスではなくこの街のインタウン・デザイナーとして、地域の課題を自分たちの課題として、ものづくりから人づくり、街づくりまで、必要なことは何でもやる。どこまで領域を拡張できるか。これからも仲間たちと新しい挑戦を続けます」
TSUGIのオフィスには、職人の息吹を感じる多彩な商品が並ぶ
TSUGIのオフィスには、職人の息吹を感じる多彩な商品が並ぶ
「TSUGI」
http://tsugilab.com

この記事はいかがでしたか?

ご回答いただきありがとうございました。

RECOMMEND

LATEST