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ホーキング博士──人類の行く末に警鐘を鳴らしたビジョナリーの逝去

2018.03.23 FRI
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ホーキング博士──人類の行く末に警鐘を鳴らしたビジョナリーの逝去

2018.03.23 FRI
ホーキング博士──人類の行く末に警鐘を鳴らしたビジョナリーの逝去
ホーキング博士──人類の行く末に警鐘を鳴らしたビジョナリーの逝去

世界的な宇宙物理学者、スティーブン・ホーキング博士が逝去したことが、3月14日、明らかになった。本記事では、博士が1994年に行った講演を生で聞いた林信行氏が、その内容を振り返りながら、偉大なるビジョナリーを追悼する。

(読了時間:約5分)

Text by Nobuyuki Hayashi
Photograph by Frederick M. Brown / getty images

現代において「ビジョナリー」という呼び方がふさわしい数少ない人物

スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。現代において「ビジョナリー」という呼び方がふさわしい数少ない人物の1人だった。

幸運にも筆者は一度だけ、彼の講演を生で聞いたことがある。1994年、「MACWORLD EXPO」というイベントの基調講演だが、その内容は、四半世紀経った最近になってようやく現実味と説得力を帯び始めており、今でも筆者の講演の重要な土台の一つとなっている。

講演の前半は地球外に住む生命体に遭遇する可能性の話。後半は、ビッグバンから150億年後に地球に誕生した生命が、これからどういう進化をたどるかという話だった。

後半の内容をかいつまんで紹介したい。

ホーキングをもってしても起源は不明だが、地球ではDNAという自らを複製する性質を秘めた分子が誕生し、それが生命の源になった。DNAはたまに複製ミスによる突然変異を引き起こし、そのDNAが他の個体と交わることで新しい系統や種が生まれた。こうした仕組みを通して、地球上の生物はゆっくりと「進化」の歩みを始める。

初期の進化はゆっくりで、単細胞から多細胞生物に至るまでは25億年、魚類・爬虫類から哺乳類までは十数億年かかった。しかし、その後、進化は加速。哺乳類が進化し人類が誕生するまでは数億年しかかからなかった。

人類は遅からず自らの肉体を作り直す「自己設計進化(self designed evolution)」の時代に突入する

こうして誕生した人類が、「進化の歴史」において「DNA誕生」にも匹敵する大事件を起こす。「言葉」の発明だ。

それまでの生物は、遺伝子という情報を生物学的に交換することで進化をしてきた。言葉は遺伝子に頼らない情報伝達手段だった。特に書き言葉はDNAよりはるかに多くの重要情報を後の世代に譲り渡せるようにした。

人類のDNAそのものは、この1万年大して変わっていない。しかし、書き言葉で受け継がれた情報は膨大な量に達している。

1976年にリチャード・ドーキンスが書籍「利己的な遺伝子」で、ヒトの「脳」から「脳」へと引き継がれる情報による遺伝子を「ミーム」と呼んでおり、ここまでの視点は真新しいものではないかも知れない。しかし、ここから先の話が示唆に富んでいる。

ホーキング博士によれば、講演があった‘90年代時点でもケンブリッジ大学の図書館の本をすべて読むには1日に1冊のペースで1万5000年かかる、という。いくら情報が増えても、その情報をさばく人間の脳の処理能力は1万年前から進化をしていない。

人類にはもう一つもっと深刻な問題がある。それは紛争を好む破壊的な衝動だ。

こうした課題を解決し、人類を存続繁栄させるのであれば、ダーウィン的進化を待つ余裕はない。だから、人類は遅からず自らの肉体を作り直す「自己設計進化(self designed evolution)」の時代に突入するだろう、とホーキング博士は予言をしていた。

ちなみに世界初の哺乳類クローン、「羊のドリー」が発表される3年前の講演で、だ。

自らのDNAを操作して肉体を改造することには反対者が多く、それを禁ずる法律が生まれることは当然、見越している。

だが、まずは彼自身が患っていた筋委縮性側索硬化症(ALS)のような遺伝子的欠陥に起因する病気の克服のために、こうした技術が使われるようになると彼は考えていた。その後、病気への抵抗力をつけたり、老化を防いだりと目的で広がり、やがては記憶力の拡張といった能力の拡張の誘惑にも抗えない人たちが出てくる。

こうして自らの肉体を改造した超人類は社会問題となり、自然進化の人類とのあいだで政治闘争も起きるかも知れない。しかし、やがて非改良の人類は死に絶えるか、世の中での重要性を失ってしまう。そして、その頃には、自己設計型の進化をした超人類の進化が一気に加速を始める、というのがホーキング博士の予想だ。

「AIを誕生させることは人類の滅亡を招く恐れがある」と警鐘を鳴らした

今日、我々がニュースで見る世の中の表層では、さすがに遺伝子操作により肉体を改造した人の話題は出てこない。しかし、肉体を機械で補強する人達を目にする機会は増えてきた(我々自身もスマートフォンという道具で本来の能力を拡張しているサイボーグと言える)。これからは機械による補強で、生身の人間を超える能力を手にした人々の話を聞く機会も増えていくはずだ。

また、今日では遺伝子操作などの実験を行うコストも劇的に下がっており、人目に触れないアンダーグランドで行われる、こうした実験が増えている、という事実もある。

資本力を持つIT系企業の創業者らも、最近では不老不死を追求するベンチャー企業などを立ち上げている(グーグル創業者が関わっている老化と病気に取り組む医療ベンチャーCalico社はその一例だ)。

宇宙物理学者で、宇宙への強い憧れを感じていたホーキング博士は、自己設計進化で誕生した超人類達は、いずれは宇宙を目指すだろうという話で講演をしめくくっていたが、筆者には講演の冒頭で触れていた話が印象に残った。

それは人類が最初に生み出した人工生命が「コンピューターウィルス」という破壊的な性質のものだった事実に人間の本性が潜んでいる、という話だ。

ホーキング博士というと「宇宙物理学者」というイメージが強いが、この講演のように人類の行く末を案じた講演も多くしていた。

最近では、「自我を持つ『汎用AI(人工知能)』を誕生させることは人類の滅亡を招く恐れがある」と警鐘を鳴らしていた。

ガリレオ・ガリレイの誕生日に生まれ、アルバート・アインシュタインの誕生日に永眠したスティーブン・ホーキング博士は、偉大なる宇宙物理学者であると同時に、「地球生命体」の歴史上最大の分岐点に聞き逃してはならない警鐘を鳴らしつづけていたビジョナリーでもあったことも覚えておいてほしいと思い、本稿を書いた。

ホーキング博士の冥福を祈る。

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