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「エアゲーター」──
レッドブル・エアレースを支える16人の男たち

2018.07.11 WED
「エアゲーター」──レッドブル・エアレースを支える16人の男たち

レッドブル・エアレースは、世界最高の操縦技術を持つ14人のパイロットが最速の座を争う究極の3次元モータースポーツ。この競技に欠かせないのが飛行コースを示すエアパイロンとエアゲート。千葉大会でこの設備を開発・運営する「エアゲーター」たちの姿を追った。

(読了時間:約8分)

Text by Yasuhiro Shibuya
Photographs by Hirohiko Mochizuki

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「空のF1」の競技の安全を実現するエアパイロン&エアゲート

「空のF1レース」とも言われるレッドブル・エアレースは、空中に設定されたコースをできるだけ速く飛んで、世界最高のパイロットの座を争うタイムトライアル。だが、ただ速さを競うわけではない。スタートゲートに進入するスピードや旋回する時のG(重力加速度)、機体がゲートを通過するときの高さや機体の姿勢まで、飛び方に厳格なルールがあり、違反すると失格やタイムにプラス1秒や2秒のペナルティが科せられる。

そして、最低飛行高度が低いことも、絶対に忘れてはいけないレッドブル・エアレースの大きな特徴だ。現在のパイロンの高さは海面から25m。レース機はこのゲートの20m前後の高さを正確に水平に飛ばなければならない。パイロットにとって「飛行高度=安全マージン」であり、飛行高度が20mと低いことは安全のためのマージンがわずかしかないことを意味する。
パイロンをすり抜ける室屋選手。おしくも三連覇は逃したが、シリーズポイントで5位につけている
パイロンをすり抜ける室屋選手。おしくも三連覇は逃したが、シリーズポイントで5位につけている
それでもレース中に重大な事故が一度も起きていないのは、まず何よりも参戦しているパイロットたちの技量が飛び抜けているから。そしてもう一つ、レッドブル・エアレースのために専用開発された、接触しても機体にダメージを与えず安全なエアパイロンとエアゲートのおかげだ。だからこそ、パイロットたちは最速タイムを出すための、コースへの果敢なアタックができるのである。

この「接触しても安全な」エアパイロンとエアゲートのコンセプトを考えたのは、レッドブル・エアレース自体の立案者であり、当初の2003年から2015年までレースに参戦し、2003年の初代チャンピオンでもあるパイロットのピーター・ベゼネイ氏。

数々の試作とベゼネイによる飛行テスト、承認を経てエアパイロンとエアゲートを使ったレッドブル・エアレースはスタートし、現在に至っている。
エアゲーター・チームを率いるキャプテンのホルガー・レプリッチ氏
エアゲーター・チームを率いるキャプテンのホルガー・レプリッチ氏
しかし、現在のものは当時から劇的に進化している。このシステムは、どんな思想のもとでどのように進化してきたのか。そしてその開発・運営を担うエアゲーターたちは、どんな気持ちで仕事に当たっているのか。

16人のエアゲーター・チームを率いるキャプテンのホルガー・レプリッチ氏に5月26日土曜日午前10時、レッドブル・エアレースの第3ラウンド、千葉大会のマスタークラスのフリープラクティス中に話を聞いた。

競技の安全こそエアゲーターの目標であり誇り

「私たちエアゲーター・チームの使命であり、そして何よりも大切にしていること。それはレースパイロットの安全を確保することです。少しでも安全性を向上させるために、私たちは毎レースごとに休みなくこのシステムの改良を続けてきました。2003年にレッドブル・エアレースがスタートしてからこれまで、重大な事故は一度も起きていません。それが私たちのいちばんの誇りです」

力強い言葉で、自身の仕事について語るレプリッチ氏はオーストリア人。2003年のレッドブル・エアレース誕生以来、この仕事を続けてきた。

「なぜパイロンに接触しても機体がダメージを受けないのか。まずはその秘密をお教えましょう。それはパイロンの上部が独自開発の特殊素材でできていること。そしてもう一つ、パイロン内部の圧力を高めてあることです」
エアゲートを構成するパイロンの内部は空洞で、空気で満たされているだけだ
エアゲートを構成するパイロンの内部は空洞で、空気で満たされているだけだ
高さ25m、底部の直径5m、天頂部の直径0.75mの、円錐型(ただし、横から見ると二等辺三角形型)のパイロンは、全部で9つのパーツで構成され、下の部分の白色の部分には厚くて丈夫な素材を、そしてレース機が通過する部分となる上の15m、黄色と赤色の部分には、薄くて軽いその独自素材が使われているという。

「9つのパーツで構成される現在の構造になったのは2014年から。それ以前は7つのパーツで構成されていました。そしてパイロンの素材は、30を超えるテストを経て誕生したオリジナル素材です。近いものといえば……そうですね……強いて挙げるならパラシュートやサーフボードのセイルでしょうか。しかし、素材の構造と機能はそれとはまったく違います」

言葉を選びながら、できるだけ正確に語ろうと努めるレプリッチ氏。言葉のトーンや身振りから、エンジニアらしい誠実な人柄が伝わってくる。
パイロン底部には空気を吹き込んで膨らませるファンと可動式フラップがあり、内部と外を分けるドアの役割も
パイロン底部には空気を吹き込んで膨らませるファンと可動式フラップがあり、内部と外を分けるドアの役割も
「パラシュートやセイルの素材には、裂けるのを防ぐために糸を格子状に織り込んで強度を上げ、裂け目が太い糸の部分で止まるリップストップと呼ばれる生地が使われています。でも、エアゲートのこの部分の素材はそれとは正反対。機体が接触してごく小さくても生地に切れ目ができると、エアゲート内の空気の圧力で、生地のその部分から一気に横に裂けるようになっています。肉眼では分からないと思いますが、レース機が接触した映像をYouTubeで、スローモーションで見れば、私の説明がよく分かっていただけるはずです」

YouTubeやレースの映像を観るとその言葉通り、パイロンは機体が接触したところから、一気に水平に裂けていく。

「円錐型の底部にはガソリンエンジンを使った発電機とファンがあります。そしてコンピューター制御で内部の圧力は常に12気圧に保たれています。この圧力でパイロンは自立していますし、外部とのこの圧力差があるおかげで、機体接触の際、パイロンは一気に裂けるのです。内部の圧力はコンピューターで制御されていますが、2015年からは無線システムを導入し、コントロールタワーから遠隔操作できるようになりました」
予選のタイムアタック中にエアゲートのパイロンに接触したレース機。機体へのダメージはいっさいない
予選のタイムアタック中にエアゲートのパイロンに接触したレース機。機体へのダメージはいっさいない
2014年シーズンからは安全性向上のために、エアパイロンの高さの変更も行われた。それ以前は高さ20mだったものが、5m高い25mとなった。これに伴いレース機の最低飛行高度も10mから15mにと5m高くなった。わずか5mだが、レースパイロットにとっては安全上の大きな改善だ。

レースを支える完璧なチームワーク

エアゲーター・チームの誇りは、安全性に加えてもう一つある。それは完璧なチームワークによるパイロンの迅速な復旧作業だ。

「チャレンジャークラス、マスタークラスのフリープラクティスから予選、本戦を合わせて、平均すると年間約200回ものパイロンヒットが起こります。レースをスケジュール通りに進行するためには、パイロンヒットをしたパイロットの飛行が終了したら、できるだけ速く壊れたパイロンを元通りに修復し、復旧しなければいけません。この復旧を最長でも2〜3分。最短なら約1分で行えるのも私たちエアゲーター・チームの誇りです」
海上でボートに乗って待機するエアゲーターのクルーたち
海上でボートに乗って待機するエアゲーターのクルーたち
ではチームの作業はどのような体制で、どのように行われるのか。

「私たちのパイロン復旧チームは1チーム5人構成。プラクティスやレース中はパイロンやゲートの近くの海上で、ゴムボートに乗って常時待機しています。そしてパイロンヒットが起きると、そのパイロットのフライトが終了次第、チームはパイロンのあるブイに向かいます。そしてすみやかに復旧作業を開始します」

「すみやかに」というレプリッチ氏の言葉通り、予選中やレース中のチームの動きは実に素早い。アッと言う間にブイの上に上がって作業を開始する。では具体的に彼らはどんな作業をしているのか。
  • パイロンの修復作業。エアゲーター・チームが駆け付け、壊れた部分を交換しあっと言う間に元通りに
  • パイロンの修復作業。エアゲーター・チームが駆け付け、壊れた部分を交換しあっと言う間に元通りに
  • パイロンの修復作業。エアゲーター・チームが駆け付け、壊れた部分を交換しあっと言う間に元通りに
「スタッフはまずパイロンの、機体がヒットして裂けてしまった部分だけを交換します。パーツはプラスチック製ファスナーでつながっているので、簡単に取り外しや取り付けができます。作業には金属製の『引き手』を使いますが,作業中に使うだけで、パイロン自体には金属製のパーツはありません。これも安全のための工夫です」

カメラのレンズを通して復旧作業を眺めていると、作業の手際の良さ、5人のチームワークにはとにかく感心する。パイロンの内部に入って作業する人、外でパーツを交換する人、それぞれが一切無駄のない動きをしている。その動きは、F1のタイヤ交換作業を彷彿させる。
レプリッチ氏が持っているのがパイロンのスペアパーツ。部分ごとに分類され、修復の際は必要な部分だけ交換
レプリッチ氏が持っているのがパイロンのスペアパーツ。部分ごとに分類され、修復の際は必要な部分だけ交換
「2003年当初、チームはパイロンの復旧に1個当たり約15分もかかっていました。しかし今では構造とチームワークの改善で1個のパイロンの復旧にかかる時間は2〜3分。最短だと約90秒で復旧が行うことができています」

チームスタッフの話になると、レプリッチ氏は初めて笑顔を見せた。
ファスナーの引き手はひもでユニフォームと結んであるので、パイロンに付けたまま忘れるというミスはない
ファスナーの引き手はひもでユニフォームと結んであるので、パイロンに付けたまま忘れるというミスはない
今回の取材では土曜日のフリープラクティスから日曜日当日のレースまで彼らの仕事に注目。ゴムボートが到着してからパイロンが元通りに立ち上がるまで、復旧作業にかかる時間を幾度か計測してみた。その最短のタイムは何と約70秒。レプリッチ氏の話よりもさらに短い。

「でも私たちは、現在のシステムに満足しているわけではありません。改善の余地はまだまだあります。『100%の安全』を目指して、これからもレースごとに、システムの改良をさらに、休むことなく続けていきます」
時速370Km/hを超えるスピードでタイムを競うエアレース。最大重力加速度は12Gにおよぶ
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