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Wi-Fiが権利になる社会で起こること

2018.06.27 WED
Wi-Fiが権利になる社会で起こること

人間の欲求の構造について説明した「マズローの欲求5段階説」。最も根源的な「生理的欲求」の下にWi-Fiとバッテリーへの欲求を加えた「欲求7段階説」との考え方が一般的になってきた。本記事では、そうした時代の変化がビジネスにもたらす影響について考える。

(読了時間:約6分)

Text by Yuya Oyamada
Photograph by Richard Levine / Getty Images

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マズローの欲求5段階説から、欲求7段階説へ

今年の5月に開催されたGoogleの開発者イベント「Google I/O 2018」に、マズローの欲求5段階説をベースにした「ある図」が出ていた。
ご存じない方のために説明すると、マズローの欲求5段階説とは、人間の欲求がどのような構造になっているか説明したもの。人間とはまず、生きていくために欠かせない根源的なものを欲する。食べ物や飲み物、睡眠といったものだ(生理的欲求)。それが満たされていくと、次に安全を求め(安全の欲求)、家族や仲間を欲し(社会的欲求)、他人から認められたがり(承認の欲求)、自分がやりたいことを追求したいと思うようになる(自己実現の欲求)。そうアメリカの心理学者、アブラハム・マズローは提唱した。

つまり、人間とはすべからく自己実現を求めるように成長していくと唱えた仮説であり、その科学的な根拠をめぐって批判はあるが、人間の欲求に対する洞察としてはなかなか示唆に富んでいることから、世界中に広まっている。

しかしここ数年、テクノロジーの発展により、この欲求5段階を「修正したほうがいいのでは?」という声がネットを中心にあがるようになってきた。それはもっとも低次の欲求である「生理的欲求」の下に、「Wi-Fi欲求」と「バッテリー欲求」を加えた「欲求7段階説」とすべきだというものである。

もはや人は食べ物や飲み物を欲するのと同じレベル、もしかしたらそれ以上の切実さで、インターネットとつながりたがり、電源の確保を求めるようになっている。だから、人間にとってもっとも根源的な欲求とは「衣食住」ではなく、「Wi-Fi」と「バッテリー」とすべき──という主張だ。

筆者の記憶では2015年頃から海外を中心に広まった説であり、とうとう今年、この「欲求7段解説」の図がGoogleのイベントにも登場していたわけだ。

もちろん、学術的に真剣に検討されている説ではなく、インターネットのミームに近いものであることは確かだ。実際、Googleもジョークの一つとして取り上げていた(Androidのバッテリー効率を上げる必然性の説明として、「現代人にはもはやスマホのバッテリーが生存に関わるくらい重要だから(笑)」という感じで言及していた)。

ただ、マズローの欲求5段階説がまさにそうだったように、学術的な根拠は薄くても、これだけ多くの人に広まるということは、そこに人々の心を捉える洞察(インサイト)が含まれているはずである。

コンバージェンスとダイバージェンス

NEC未来創生会議というイベントのために来日した、US版『WIRED』初代編集長のケヴィン・ケリーも、「マズローの欲求5段階」のさらに下層に「Wi-Fiの欲求を加えるべきではないか」として、次のように語っていた。

「我々は今、同じような洋服を着て、同じような車を運転し、同じような映画を観て、同じ科目を学校で勉強しています。同じような音楽をみんな聴いています。また、同じようにエアコンが効いていてWi-Fiの入っている同じような箱の部屋の中で住みたいと願っています。

マズローは、欲求のヒエラルキーを作りました。一番下は生理的な欲求、一番上にあるのが自己実現の欲求です。

何が起こっているかと言いますと、欲求の低い基本的なニーズのレベルではコンバージェンスが起こり、みんな同じものに向かって行っています。一方、高次のレベルではダイバージェンス、即ち私たちの夢やアイデンティティ、何を願うのかが、どんどん分かれていきます」

ここでケヴィン・ケリーが言っているコンバージェンスとは「収束」であり、ダイバージェンスとは「多様化」を表す。つまり、自己実現に関わる領域では人々はどんどん違うものを求めるようになる一方、生理的な欲求に近くなるほど他人と同じものを求めるようになるということを指摘している。そういったことがテクノロジーの進化によって進んでいると言っているのだ。

その「他人と同じものを求める」ということの究極の現代的な例が、「Wi-Fi」であり、「バッテリー」ではないか。それが「欲求7段階説」に込められた意味である。

これは「衣食住を確保するためにも、まずインターネットにつながっていることが欠かせない」という主張にも読み替えられるが、実際にそれはかなり現実味を帯びてきている。ニューヨークには低所得世帯やホームレスに対して、無償でスマートフォンを提供する「Life Wireless」という活動があるくらいで、もはやインターネットにつながることは、生存のための「権利」に近いといっても過言ではないだろう。

モノの所有にこだわらなくても生きていける社会の到来

では、こうした時代の変化はビジネスにどんなインパクトをもたらすのか?

端的に言えば、モノの所有にこだわらなくても生きていける社会の到来である。

最近、「3畳ワンルーム」という従来の常識では考えられないくらい狭い物件が都心に増えていることがニュースになった。3畳は拘置所の独房と同じ広さらしいが、問い合わせが絶えないほどの人気となっている。かつて、一人暮らしをする若者はテレビやステレオ、本棚を必要としたが、今はスマホ1台があれば、ほとんどのエンターテインメントを享受できるため、部屋にモノを置く必要性を感じなくなっていることが背景にあるという。

もう一つの理由は、その自由さにある。今まで若者が山手線の近辺に住もうと思ったら、かなり家賃で無理をしなければならなかった。しかし、「3畳ワンルーム」の家賃は平均で6万円ほど。しかも新築ときている。会社の近所に住めば、満員電車を我慢しなくてもいい。モノを持たないから、引っ越しも容易だ。もっと同じような物件が各地に増えれば、そのときの気分に合わせて気軽に引っ越すことができる。

その身軽さ、自由さは確かに魅力的だ。服や車、さらには自転車だって、シェアやレンタルサービスを利用すればいい。インターネットにつながってさえいれば、今の東京で不自由さを感じることはほとんどないだろう。

「モノをほしがらない若者」の増加は、よくメディアから消費低迷の原因のように語られる。それに対して、「そもそも今の若者はお金がないのだから仕方ない」という反論もよく聞かれる。

もちろん、今の若者は昔に比べてお金がないというのは、統計的な事実だ(平均年収が下がっていることに加え、年金の支払額の増大や消費税増税などが原因。社会保障費の負担額も上がっている)。だから企業は若者市場を攻略する際に、「お金のない若者にどうすれば我々の製品を買ってもらえるか」という視点で考えがちになる。

しかし、これは一面的な見方でしかない。モノを持たないライフスタイルには、「自由」という楽しさがある。「シェアは人々が貧乏になっているから仕方なく広まった」と捉えると、この部分を見逃す。それよりも気分や用途に合わせて使いたいモノを自由に選べるから広まったと考えたほうがいい。これはシェアだけでなく、サブスクリプションのような定額制サービスも同様である。

確かに、「モノを所有する喜び」は失われつつあるのかもしれない。しかし、それは「モノを使う喜び」が失われたことは意味しない。音楽の定額制配信が主流になったことで、以前よりいろんな音楽を聴くようになったという人も多いのだ。

そして、こうしたシェアやサブスクリプションのサービスは、最も便利な企業に一極集中するようになるだろう。最も会員数を集めた企業が、最も資金を集め、最も人々の趣味嗜好に関するデータを所持するようになり、最も最適化されたサービスを生み出すことができるようになるという好循環を生むからだ。つまり、コンバージェンスが起こる。

ならば、ごくわずかなトップ企業以外は、「他人と同じ」では満足できない欲求にフォーカスした方がいい。それはどんどんダイバージェンスが起こる領域、つまりはマズローの欲求5段階でもっとも上位にある「自己実現」に関わる欲求に訴えることである。
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