JOURNEY

なぜ「流行」が重要なファッションでも
老舗ブランドは強いのか

2018.05.18 FRI
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なぜ「流行」が重要なファッションでも
老舗ブランドは強いのか

2018.05.18 FRI
なぜ「流行」が重要なファッションでも老舗ブランドは強いのか
なぜ「流行」が重要なファッションでも老舗ブランドは強いのか

前回の本コラムで、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・M・クリステンセン教授が提唱したマーケティング理論、「片付け理論」を紹介した。本記事では、ルイ・ヴィトンやグッチといった高級ブランドについても、この理論が有効なのか、考察してみた。

(読了時間:約6分)

Text by Yuya Oyamada
Photograph by Timur Emek / Getty Images

高級ブランド品には、どのような「役割」が見出だせるのか

前回、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・M・クリステンセン教授が提唱した「片付け理論」を紹介した(一般的には「ジョブ理論」と翻訳されているが、「ジョブ」という用語の意味するところがマーケティング用語に親しんでいない人にはイメージしづらいため、ここでは「片付け理論」と呼んでいる)。

この理論では商品が買われる理由を、顧客の内面に求めない。顧客が抱えている「用事(ジョブ)」を解決するために、その商品は「雇われる」と考える。だからクリステンセンは商品開発やマーケティングも、その商品は顧客のどんな「用事」を手際よく「片付ける」のかという視点から行われるべきだと述べている。

そして、ある「用事」をもっとも効率よく片付けることができる(と顧客に思われることに成功した)ブランドは、「パーパス(目的)ブランド」として、長く支持されるようになる――。つまり、具体的な用事が思い浮かんだ瞬間に、その商品が連想されるようになることがブランドのゴールであるという結論が、「片付け理論」からは導き出されるのだ。

いわば、商品の「役割」に注目する理論といえるのだが、ここでひとつの疑問が生じる。この理論は、片付けてしまいたい「用事」が具体的にわかりやすいジャンルの商品――「部屋を片付けたい」とか「家事を短時間で済ませたい」といった類の用事に応える商品には、すんなり適応できるだろう。

しかし、例えばファッション商材、特に高級ブランド品のような「感性に訴える」ことで売上を伸ばしているタイプの商品には、この理論は適応できるのだろうか。あるいは、こう問うこともできる。感性に訴えることをミッションとしている高級ブランド品には、どのような「役割」が見出だせるのだろうか。

クリステンセンはファッション業界をあまり分析の対象にはしてないため、ひとつの思考実験として、「片付け理論」から見た高級ブランド品の役割と、そこから導き出されるマーケティング施策への示唆について考えてみたい。

例えば、ルイ・ヴィトンやグッチといった高級ブランド、しかも長い歴史を持つ老舗ブランドのバッグは、なぜこれほど多くの女性たちに「雇用」されるのか?

まずはっきりと言えるのは、間違いなくその「機能」が主な役割ではない。「たくさん持ち運べて丈夫だから」という理由だけで何十万円もするバッグを購入する人はかなり珍しいだろう。

だとすれば、そのブランドがまとっている「イメージ」に雇用の理由があるはずで、それを尋ねると大抵の人は「バッグくらいは『いいもの』を持ちたいから」と答える。

しかし、「いいもの」の「いい」の中身は、それこそ人の数だけ存在する。ある人にとっては、「誰が見ても高級そうに見えるもの」が「いいもの」の条件だろうし、別の人にとっては「自分の趣味嗜好に合ったもの」が「いいもの」の条件になる。あるいは、「今どきの流行りに沿ったもの」が「いいもの」の条件かもしれない。「いいもの」に求められる役割は非常に多様で曖昧だ。


だから、世の中には人々の多様な「いい」に応えるために、星の数ほどブランド品があるんじゃないか。そう結論づけるのは簡単だろう。しかしそれでは、あるブランドが広く支持され、あるブランドは限られたニッチ市場に留まってしまうのかということの理由が、十分に説明できない。

結局、トレンドをいかにうまく捉えるかだよ。そこにしかファッション商材の売れる理由はないんじゃないか。そういう声も聞こえてくる。ただ、この説明も「人は結局、ブームに弱い」というような何の学びもない結論しか導き出せない。

「私たちはマーケティングはしない」と明言するエルメスの真意

ここで私たちは「バッグくらいは『いいもの』が持ちたい」という理由は、顧客に内在する欲求であって、商品が担っている「役割」ではないということを思い出すべきだろう。クリステンセンの理論に立ち返ると、顧客は意識的であれ、無意識的であれ、何らかの必要性に迫られているからそれを「雇用」しているはずであり、実際に多くの人に「雇用」されている商品とは、自らがその「用事」を効率よく片付けることができると訴えている(から「雇用」されている)はずである。

つまり、バッグそれ自体に雇用の理由を求めても意味がない。あくまで「何のために」という部分にフォーカスしなければならない。

それにならって高級ブランドのバッグが雇用される理由を推察してみると、「私は○○のために、『いいバッグ』を買う必要がある」と整理することができる。バッグのようなファッション商材において、この「○○のため」に当てはまることの多くは、「私を『よく見せる』ため」という情緒的な用事である可能性は、かなり高そうだ。

もちろん繰り返しになるが、「よく見せるため」の「よく」もまた人によって多様である。美しく見せる、個性的に見せる、知的に見せる、頼りがいがありそうに見せる……。ただ、いずれも「他人からどう見えるか」という点を意識していることが共通している。

つまり、自分がそのブランドをどう思っているかは、高級ブランドのバッグが雇用される理由としては、あまり関係がないことになる。それよりも社会の中に、そのブランドの価値が広く共有されていることが、「私は私をよく見せたい」という「用事」を片付けるためには重要なのだ。

だから高級ブランドは、「私たちが何者で、どんな価値を提供できるのか」というメッセージを知らしめることに熱心になる。しかもそれはあなたに買わせるためというよりも、他人があなたを評価しやすくするために行われている。

そして、高級ブランドが発するメッセージはあまり具体的すぎてはいけない。その商品の魅力を具体的かつ明瞭に説明できてしまったら、それはコピー可能なコモディティ商品ということになり、商品を身にまとっている人まで陳腐に見えてしまう。魅力的な人にはミステリアスな部分がなければならないのだ(高級ブランドの広告に値段や機能の説明がない理由)。

エルメスは「私たちはマーケティングはしない」と明言していることで有名だが、それは「宣伝をしない」ということではない。ファッション雑誌にはエルメスの広告が当たり前に載っている。世の中にブランドのメッセージを伝えることを放棄しているわけではない。彼らの方針は正確に言うと、「自ら自社製品の良さを語らない。それはあくまでも『感じてもらうもの』だと考えている」と理解すべきだろう。

つまり、高級ブランドは社会的に広く知られていなければ、正しく顧客の用事を片付けることができない。ただし、そのためのPR方法はビジュアルや体験といった「非言語的なコミュニケーション」が中心となる。その非言語的なコミュニケーションの積み重ねによって消費者の頭の中に構築されるのが、ブランドに固有の「世界観」であり、この「世界観」がどれだけの数の人に共有されているかで、高級ブランドの価値は決まる。

そう考えていくと、これだけライフスタイルが多様になり、人々の趣味嗜好も多様になってきた中で、相変わらず高級ブランドのバッグを持つ人が絶えない理由が見えてくる。

バッグは常に持ち歩くものであり、他人の目に晒されやすい。だから、多くの人が「いい」と認めているブランドのバッグを持つことは、自分をよく見せる手段としては効率的な選択ということになる。これをブランド側から見ると、人々に選んでもらうためには、多くの人に「いい」と認めてもらえるように、繰り返し何度でも自分たちの価値を発信していかなければならない。しかも論理的な説得ではなく、感性に訴える共感というかたちで。

そうした難易度の高いPRをゼロから成功させ、しかも長年にわたって続けられる企業は決して多くはない。だから、以前から価値が広く知られている老舗のブランドが選ばれやすいという構造が生まれるのだ。

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